その日、僕たちは町の食堂で朝食をとっていた。
いつもの町の風景に、デュラハンが起こした災害痕を復旧する非日常が混じり込んだ、朝の風景。
その騒動も次第に落ち着きを取り戻し始めた、騒々しくも活気のある食堂。
そこでエッグトーストを齧りながら、僕の耳に飛び込んできたのは――
「鉱山の魔獣?」
「ああ、どうやらこの先の鉱山が魔獣の巣を掘り当てちまったらしくてな」
「そりゃタイヘンだ。この町にも影響があるんだろうなぁ」
「鉱石の仕入れは、少し困るだろうな。なんせ連中、攻撃したら爆発しやがるんだ」
聞こえてきた『爆発』という言葉に、僕の身体はピクリと動く。
ゲームでもそういう行動を執るモンスターがいたからだ。
「それ、凄いのか?」
「周辺数メートルに爆風が撒き散らされるんだとよ」
「なんだ、たった数メートルかよ」
「バッカ、おめえ、考えても見ろよ。それだけあれば人一人吹っ飛ばすにゃ充分だろうがよ」
「あ、そうか。そりゃタイヘンだな」
攻撃したら確実に自爆し、否応なく巻き込まれる。
鉱石系の魔獣だから装甲が硬く、遠距離攻撃が効きにくい。そんな特徴が聞こえてきた。
鉱山で働く人にとっては、これは災難以外の何物でもない。
しかし僕にとって、これは天啓のように聞こえてきた。
「ミィス、このあとギルドに行こう!」
「むぐ、んぐっ? な、なんで?」
「んふふ、君のレベル上げを敢行するのだよ」
「ふぁ!?」
ギルドに向かうのは、現在のミィスのレベルを記載させるため。
僕の考えが正しければ、この方法でミィスはかなり強くなれるはずだ。
もっとも、レベルはおそらく身体能力基準の強さの指標にしか過ぎない。
実戦経験を積まないと戦い方は身に付かないと思うが、それは後でどうにかするとしよう。
今はレベルを上げて、ミィスの基礎能力を上げることに注力しよう。
そんなわけで、僕たちはハーゲンの護衛の下、ギルドにやってきていた。
相変わらず視線の矢を受けるが、ハーゲンの存在と、ゴステロ支部長の通達のおかげで、直接勧誘しようとする者はいなかった。
ただし、あの一件の礼を告げに来る者は、今も少なくない。
むしろ数名に囲まれてしまい、ハーゲンが『後にしろ』とかき分けてくれる事態になっていた。
「悪いな。アイツらも悪気はないんだ」
「知ってますよ。ヘンな勧誘じゃない限りは、機嫌を損ねたりしません」
「そうしてくれ」
カウンターに向かい、受付の人に登録情報の更新を告げ、レベルを測定する石板を用意してもらった。
相変わらず二桁までしか測定できないもののようだが、ミィスの場合はこれでも充分だ。
「それじゃ、こちらに手を……ああ、知ってましたね」
「はい。測定したのはこの前ですから」
ミィスの登録情報はまだ3レベルのままだ。
しかし僕は、彼のレベルが10レベルまで上昇していることを知っている。
石板に手を置いたミィスは緊張しているようだが、受付の人は手慣れた様子だった。
その余裕の表情が、ミィスの測定結果を見た瞬間、驚愕に染まる。
「え、レベル――っと、失礼しました」
さすがにレベルを口にするほど迂闊ではなかったようで、口に手を当てて、強引に言葉を切り、謝罪の言葉を口にする。
周囲を見て、視線が集まっていないことを確認すると、そっとこちらにミィスの登録証を返してくれた。
そこには僕の測定器と同じ、レベル10の文字。この間までレベル9だったが、デュラハンを倒したことで一つ上昇したらしい。
周囲の視線も、さすがにカウンターでのやり取りの最中にまで向けるのはマナー違反のため、無理やりな様子で視線を外している者も多かった。
「すごいですね。ちょっとした騎士に匹敵する強さですよ」
「そうでしょう、そうでしょう。でもナイショですよ?」
「守秘義務がありますので、そこはご安心を。相手が支部長でも話しません」
「それを聞いて、安心しました」
これでミィスの情報が他所に漏れることも、まず無いだろう。
