「提督、どうぞこちらへ」
俺は大淀さんに誘導されて、歩いている
何度も言うようだが横須賀鎮守府ってのは憧れの的で、このレベルの鎮守府に配属される人なんてごく一握りですらない。砂場の砂の一握りから更に二、三粒を選ぶようなもんだ
一応俺も提督としてやってるから最初の一握りの内に入ってるが、やっぱり格が違う
ってなわけで、こういう最大規模の鎮守府には研修で来たきりなので俺の中ではストーリーで一回しか行けないダンジョンだとか、そんな感じのイメージになってた。
(え?俺の研修時代?呉に行ったよ)
「提督、お腹すきません?」
「え?いや俺朝食ってきたから」
食堂が見えてきたところで、大淀さんが俺の腹が減ってないか聞いてくる
いやに唐突だな、とか思ったが別にお腹は空いてないと素直に答える
「空腹なようなので、先に食事にしましょう」
「導入が雑ゥ!要するに食堂でなんかまた刺客が来るんだね!?」
完全に無視された
どうやら食堂でまた何かしらイベントがあるんだろう。上等だけど羽黒ちゃんみたいな良心が痛むのはやめてほしい
「どうぞ、お入りください。当鎮守府の食堂です」
「はえ~すっごい大きい」
やはり横須賀鎮守府は違うなぁ。食券販売機が何台も立ち並び、写真付きのメニューはどれも美味そうなものばかり、カウンターの奥では給糧艦が働いているのだろう。いや、或いはここまで大きいと外注の料理人でも雇うのか?…ちょっとそこまでは分からないが、とにかく下手なショッピングモールのフードコートよりもよほどデカい
食堂に入ると、中に居た艦娘たちの視線が一斉に集まってくる
その目は 新任者(設定)である俺に反対する敵意・殺意・悪意…な訳ねぇだろ!
ほぼ100%好意的な視線だったわ!心なしか一部は嘲笑や懐疑的な視線も交じってるような気もしたけどというかお呼ばれさんどころか、上層部と結託されて、半ば強制参加でこの企画に付き合ってるのに悪意ある眼差しなんて向けられたら、そいつをしばき倒すかもしれんわ
「あれ?今日視察の日だっけ?大淀さんどうしたのさ」
「えっ?視察?」
「あっ」
声をかけてきたのは雷巡北上
視察の人?俺大本営の監察官だとでも思われてるのかな?
いやすり合わせしといてよ!一部怪訝そうな視線が交じってたのってそういう事か!
「ちょっと待って説明されてないの!?」
「うん、今のところは。私が聞いてないだけかも知れないけどね~」
爆弾発言、説明がないってどういうことだよ!
大淀の顔を見てみる。目を逸らされた
「大淀さぁん?これどうすんのぉ?俺恥ずかしいよ?」
「いや!昨日ビラとか配ったんですよ!でも長期遠征やそのタイミングで出撃していた人とか、そもそもビラやチラシに興味がない人には伝わってないようで」
「前日だけかよぉ!」
前日からかよぉ!いや待て、この流れ凄い既視感あるぞ…もしかして
「もしかして牡蠣パーティー絡み?」
「ええ、事前に秋雲さんがイラストレーターとして志願しましたが、完成前に牡蠣パーティーでダウンしまして」
「やっぱり?」
「やっぱりです」
また牡蠣パーティーかよ!どんだけ食中毒患者だしてんだよ!
