埋没殿のサイレントリッチ   作:ジェームズ・リッチマン

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「全ては螺旋を描き、進み続けるのです。その後ろに、あらゆるものを置き去りにして……。」
 ――時律神スパロトル


第8章 ノーライフキングのノール
抑止力のパイ


 大階段を登り次の階層に出た時、パトレイシアは遠目に現存している昇降塔を確認した。

 ロープを用いて上下に移動する昇降塔はバビロニアの各地に存在し、資材を効率よく運搬するために使われている。そのほとんどは崩落と共に瓦礫となってしまったが、貴族街のものともなれば造りも頑強だったらしい。

 パトレイシアは昇降塔の入り口付近に青く燃える楔を射出し打ち込み、目印とした。

 

『エバンスさん! 幽体アンデッドを倒しながら向こうの昇降塔へ! 他は私が受け持ちます!』

『はい!』

 

 道のりは険しい。行く先々で操られた不死者たちが道を阻んでいるし、邪魔だからと攻撃すれば反撃を行ってくる。

 だがパトレイシアとエバンスの両者にとって、数多い雑兵は敵ではなかった。

 

『“アトラ・フレミガロ”』

 

 紫電が空を駆け、錆びた剣を持ったスケルトンの群れに吸い込まれるように着弾。骨片が爆ぜる。

 たった一発とはいえ、上空から放たれる中級雷魔法は剣士にとっては致命的な攻撃だ。レイスとしての適性もあり、雷は群れの十数体を破砕するまで誘爆し続けた。

 

『“アトラ・プロミネンス”!』

 

 息つく間もなく次に放たれたのは火炎の上級魔法。

 蛇のようにうねる業火が前衛の欠けた敵陣を食い破り、内部から炸裂。不死者の群れを灰へと変える。

 

 斃すたびに力は増してゆく。力を増すたびに魔力は回復し、次の魔法を扱う下地が整ってしまう。

 

『歪んでいる』

 

 同族を殺せば殺すたびに際限なく力は強くなる。

 既にパトレイシアの魔法の力量は肉体を持っていた頃を上回っていた。以前は使えなかった高度な魔法も取り戻したことで、パトレイシアはいよいよレイスらしい悪辣な魔法霊になりつつある。彼女はそこに活路を見出したが、決して気持ちのいいものではない。

 

『キャァアアアアッ!』

 

 エバンスの絶叫が地上の脆弱なスケルトンごと、空のゴーストたちを吹き消してゆく。

 魔法での対処が面倒な相手は全てエバンスがなんとかしてくれる。他のは自分の魔法でどうにでもなる。隙のない布陣だ。快進撃である。かつての臣民に手を下しているという罪の意識さえなければ。

 

『塔はここですね! ……パトレイシアさん! どうしましょう、中に昇降機がないんですが!』

 

 昇降塔に辿り着いたエバンスは、その内部にリフトがないことに気が付いた。

 塔そのものは無事であったが、ロープを用いた昇降機本体は衝撃と経年劣化に耐えられなかったのだろう。

 

『問題ありません。“カースバインド”』

『うわっ』

 

 パトレイシアの手から伸びたのは暗く不吉な煙を発する魔法の鎖。

 それがエバンスの華奢な身体に何重にも巻きつき、幽体を堅く拘束する。

 

『ゴーストなどの幽体を捕縛するための魔法です。このまま私が上へと引き上げていきますね』

『す、すごいですね』

『上級魔法ですから。先ほどの戦いの中で使えるようになったのです。前世では使い道もなかったのですが……覚えておいて良かった。これで昇降塔から先回りできます』

 

 昇降塔を使えば階段よりも早く上層階を目指せる。

 徒歩で上へ向かっているレヴィを待ち伏せることも可能になるだろう。

 ひとまず時間的な余裕は生まれたと考えても良さそうだった。

 

『……ルジャさん、大丈夫でしょうか』

 

 長く単調な縦穴を移動する中、エバンスが呟いた。

 

『祈る……ほかに、ありません。剣士同士の戦いともなれば、きっと既に決着はついているでしょう』

『そういうもの……なんでしょうね』

 

 最後にリチャードが機転を利かせたのは間違いない。だが、それがあってもデュラハンを倒せるかどうかは怪しい。

 二人はなるべく楽観的に祈る以外、できることはなかった。

 

『着きます』

 

 沈黙も僅かに、昇降塔の最奥にたどり着く。

 横穴から外に出ると、景色は先ほどまでいた貴族街よりもずっと絢爛さを増しているように見えた。

 

 少し離れた大通りにはアンデッドたちの行列がゆっくりと歩みを進めている。

 

 行先は、王族の居住区へと続く大階段。

 狂王ノールが待ち受ける処刑台。

 

『エバンスさん、ここで不死者たちを止めましょう! レヴィさんを止める必要はありますが、彼らをノールに殺させるわけにはいきません!』

『はい!』

 

 エバンスが不死者たちを声によって仕留めていくのを確認してから、パトレイシアには今しがた登った昇降塔の内側に手を差し向けた。

 

『“アイシング・モール”』

 

 強大な氷結魔術が円筒状の内部を走り、螺旋状の氷塊を作りながら下ってゆく。

 最下層まで着弾すると、残されたのは極めて足場の狭い螺旋階段だ。運良くリチャードが気付けば、ここから登って近道できるだろう。

 

『……!』

 

 消費魔力は多い。我が身を削るレイスとしての魔法行使は無理をするほどに不調が直接滲み出てくる。

 それでも取り返すあてはいくらでもある。

 不死者を倒せばそれだけでいくらでも回復が可能だ。斃すべき不死者は視界を埋め尽くさんばかりなのだから。

 

『歪んでいる……!』

 

 ノールは正しい。力を得るならば、まさにこの埋没殿での同族殺しは最善とも言える。

 外界進出の足掛けとしてはこれ以上ない策だ。

 

 パトレイシアはそれを嫌悪している。

 だが同時に、対抗するために同じ手法を真似ている。これは明らかな矛盾だ。

 

『“アトラ・プロミネンス”!』

 

 それでも、犠牲を最小限に留めるためにはこれしかない。

 自分の手で斃し、糧とするしかない。

 

 パトレイシアは険しい形相で魔法を放ち、その身に積み重なる力を嫌悪し続けた。

 

 

 


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