埋没殿のサイレントリッチ   作:ジェームズ・リッチマン

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現地の視察

 

 リチャードは14歳の頃になり、執刀団に転属した。

 当時の執刀団団長であり、仲間内からも“人を人と思っていない”と恐れられていたデイビット直々の引き抜きということもあり、話も異動そのものも早かった。

 

 執刀団は前線での活動を主とする医師団であり、業務は致命傷を負った患者の応急処置である。

 当時のバビロニアはまだ各所に戦地らしい戦地が多方面にあり、執刀団は各地を転々とすることが多かった。

 リチャードは医術の心得など欠片もなかったために困惑することは無数にあったが、混沌とした戦場と次々に運び込まれる患者を相手に次々と言われるがままできることをこなしている間に、すぐに慣れてしまった。

 汚物の処理に眉一つ動かすことなく従事することと医療にどのような関係があるのかとリチャードは最初こそ疑問であったが、やってみれば確かに、そういった躊躇を持つ者では務まらない仕事だと納得する。

 

 死体を運ぶ。こぼれた内臓を腹に戻す。下痢と嘔吐が止まらない患者の汚物を一晩中交換し続ける。

 運び込まれた死にかけの兵士が死にかけだったら治すし、ただのゾンビであればそのまま作業のようにトドメを刺す。

 執刀団は、何をするにも汚物や血に塗れる職場であったのだ。

 

 団長のデイビットは、新入りのリチャードをよく危険な現場に同行させた。

 戦線がほんの少し後退するせいで天幕をひきずって逃げたことも一度や二度ではない。攻め込んできた斥候達を執刀団が直々に返り討ちにすることだってあった。

 デイビット曰く、戦場に立ってみなければ戦いの傷は理解できないとのことである。結局のところ即戦力をさっさと育てたかったのだろうが、間違ったことは言っていなかったのだと、リチャードは当時から納得している。

 事実、その強さがなければ外の世界においては、自分の身を守ることもできないのだから。

 

 

 

「わぁ」

 

 リチャードが緩やかに杖を振り、綺麗に一本の鎖骨だけを吹き飛ばした。

 たったの一本。それだけで襲いかかってきたスケルトンバーサーカーの片腕はだらりと下がり、古びた手斧が瓦礫の上に落ちる。

 その隙を見逃さず、リチャードはもう一度杖を素早く薙ぎ払う。

 下がった腕側から放たれた一撃はガードされることもなく綺麗に首へ叩き込まれ、へし折った。

 スケルトンバーサーカーは完全に沈黙し、静寂が訪れる。

 

「すごい……」

 

 レヴィは一連の戦闘を、ただじっと眺めているしかなかった。

 念の為に胸の前で短刀を構えていたが、全く出る幕が無いことに驚きを隠せずにいる。

 

「職人さん、とっても強い……」

 

 リチャードはレヴィの言葉に反応を返すことなく、淡々とスケルトンバーサーカーの頭蓋を踏み砕いて、傍にあった手斧を拾い上げる。

 

「あ、はい……」

 

 杖の木材に軽く刃を流してみて切れ味を見た後、すぐにそれをレヴィへ渡した。

 “持て”とのことだろう。今日のレヴィはリチャードの案内役として張り切っていたのだが、蓋を開けてみれば荷物持ちである。

 

 既にレヴィの荷物ベルトには、様々な道具類が縛り付けられていた。

 

 

 

 良い材料が欲しい。工具も欲しい。レイスも気になる。

 そうと決まれば、リチャードが坑道に留まる理由は無かった。

 

 元々、リチャードは屋内一箇所でじっと作業するタイプではない。

 着想を得るために常に人が忌み嫌うような場所を探して回り、積極的に観察する気概を持つ芸術家である。

 自ら死の底を目指して入り込むような男が、手の届く場所にある最良を妥協するはずもなかったのだ。

 

 リチャードが出発する旨をレヴィに伝えようとした時は、言葉が無いこともあってやや伝達に難があったが、“最悪子供がいなくとも問題ないか”と淡々と坑道を歩き去るうちにその意図も伝わったようで、途中からはレヴィの先導で道なき道を進むようになった。

 

 そしてレヴィがいつもより後ろのリチャードを気にして歩いているために不意の遭遇をしてしまったのが、先程のスケルトンバーサーカーなのであった。

 

“静かに”

 

 リチャードは歯列の前に指を立て、馴染みのジェスチャーをしてみせた。

 レヴィもそれに応じて、黙って首を縦に振る。

 

 下級アンデッドの多くは感覚を鈍らせているが、音にはそこそこ敏感な種類が多い。

 今のスケルトンバーサーカーもその一種であり、何かが慌てたり逃げようとする足音を感知すると攻撃的になる性質を持っていた。

 

 リチャードが執刀団として戦場を駆け回っていた頃は、遺棄された死体がアンデッドとなって第三勢力を築くケースがあり、赴任した戦場によっては執刀団がその露払いを任されることも多かった。

 人を殺す経験自体はリチャードにはあまりなかったが、アンデッドを作業的に“潰す”経験はおそらく、軍人以上にあるだろう。

 

“先にいけ”

 

 周囲の警戒を済ませたリチャードは、再びレヴィに先導させた。

 再び攻撃的なアンデッドが現れてもリチャードがなんとかしてくれるだろう。そんな信頼感もあり、レヴィは無用な恐れを抱くこともなく、慣れた道を進んでゆくのだった。

 

 

 

 二人はしばらく歩き通して、燭台の荒野に辿り着いた。

 傍では崩落した際に縦向きになって落ちてきた魔金の柱が林立しており、独特の地形を作っている。

 

 瓦礫の荒野に突き立った燭台には所々にウィスプがとまっているため、ある種幻想的な光景とも言えなくはなかった。

 

「ここで、たまにお貴族様が通るんです。……今は、いないですけど」

 

 レヴィが空を指差しながら、以前通ったであろう軌跡をなぞっている。

 レイスの移動に何らかの周期があるのだろう。リチャードは手早くそう結論付けると、周囲を見回した。

 

 ゴースト、ウィスプが多い地域である。燭台を好むためにウィスプが滞留し、瓦礫に交じる屋内の廃材や家具に想いを引きずったゴーストが漂っているのだろうか。

 アンデッドの多くは大空洞の中央に聳え立つ斜塔を目指す者が多いのだが、ここは例外的に生まれた場所なのであろう。

 

 レイスは幽体系のアンデッドの中ではかなり上位に属する種族だ。

 リチャードもレイスを間近で見たことはほとんどないが、習性として自分と同じ幽体種族のいる空間を好むことは知識として知っていた。

 定期的にこの荒野にやってくるというのも、おかしな話ではない。

 

「……どうしますか……?」

 

 これからの方針について、レヴィが訊ねた。

 

“ここに留まる”

 

 リチャードは語らなかったが、その指が地面を指差したのを見て、ひとまずここにいるというニュアンスはレヴィにも伝わった。

 

“それと……これを探すように”

 

「……?」

 

 レヴィはリチャードがここで何をするのか。具体的にどれほどいるのか。

 ただの一つもわかっていなかったが、諾々と従うことには慣れていたので、今もまた同じように頷いた。

 

 唯一彼女にとって気がかりなのは坑道に置き去りにしてあるお気に入りの安楽椅子である。

 リチャードはここで何かをするようなので、少しの間座れなくなるのが残念。レヴィの抱く感情はその程度のものだ。

 

 しかしこの時のレヴィはまだ知らなかった。

 

“さて、腰を据えて作業するか”

 

 これから数十日の間、彼がここでの作業に没頭することを……。

 

 


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