最初の襲撃でトラブルはあったが、その後の探索は順調そのものだった。
ミィスの感知能力は高く、敵の接近よりも早くこちらが態勢を整えることができていた。
おかげで万全の状態で迎撃を行え、怪我らしい怪我を負わずに済んでいる。
そうして受け持ち範囲をあらかた調べ終わって、僕たちは休息を取っていた。
「意外とトラブルは無いですね。ゴブリンもいないし」
「本当に大発生が起こったのか、怪しくなってきたな」
「それはないです! ボクはちゃんと、ゴブリンの死骸も見ましたし」
「問題はそれですよ。誰がゴブリンを蹂躙したのか、それがわかりません」
ミィスの証言を疑うノーバスに、ショーンさんは問題点を指摘する。
「それなら僕がやったんですよ」
シュッシュッッと拳を突き出し、ファイティングポーズを取ってみせる。
しかしその拳に勢いはない。やはり近接戦の技術を得るには、全裸になる必要があるらしい。
僕の突き出す拳は、全く腰の入っていない子供のパンチみたいになってしまった。
そんな僕の姿を、生暖かい目で眺める一行。ミィスまでその視線を送ってくる。
やめて、くせになっちゃう。
「ハハハ、そういうことにしておきましょう」
「信じてないですね?」
「もちろん」
「しょんぼり……」
まぁ、信じてくれないなら、それはそれで僕の異能を隠す役には立つ。
僕は『いいんだ、いいんだ』といじけていると、通路の奥から悲鳴聞こえてきた。
「今の、悲鳴!?」
「誰かドジ踏みやがったか!」
「え、でも魔獣の気配は無いですよ?」
「暢気に言ってる場合か!」
ドーラとノーバスはそう叫ぶと武器を取って駆け出していった。
エランはおろおろとこちらに視線を向け、それから一礼してから後を追っていく。
僕とショーンさんは、それを見送って大きく溜息を吐いた。
「あの正義感は悪くはないのですが……状況判断力に難ありですね」
「まぁ、見捨てるわけにもいきませんから、間違いじゃないんですけどねぇ」
「あ、あの、追っかけなくていいんです?」
暢気に話す僕たちに、ミィスはおろおろと聞いてくる。
迂闊にノーバスに付いて行かなかったのは好印象である。
ともあれ、先行する彼らを放置するわけにはいかない。僕とショーンさんは立ち上がって、ノーバスたちの後を追いかけたのだった。
現場に僕たちが駆け付けた時、先行していたノーバスたちは呆然と立ち尽くしていた。
彼らの眼前には落とし穴が口を開き、冒険者が数人、そこを覗き込んでいた。
「誰か、アンソンを助けて!」
「いやでも、あれは――」
「でも生きてるのよ! 動いてるじゃない!?」
「どうやって引き上げるんだよ!」
混乱した状況を確かめるべく、僕は彼らの隙間をすり抜け、落とし穴の中をのぞく。
「うげ」
そこには落とし穴に落ち、下に仕掛けられた槍衾にモズの早贄のごとく串刺しにされた冒険者の男が存在した。
槍が腹と足を貫き、微妙なバランスで宙に浮かんでいる。
口元から泡状の血が吐き出され、目が虚ろに動いていた。
手足が痙攣するように動いているので、確かにまだ生きているのだろう。
「無理だ、諦めろ。とどめを刺してやるのがせめてもの慈悲――」
「いや、待ってください。まだ何とかなります」
僕が習得している魔術師系魔法の中には、対象を浮遊させる魔法がある。
本来は落とし穴に対応するための魔法だが、これを使えば落下を防ぐことができる。
彼――アンソンの身体にロープをかけ、ゆっくりと持ち上げれば何とかなるはずだ。
「というわけで、僕が魔法をかければ、落下は防げます。あとはゆっくりと持ち上げれば助けられます」
「出血が酷いぞ。本当に助かるのか?」
「それにはドーラさんとそちらの……」
「アリアよ」
「アリアさんが対応してください。その装備だと僧侶系魔法が使えますね?」
先ほどまで取り乱していた彼女はアリアという女性だった。
彼女の服装は白いローブにメイスという鈍器を装備した、典型的な僧侶の装備だ。
「え、ええ」
「この距離なら魔法が届きます。引き揚げながら回復魔法を掛けて体力を強引に維持させてください」
「でも、それじゃ引き上げ終わるころには魔力が尽きちゃうわ」
「上まで引っ張り上げれば、僕が何とかします」
インベントリーの中には、回復アイテムも大量に存在する。
それに僕自身も回復魔法が使える。生きてさえいれば、何とでもなる。
そんなこんなで、僕の指示通りにアンソンを引き上げる作業が始まった。
ゆっくりと引き上げつつ、ドーラとアリアが交互に回復魔法を掛け続け、体力を回復させていく。
アンソンは槍を引き抜かれる苦痛に呻きながらも、どうにか命を繋いでいた。
「よし、抜けたぞ!」
「あとは急いで引き上げろ。だがぶつけるなよ!」
槍が抜けると同時にごぽりと血が流れ出す。
同時にアリアとドーラも、その場に腰を落とした。これは出血を見たショックではなく、魔力切れによるものだ。
「場所を開けて、回復剤を使います!」
回復魔法でも良かったのだが、詠唱しないでいい分、ポーションの方が早い。
先の十級ポーションの回復量を見たところ、八級ポーションでも命の危機を脱することはできるはずだ。
その後で十級ポーションを何本か使って全快させよう。
そうすれば、僕が持つポーションの高効果も目立たないはずだ。
「まずは一本、それから……」
八級を一本、それから十級を二本、三本と使っていく。
しかし身体を貫いたほどの傷は、意外と塞がりにくい。
四本使用したところで、ようやく傷口が完全に塞がった。やはりノーバスとは比べ物にならない体力を持っているらしい。
「やっと塞がった。この人、凄い体力してるんですね」
「え……助かったの?」
「はい。でも体力をかなり失ってますから、しばらくは安静に」
「ああ、ありがとうございます! アンソン、よかった……」
無事を聞いて泣き崩れるアリア。ひょっとすると、この二人は恋仲なのかもしれない。
しかし、僕の周辺では別の声が上がりつつあった。
「マジかよ、あの傷を治すなんて」
「もう助からないと思ってたぜ」
「俺もだ。腹をぶち抜かれて生きているなんて、奇跡だ」
「奇跡……伝説にある聖女様って奴か?」
「まさか。いや、でも、彼女の出自は誰も知らないし」
「じゃあ本当に? 聖女様なのか!」
待て待て、僕は現在忍者であって聖女ではないぞ。いや、錬金術師とか魔術師とか司祭とか聖騎士とか魔法剣士も混じってるけど。
いや司祭が混じってるから聖女でいいのか?
「いやよくない。僕は聖女じゃないです、錬金術が使えるだけで」
「それでもだ。そもそも聖女ってのは必要な時に必要な力を発揮して人を救う者に与えられる称号みたいなもんだし」
「そう言うのは『勇者』のお仕事でしょう? いやいや、やめて、ホントに。そんな風に呼ばれるなら、村を出ちゃいますよ!」
「え、それは困ります!」
慌てて否定の声をあげたのは、ショーンさんだった。
ギルドの関係者からすれば、高性能なポーションを供給する僕の存在は、喉から手が出るほど欲しいはずだ。
そんな僕に逃げ出されたとなれば、ショーンさんの責任問題になりかねない。
結局ショーンさんの必死の説得により、僕の聖女格上げは棚上げとなったのである。