何時の頃からか、近所で同学年、同じ小学校だった女の子、湊友希那がちょくちょくウチに、正確には家の前に来るようになっていた。
理由は至極単純、ウチのお猫様ことタマ(虎柄猫)とミケ(三毛猫)が門前で寛いでいるところに会いに来ているのだ。
まあ、それだけだったら別に俺は気にしなかった。
近所の主婦や小さな子供達がたまにウチに来るし、名前すら知らない彼女はその1人に過ぎなかった。
同じクラスになったこともあったが、結局名前すら覚えてなかったのだから。
しかしながら、彼女との関係に変化が生じたのは小学校生活最後の夏休み。
その日は全国的にも珍しい猛暑日。町内会で母は家におらず、父も仕事に出かけており、家の中にはクーラーが冷たい空気を吐く音とテレビのアナウンサーが熱中症について注意を促す声だけだった。
宿題も終わり、親しい友人がいる訳でも無い俺は、あんまりにもやることがなかったのでコンビニまでアイスを買いに行ったのだ。もちろん買ったのはペピコのカルピル味。2本入っているお得感と手頃な値段がお気に入りのアイスだ。
アイスが溶けないようにさっさと家へと帰ると、門前で例の彼女がいた。いつもなら多分無視するか、いなくなるまで待ってから家に入ったのだろうが、ふと気になって話しかけてみたのだ。
「ウチになんかよう?」
「………猫に、会いに来たの」
これが彼女とのファーストコンタクトである。今思えばつっけんどんな態度だったと思うが、今からこの時に戻っても気の利いた言葉なんてものは出なかっただろう。
「猫なら家の中だよ。今日暑いから多分夜にならないと出てこない」
「……そう」
この時の彼女の顔は、この世の終わりのような顔をしていた。あまりにも不憫だったので、つい、こういってしまった。
「えっと、家入る? クーラーついてるから二匹ともゴロゴロしてるし」
「入るわ」
即答。未だ記憶にある中でもっとも躊躇ない返答であった。
結局その日は日が落ちるまでお猫様を愛でていた彼女であったが、これ以降3日に1度以上は必ずウチに来てはお猫様を構いにきた。彼女専用のカップが出来たと言えば、その入り浸り具合が分かるだろうか。
その日、またもや猛暑日であった。さらに言えば、両親が商店街の福引で当てたペア旅行に出かけ、ウチはお猫様と俺だけの城と化していた。
といっても、一国の城主となった所で横暴に振る舞えば痛い目に遭うのは目に見えている。ならばせめてもの贅沢として、クーラーの利いたリビングで熱々のうどんを夕食とするとこにしたのだ。
そんな折りにピンポーンとどこか間の抜けた音がリビングに響いた。
はて、宅配便だろうか。そう思いながら玄関のドアを開けるとそこには友希那がいた………泣きそうな顔で。
「とりあえず、上がれ」
「……うん」
どんな事情があったかは分からない。しかし、時刻は午後7時に差し掛かり、真夏とはいえさすがに日が落ちてきている。そんな中、泣きそうな女性を外に放置するような外道ではない。
「ほら、いつものとミケ」
友希那専用の青を基調とした猫柄カップに何故か常備することになったはちみつティーを注ぎ、ちょうど擦り寄ってきたミケを彼女の膝の上へと乗せる。
「ありがとう」
ボソリと、俯きながらお礼を言われる。いつもならば即座にミケを撫で回すなり、はちみつティーに手を付けるなりするが、彼女は俯いたままピクリともしない。
これは重症だ。彼女は芯が強く、あまり感情を表に出さないが、猫のことになると微妙にぽんこつになる。多少不機嫌でも猫さえ渡しとけば手がかからない、そう学んだのが数年前である。
しかし、彼女にとって万能薬のお猫様はこの難病には大した薬効を得られないようだ。そう見て取ると、万能薬兼お医者様のミケは伸びをひとつしてからどこかへと去ってしまった。
ふむ。しかし、こちらから踏み込んでいいものか。俺と彼女はせいぜい普通の友人。普段感情を表に出さない彼女がこうにまでなる、つまりはそれなりに重い、更には彼女のプライベートに触れることになるかもしれない。
暗い女性に気の利いた言葉をかけれるような人生経験を積んでるわけでも無いので、恐らく次善の策である「なるべく話題には触れずに帰ってもらう」という作戦を決行。
「あー、今からうどん作るんだが、お前も食べるか?」
無言、しかし確かに頷いたのを見て一言断りを入れてからキッチンへ向かう。