いや、俺が悪いんやけどね。
時刻は放課後の3時40分。
昨日延期された裁判の判決が今日出ることになっている中、Cクラスの二人は事件のあった特別棟の事件現場に呼び出されていた。
だが何も、果たし状が届いた訳では無い。
Dクラスの生徒で、学年としてもアイドル的存在である櫛田桔梗からの呼び出しだったのだ。
他クラスとはいえ女子からの呼び出し。健全な男子高校生であれば、
だが、そこに居たのは櫛田ではなかった。
「……どういうことだ。なんでお前がここにいるんだよ」
そこにいたのは、昨日の裁判にも参加していたDクラスの綾小路であった。
「櫛田はここには来ないぞ。アレは嘘だ。オレが彼女に頼んで無理やりメールさせた」
既に気候は夏っぽくなっており、冷房も空気の流れもない特別棟は校内でも屈指の暑さだ。
そんな所に呼び出されたにも関わらずそれが嘘だったとなれば、当然ふつふつと怒りが湧いてくる。
「ふざけてんのか?何の真似だよ、あ?」
苛立ちを隠しもせず強い口調で凄むが、それに怯む様子も無く綾小路は答える。
「こうでもしないとお前らは無視するだろ?話し合いがしたかったんだよ」
「……話し合い?」
嘘をついてまで呼び出された目的が話し合いだと聞いて、小宮と近藤は訝しげな表情を浮かべながらアイコンタクトを取る。
「……んなもん必要ねぇだろ。俺たちは須藤に呼び出され殴られた。それが真実だ。大人しく相応の罰を受けろ」
「別にそんな議論をするつもりはないさ。それは時間の無駄だ。どちらも絶対に主張を曲げないことは昨日散々語りつくしてわかってるからな」
「じゃあなんだよ。今から俺達を拉致って会議に不参加でもさせるってのか?勿論そんなことしても無駄だが……。大人しく諦めろ」
元々小宮と近藤に話し合いをする気などハナからないので、早々に立ち去ろうとする小宮と近藤。
だが、それは思わぬ登場人物によって引き止められる。
「観念した方が良いと思うよ、君たち」
「い、一之瀬!?どうしてお前がここに!?」
学年でも名の知れているBクラスのリーダーである一之瀬が出て来れば驚くのも無理はない。
「どうしてって?私もこの件に一枚噛んでるから、とでも言っておこうかな?」
「……今回Bクラスは関係ないだろ。引っ込んでろよ」
先程までの綾小路とは打って変わって、弱々しく一之瀬を退けようとする。
これまでに何度かBクラスとバチバチやりあったこともあり、苦手意識に近いものが小宮と近藤にはあった。
「確かに関係は無いけどさ。嘘で大勢を巻き込むのはどうかと思わない?」
当然、どういう手口を使ったかはバレているようだ。
「……俺達は嘘を言ってない。被害者なんだよ俺達は。ここに呼び出されて須藤に殴られた。それが事実だ」
「えーい、悪党は最後までしぶといっ。そろそろ年貢の納め時だよ!」
バッと右手を広げて高らかに宣言する一之瀬。
「今回の事件、君たちが嘘をついたこと。最初に暴力を振るったこと、全部お見通しなんだよね。それを明るみにされたくなかったら今すぐ訴えを取り下げるべし」
「は?訴えを取り下げろ?何言ってんだ。お前らの証言なんて当てになんねえんだよ。あれは須藤が喧嘩を仕掛けてきたんだ」
「この学校が、日本でも有数の進学校で、政府公認だってことは知ってるよね?」
「当たり前だろ。いきなりなんだよ」
「だったらもう少し頭使わないと。君たちの狙いなんて、最初からバレバレなんだよ?」
この状況を楽しむかのように堂々と話す様は名探偵さながらだ。
そして自信のある堂々とした話し方は、嘘やハッタリも本当だと信じさせる。
「今回の事件を知った学校側の対応、随分とおかしいと感じなかった?」
「は?」
「君たちが学校側に訴えた時、どうして須藤くんがすぐに処罰されなったのか。数日間の期間を与えて、挽回するチャンスを与えたのか。その理由は何だと思う?」
「そりゃあいつが嘘をついて学校側に泣きついたからだろ。建前上猶予を与えないと訴えた者勝ちになっちまうからな」
