埋没殿のサイレントリッチ   作:ジェームズ・リッチマン

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粘土の塊

 

 創作物を作者自らが説明することほど滑稽なものはない。

 少なくともリチャードはそう思っている。

 

 仮に馬を再現しようと誰かが粘土を捏ねたとする。

 出来上がったものを他人に見せ、その他人が“これはなんの生き物だろう”と首を捻り、馬が思い浮かばなかった。

 だとすれば、馬を再現しようという創作者の目論見は失敗だと言えるだろう。

 

 題材に馬とでも名付ければ伝わるかもしれないが、たったの一言でもそれは説明だ。

 創作者の場外からヒントを与えているに等しい。リチャードはそれもあまり好きではなかった。

 

 完全な創作物とは、説明も題名も無しに本旨を伝えることだ。

 ただ作品を与え、感情を揺さぶる。伝える。創作の意図を発現させる。

 それは創作者の迷走や独り善がりとは切っても切れない思想であったが、リチャードは比類なき才能があったために、そのような考えを貫くことが出来ていた。

 

 しかし、リチャードが完璧な創作物を作れたとしても、受け取り手にも良し悪しはある。

 結局のところ、感受性とは繊細な感覚であり、個人差が大きかった。

 バビロニアでリチャードの芸術性が認められても尚、“わかっていない者”の存在は、あまりにも多い。

 

 “リチャードさん、この作品は一体何なんですか? ”

 

 “素晴らしい作品ですね! まさに死神という感じです! ”

 

 “深いですね……静けさの中にも、なんというか……”

 

 

 賛賞。ではあったのだろう。リチャードもそれは知っている。

 だがその賛賞を投げかけられることはリチャードにとって一番の苦痛であり、聞くに耐えないものであった。

 

 的外れな評価。

 節穴の目。

 話題にしたいだけの人間。

 投資のためだけに無意味に釣り上がる作品の価値。

 

 リチャードは名を高めるごとに、そのような苦難に多く直面する。

 人が近づき、リチャードとの関わりを、言葉を求める。酷いものは無様な次回作の題材を投げかける。

 

 そのような状況が数年も続けば、リチャードはすっかり他人が嫌いになっていた。

 人との関わりも、言葉も、賛辞も、何もかもがうんざりだった。

 

 彼は思う。

 

 美しさを表現できない者は、美しいものを形容すべきではないのだ。

 

 つまり、口を噤むべきである。

 

 

 リチャードは己に文才がないことを知っている。

 物事をあるがままに形容できないことを知っている。

 

 言葉など不要。

 

 故に、彼は自ら沈黙の煙草を吸い、喉を潰したのである。

 

 それ以来、彼のアトリエはほどほどに静かになった。

 

 

 

 

 坑道の荒々しい壁面と向き合って、暫し過去に想いを馳せていた。

 リチャードは自身の白骨化した喉を撫で、若かりし日の衝動を振り返る。

 

 自ら声を捨て、人との関わりを大きく制限した。それは今にしても英断であったと、リチャードは考えている。

 元々寡黙であったこともある。人との会話は好きではなかった。それよりはずっと、自分の創作意欲と対話していた方が良い。

 

 リチャードは地上に興味がない。

 パトレイシアは地上への進出に並々ならぬ執念を燃やしているようだが、リチャードにとってそこが元いた世界でも、バビロニアの無きミミルドルスの腹の中であっても、さして違いはなかった。

 

 あるいは喧しい連中がいない分、この地底での暮らしの方が恵まれているかもしれない。

 

 新しいテーマと出会ってからというもの、意欲は高い。

 このまま穏やかな日々が続けば良いとさえ思う。

 

 気ままに彫り続け、世界との関わりを閉ざす。

 なんと素晴らしい。

 

「リチャードさん……」

 

 声に振り向くと、そこにはレヴィがいた。

 リチャードを遠慮がちに見つめ、主張を隠すように離れて立っている。

 

 彼女は他者だ。

 リチャードにとっては他人であり、この地底に蔓延るアンデッドの一人に過ぎない。

 

 しかし、ただのアンデッドでもない。

 彼女は自分の作品に共感した第一の受け取り手であった。

 

 時折うるさいこともあるが……少なくとも、自分の作品に対して無駄口は叩かないし、概ね静かだ。

 何より、助手として製作の協力をしてくれる。

 

 バビロニア時代の口を挟むパトロンよりもずっと良い。

 

「あの……私たち……ごめんなさい」

 

 レヴィは繋がりの見えない言葉を呟くと、頭を下げて去っていった。

 何を言ってるのかはさっぱりだが、しかし言いたいことはなんとなくわかる。

 先程ルジャの言葉を最後に機嫌を損ねて席を立ったことについて、気を揉んでいたのだろう。リチャードにもそれくらいの人の機微は理解できる。

 つまり、レヴィは不貞腐れたリチャードの機嫌を取ろうとしていたのである。

 

 自分には他者と相容れない価値観がある。

 譲れないしこれからも譲ることはないだろう。

 

 だが、何の価値観も形成されていない子供相手にその全てが通じるとも思ってはいない。

 子供がそう思ったのなら、子供の中ではそうなのだ。

 

 

 “……作るか。”

 

 

 リチャードは音楽が好きではない。歌も特別良いと思ったことがない。

 それはリチャードに、音に纏わる才能や教養がないからだ。

 

 反対に、自分の作り出す彫刻芸術に興味のない者や、受け取り方のわからない者もいるだろう。

 

 それでも自分の生み出す作品は、素人の作る粘土細工よりは万人に“伝わる”ものだと自負している。

 それが歌手だろうが娼婦だろうが関係ない。

 

 受け取り手に作品を見るための目が備わっているならば充分だ。

 

 

 “黙らせてやろう。”

 

 

 もとより、遠くから響く歌声は煩わしかった。

 パトレイシア達の目論見に興味はないが、平穏のためならば仕方ない。

 バンシーが息を呑む作品を作ってやる。

 

 

 坑道内に、鎚の音が響き始めた。

 

 

 


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