まだ十二歳にもかかわらず、このレベル。青田買いしたい者や、騙してこき使ってやろうという人間がいれば、即座に目を付けられる。
しかし情報がここで止まっている限りは、そういう危険もない。
「それじゃ、僕たちはこれで」
「ええ、より一層のご活躍を期待しておりますね」
「アハハ、それはどうかなぁ」
軽く手を振り、カウンターを離れる僕。その僕の姿に、ミィスは意外そうな声を上げた。
「えっ!? あの、シキメさん……?」
「ん、なぁに?」
「討伐依頼とか、受けないの? ほら、鉱山――」
「あー。殴ったら爆発する奴でしょ? 無理、無理」
殴るとすぐ爆発する魔獣をなのに、接近戦で倒そうなんて危険すぎる。
それに僕が目論んでいるのは、討伐証明になる魔晶石を回収できない戦い方だ。
ぶっちゃけると僕しかできない戦い方なので、ここで情報が漏れるのはマズい。
「ほら、ミィス。今日のところは宿に帰るヨー」
「なんか棒読みっぽくない?」
「無い無い」
そう言ってぐずるミィスをカウンターから引き剥がし、僕たちはギルドを後にしたのだった。
そうしてやってきたのは、
ここの下層……情報では地下三階分くらい潜った場所にその敵がいるらしい。
そしてここからの戦闘は企業秘密ということで、ハーゲンとロバのイーゼルには留守番をしてもらった。
鉱山にロバを連れていけないし、ハーゲンにここから先の戦闘を見せるわけにはいかない。
ハーゲンは渋っていたが、無理についてくる場合、ギルドを脱退して行方をくらますと宣言したら、渋々ながら了承してくれた。
彼の仕事からすればあり得ないことなのだろうが、今回ばかりは目を瞑ってもらおう。
「あんなこと言ってて、結局来るんじゃない」
「そりゃそうでしょ。敵を倒さないとミィスのレベル上げができないからね」
「レベルって、そんな簡単に上がるモノじゃないよ?」
「ここにきて急成長してる人が言っても、説得力ないなぁ」
ミィスの鼻先を指で押してやると、まるですっぱいものを食べたかのように顔をしかめる。
その仕草が面白くて、つい何度も繰り返してしまった。
「もう、シキメさん、イジワルはヤメテよぉ」
「ごめんね。ミィスの仕草がまるで子猫っぽいから、つい」
「むぅぅ」
不貞腐れるミィスだが、彼の言うことも一理ある。
早くいかないと時間が遅くなるし、別の冒険者が討伐に来る可能性もある。
この鉱山は町の貴重な収入源の一つだし、事態が長引けば、間違いなく討伐の依頼は入るだろう。
それまでにできる限り、爆発する敵……おそらくはフロートボムと呼ばれる特殊な魔獣を倒してしまいたかった。
「それじゃ行くよ。明かりの準備は良い?」
「あの、本当にボクは何もしなくていいの?」
「うん。それどころか、僕もほとんど何もしないけどね」
「え?」
「私に良い考えがある」
「なんか、不安。それになんで『私』?」
「いや、つい……」
それにこのセリフは失敗のフラグじゃないか。僕としたことが迂闊だった。
発光する石を埋め込んだバンダナ状の魔道具を頭に着け、前振りとなる補助魔法をいくつか使用して、鉱山へと足を踏み入れる。
地下から魔獣が沸きだし、人がいなくなった鉱山は、狭い迷宮のような場所だった。
しかしフロートボムが出現しているため、ここを根城にしようとする他の魔獣も存在しない。
つまり一気に最下層まで辿り着くことができた。
細い竪穴を降り、最下層に足を踏み入れ、ほんの数分でフロートボムは姿を現す。
「早速出たね。まずは僕が様子を見るから、ミィスは少し離れていて」
パーティ機能があるのだから、ミィスには鉱山に入ってもらう必要はなかったかもしれないが、まぁこれも僕の力を知ってもらう一環と思おう。
まずは手始めに障壁という補助魔法を使用し、拳でフロートボムをコツリと叩く。
もちろん無装備特典のない拳では、大したダメージを与えられない。
しかしその攻撃にも、フロートボムはしっかりと反応し――盛大に爆発したのだった。