「本当にそうかな?本当は別の狙い、目的があったんじゃないかな」
「何を言ってんだよ。わけわかんねぇし。クソ暑いしよぉ…」
風も通らない密封されたこの場は、うだるような暑さが立ち込めている。
脳が十全にパフォーマンスを発揮するには、それなりの環境が必要だ。加えて嘘をつくことによる微かな動揺、一之瀬というイレギュラー。
これら三つの要素が重なれば、人間の思考力は大きく低下する。
「もう行こうぜ。こんな暑いとこにいられるか」
「いいのかな?」
もう我慢の限界なのか、小宮が帰ろうと言い出すが一之瀬が引き止める。
「もし君たちがここを離れたら、多分一生後悔するよ?」
「さっきから何なんだよ一之瀬!」
「分からないの?学校側は、君たちCクラスが嘘をついてるのを知ってるってことだよ。それも最初からね」
突然告げられた衝撃の事実。
当然信じられるはずもない。
「笑わせんなよ。俺達が嘘をついてる?それを学校側が知ってるだと?」
「あはははは。おかしいよね、君たちはずっと手の平で踊らされてるんだから」
「一之瀬を抱き込んだのはすげぇが、そんなもんはただのハッタリだろうがよ!」
「確実な証拠があるんだよね」
ハッタリだと決めつけている近藤の強気の恫喝にも怯まず、一之瀬は続けた。
「はっ。だったら見せてくれよ、その証拠とやらをよ」
ーー食い付いた!
これが、この瞬間綾小路や一之瀬のこころの声だろう。
「この学校の至るところに監視カメラがあるのは知ってるよね?教室や食堂、コンビニなんかにも設置されてあるの、何となく見たことあるでしょ?私たちの普段の行いをチェックすることで不正を見逃さないようにしてる措置なんだよ」
「それがどうした」
「だったらさ。アレ、見えないかな?」
一之瀬は、廊下の少し先にある天井付近を指差した。
続けて、小宮と近藤もその示す先を見やる。
「は?」
間の抜けたような声がどちらかから漏れる。
その先にあったのは、監視カメラだ。
模型などではなく動いている証拠だと言わんばかりに、時折左右に首をふっている。
「ダメじゃない。誰かを罠にハメるならカメラのないところでやらなきゃ」
「嘘……だろ……?」
「オイオイ……」
小宮と近藤は“まさか”と言いたげな表情で驚いている。
「確かに校舎の廊下には基本的にカメラは設置されてないみたいだね。だけど、例外的に取り付けられてる廊下が数カ所あるんだよ?それは職員室と理科室の前だよ。職員室は言わずもがな、貴重品がたくさんあるでしょ?そして理科室は薬品関係が沢山置いてある。この階には理科室があるから、カメラが設置されてるのは当然ってこと」
唖然としている小宮と近藤。
詰め切った!と、一之瀬は勝利を確信した。
もし少しでも何かが変わっていれば、完全に想定外の一手となり、二人は訴えを取り下げる事となる………はずだった。
「……はは」
「……え?」
どちらかから聞こえた乾いた笑い。続く小宮と近藤の張り裂けんばかりの笑顔を見て、一之瀬は疑問の声を上げる。
「確かにお前らは凄かったよ」
「だが、相手が悪かったな」
「俺達」
「Cクラスは」
「そう!」
「甘くは無いぜ!」
まるで示し合わせたかのように交互に言葉を紡ぐ彼らに、一之瀬は……いや、一之瀬と綾小路の二人は困惑を隠し切れない。
「な、何を……言ってるの?」
「わからねぇか?一之瀬!」
「この!」
「流れを!」
「全て!」
「「読んでいたということだよぉッ!」」
時は、昨日の放課後まで遡る。
『事件を無かったことにすれば良いんですよ』
無罪にする方法があると言った後、椎名はそう言った。
『無かったことに……?』
『どういうことだよ』
『二つ方法があるんですけど、一つは事件があったことをうやむやにしてしまう方法です』
『どうやって?』
『例えばですけど、テロなんかが学校内で起きれば今回の事件なんてうやむやになりますよね?後は爆弾が見つかるとかもでしょうか』
