“スケルトンハウンドを退治できるなら既にやっている。”
パトレイシアがリチャードに頼み込んだ際、帰って来た返答がそれであった。
しかしリチャードは寡黙だし彫刻にしか興味がないが、スケルトンハウンドの存在自体は誰よりも厄介だと考えている。決して面倒だとも思っていないしやる気がないわけではない。単純に足踏みせざるを得ない状況なのだ。
“レヴィの兄が心配なのは理解した。しかし、それにはスケルトンハウンドを討伐する必要がある。”
『はい』
“私はおそらくリッチではあるが、魔法は扱えない。レイスであるそちらも使用に制限があるのだろう。”
『ええ、私も数発が限度です。使い過ぎれば飛行能力を失いますし、そもそも素早く地上を動き回るスケルトンハウンドに追いつけません』
純粋に対峙し戦うことは難しい。
スケルトンハウンドの群れは膨大で、危険だ。
それでもパトレイシアは、ここ数日ずっと外の様子を観察し続けて、あることを発見していた。何も無策でリチャードを頼りに来たわけではない。
『なので、討伐の専門家を引き入れたいと考えています。スケルトンハウンドを討伐できる騎士達を、我々の味方につけるのですよ』
大空洞の荒地を駆け回るスケルトンハウンドの群れ。
彼らは無防備なスケルトンやゾンビを襲撃し、時に殺し、時に喰らった。
このままでは大空洞のアンデッドはスケルトンハウンドのみとなってしまうだろう。人族であればそのような結末も考えするだろうが、アンデッドの目線に立てばそういうわけにもいかない。
それはリチャードたち三人以外のアンデッドにとっても、同じことであった。
「ガァッ」
スケルトンハウンドが顎を大きく開き、鋭く伸びた牙を向けて飛び込んでくる。
魔力で強化された牙はスケルトンの硬質な骨すら容易く砕き割るほど。突き立てられれば命はない。
「コカカカ」
だが、そのスケルトンは迫り来る牙をよく観察し、冷静に対処した。
古びたカイトシールドを斜めに構え、スケルトンハウンドの突進を受け流し……すれ違いざまに右手のショートソードで背骨をたたきおる。
一瞬の攻防。しかし鮮やかな手際。
素人目に見ても、それは素人のスケルトンにできる技ではない。
「コカカカ、コカカッ」
盾と剣を持ったスケルトンは、撤退を繰り返しながら戦い続ける。
スケルトンハウンドを叩き割り、砕き、受け流し、終わりなき戦いに身を投じる。
その姿はまるで、アンデッドとなった民を死後も守り続ける騎士のようであった。
『いえ……あの盾。間違いなく……』
カイトシールドに刻まれた塔の紋様。バビロニアで正式採用されているもので間違いない。
大空洞で時折見られる、スケルトンハウンドと人型アンデッドの戦い。魔狼の群れに対して同等以上に戦い抜く見事な剣技。
パトレイシアが目をつけたのは、そんな一人のスケルトンソルジャーであった。
『そのスケルトンソルジャーを味方につければ、スケルトンハウンドを討伐することは可能なはずです。討伐しきれなくとも、私達の身の安全は盤石になるでしょう』
パトレイシアの狙いは、接近戦に秀でたアンデッドの一人を味方にすることだ。
単純な近接戦闘専門のアンデッドを仲間に入れる。それさえできれば恐れることは何もない。
『それに、未だ大空洞のどこかを彷徨い歩くグリムリーパーの存在も無視できません。遠からず、手練れの護衛は必要となることでしょう』
パトレイシアの言葉に、リチャードも考え込んだ。
接近戦に秀でたアンデッドの確保。言われてみれば、あるに越したことはない。かもしれない。
『だから……作っていただけませんか。アンデッドの兵士を呼び覚ますような、そんな芸術作品を』
不死者の兵に向けた作品。その一言で、リチャードは席を立った。
頭に浮かんだのは曖昧な造形。しかし、それは刻一刻と変化し、劣化する。ただちに形にしなければ失われてしまうものだ。
リチャードは返事もせず、近くにあった木製のブロックを平坦な作業台の上に運び出し、削り出した。
大きさは大型犬ほど。仕上がりもきっとそれに近くなるだろう。石とは違い、持ち運ぶことも難しくはない。
『……上手くいきそうですね』
黙々と作業を始めたリチャードの姿を見て、パトレイシアはそう零した。
“うるさい”
そしてすぐに怒られた。
リチャードは作業が始まると、非常に短気になるのである。
坑道内の罠はレヴィの活躍もあり、順調に設置が進んでいる。
既に効果を発揮した罠も多く、ちょっとした小穴に足を引っ掛け、その際に折れたことで行動不能になるアンデッドもちらほらと現れ出した。
「ギュイギュイ……」
「うええ……」
それが今レヴィの前にいる虫型アンデッド。
人間の頭骨をヤドカリの殻のように扱う、小型の不死者。
スカルベと呼ばれる魔物であった。
「気持ち悪い……」
スカルベは坑道の入り口付近に開けられたスネアトラップに細い脚を引っ掛け、折れてしまったらしい。
数本の脚が折れてしまうと背負った頭蓋骨の重さに耐えきれないらしく、罠の付近で無力そうに蠢いているのであった。
レヴィも生前はよく虫を捕まえて食べていたが、スカルベから醸し出される不気味な存在感や、頭蓋骨を宿とする生態がアンデッドの身ではどうしても強い忌避感が生まれるらしく、どうにも強い不快感が拭えない。
本来ならこのようなスカルベは全て無視したいのだが、この虫は既にそこそこの数が罠に引っかかっているようで、有り体に言って邪魔になっていた。
スカルベのせいでスケルトンハウンドがかからないとなれば、笑い話にもならない。
「うぅ……えいっ」
なので、最近のレヴィはよくこうして、罠にかかったスカルベたちをメイスで叩き砕いている。
完全に動かなくなるまで叩き潰し、終わったらさっさと穴から残骸を回収して、遠くに捨てる。そんな作業の繰り返しだ。
簡単にできるしパトレイシアの魔法を使うほどではないので、この作業は現状、レヴィの専門である。
簡単ではあるが不快な害虫退治なのであまり気は進まなかったが、誰かがやらねば仕方がない。
それにこの作業を繰り返していくうちに、レヴィは自分の調子が少しつずつ良くなっている気がしていた。
「ふぅ……最初の頃より、体がよく動くようになってきた……かも?」
体力が上がり、
失われたはずの筋力が僅かに強まり、
岩肌に誤って身体をぶつけても問題ない程度に頑強になり、
ほんの少しだけ、周囲から取り込める瘴気の量が増えて、快適になった。
それは小さな小さな違和感で、微かな変化だ。
しかし繰り返し積み上げてゆくことで、これから大きな変化へと至るかもしれない。
レヴィはその可能性については少しも考えてはいなかったが、彼女の退屈な習慣は確かに、地道な努力として積み重ねられていくのだった。