一人の老人ーー仙吉は高度育成高等学校の敷地内を歩く。
この学校は各地に監視カメラが張り巡らされており、一見殺し屋が潜入するには些か困難に見える。
だがそれは間違いだ。
国お抱えの学び舎だろうが、
彼らの力を借りれば敷地内への潜入は全く困難では無い。
清掃員に扮し、監視カメラの位置や数、逃走経路の確保、人通りの多いところと少ないところ、ターゲットの行動パターン…それらを入念に下調べし、襲撃地点を決める。
ーー潜入
ーーそれほど難しいことじゃない……
ーー馴染むことです
清掃員の作業着に身を包み、白木の鞘と柄をモップに模して校内を掃除しながら機会を伺う。
ーー昨日今日ではない
ーー幾年も
潜入で重要なのはとにかく馴染むこと。まるで昔からそこに居たかのように、自然に。
この馴染みやすさと潜入の技術こそが『ハーフカットの仙吉』の武器であった。
「お疲れ様です」と声を掛けて来た生徒には人好きのする笑みを浮かべながら挨拶をし、軽く世間話をする。
大事なのは下手に人を避けない事だ。
人を避けようとすれば人通りの少ない所に行かざるを得ず、露骨に避けようとすれば怪しまれるし、そういう場所にはその手の人間が集まる可能性もある。
だから人を避けず、とにかく成り切って馴染む。
馴染んで、馴染んで、馴染む。
そうすればさらに奥への侵入が容易になる。
通学路から校門前へ。
校門前から校庭へ。
校庭から花壇へ。
花壇から玄関へ。
玄関から廊下へ。
そして廊下から…………便所へ。
仙吉が襲撃に選んだのは便所だった。
利点としては、まず監視カメラが無い事が挙げられる。だから殺す瞬間がカメラに映り込むというリスクが無くなる。
さらに、狭い室内であるために逃すという事もなく、出入り口さえ塞げば邪魔も入らなくなるし、死体の発見を遅らせる事が出来る可能性もある。
連れや無関係な生徒が居る可能性も十分にあり得るが、それは出入り口で人の出入りをしっかり確認しておけば問題無い。花山以外の人間が居なくなるまで待てば良いのだから。
そして遂にその瞬間が訪れた。
出入り口を塞ぎ邪魔が入らないようにして男子トイレへと足を踏み入れる。
「運が良い。こんなに早く逢えるなんて……ねぇ?」
用を足している花山に語りかける仙吉。
この状況を作り出すのに一週間程掛かってしまったが、この学校の環境と相手が花山薫であることを考慮すればむしろ早いと言えるだろう。
だが花山には別段焦ったような様子は認められない。ただ普通に用を足している。
ーー長いね、どーも…
何がかと言えば、花山の“用”である。
普通の男子ならば当に出し終えているはずなのに、物凄い勢いで出され続けている。
ーーおいおい…………溢れちゃうよ
当然、便器に溜まったものが流れるよりも多く注がれればいずれ溢れてしまうだろう。
ーーま、いいか……それは……
ーー何にしろ…相手はこの怪物花山薫
仙吉はモップに模していた真剣を取り出す。
ーー“真っ二つ”
花山
ーーそりゃまァ…無理ですわ
どうにかギリギリ溢れずに済んだようだ。
ーーしかしね……………
出し切った花山は一つブルリと震えた後ブツをしまいチャックをキッチリと閉める。
ーー“斬る”ってだけなら…………
「花山さん」
「ん」
ーー殺すってだけならね♡
「助川仙吉です」
「……『ハーフカット』……………の仙吉か」
「“業界一ギャラの高い男”とも言われてます」
「殺し屋が学び舎に何の用だ」
その花山の質問に仙吉はさぞ面白そうに笑う。
「ハッハッハ。口で言わなきゃいけませんか……」
仙吉が柄に手を伸ばす。
「お若いとは言えこの世界が長いアンタだ」
柄を掴み、刃を抜き始める。
「密室に…殺し屋と二人きりとくりゃあ…」
「……………」
「今から何が起こるのか……察しのつかねェ花山薫じゃーー…」
スー…と刃が姿を見せていく。
「…ーーん?」
だが少しずつ姿を見せていた刃が突然ピタリと止まり、ピクリとも動かなくなった。
「アレ!?えッ!?」
ーーぬ……ッッ抜けない……ッッ!!!
何が起こったのか。
花山が鞘を握っていたのだ。
柄を握って抜かせていないのではない、鞘である。
ーーえ〜〜〜〜〜ッッ!!?
