埋没殿のサイレントリッチ   作:ジェームズ・リッチマン

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「陽の下で生きるなど、なんと恐ろしいことでございましょうか。なぜ自らその身を炎に晒すのですか?」
 ――遮光神タバカニオル


第4章 グールのベーグル
暗い鍋の片隅で


 

 スケルトンソルジャーのルジャは、極めて優秀な剣士であった。

 

 当初手にしていた剣は既に限界で、新たな装備に取り替える必要はあったが、そこからはまさに鬼神の如くである。

 彼は坑道付近にやってきたスケルトンハウンドたちを素早く斬り伏せ、盾で叩き壊す。その動きは覚醒前よりもずっと機敏かつ正確で、二体以上のスケルトンハウンドを相手にしても一切の傷を負わない程であった。

 

「よせよ。骨だけで重さのない連中だぜ? 牙や爪が鋭かろうが、盾持ちの俺が負けるわけないじゃんかよ」

 

 パトレイシアとレヴィに褒められた際、彼はそう言って照れ臭そうにしていた。

 特にレヴィは心の底から尊敬の眼差しを送ってくるものだから、ルジャとしては満更でもない様子である。

 

 こうして、スケルトンハウンドの脅威は排除されたのだった。

 もちろん全てのスケルトンハウンドを討伐できたわけではないし、まだ敵対的となり得るアンデッドたちは死の底に多く彷徨っている。

 今後も度々、ルジャの剣技が必要とされる場面は出てくるだろう。

 しかしひとまずのところは、リチャードが遠吠えの煩わしさから解放されたので、区切りがついた形と言えるだろうか。

 

「それにしても、まさかこの罪人のローブを着たリッチが、恐ろしい彫刻の数々を作った本人だったとはな……」

 

 部屋の片隅で剣を研ぐリチャードを横目に、ルジャは複雑そうな視線を送っている。既に眼球は無かったが。

 

『死想の彫刻家リチャード。この方の作品無くして、私達の覚醒は成りませんでした。……まあ、こうした姿を見ると意外に思われるかもしれませんが』

 

 リチャードはルジャと言葉を交わしていない。未だ寡黙に、己の作業と向き合うばかりである。

 明るい調子で話しかけようと、全くの無反応なのだ。人の良さと話術でこれまで人間関係を円滑に築き上げてきたルジャにとっては、まさに異世界の存在であった。

 

 何度かコミュニケーションを試みても無視され続けたので落ち込んでいた彼だったが、ある日坑道内で剣を佩いて歩いていると、急にリチャードに剣を奪われたことがあった。

 そのままどこか怒った様子のリチャードはルジャの剣を研ぎ直し、素晴らしい切れ味に仕上がったそれを突き返し、去っていった。

 一連の行動の間ルジャは呆気に取られていたが、今思い返してみてもよくわからない出来事である。

 

『職人として、切れ味の悪そうな刃物を見るのが許せなかったのでしょう。よく刃物や工具をまとめて研いでいますよ。レヴィさんの分も』

「はぁ……武器の手入れは、俺も下手じゃないはずなんだけどなぁ……」

『リチャードさんの手入れはいかがでしたか?』

「めっちゃ切れる……」

『ふふふ』

 

 無口で色々と読めないリチャードであったが、彼を含め、坑道の住民とは仲良くやれている。

 ルジャは早くも、仲間として受け入れられていたのだった。

 

 

 

 レヴィにとって、ルジャは優しく面白い大人である。

 パトレイシアが一緒にいて安らぐ、母性のあるシスターのような大人だとすれば、ルジャはより身近で、一緒にいて楽しい兄のような大人であった。

 

「おお、力持ちだなレヴィ。よーし、じゃあこっちのは俺が持ってやるよ。一緒に帰ろうか」

「う、うん。ありがとう……ございます」

「ははは、良いって良いって」

 

 レヴィは外の探索に出かける際は、ルジャも護衛につくことが多い。

 彼もスケルトンとはいえ物体に干渉できる実体があるので、荷物持ちにもなれる。これはパトレイシアにはない利点であった。

 二人掛かりであればより重く大きな材料を坑道内に運び入れることも可能なので、リチャードの作品作りの幅も意図せず広がっている。リチャードは礼も言わないし喜びも表現しなかったが、新たにルジャのための椅子を作り上げたので、レヴィはリチャードはとても喜んでいることを知っていた。

 

「……しかし本当、レヴィ。お前さん見た目の割に、力あるよな。俺と同じように物を持てるって、すげえことだぞ」

「う、うん。パトレイシアさんからも、そう言われました……」

「ああ……やっぱりか」

 

 ルジャは少し前にパトレイシアから伝えられていた話を思い出した。

 聞かされた時はあまり信じていなかったが、ここ数日の自身の変化と、何よりレヴィの変化を目の当たりにすれば、真実味は無視できないものになってくる。

 

「そうだな……一度、パトレイシアさんに言ってみるか。あの人もあの人で、最近ずっと見回りばかりだし。レヴィの兄ちゃんだっけ。その事も聞いておきたいもんな?」

「! うんっ」

 

