埋没殿のサイレントリッチ   作:ジェームズ・リッチマン

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希望と絶望

 

 

『良かったです。何事もなくて』

 

 巨大な瓦礫の岩陰で、パトレイシアとルジャが待機している。

 遠くではバンシーのエバンスと、突如泣き始めた彼をどうにか宥めようと慌てているレヴィの姿があった。

 

 レヴィとパトレイシアとルジャの三人は、ここしばらくバンシーのいるエリアを中心に捜索を続けていた。

 リチャードが設置した石像の効果を確認するための巡回である。

 

 もちろんそのためだけに遠くまで遠征するのは効率が悪いので、物拾いなども兼ねている。

 物資や人物など、対象は様々だ。そこにはレヴィの兄も含まれている。

 

 レヴィの兄は既に自我なきゴーストに変じているか、霧散しているかは未だわからない。パトレイシアもルジャも個人の捜索は絶望的だと思っている。

 きっとレヴィも、内心では諦めかけているのかもしれない。近頃の元気の無さそうな彼女からは、兄に対する希望が失われつつあるように見えた。

 

「こっちに来てください。坑道に……そこでいつも、みんな一緒にいるので」

『……うん。まだ、よくわからないけど……わかったよ。ありがとう。……あ、僕の名前はエバンス。君は……?』

「れ、レヴィです。よろしく……」

 

 だからなのか、レヴィは一人で悲しそうに歌うエバンスについて、特に気にかけているようだった。

 こうして彼が自我を取り戻し、表情はかなり明るくなったように見える。

 

 エバンスは年齢に対して見れば幼い顔立ちと小柄な体格の青年だ。きっと生まれ育ちの栄養状態などが良くなかったのだろう。

 だからエバンスとレヴィが並んで歩いている姿を見ると、まるで歳の近い兄弟のように見えた。

 

『ルジャさんも、その魔剣を使うことにならずに済んで良かったですね?』

「へ。まぁな」

 

 ルジャはリチャードから貰った魔剣を手にしていた。

 いざという時、バンシーが脅威になり得たら。その時はこの魔剣で、始末をつけるつもりだったのだ。

 

「けど、魔剣って言っても相手は……人間だ。アンデッドだけどよ。元々は人間で……助けられるかもしれない奴なんだ。だったら使わずに済むのが、一番だろ?」

『その割には、いただいた時はご機嫌のようでしたが』

「そりゃあれだよ。パトレイシアさんにはわからないかもしれないが、男のロマンってやつさ」

 

 ルジャが軽口を叩く間にも、レヴィとエバンスはこちらに向かって歩いているようだった。

 バンシーは幽体であるが種族として浮くことができず、歩行も非常に遅いので、歩みはゆっくりしたものだ。

 

「帰り道は時間がかかりそうだが、ま。急ぐものでもないし、ゆっくり帰るか」

『ええ。新たな住人と、交わすべき言葉も多いでしょうから』

 

 物陰から現れたルジャに、エバンスが大袈裟なほど驚く。

 宙を浮いて綺麗な挨拶をしてみせたパトレイシアには目を瞬かせ、なぜか同じ女性風な挨拶を返している。

 ルジャは新たな仲間の変わった癖に笑い、レヴィは数歩離れた場所でひっそりと笑っている。

 彼らの笑い声は、薄暗い坑道が更に賑やかになるような、早くもそんな予感を感じさせた。

 

 かくしてバンシーの悲しげな歌声は途絶えた。

 へし折れた石柱のステージにはもう当分の間、他の誰かが登る予定もないだろう。

 

 バンシーの声に悩まされ続けてきたゾンビたちは、不意に訪れた平穏について考えるだけの思考力を持っていなかったが、中には美しい歌が聴けなくなって首を捻る個体もあったのかもしれない。

 

 ステージに残されたのは一体の子供像。

 

 

 製作再開歴15年、リチャード作。

 

 “餓鬼”。

 

 

 石像は人が去った後もずっと、そこで両手を握り締めているのだろう。

 

 

 

 

 

「……クカカカ……」

 

 玉座の上で、一体の骸が蠢いた。

 その姿は判然としない。ドーム状の天蓋は空からの薄明かりを遮り、室内を暗闇にしていたからだ。

 

「死しても尚……玉座の上、か。誰もこの座面に囚われることを、望まなんだか」

 

 骸は胸元を貫く錆びついた剣を掴み、徐ろに抜き取った。

 骨だけの身体は血を流すこともなく、難なく剣を背後の座面から抜き放たれ、ぞんざいに捨てられた。

 

 既に床を覆っていた赤絨毯は色褪せ、埃被っている。

 玉座の間はそこら中が壊れ、倒壊し、少なくない瓦礫に埋もれていた。

 

 それでも十数段の階段の上に据えられた玉座は無事で、まだまだ椅子としての体を保っている。

 玉座で眠り続けていた彼を含め、全てはあの時のまま、何も変わらない。

 

「ならば、再び我が君臨せねばならぬよなぁ。愚民を従え、次こそは。完全なる国を、作らねばならぬよなぁ」

 

 所々が砕けた天蓋から、光が漏れる。

 光はわずかに玉座を照らし、彼の姿を暴いた。

 

 それは、異形。

 肥大化した頭蓋骨は、特に額部分が大きく膨らむように歪んでおり、眼窩の大きさも左右不釣り合いであった。歪んだ頭蓋に合わせて作られた金の王冠は未だに彼の頭部を斜めに飾り、輝いている。

 

 眇の狂王ノール。

 

 彼は目覚めた瞬間、アンデッドの最高位と謳われる支配種族として覚醒していた。

 数多のアンデッドを操り支配する、不死者の王。

 ノーライフキングとして。

 

「今ここに、バビロニアの再誕を宣言する」

 

 ノーライフキングの言葉に呼応するように、腐れ果てたドラゴンが咆哮を上げた。

 

 

 

 


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