どうやら秋雲がダウンしたせいで補填に時間が掛かったらしい。どうなってんだよ牡蠣パーティー
「まぁ~アポ取ってるなら私は大歓迎だよ。ここのカレー美味しいから食べてきなって~」
「うん、そうさせてもらうよ」
とりあえず不審者ではないと分かってくれたのか、笑顔で応対される
まぁ、関係者の大淀さんに連れられてるわけだしそりゃ不審者じゃあないとは分かってくれるよな
おすすめメニューはカレーらしい。カレーはどこで食っても美味いもんだが
どこも同じ味かって言われれば決してそんなことはない。むしろああいう家庭料理こそ深みを出すための料理人の努力があるわけである。腹はそこまで減ってないがこうも言われりゃ食いたくもなる。
「ちなみにお兄さん、何処から来たの?」
「ああ、俺は…」
「ちょっとそこまで!そこまでにしてください北上さん!」
慌てて間に入ってきた大淀さん。確かに仕掛け人じゃない人がこれ以上俺に絡むと
この後のイベント?に差し支えが出かねないから、しゃあないか、北上さんも悪い人じゃないしちょっと残念。
「え、大淀さんどったの?あーもしかして『コレ』だった?」
そう言って、両の小指を絡ませる北上さん
「「違います(違う)から!」」
我ながら最悪のタイミングでハモッたと思う。こんなの誰でも茶化したくなるわけで
大淀さんもまずいと思ったのか、見た時には顔が真っ赤に染めあがっていた。
「へぇ~そうなんだぁ~、お二人の邪魔しちゃいけないから私行くね」
「ちょっ、待って待って待って!北上さんちょっとこちらへ」
そう言って慌てて北上さんを捕まえて二、三メートル離れた位置に連れて行く大淀さん
そうして北上を連れて行った大淀さんはこちらに背中を向けていかにもな内緒話を始めた。
(ですから今からあの人にドッキリするので、ちょっと席外してください。ええ、すいません)
(いやそんなことだと思ったけどさ、でも意外とお似合いだよお二人さん)
言うべきか言わないべきか、バリバリ聞こえちゃってる
「そういう事ね、横須賀鎮守府へようこそお兄さん。じゃ~私、大井っちとモンハンしてくるから」
「あ、ああ、じゃあね北上さん」
こっちがキョドキョドしてるのが分かったのか
ひとしきりケタケタ笑った後、北上さんは食堂から出て行った
「では提督」
北上さんの背中を眺めていると大淀さんに話を振られる
「ちょっとしたアクシデントはありましたが、食事にしましょう」
「ちょっとなんだ。相当デカいミスだと思うんだけど」
「気にしないでください」
「あっはい」
あくまでも今の流れは引きずらないようにするらしい。メンタル強いなおい
「じゃあさ、北上さんも勧めてたしカレーライスで」
「提督、静かに」
大淀さんに制止される
「え、ちょ、なんだよ」
「周りを見てください」
そう言って大淀さんは視線で周囲を見るように促してくる
周囲を見ると、近くに座っていた艦娘が冷たい目でこちらを見ている
なんか知ってるぞ、これってブラック鎮守府モノでよく見かける奴だよな
「もしかしてあれか?ここでは人間らしい食事が出なかったから、人間らしい飯を頼むと敵対視されるとかいうお決まりの」
「ええ、アレです。命が惜しければ角を立たせないことをお勧めします」
でたー時代劇で言う『越後屋お主も悪よのう』「お代官様ほどではありませんよイッヒッヒ」の流れくらいこすられた展開
王道だし、成り上がり物語のどん底スタート地点を描く上ではこれ以上にないくらい良い展開なんだけどさ
なんだけどさぁ…
「大淀さんあの写真付きのお品書き、どうみても牛丼だよね、あとあの食券販売機は?」
食券販売機と写真付きのお品書き。そこには美味そうなメニューの数々が立ち並んでいるが
人間らしい食事というか、一般レベルに比べても相当上等なもの食ってるよこれ
あっ目を逸らされた
「燃料です。燃料とボーキをアレしたらできたアレです」
明らかに動揺している大淀さん。もう開き直ればいいのに
よく見ると周囲を取り囲んでいた仕掛け人の艦娘たちも声を出さないようにして笑っている
中にはバレないように俯いて顔を見せまいとしている子もいるが、肩が震えてるので丸わかりである。
「アレって?」
「もう!とにかく!気の立った状態の彼女に目を付けられたら私まで危険なので」
「彼女?」
彼女って誰だろうか、
というかなんかノリがブラック鎮守府モノってよりアメリカの刑務所映画みたいになってきてるが
「言われた傍から、来ましたよ提督」
「あなたが新任者の提督ですか?」
「え?そうだけど」
「正規空母赤城で(グゥ~)す。これから(ぐぅ~)よろしくお願いします」
そう言って俺に挨拶してきたのは、正規空母赤城だった
赤城が話しかけてきたこと自体には別に問題はない。精神的にかなり大人だし
問題ないんだが
「何か?私の顔についてますか?」
腹の虫がさっきからうるさい
顔もよく見てみれば隈が酷いし、平時より明らかに痩せている
(ちょっと大淀さん、赤城さんどうしたのこれ、牡蠣パーティー絡み?)
(牡蠣パーティー絡みではないですが、役作りのために二日間絶食した上に寝てないそうです)
(本気すぎ!)
本気すぎないか、あんた本業艦娘だよね!?女優始めろよ!
