埋没殿のサイレントリッチ   作:ジェームズ・リッチマン

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「職人に語る口なし。手を動かせ。」
 ――戴工神コンベイ


第1章 リッチのリチャード
リチャードの覚醒


 リチャード。

 

 死を題材とした数々の作品を生み出し、バビロニアの人々に強い衝撃を与えた彫刻家。

 

 彼は意欲的に作品作りに没頭し、妻子を設けることもなく五十の半ばでその生涯を閉じた。

 

 

 

 リチャードはやけに醒めた頭で、そのようなことを考えていた。

 

 “死の底で、アンデッドに殺されたはずだが”

 

 見回すと、そこは洞窟のようであった。

 壁面には削られた痕跡がある。リチャードは採掘など知らなかったが、掘り跡から見てここが人工的に作られた坑道であることを悟った。

 

 ここは死の底であろう。辺りを漂うアンデッドの気配からしてそれは間違いない。

 

 しかし、アンデッド? 

 それに気付いた時、リチャードは納得した。

 

 “そうか、アンデッドか”

 

 自分の手を見れば、そこにあるのは白骨化した己の手。

 周囲の坑道も、灯りが無いにも関わらず昼間のようにはっきりと暗視できる。不死者の気配にどことなく危機感を覚えないのも考えればおかしな話だ。

 

 リチャードは死に、そして不死者になったのである。

 それも、知性あるアンデッド。魔法と死霊術に特化した高位不死者。バビロニアにおいては特級の討伐対象である、リッチに。

 

 “死の直前に杖を持っていたせいだろうか”

 

 リチャードは目覚めてから、ステッキを手にしていた。

 古びてどこか木目の痩せた、簡素な杖である。リッチは杖などで魔法を操るアンデッドなので、それは不自然ではない。

 しかしリチャードは生前に魔法など使った経験などなかったし、魔力とは縁の無い生涯を送ってきた。リッチと言われてもピンとこないのが現実である。

 

 痩せた杖。そして、ボロボロに劣化した罪人のローブ。どちらも年季を感じさせる。

 

 “あれから、何年が経ったのか”

 

 身に付けていた物品の劣化は凄まじかった。一年や二年ではない。

 罪人のローブの生地の傷みからして、数十年は経過しているだろうか。

 

 “アンデッド化にかかる時間は個体差がある。これは遅い方と見るべきだろうか”

 

 リチャードはアンデッドの専門家でもある。

 彼は彫刻家となる前は墓守を務めていたこともあり、アンデッドの習性や生態には詳しかった。作品作りの一環として個人的に調べていた時期もあったので、知識量は神殿務めの神官よりも豊富だった。

 

 “……そんなことはどうでもいいか”

 

 分析すれば考えはいくらでも浮かぶ。考察のやり甲斐はあった。

 だがリチャードは一旦自分の思考を取りやめて、骨製の椅子に深く腰を下ろし、うな垂れた。

 その姿は、彼が剣を突き立てられて事切れた姿にも似ていた。

 

 “つまらない死に方だった”

 

 今、彼は心底落ち込んでいた。

 自分の死に様があまりにも普通だったからである。

 

 死。それは一生のうちに一度しか訪れない終わり。

 リチャードにとっては最大のテーマであり、長年追い求め続けていただけに特別な憧れを抱いていた瞬間でもあった。

 

 彼はその生涯で様々な死を見送り続け、それらを作品に込めてきた。

 孤児院で餓死してゆく子供、軍幕の中で治療されながら息を引き取る騎士、蘇ったアンデッドに組み付かれて噛み殺される墓守、処刑される罪なき人々……。

 死は身近であった。それだけに、死は避けられないという思いは強かったが、その質に関しては人一倍のこだわりを持っていた。

 

 故にリチャードは死の底での終わりを望んだのである。

 狂王ノールから死罪を言い渡され、その死に様を褒美とされた時は思わず笑みを浮かべそうになったほどだった。

 

 しかし現実に死の底へ降りてみれば、そこはただ瘴気が強いだけの洞窟でしかない。墓守時代の集団埋葬地と何ら変わらない現実が、無秩序に地中を蛇行しているだけ。ただ危険なだけの地下空間に過ぎなかったのだ。

 おとぎ話に夢を見ていたのだろう。言い伝えられる死の底とは、リチャードにとって大したものではなかったのである。

 

 “がっかりだ。まさか何の着想も得られないとは……”

 

 死を垣間見た時、人は何かを見るのだという。

 瀕死の重傷から復帰した戦場帰りの騎士たちは、昏睡中の不思議な体験について語ることがある。臨死体験というものだ。

 リチャードも自身の体を使って臨死体験を目論んだことは多々あったが、残念なことに未だにそれと呼べるような鮮やかな体験は味わったことがない。時折その時の心境をテーマに作品作りすることもあったが、受け取り側の反応はともかく、自身の手応えは微妙なところであった。

 

 スランプだったのだ。

 その行き詰まりを打破する何かを、最期の最期に答えだけでも垣間見たかったのだ。結局のところ、何も無かったのだが。

 

 “アンデッドになっても、生は続く。生とは、自我だ”

 

 足元に転がっていた立方体の彫刻を拾い上げる。

 王に捨てられた作品、“苔生した壁”。

 

 “自我が続く以上、不死者になろうが何も変わりはしない。私の生は終わらず、未だ緩慢に続いている”

 

 人々はアンデッドを忌避するが、リチャードにとって不死者はそのような対象ではない。

 生の向こう側に存在するもうひとつの生。あるいは死の節目を曖昧にする、生寄りの蛇足。そのような意識が強かった。

 

 “……作品作りを始めよう。新たな着想は得られなかったが、温めていたテーマはまだ残っている。寿命が無いのであれば、これからは腰を据えて作業ができそうだ”

 

 幸い、手元には杖がある。金属の石突きを使えば脆い壁を彫って作品が作れるだろう。

 あるいは大昔の奴隷が残した工具を見つけ出せば、より作業は楽になるはずだ。

 

 リチャードは気分を入れ替え、作品作りに相応しい壁面を探すことにした。

 

 “……しかし、アンデッドが多い。さすがは死の底と言うべきか”

 

 坑道を進んでいくと、何体ものスケルトンとすれ違う。

 アンデッドと化した今のリチャードは襲われることはなく、移動は快適だ。それでも意思のないスケルトンが雑に歩くせいで、ガチャガチャと骨をぶつけてくるのは煩わしかったが。

 

 “この先からは、特に強い瘴気を感じるな”

 

 瘴気。それはアンデッドに不可欠な負のエネルギーであろうか。

 瘴気の濃い場所はアンデッドにとって心地の良いもので、リチャードも進む先から漂うその気配を悪くは思わなかった。

 

 しかし。

 

 “……”

 

 何らかの事故によって崩落したらしい広大な広間に出た時、リチャードは思わず歯軋りした。

 一際負の気配が強いその広場には、多種多様なアンデッドの群れがひしめき合い、ガチャガチャグチャグチャと煩わしい音を引っ切り無しに奏でていたのである。

 強い瘴気に誘われた不死者が群がっているのだろう。

 そこにある不死者はどうにも比較的新鮮そうな気配を漂わせていたが、リチャードにはそんなことはどうでもよかった。

 

 “うるさい”

 

 リチャードは騒々しい空間が大の苦手だったのである。

 

 結局、彼は静かな場所を求めて道を引き返してゆくのだった。

 

 

 

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