『いや、そりゃなるだろうがよ……』
ハッキリ言ってあまり現実的では無い。テロなんて日本じゃそうそう起きないし、爆弾なんかもそう用意出来るものでも無い。
あまりに突拍子も無い、無さすぎる例え話に、石崎や小宮、近藤は肩透かしを食らった気分だった。
『後は、人が死ぬとかでしょうか?』
『………椎名って意外とエグいこと言うよな』
石崎としてはこれまでの経験で割とズバズバと物言う椎名にそれほど驚きは無いが、他のまだ付き合いが浅い龍園達からすれば意外な一面だろう。
とは言え、この例え話は全く現実的でない。
『本当にそんなこと起きると思うのか?』
小宮が疑わしげに聞くと、椎名はあっさりと否定する。
『いえ、流石に現実的ではないですし、意図的に起こすことはまず不可能でしょう。それで二つ目です。それが、訴えを取り下げるという方法』
『……?どういうことだ?』
『……なるほどな』
石崎はまだ理解出来ていないようだが、龍園は椎名の言いたいことを掴んだようだ。
『今回は、
目撃者がいようがいまいが、喧嘩があったことが事実だろうが嘘だろうが、元々Cクラス側が訴えなければ問題になることは無かったと、龍園は言った。
そしてそれを椎名は肯定する。
『そういうことです』
『なら次の疑問だ。どうやって俺らから訴えを取り下げさせる?』
薄々勘付いているだろう龍園は、さぞ楽しげに椎名に問い掛ける。
『脅したり、買収といったところでしょうか……。でも、Dクラスに買収出来る程のポイントがあるとは思えないので、十中八九脅しの方で来るとは思います』
『だがよ、脅されたぐらいじゃ俺達は訴えを取り下げたりしねぇぞ?』
暴力で脅そうものならこちらの思う壺だしな、と続けた。
『一応確認しますけど、小宮くんや近藤くんに後ろ暗いことがあったりします?』
『いや、ねぇけど』『俺も』
『なら……色仕掛け……とかでしょうか?櫛田さんみたいな子に言い寄られれば、ついつい動いてしまいそうですけど』
『う、動かねぇよ!なぁ!?』『そ、そうだそうだ偏見だ!男子がみんなあんな子が好きだと思うなよ!』
『別に思ってないんですけど……後は……ハッタリでしょうか?学校は全部知ってるんだぞーとか』
『なるほどな……』
まぁ、そういう手を使ってくると分かっていればハッタリだと丸わかりだ。
続いて、あ、と思いついたように椎名が声を上げる。
『監視カメラを設置するという手段もありますね』
『監視カメラぁ?』
『んなもんどうやって用意すんだよ?』
監視カメラなど、そうそう売っているものでもない。
ハッタリとしての効果は充分だろうが、用意出来なければ結局のところは机上論だ。
だが、それは頭のキレるthe・ドラゴンボーイによって否定される。
『いや、監視カメラは多少値は張るが買える』
『マジっすか!?』
『あぁ』
龍園はこの学校のルールを把握した時点で、あらゆる手段を使えるように下調べを行なっている。
監視カメラが売っていることを知っているのもその一環だった。
『私には他は思い付きませんね』
もう思いつく事は無くなったらしい椎名は、ジュースをちゅー、と吸って話を締め括った。
完全に手を読まれており、小宮と近藤を抱え込むことに失敗してしまったDクラス。
結果として、須藤と小宮、近藤は双方重さは違うものの、痛み分けという事で決着がついた。
だがそれがもたらした須藤のレギュラー剥奪やクラスポイントに及ぼした影響を鑑みれば、今回の事件はDクラスの完全敗北という形で、いちれんの事件は幕を閉じたのだった。
この話を書くにあたって、「あれ?こういう流れならアンチヘイトのタグ付けとかないとアカンのじゃね?」って思ったけどちゃんと付いてたわ。流石俺。
小宮と近藤をジョジョ立ちさせながら「読んでいたということだよぉッ!」バァァァァァンって絵描いてみたくなった。誰か描いて。