埋没殿のサイレントリッチ   作:ジェームズ・リッチマン

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絶対王政

 

 玉座の間へと続く道は左右を堅牢な砦によって固められ、往来する者を威圧している。

 銅色の城壁。無数の銃眼。千人の反乱者が一斉に押し入ろうとも容易く押しつぶすことのできるエストッカ城塞は、バビロニアの絶対王政を象徴する不滅の建築物であった。

 

 今やその城塞も、自らの重みによって半分以上が崩れ落ちている。

 銃眼から通りを監視する兵士も弓兵もいない。不気味な静けさは最奥の暗闇まで続いている。

 

『パトレイシアさん!』

 

 悲鳴にも似たエバンスの叫びを背に受けて、パトレイシアは玉座の間を目指す。

 目的は狂王ノールの抹殺。再び“声”がレヴィの自我を奪う前に殺さなければならない。

 

 多少の冷静さを欠いていることは承知の上。

 それでもパトレイシアは、今こそ実行に移すべきだと決断したのだ。

 

 

 

 ゴーレムが牽く馬車の中からでしか見ることのなかった正門をくぐり抜け、王城を突き進む。

 朽ちたカーペットの最も華美な紋様をなぞるようにして直進すれば、目的地はそう遠いものではない。

 今や謁見の手続きや待ち時間も必要なく、風通しの良いそこへ到達するのは難しくなかった。

 

『……ノール……!』

 

 来客を全面的に歓迎するかのように開かれていた巨大な門の向こう側。

 黄金の十三階段の上に佇む玉座には、かつてと同じように王が君臨している。

 

 肉と皮がなくとも一目でわかる歪んだ頭蓋。

 そして禍々しいノーライフキングとしての気配に、無言で先手を撃つというパトレイシアの目論見は無意識のうちに挫けてしまった。

 

「クカカ。そうか、ネズミは人間ではなかったか……クカカカカカ……」

 

 バビロニアの王、眇の狂王ノール。

 小柄な遺骸はパトレイシアを一瞥したきり顔を背け、黄金の玉座から動かぬまま節くれだった己の指先を眺めている。

 

「知性を残したアンデッドが他にいることは考えないでもなかったが、そうか。人間ではなかったか」

『……ノール・ジグラッド・イングローズ。貴方の暴政は今日終わる』

「いや? その姿に変わり果てずとも……どの道ハーフエルフを人間とは呼ばぬか。クカカカ……」

『……!』

 

 パトレイシアの美しい表情に皺が寄り、レイスとしての莫大な魔力が吹き荒れる。

 術に変換したい純粋な魔力が嵐に匹敵する風を生み、埃を散らす。人の身では宮廷魔法士でも成し得ない力であった。

 

「カカカ……いや、しかし……パトレイシア・アロフ・イングローズ。貴様も、この我も。今となってはその血筋に意味など無くなった。ここにあるのは骨と、魂だけの亡者ばかりよ。……貴様は何故ここにいる?」

 

 ノールの眼窩の奥が妖しく光り、パトレイシアの魂が硬直する。

 射抜かれたような痛みが胸に走る。

 

 ――ノーライフキングの支配。

 

 その直撃に抗うには、甚大な苦痛を必要とした。

 

「ほう?」

 

 パトレイシアは支配から抗った。

 首を振り、毅然とノールを睨み、自らの意志で口を開く。

 

『……私は、貴方を殺しに来ました。貴方は……貴方は死しても尚、バビロニアの民を苦しめている! 人々の尊厳を踏み躙っている! この世界に再び粛清を齎そうとしている! 私は許さない……今度こそ、絶対に!』

「支配を防ぐか……なるほど。不死者であってもか。……クカ、クカカカ……」

 

 ノールの硬い指先が玉座の肘掛けを叩く。

 