 スケルトンハウンドの脅威をねじ伏せ、行動範囲が広がった。

 そうすることで得られる物も増えたが、同時に新たな問題も視界に入るようになったのである。

 

 

 

『なるほど……やはり、レヴィさんの力も増えていましたか』

 

 椅子とテーブルの並んだ大部屋で、アンデッド達が会議を開いている。

 この空間はすっかり、彼等の憩いの場として活用されていた。リチャードとしても話し声が響く空間が一箇所に纏まっている分には都合が良かったので、日々密かに居住性を改善しているのだが、まだ三人はそのことに気付いていない。

 

「俺の力も増えてたぜ。いつもより少し速く動けるし、剣の威力も上がった。筋肉なんて無いのに、さすがにおかしな話だよな」

「お、重いものを持てるので……便利です」

『確定ですね。私たちは他のアンデッドを倒すことによって力を増しているのでしょう。レヴィさんは罠にかかったスカルベを、ルジャさんは坑道周辺のスケルトンハウンドを倒すことによって力を増しているのだと思います』

 

 ある種のアンデッドは同族を斃し、負の力を奪う。そうして強大になったアンデッドが群れを率い、大きな災いを齎す。バビロニアの周辺諸国でも長年煩わされていた問題であり、古戦場では強大なアンデッドが徘徊するのも珍しくは無い。

 二人の強化は、そうした現象の一環なのであろう。パトレイシアはそう結論付けた。

 

「じゃあなんだ、これからもアンデッドを討伐していけば、より強くなれるってわけか」

「……」

 

 レヴィは押し黙った。何かに気付いたのだろう。

 

『ええ、ルジャさんの言う通りです。……しかし、ルジャさん。力のために人由来のアンデッドを、貴方は倒せますか?』

「何言ってるんだ? そんなの……」

 

 当たり前のことである。少なくとも、ルジャが騎士団にいた頃はそうだった。

 しかし今ここにいるのは自分を含め、眠りから目覚めたアンデッドたちであり、外を彷徨い歩いているのもまた、かつての自分と変わらないアンデッドなのだ。

 

 彼等もまた、自分と同じように目覚めるかもしれない。

 そんな存在を、力のために斃せるのか? 

 

「お兄ちゃん……」

 

 もしかすると、そこには自分の大切な人が混ざっているかもしれないのに。

 

「……そうだな。無闇に倒すのはダメだ。やるとしても動物や魔物系。そうすべきなんだな? パトレイシアさん」

『はい……今のところは、そう考えています』

 

 今のところは。その言葉にルジャは引っ掛かりを覚えたが、近くにはレヴィもいたので深く追及はしなかった。

 

『……ですが、ご存知の通り。この埋没殿には心なくアンデッドを倒して回る存在がいます』

「ああ……例のグリムリーパーか」

『はい。彼を始めとするそうした凶暴なアンデッドを放置することは、非常に危険です。私達が望む望まないに関わらず、いつかは……あのグリムリーパーと闘うことも覚悟しなければならないでしょう』

 

 レヴィやパトレイシアと共に探索した際、ルジャも件のグリムリーパーを遠目に見たことがある。

 それは親衛隊の服を纏った白骨死体であり。折れ曲がった長剣を武器としていた。だがその外見的な特徴以上に……グリムリーパーは凶暴で、凶悪であった。

 

 見境なくアンデッドたちを狩り殺しては、可笑しそうにケタケタと笑っている。虐殺を楽しんでいるかのような反応は、見ていて気持ちのいいものではない。

 たとえあのアンデッドが正気を取り戻したところで、友好的な関係を築けるとは思えない。そう直感的に悟らせるほどの禍々しさを放っていたのだ。

 そしてグリムリーパーは虐殺を繰り返すごとに、どんどん動きを速く、力強いものへと昇華させている。

 このまま彼の虐殺を許しては、遠からず手に負えない怪物となって牙を剥くことになるだろう。

 

 パトレイシアはそれに対抗するため、最終手段として自分たちを強くする必要があるかもしれない。そう考えていた。

 全てのアンデッドがグリムリーパーに狩り殺されるくらいなら、こちらから……。まだ口には出さないが、密かに抱えている最終手段である。ルジャはなんとなくそれを察していたが、やはり気は進まないので、口には出さなかった。

 

『……ああ、そうでした。他にも皆さんに伝えておくべきことがあったのです』

 

 淀んだ流れを変えるように、パトレイシアは別の話題を切り出した。

 

『私も魔物に詳しいわけではありません。一度、ルジャさんに見てもらう必要があるのですが……見回っている時に、奇妙な死体を発見したのです』

「奇妙な死体? ってのは、なんなんだい」

「みんな死体……」

 

 レヴィの言葉にクスリと微笑んで、しかしパトレイシアはすぐに真面目な顔を作った。

 

『ここから離れた外周部で、スケルトロールの死骸を発見しました。……バビロニアやその近郊に生息していなかったはずの、巨人種のアンデッドです。奇妙だとは思われませんか』

 

 

 


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