埋没殿のサイレントリッチ   作:ジェームズ・リッチマン

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「……。」
 ――リチャード


最終章 レヴナントのレヴィ
埋没殿のサイレントリッチ


「──だから今はもう一杯だけ、ともに飲んで唱おうか 今の幸せは明日に無いから 明日をより良くするために 今を泣かずにいるために……」

 

 モルドゥナの活気付いた街中を、一人の少女が歩いている。

 彼女は誰も連れ添わず、異国風の厚ぼったい衣装に身を包み、嗅ぎなれない香水の匂いを纏い、聞きなれない歌を小さく口ずさんでいた。

 

 だが、そんな彼女もこの街では特別浮いているというわけでもない。

 金銀財宝を算出する神秘の大穴の噂を聞きつけて遠方の土地よりやってくる者は数知れないからだ。

 少し前までは坑道に新たな財宝が次々に見つかったこともあり、近頃は特に賑わいを増している。

 誰も少女一人を気にする者はいない。それが腰に剣をぶら下げているともなれば、無防備な獲物として狙いをつけるのも面倒だ。

 一部の者は布地から覗く血の気の引いた肌色に気味の悪さを感じたが、抱かれる違和感もその程度である。

 

「ワイアームさんの家は……ここ、かな」

 

 少女はここに至るまで、何度も人を頼ってきた。

 手掛かりはあまりにも少なく、中には罠に陥れようとした悪人もいたが、幸運にも幾人かの親切と出会い、ようやくたどり着いたのである。

 

「はーい?」

 

 古びたドアノッカーを鳴らしてしばらくすると、一人の壮年の男が玄関を開けた。

 男は扉の前に立っていたのが見知らぬ少女だったためか、怪訝そうに目を細めている。

 

「あの。ワイアームさんのお宅でしょうか」

「ワイアームは俺だが……」

「え、あ、そう、なんですか。良かった……あなたが……」

 

 少女は心の底から安堵したようだったが、ワイアームにはその理由がわからない。

 少女はしばらく感じ入ったように胸を押さえていたが、ワイアームが要件を尋ねようとした寸前でようやく荷物の中を漁り、中から物を取り出した。

 小さな革製の袋である。

 

「あの、ワイアームさんにお届けものです」

「……何も頼んでないぞ」

「いえ、あの、ネリダさんからです」

「!」

 

 その人名を少女が口にした瞬間、ワイアームの目の色が変わった。

 彼は少女の手から皮袋を引っ手繰るように取り上げると、その中身を慌ただしく取り出した。

 

 中に収められていたのは一枚の金貨。

 それもただの金貨ではない。大穴から産出される、非常に純度の高い金貨であった。

 

「ネリダさんは……亡くなった……そうです。私は、あの。ネリダさんの最期の言葉とそれを、届けるように言われた、ので……」

「……ネリダは、なんと言っていたんだい?」

 

 金貨を持つ手は震えている。

 

「……“ごめんなさい、ネリダは貴方を愛してます”……と」

「……そうか。そうなのか、ネリダ」

 

 ワイアームは金貨を見ながら、涙を流していた。

 彼の目に欲の輝きは灯っていない。手にした金貨も、失われたものと比べればちっぽけであるかのように。

 

「ネリダさんは火葬され、丁重に埋葬されています。埋没殿の、片隅に……」

「……ありがとう。本当に、ありがとう。ネリダの言葉を伝えてくれて……」

「いえ。私も、頼まれたので。……それでは」

「ま、待ってくれないか。何か、お礼をさせてくれ」

 

 足早に立ち去ろうとした少女を呼び止めるが、彼女は少しだけ立ち止まって軽く会釈をすると、それ以上言葉を交わそうとはせず、そのまま人混みの中に消えてしまった。

 

 ワイアームは思わず少女の姿を探しに歩き回ったのだが、それでも少女が見つかることはなかったという。

 

 

 

 

 

 コーン、コーンと音が鳴る。

 

 埋没殿の地の底で、石を彫る音が木霊する。

 

「クケケケ、カカカカッ」

 

 そんな音に誘われて、一体のグリムリーパーがやってきた。

 地底を彷徨う歩く災厄。人から恐れられた忌むべき死神。

 

 上機嫌に顎を鳴らす彼は、音の鳴る方に誘われるように進んで行く。

 歩くほどに音は強まり、その先には確かな誰かの気配を感じさせた。

 

 獲物の予感にグリムリーパーは再び顎を打ち鳴らして、足早に進み……。

 

「カカカ、カ、カ……」

 

 洞窟を進んだ曲がり角で、禍々しい竜骨の彫像に出くわした。

 

「ギェエエエッ!」

 

 グリムリーパーは歯ぎしりの悲鳴をあげ、狂乱しながら道を引き返してゆく。

 なりふり構わない彼の逃走は、グリムリーパーの脅威に怯える探索者達が見ていたとすれば目を疑うような光景であっただろう。

 

 

 “……うるさい。”

 

 

 煩わしい悲鳴に、少しだけ作業音が止まった。

 

 しかしすぐさま気を取り直したように、再び心地よいリズムが戻ってくる。

 

 

 

 そうして今日も埋没殿に、槌の音が鳴り響く。

 

 

 




おわり
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