埋没殿のサイレントリッチ   作:ジェームズ・リッチマン

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ベーグルのようなもの

 

 ルジャの哨戒は、パトレイシアと手分けをする範囲で行われている。

 

 パトレイシアの役割が持ち前の身軽さを活かした遠方への斥候だとすれば、ルジャの役割は常に近場に潜ませておく懐刀だ。

 レヴィもリチャードも戦力としておくには不安がある現状、ルジャをあまり遠くで活動させるわけにはいかない。

 スケルトンハウンドの討伐には一定の目処がついているものの、危険なアンデッドは他にも存在するのだ。

 彼の役割は、坑道付近の警備に重点が置かれていた。

 

 また、坑道付近ということで彼にはもう一つ別の、パトレイシアから提案された仕事がある。

 それこそ彼ら自我を持つアンデッドにとって重要なことであり、ルジャにとっても人間らしい尊厳を感じる、やり甲斐のある仕事であった。

 

「これで……どうだ? 効いてる……よな?」

 

 ルジャは一つの彫刻を片手に掴んだ状態で、一体のアンデッドと向き合っていた。

 相手は地底に無数に存在する普遍的なスケルトンの一体である。

 彼はそれに向けて彫刻作品を翳し、反応を窺っていた。

 

 

 一見するとそれは木製の球体であるようだが、よくよく目を凝らせば複雑に絡み合う骨の集合体であることがわかる。

 人体の様々な骨を組み合わせた不気味な球体。がっちりと組まれた骨の合間合間からは中心部が覗けるだろう。

 仄暗いそこに挟むのは、未だ生々しく体組織を残した人の顔。

 骨の檻に閉ざされた表情は、はっきりとは確認できない。

 

 製作再開歴14年、リチャード作。

 

 “集団墓地”。

 

 

「カカカカ……」

 

 作品を翳されたスケルトンは見るからに怯え、怖がっている。

 盾の代わりに作品を構えるルジャから離れるようによろめき、緩やかな瓦礫の斜面を引き返そうとしていた。

 

 ルジャがこの作品をアンデッドたちに向けてから、およそ7体目である。

 それまでのアンデッドはどうにも反応が鈍かったのだが、今こうして狙いをつけているスケルトンは特に反応が顕著であった。

 

 もしかするとこの個体であれば。

 そう思ったルジャがより積極的に作品を近づかせるのは、真っ当な心理と言えた。

 

「カ……カカカカッ!」

「うおっ!?」

 

 だが追い詰められ続けたその時、スケルトンが突然暴れ始めた。

 作品を押し付けるルジャに向かって飛びかかり、攻撃を始めたのである。

 

「なっ、なんだ!? 自我が……いや、敵対しちまってるのか!」

 

 同じアンデッドとはいえ、スケルトンやゾンビは無防備ではない。

 彼らは同族が相手でも、過度な接触や衝撃を加えれば反撃をする本能を持っていた。

 

 そのため彼らを拘束して作品の満ちる坑道内へ強引に運び込むことはできなかったし、それ故に新たなアンデッドの覚醒は困難を極めていた。

 

「くそっ……すまねえ!」

 

 ルジャは右手の鉄剣でスケルトンの頭蓋を粉砕し、討伐した。

 襲いかかってきたのはただのスケルトンで、人間だった頃は褒められた行いであっただろう。

 だが今ルジャの胸に去来するのは大きな虚しさと後味の悪さばかりで、とても成果を誇れるようなものではない。

 

 騎士として敵国の兵を討つことはいくらでもある。

 しかし、自国の民を殺した経験は、無かった。

 

「……はぁ。そうか。無理矢理作品を見せつけるのも、ダメってことかよ」

 

 どうやら作品による覚醒は、そう一筋縄にはいかないらしい。

 作品のテーマがよりその個人の心に合致し、精神を掴んでその場に留め置かない限りには、逃げられてしまう。それを無理に矯正する行いは、相手を凶暴化させる。

 長年坑道内を彷徨う自我無きアンデッドたちが目覚めないのも、似たようなことなのだろう。

 

 実験の結果は後味の悪いものに終わったが、しかし報告できることは増えた。

 ルジャは気を重くしながらも、近場に置いた盾を拾い上げ、坑道に帰還することにした。

 

 その時である。

 

「……ん? ゾンビ……か?」

 

 大空洞の壁面に沿って歩いていると、ルジャの目に一体の人型がとまった。

 それは遠くの砂礫の丘に立ち、ふらふらと両腕を前に伸ばしながら歩いているように見える。

 その仕草はよく目にするゾンビに酷似していた。

 

 だが、近づくにつれてそのゾンビが、少々奇妙なものであることに気付く。

 

「なんか……刺さってるのか?」

 

 遠くからでははっきりと見えなかったが、そのゾンビは丘の上から一歩も踏み出せていない。

 両腕を前に向け、両足もばたつかせているが、身体は少しも前進できていなかった。

 

 その頭部を長い棒状のものが貫き、壁面に縫い付けられていたが故に。

 

「うええ……なーんだこりゃ……」

 

 それは頭部を槍で貫かれ、磔にされたアンデッドであった。

 全身はぴったりと見慣れない服に覆われ、頭部も頑強な丸いマスクに包まれて顔は判別できない。

 だが顔面の中心を貫く槍がマスクのガラス部分を貫き、内部からドス黒い血で染め上げている。だというのに蠢き、低いうめき声を上げているのだ。アンデッドであることに疑いようはなかった。

 

「なんつーか……ベーグルみてえだな」

 

 頑丈であろうマスクは中央から槍に貫かれ、その衝撃で沈み込んでいる。それはまるで出来の悪いベーグルのように滑稽だった。

 

「しかし、一体誰がこんなことを? そこらのアンデッドがこんな器用な仕留め方をするとは思えねえが」

 

 見た目は滑稽だが、そのアンデッドがこうなるまでの状況がルジャには推測しきれなかった。

 武器を扱うアンデッドは数あれど、大抵は同じものを使いまわそうとする。槍で貫いたならば、引き抜いて再利用するのが普通のはずだ。

 ところがこのベーグルじみたアンデッドは、槍が突き立てられたまま放置されている。

 それはまるで身動きできないようにその場に封じられているようで、そのような処置を施すアンデッドはいない。

 

 何より。

 

「……服が、そう古いもんじゃねえよな」

 

 ベーグルが身に纏う服は、数十年の間放置されているものであるようには見えなかった。

 手袋も、長靴もそうだ。改めて観察すれば彼の顔面を貫いている槍だって、そう古びたものではない。

 

「……それに、これは」

 

 そしてルジャは、ベーグルの肩口にドス黒い傷を発見した。

 犬歯が深く突き刺さった特徴的な噛み跡。狼とも違う、小さな口による痕跡。

 

「……ヴァンパイアだ」

 

 埋没殿の片隅に捨て置かれた串刺しのアンデッド。

 それはただのゾンビではない。レヴナントでもない。

 

 彼はヴァンパイアに噛まれ、眷属とされたグールだったのだ。

 

 

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