埋没殿のサイレントリッチ   作:ジェームズ・リッチマン

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空に浮かぶ幽かな影

 坑道を彷徨う古きアンデッド達に意思はない。

 自発的に襲いかかってくることもないが、手出しをすれば反撃するだけの本能はあるので、ルジャは彼らに関わることをしなかった。それは好奇心旺盛なレヴィでも同じだろう。

 つまり、日常的に常に一線を引いた付き合いをしていたのだ。情も移らないし、同時代の人間ではないと思えば躊躇はいらなかった。むしろ、長年囚われ続けた魂を解放してやろうと前向きになれる程度には、その行いは救いであったのかもしれない。

 

「安らかに眠ってくれ」

 

 背後から頭蓋を砕き、一撃でアンデッドとしての生を終わらせる。

 その場に崩れ落ちる胴体はルジャが受け止め、一連の流れに無駄な物音は皆無。

 

 ルジャはここしばらく、パトレイシアから打診された坑道内での不死者討伐に奔走していた。

 彼は元々軍人だ。仕事となればドライにもなれるし、今回は事情も理解できるものではあったし、やれと言われれば否とは言わなかった。

 

 それでも自責するような顔をしていたパトレイシアに対し、ルジャは言った。

 

「パトレイシアさん。一人で抱え込む必要なんて無いんだぜ」

 

 スケルトンソルジャーがレイスを口説いて何になるわけでもなかったが、その言葉にパトレイシアは励まされたようだった。

 

『ありがとうございます。さすが、我らがバビロニアの騎士様ですね』

 

 しかしルジャはなんとなくその返し方が“脈なし”であるとわかる。

 さすがは長きを生きる精霊族の貴族。純朴な村娘とは違い、男の媚びや優しさに少しも靡かない。

 

「俺もそこそこモテてたんだけどなー、この顔じゃなー」

 

 ぶつくさ言いつつ、ルジャは哀れなスケルトン達を駆除してゆく。

 彼らの生い立ちにはなるべく、意識を向けないようにしながら……。

 

 

 

 

「ここに引っかけるんですね」

 

 レヴィの問いかけにリチャードは頷いた。レヴィは指示通りに動き、自身で判断せず他人に委ねる癖があった。

 自発的に動けない。受動的。後ろ向きな言葉で形容することは容易いが、指示通りにしか動けない存在は希少であり、有用性も高い。

 少なくともリチャードは自身の考えに従って忠実に作業できるレヴィの労働性を評価していた。その関係性はまさしくアンデッドの支配者たるリッチと配下のレヴナントそのものであったが、実際に種族としての力が両者の間で働いているのかは謎である。

 

「これもこっちに……次は横向きに……」

 

 防音室にはさらに手が加えられ、ついに吸音楔が取り付けられる段階にまで至った。

 最初は廃材を組んで作った脚立を使って天井に、次に壁を埋めるように楔が取り付けられてゆく。

 それもかなりの数を設置しなければならないために重労働であるが、一番手をかけたのは間違いなく床であろう。

 

 現在、床は網状の細い鉱物で作られている。

 音は当然、床に対しても反射するので、それを防ぐために網状の床にする必要があった。網の向こう側には当然防音と楔が施されている。

 

 人が乗っても壊れない網を製作するのは無響室製作において最も困難な分野であった。

 なにせその網は重量のあるものが乗っても壊れないことは当然として、軋む音さえたててはならないのだ。金属ワイヤーを張り詰めるように設置してもうまくはいかず、素材選びからして難航し続けた。

 

 解決したのはパトレイシアの錬金術だ。

 彼女は専門外だと不満そうにしていたが、以前にエバンスのために用意した石像と同様の素材を用いることで形成が容易な剛体を生み出せることは知っていたので、どうにかそれを採用できたのだ。

 限界まで肉抜きされた奇怪な模様のプレートは、型によって量産されたもの。それが壁際から一枚ずつ差し込まれ、組み合わされることによって床を作っている。自重によって床は平坦ではなく、緩やかに窪んでしまってはいるが、それぞれのプレートは繋ぎを注入し焼き付けてあるため、軋むことはない。

 あまりにも重いものに対しては無力だが、数人が乗る分には小ゆるぎもしない施工となった。

 

 完成が近づくにつれ、静寂が深まってゆく。少なくともリチャードはそう感じていた。

 感覚の目を閉ざせば、まるで何もない青空に浮かんでいるかのような錯覚すら覚える。吸音楔の効果だろうか、作業のために壁際にいるレヴィの声さえ幽かであった。

 

 まだ入り口を塞いではいない。もし完成し、入り口を閉じたならばどうなるのだろう。

 無音の空間。真の静寂。リチャードは楽しみであった。

 

 

 

 

「ルォオオ……コカカカカカ」

『……』

 

 パトレイシアは哨戒中、壁を這う奇妙な人影を見つけた。

 甲高い音を発して這い回る影。焼けただれた顔、剥き出しの口、鋭い牙。それは紛れもなく、リチャードから伝え聞いていたヴァンパイアそのものだった。

 

 見れば見るほど、それは獣じみていた。ともすればこの埋没殿にいたスケルトンハウンドの方が、社会性を持つだけまだ人じみているかもしれない。

 このヴァンパイアにはそれすらない。彼は自身の眷属の区別さえ無くし、音を立てるもの全てに見境なく襲いかかる獣へと堕ちたのだ。

 

 幸い、レイスに実体はない。

 ヴァンパイアほどの魔力があればその攻撃はレイスの体すら引き裂くだろうが、このヴァンパイアは盲目であり、聴覚に頼っている。

 実体の無いレイスを察知できなければ攻撃しようもないので、パトレイシアは冷静に彼を観察することができた。

 

 もはや身分を示す持ち物は何も無い。しかし肉体はそのまま。

 背景を類推することは難しかったが、それでもかなりの年月、ヴァンパイアとして過ごしてきたのは間違いなさそうだ。

 

 ある程度観察して、パトレイシアは道を引き返してゆく。

 これ以上は何も情報を見込めないだろうし、自分の仕事は哨戒だけではなかったからだ。

 パトレイシアは今や様々な仕事を掛け持ちし、慌ただしく埋没殿を駆け回っている。時間は無駄にはできない。

 

「コカカカカカ……」

 

 飛び去ってゆくパトレイシア。

 その手には今日の戦果である、クロスゴーストの薄布が握られている。

 

 パトレイシアが飛び去った後、ヴァンパイアは空中でわずかに音を反射してきた布の幻影を追うように、爛れた顔を向け続けていた。

 

 

 


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