「だが……パトレイシア。鳥籠の中の愚かな叔母上よ。貴様から迸るその力は……クカカ、果たしてどうやって手に入れたものなのか。のう? クカカカッ……!」

『……!』

「ぁあ、だが正しい。それは正しいのだパトレイシアよ。支配とは力あってこそのもの。力なき支配に価値など無い。弱きことだけは、為政者にあってはならぬのだ。このバビロニアは根腐れによって無様に滅び去ったが、力による支配それだけは、滅ぶその瞬間まで履き違えることはなかった……僅かとは言え、我と貴様には同じ血が流れている。嬉しいぞ? パトレイシアよ。クカカカ……」

『黙れ! 私はッ……これ以上、貴様の殺戮をッ……!』

「死に損なった死者が正しく死んだだけであろうが。我と同じく“糧”とした身でありながら、何をほざく?」

『――』

 

 パトレイシアは右手を掲げ、怒りの中で噴き出した魔力を纏め上げた。

 

『“レイ・エクスプロージョン!”』

 

 無属性の爆破魔法。

 対象に爆破を浴びせるシンプルな魔法であったが、注ぎ込んだ魔力は上級魔法を凌駕するほどの規模であった。

 

 シンプルな魔法故に、出力は入力に比例する。

 玉座の頂点で炸裂した魔力は玉座の間全体を軋ませ、積年の塵や誇りを全て吹き飛ばした。

 

「そう、力でこそ支配は成り立つ」

 

 煙る玉座から、ノールの平坦な声が聞こえる。

 まるで一切通じていないかのような、無感情な声。

 パトレイシアは敵の想定を超える硬さに戦慄せざるを得なかった。

 

「我が王位を継承するに至ったのも、それよ。結局のところ、道は己で切り開く他に術は無いのだ」

 

 煙の晴れた先に、ノールはいた。

 金の玉座の周辺は微塵に砕けていたが、ノールの周囲だけは全くの無傷。

 パトレイシアはその結果が、ノールが身に纏う人智を越えた魔力による防御膜であることを悟った。

 

 そして直感する。

 ノールの保有する力は既に、パトレイシアでは覆しようもない規模に達しているのだと。

 

「パトレイシア、貴様は甘い。貴様は国の定めに唯々諾々と従い、ハーフエルフである己を“アロフ”の籠に自ら閉じ込めた。為政者であることを棄て、ひとつの杖となることを受け入れた。……惰弱な女よ。だから“こうなる”。“こうなっている”。半端者め。その程度の覚悟で我を殺せるとでも思ったか。我を見くびっているのか。クズが」

『ッ……』

 

 歪んだ眼窩が不吉に輝く。声に怒気が籠もる。

 パトレイシアはノールの放つ覇気を前に、完全に萎縮していた。

 

「我は肉親の手により毒のスープを飲まされ、五日間の悪夢より這い上がったその時から決めているのだ。王になると。絶対に揺るがぬ王となり、この世を捻じ伏せると。……なんだそのザマは? それが玉座を狙う者の覚悟か? “民だった者”の全てを砕いて礎にしてやる程度の覚悟もできずに、我に立ちはだかったつもりでいるのか!?」

『そ、そん、な……!』

 

 恐怖。生前も感じていた狂王の恐ろしさに、思わず目を背けてしまう。

 

 パトレイシアが目を背けた、カーペットの外側。

 そこには微塵に砕かれた白骨と肉片が混じり合い、灰色の絨毯と化していた。

 

「死しても尚、我はノールである! 偉大なるバビロニアの王である! 我は再び踏み潰してやるぞ! 絶対なる力をもって、世界を捻じ伏せてやる! そして今度こそ刻むのだ! 我がいた証を! この世の全てを踏み均した絶対の王である証をッ!」

 

 ノールは吠える。

 魂の限りに叫ぶ。

 

 バビロニアによる世界の支配。王の遂行を宣言する。

 

 生前は道半ばで途絶えた己の覇道を、不死の身にて再び歩むために。

 

 

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