何故鞘を上から握って抜けなくなるのか。
それは花山の握力によるものだった。
トランプの束を引きちぎり、硬貨を捻じ曲げ、人の頭蓋骨を握りつぶせる程の握力を持つ花山が鞘の上から刀を握り、その圧力で刀が抜けなくなったのだ。
「
生徒が『喧嘩』として刀を抜くのならば花山は止めなかった。むしろそれが木刀だったなら、自分が持ち歩いている刀を渡していた事だろう。
だがここは学び舎。殺し屋が居ていい場所ではないし、裏の人間の争いが起きていい場所でもない。
花山が鞘を握る力を強める。
すると白木の鞘がメキッと音を立てて割れた。
当然、仙吉は焦る。
潜入の為他の武器を用意は出来なかった為に、唯一の武器であるこの刀を失えば丸腰で戦う事になる。
だがこの化け物に丸腰で戦って勝てる訳がない。
「シイッ!」
焦った仙吉は、鞘を握る花山の拳目掛けて蹴りを放つ。
しかし仙吉の蹴りは花山のもう片方の拳に迎えられ、ボキィッ!と音を立てて仙吉の脛の骨が折られた。
「あ"〜〜〜ッッ!!」
仙吉の膝から下がバキバキにへし折られたためにブラリと揺れる。
「ぐああッ〜〜!!」
その余りの激痛に仙吉は悶絶。
対する花山は、別の事を考えていた。
(………………不味い……もう
非常に不味いことになった。
仙吉の片足をへし折ってしまった以上、自力でこの学校を出て行く事は不可能だろう。
放置すれば、これまで順調であった()学校生活に支障をきたす。自分を狙った殺し屋が学校に潜入していたと知れたら、どうなるかは考えたくもない。
だからどうにかして、この仙吉を出来るだけ自然に学校の外まで送り届けなければならない。
花山は頭を振り絞って考える。
そして一つ、作戦を考えついた。
「………おい」
「ぐぉ………うぐ………」
「聞け……ッ」
花山が語りかけるが、悶絶している仙吉には聴こえていない。
「聞けって………ッッ」
「…あ…」
少し語調を強めると、ようやく仙吉が反応を見せた。
「書くものはあるか」
「…あ……マ…マジックなら………」
「ヨシ出せ……」
「……あ、ハイ……」
果たして、花山の作戦とは………?
「フンフンフーン♪」
上機嫌に石崎が廊下を歩く。
上機嫌になる理由として特に何かあったわけでもないが、強いて言えば花山の舎弟としていられることだろう。それだけで毎日がエブリデイなのだ。
花山が教室に居なかった為トイレかと思って探しに来たのだが案の定トイレだったようで、トイレから出てくる大きな影ーー花山を発見した。
「あ!花山さーー」
駆け寄る石崎。
「ーーん………?」
だが思わず石崎は足を止めた。
トイレから出てきた花山、その腕には一人の老人?が抱えられていたのだ。
良く見れば、その老人の口の両端から真下に黒い線が引かれており、例えるなら腹話術の人形のようになっていた。
「あ、あ、えーっと……あの、花山さん。それ……」
「腹話術だ」
「…………え?」
石崎は耳を疑う。今何と言った?フクワジュツ?フクワジュツって、あの腹話術か?
「特技でな」
「え、いや、そんな事聞いたことないんですけど」
「今初めて言ったからな」
「えぇ……?…ってかそれ人形じゃなくて人げ………」
「人形だ」
「え?いや、でも……」
「人形だ」
「……………」
あまりにも強引なゴリ押しに唖然とする石崎。
破天荒というか、ごくたまに予想がつかないような事をする花山だが、今回ばかりは全くわからない。
何がどうしてそんな状況になっているのか。
なぜ腹話術なのか。
というかその老人は誰だ。
グルグルと頭を回転させる石崎。
だが暫くして………
「……ア、ソーッスカ」
石崎は思考を放棄した。
校舎の外へ行くために悠々と廊下を歩く花山。
タダでさえガタイのせいで目立つというのに明らかに目立つものを担いでいれば、教室の中から態々廊下を覗きに来るものまで出てくるのは当然だ。
明らかに人間を担いでいるというのに、取り巻きの石崎は露骨に「イヤー!花山さんフクワジュツ上手イッスネー!!」と喋っている。
いや、それは無理があるだろう……そう思う生徒だが、あまりにも堂々とした態度で歩を進める花山に突っ込める生徒は誰一人としていない。
そうでなくとも、花山に指摘できるような生徒などほぼ居ないに等しいのだが。
それは教師ですらも例外では無かった。
「は、花山……それは……」
次の花山のクラスで授業をする真嶋先生が花山に話しかけると、花山は足を止める。
「人形です」
「い、いや、それはどう見ても……」
「人形です」
「あ、あのな花山、流石にそれは無理が……」
「人形です」
「………………そ、そうか」
ゴリ押す花山に真嶋、撃沈。
「先生、すいやせんが少し授業に遅れやす」
「お、おう…分かった…」
そう言ってまた歩き出す花山。
結果として、誰一人として花山に突っ込むことが出来ずに花山の背中を見送る事となる。
そして、殺し屋『ハーフカットの仙吉』は無事外へと送り届けられ、帰路に就くこととなったのだった。
因みに、唯一花山に突っ込めたであろう椎名は図書室に居たため、騒ぎに加わることはなかったそうだ。
あい。ちょっと短いけど。
監視カメラって言っても四六時中張り付いて見てるってわけじゃない事は分かってるので、こんな感じで潜入させました。
これで次から2巻のところやなー。