貴族街の片隅にあるルジャとラハンの遺骨の成れの果て。
それは灰に近い物質となり、二つの小さな山として密やかに積もっていた。
神聖な力によって浄化されたスケルトン系アンデッドの遺骸。
一見すると凡庸な堆積物にしか見えないそれを、リチャードは一目で“死体”だと見抜いた。
生前は執刀団として活動していたリチャードにとって、それは見慣れた部類の遺骨だったから。
「……」
屈み込み、小さな方の遺骨の山に手を触れ、隙間だらけの骨の合間よりサラサラと落とす。
ルジャは大柄ではなかったが、健康な骨格の男であった。日々鍛錬を怠らず、歪んだ骨の少ない模範的な兵士らしい骨であったと言えるだろう。
それも今や微塵になり、影も形もない。
だが、それも全て織り込み済みだったのだろう。すぐ近くには神聖な気配に満ちた聖剣が転がっており、未だリチャードにとっても辛い波動を放っているのがわかる。
わかった上で、ルジャはその剣を手に取ったのだろう。
そして彼は聖剣によってデュラハンを打ち倒してみせた。これは偉業だ。
長く執刀団で活動していたリチャードですら、デュラハンが討伐された光景を直接見たことはなかったのだから。
リチャードはしばらくルジャの遺骨に触れて沈黙した後、すぐに立ち上がった。
その手にはルジャが使ったであろう黒い魔剣が握られている。
貴族街の柵から作り出した手製の魔剣。不格好ではあるが、切れ味は本物だ。
そうして、リチャードは立ち去った。
残されたものは名もなき遺灰のみ。だが、ここには雨が落ちることもなく、風が吹くこともない。
二人がこの世に存在した名残はまだしばらくの間、この場所に留まっているのだろう。
道を進んでゆくと、不死者たちの残骸が目につく。魔法を放った跡や強い音圧によって砕けたものなど。この階層で争い事を起こす存在などそう多くはないはずだ。目印にして跡を辿っていくのは簡単であった。
時々行く手を遮ってくる邪魔なアンデッドは魔剣で頚椎を砕けばすぐに無力化できる。
その歩みに迷いは無かった。
「……」
次の階層へと続く大階段を登りつつ、振り返る。
広がる景色は薄暗く、骨格をむき出しにした街に明かりは灯っていない。
どこまでも広がる廃墟。うごめく影は不死者だけ。
それでも、ここはまだマシだ。落下の衝撃と塔の重さに押しつぶされた下層は文字通り形も残っていない。廃墟としての寂びがあるだけ、まだ恵まれているのだろう。
階段を登りきり、更に歩いてゆけば、二人の痕跡は昇降塔まで続いていた。
道中の魔法痕は進むほどに激しくなっており、パトレイシアが派手に不死者を蹴散らしていたことが伺える。おそらくエバンスも一緒にやっていたのだろう。真新しく崩れ落ちた建材の跡からして、きっと凄まじい叫びを披露したに違いない。リチャードは騒がしい声を聞かずに済んだことに心底ほっとした。
昇降塔の円筒状の内壁には、氷の螺旋階段がへばりついている。パトレイシアの魔法によって作られたものだろう。煌めく冷気が遥か上から重く降り注いでくるが、氷の階段は溶ける気配もない。足場としては申し分ないだろう。
リチャードは階段に足を置き、魔剣を杖代わりにしながら登った。
焦ることはしない。彼は焦燥や軽挙が取り返しのつかない終わりを呼び寄せることを知っている。
「……」
それでも、少しだけ立ち止まり、考え直した。
レヴィ。数少ない理解者の少女。凡庸な閲覧者の一人でしかないことは確かだが、この世界において一人というのは実に貴重だ。
そう思い直すと、リチャードは手にした魔剣の重みもあり、急ぐことにした。
螺旋階段を壊さないよう慎重に、それでもできるだけ急いで駆け上がる。
頂上までたどり着き、昇降塔の外に出る。
貴族街居住区。そこは既にアンデッドの行列が立ち並び、玉座の間へと向かう渋滞が目に見えていた。
多くのアンデッドたちは意志なきうめき声をあげ、整然と並び、己を殺す一撃を賜りにいくためだけに歩いている。
その数は無尽蔵。手探りで特定の個人を見つけ出すにはあまりにも難しい。
昇降塔での移動は階段を使うよりもずっと近道であったはずだが、追いついたのか追い抜かしたのかは不明だ。
「……」
しかし、数が多い。そして基本的に戦意がなく、誰もが一方向を向いている。
それは、リチャードにとって好都合な状況であった。
ここには自分を邪魔する者は誰もいない。
ならば、ここでこそ始めるべきだろう。
リチャードは列を成す不死者の傍らに建っていた、辛うじて崩壊を免れたらしい外壁までやってきて、その表面に魔剣の切っ先を突き立てる。
魔金属の鋭利な刃は脆い壁を想像通りに削り、溝を成す。悪くない彫り味に、リチャードは心の奥底で笑みを浮かべた。
さあ、作業を始めよう。
辺りに人は多いが、誰も煩わしく話すこともない。
たとえ煩わしい客人が現れたとしても、それは作品が仕上がった時だけだ。
塔の上部に、槌の音が鳴り響く。