確かに赤城って艦は個人差あるがプロ根性というか、仕事に対する熱意は凄いけど
まさかこういう役にも拘りがあるとは、確かに格好いいしその姿勢は評価したい
「で?えーと赤城さんなんの用?」
面食らったせいで我ながら距離感を誤ったと思う。言い訳させてもらうと艦娘って同一艦だと顔は瓜二つだから
他所の同じ艦と話すとき、うっかり距離感を間違えて自分の所の子みたいにタメで話しかけたりしちゃうのよ
「…」
話しかけても黙りこくって、聞こえてるのか聞こえてないのか分からない
というかそもそも意識が無さそうだ
「あ、えーと…提督…あのぉ…」
ハッとなって慌てて話し出す赤城さん
ただ何を言おうとしてるのか完全に忘れたようだ
これあれだな、食事抜いたことによる低血糖と睡眠不足のダブルパンチだわ
こんなんでよく最初の台詞だけでも言えたと思う
「赤城さん、無理しないでこれ舐めて」
可哀そうだからポケットに入ってたレモンキャンディーを一個赤城さんに渡す
「ああ、飴玉!ありがとうございます」
俺からもらったキャンディを幸せそうに舐める赤城さん
これで調子を戻してくれないだろうか。ボロボロの状態だと付き合うほうも疲れるんだよ
「美味しい…染みますねぇ」
「はい、ありがとうございます。美味しかったです」
そのままキャンディを舐める事数分、調子を取り戻したらしい
「では続けてよろしいですか赤城さん」
「ええ、こんなキャンディをくださった人に演技するのも心苦しいですが」
続けられるらしい、演技って言ったように聞こえたのは気のせいだろう
「提督、前任の提督の頃はまともに食事も摂らせてもらえず、ひもじい思いをしていました」
「え?あ、ああうん大変だったね」
なんかシリアスな話してるけど、赤城さんの後ろにある券売機とお品書きがチラチラ見えて集中できない。ハリウッド映画でフルCGの撮影してる絵面が間抜けっぽいとか思ってたが
ハリウッドスター凄いわ
ああいう緑一色というか、現実味のない場所で演技することがいかに凄いか思い知らされた。
「油とボーキしか与えられず」
「あっはい」
(お誕生日おめでとう!ハッピバースデートゥーユー)
赤城さんの話を聞いてるつもりだったが、耳がいいせいで少し離れた場所でお誕生日会をやってるらしい
駆逐艦たちの会話がバリバリ聞こえてくる
あと裏の方でわざとハンカチで涙を拭くふりをしている大淀さんがなんかウザい
他人事だと思いやがって後でケーキぶつけてやる。
「ただ戦うための機械として育てられました」
「いや赤城さんに関しては食事があってもなくてもキリングマシーンじゃ…いやすいません続けてください」
(わぁー凄い大きなケーキ!)
つい口をついて失礼なことを言ってしまった。というか駆逐艦ケーキが本当に大きい
30センチ近い巨大なホールケーキの上にこれでもかとイチゴを散りばめていて
ところどころにロウソクどころか手持ち花火が刺してある。
「戦おうにも痩せ衰えた身体では碌に戦えず」
(でもこんなにたくさん食べたらまた太っちゃうかなぁ)
(いや明日から運動すれば大丈夫だって!)
集 中 が 出 来 な い あんなでけぇケーキ切り分けられてるの初めて見たわ!
というか太るって言ったよね!また太っちゃうって言ったよね今!?
「そうして私たちは決めました。最早人間に頼るのは止めようと」
「は、はい」
どうしよう全く聞いてなかった。演技は大淀さんクラスに上手なんだけどシチュエーションが最悪すぎるわ!
あと誕生日おめでとう!いや誕生日?進水日?まぁいいやどうでも。
「そういう了見なので提督」
「えっと、赤城さん、話の腰を折るようで悪いんですけど」
「はい?」
色々あったが話の腰を折った。空腹状態のため五感が研ぎ澄まされてたらしく、赤城さんにも全部聞こえていたんだろう
ケーキだとか食い物の話題が食堂で飛び交うたびに、赤城さんの目が血走っていくのに耐えられなくなったからだ。
だから俺はこう言った
「なんか食いません?ケーキとか」
「食べましょう!」
赤城さんはあっさり陥落した
「えーとこれは仮にもですね提督に赤城さん」
「別に演技は後からでもできるでしょ。大淀さんは食わんの?」
「それもそうですね。食べましょう」
なんか言いかけてた大淀さんもあっさり陥落した
我ながら人を引きずり込む素質があるんじゃないだろうかと思った。
飯が美味いほうがやる気が出るってのは戦場でも同じらしいですね
出来れば美味い飯だけ食って帰る仕事に就きたい
接待の時に代わりに料理平らげる仕事とかないですか?ないですかそうですか…