埋没殿のサイレントリッチ   作:ジェームズ・リッチマン

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才能の開花

 

 

 リチャードの上司であり育て親でもあった、執刀団団長デイビット。

 彼は死後、速やかにバビロニアへと送られ、団とともに帰郷した。

 執刀団は長を失ったが、それは組織の崩壊を意味しない。長が死ねばその次が成り上がり、長を継ぐために。

 

 デイビットは妻子を持っていない。遺体を出迎えたのも彼の甥らしき男で、彼としてもあまり縁は深くないらしく、無言の帰還に対して悲しみも怒りもしなかった。

 彼の葬式は親類のみで行われ、そこに執刀団の人間が招かれることはなく、当然リチャードも参列しなかった。

 

 デイビットとリチャードの関係は、死を境に切れたかに思われた。

 

 だが数ヶ月もしたある日、リチャードの下に手紙が届く。

 それはデイビットの従兄弟にあたる人物からのもので、どうやら遺書にリチャードにまつわる文言があったのだという。

 デイビットは今際の際に遺書を見ろと言ったが、いざ閲覧を希望しても遺書は親類以外は不用意に見ることができなかったので、リチャードとしてもそれは初耳であった。

 

 

 

『リチャード、職に困った時はクラウスを頼れ。遺書にはそう書いてあったのだ。実を言うと、今の今までリチャードが誰なのか分からなくてね。声をかけるのが遅くなってすまなかった』

 

 呼び出し人はクラウスという初老の男であった。

 目元にデイビットの血筋らしい怜悧さを湛えた彼は、バビロニアの共同墓地を管理する墓守であるのだという。

 

 墓場の管理はアンデッドの発生を未然に防ぐためにも重要であり、単なる店の警備人と違い素人なら誰でもなれる職ではない。

 その点リチャードはアンデッドに対する作法に精通していたし、寡黙な人柄は墓勤めをするには都合が良かった。

 

 デイビットは密かに案じていたのだろう。

 自分とともに無茶な戦場を飛び回る、優秀で寡黙なリチャードの身を。

 できることならばバビロニアの墓地で安全に。生前ならば間違っても口にする事はなかっただろう言葉であるが、リチャードはどうにも、デイビットがそのように考えていたように思えてならない。

 

 これは厚意なのだろう。

 であれば、断るのも悪いように思う。

 リチャードも特別やりがいを感じて執刀団にいたわけでもない。これを機に別の職についてみるのも良いかと考えた。

 

『そうか、やってくれるか。私も歳なので、君のような若者が来てくれるのは助かるよ』

 

 動機は軽かったが、それでもリチャードは墓守になることを決めた。

 

『仕事は色々ある。墓地の見回り、清掃、納棺、……時にはアンデッドを退治することもあるし、やむなく神官の真似事をやらされることだってある』

 

 仕事内容はそのほとんどが未知だ。

 門外漢のリチャードにとって、それらは難しいのか簡単なのかもわからない。

 

『そうだ、仕事のひとつに墓石に名を刻むというものもある。石に罫書きした通りに文字を彫ってゆくのだが……まぁこれは向き不向きがある。丁度ここに石があるから、君の才能がどれほどのものかを見せてもらえるかな』

 

 だがその日。墓守となったその日こそが、リチャードにとって大きな転換点であったことは間違いない。

 

 きっかけは些細。

 見出されたのは偶然。

 

 戯れに差し出された工具を握り、硬質な石に鏨を突き立てたその瞬間。

 リチャードは石を叩く感触に運命的な何かを察し。

 バビロニアの人々が知るところの彫刻家リチャードとしての人生が、始まったのである。

 

 

 

 

「……」

 

 リチャードは坑道の前に立ち、ネリダの墓を眺めていた。

 そこに刻まれた名は、レヴィが手ずから彫りあげたもの。

 かつてリチャードが初めて工具を使った時とは比べものにならない、不恰好な墓標であった。

 

 入念に焼かれて灰にされ、不出来な墓標を立てられ、誰が花を手向けることもない。

 その上雨の日は瘴気混じりの雨に晒されるとくれば、それはバビロニアでも最下等の集団埋葬地にも匹敵しかねない墓場である。

 

 リチャードはそんな哀れな墓の前に、一輪の白い花を横たえた。

 それは象牙の端材を削り出して作った、白い花弁。水をやらずとも決して枯れる事はなく、瘴気を浴びても萎れることのない美しい造花。

 そして、置いてみればたしかに、それが完成形である。

 

 拙くとも打ち立てられた墓標。そこに捧げられる可憐な花。

 やはり墓前には、花があるべきなのだ。たとえそれが疎遠を示す造花であろうとも。

 

 リチャードは人知れず満足そうに頷いて、墓標の凹凸に積もりかけた埃を払った。

 こうした細々とした部分が気になってしまうのが、やはり職業病の一種なのだろう。リチャードは教会がらみの死生観には興味がなかったが、死体すら見えない墓に関しては人一倍のこだわりのようなものを持っているらしかった。

 

「……」

 

 そんな中、どこかから音楽が響き渡ってきた。

 意味のある音階。音楽。

 それは大空洞のどこか遠くから響く歌声であり、数年前よりことあるごとに鳴り響く独唱であった。

 

 その歌声が響き渡ると決まって中央の塔は騒々しくなり、やがて亡者の呻きや叫び声に汚され、歌声は聞こえなくなる。

 レヴィやパトレイシアはその不思議な歌声に対して長らく興味を抱いているが、リチャードの場合は特にそのようなこともない。

 

 “うるさい”

 

 歌声だろうがなんだろうが、リチャードにとって自分の意図せぬものは全てが雑音だ。

 亡者の合唱により聞こえなくなる前の美しいらしい音色でさえ、彼にとっては煩わしいノイズでしかなかった。

 

 彼は途端に不機嫌になって、坑道内へと身を翻してゆく。

 そうして再び、工具を手にとって作業を始めるのだろう。

 

 

 

 大空洞に歌声が響く。

 

 ここ最近、その甲高い女の歌声は、大きく聞こえるようになっていた。

 

 

 

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