東方六雄伝   作:紡ぐ者

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幻想入り

―――目の前が、霞んで見える。

 

置き去りにされた愛車の残骸からどれ程歩いたろうか。オイルやシートなどが焼け、タイヤのゴムが焦げ付いた鼻を突き刺す嫌な匂いは、鼻腔を刺激する事はなく、俺自身が持つ不快な記憶を呼び覚ます耳障りな炎の爆ぜる音も、今はもうどれも感じられない。

今、霞んだその視界の先に在る物は何処までも広がっているかの様な鬱蒼とした木々達。どれ程、左腕のレザージャケットの袖で目を擦っても視界の悪さは治まらず、余計な動作により元々失われていた体力が又更に減った。

 

泣き言を言ったとしても失った体力が帰ってくる訳でも、仲間が見つかる訳でもない。この様な無駄な思考ですら今の俺には不要。一刻も早く、仲間の安否を確認しなくては・・・。

普段ならマシンガンの弾幕の様に悪態を吐きまくっているであろう俺の口は深手と容赦なく襲い掛かる疲労に、硬く、真一文字に結び完璧に沈黙している。無駄口も意味は無い。何故なら、言葉通り現状を打開する策にもならない単なる無駄だからだ

 

故に今取れる最善の選択・・・つまりは、ただ黙々とバランスを失わない様に歯を食い縛り、前を見据えて道なき道を行く。幸い、獣が通っている獣道に近かったのか、行く手を遮る木々の枝を手で払うという重労働も必要なく、一歩一歩踏締める様に体力の続く限り歩き続ける。

 

 

―――一歩踏み出した瞬間に不意に体中から力が抜け、視界一杯に柔らかな緑と温かな茶色の色彩が広がり俺を包み込んだ。ドサリと・・・重い何かが地面へと落ちた音が耳朶を打つ。続いて胸部と右腕に鈍く響く鈍痛。ああ、何だ・・・。もう、限界が来たのか。

 

「・・・・・!」

 

ギギギと、油が切れた機械の様な、酷く緩慢で歪な動作で自らの足へ視線を伸ばそうと首を傾けようとすると、俺の首は言う事を聞かず、ちっとも動いてはくれない。ここまで疲労が蓄積しようと動き続けた俺のミスであるが・・・まだだ、まだ動けるだろう・・・。

 

そう思っても、力を込めようとしても体はピクリとも動いてはくれなかった。

頬に感じる草のチクチクとしたこそばゆさと土のひんやりとした心地良い冷たさに何もかも如何でも良くなって、このまま自然と、眠る様に自らの落ちていく瞳を閉じてしまいそうになる。

 

・・・何時だか、忘れたが・・・・前もこんな似た様な事が合ったような気がする・・・。

 

痛みと、疲労により混濁した意識の中、頭に消えて浮かぶのは、現状では役に立たない妙な既視感と本当の俺としてではない頃に出会った仲間達や、あいつ等との殺伐としながらも共に過ごしてきた記憶。

 

何の冗談だ。この状況に流れていく思い出は・・・これでは、まるでこれから死に行く者が見る走馬灯の様ではないか。

 

だが、今の俺には足掻くだけの力すらも残されてはいない。望まずとも、自らが一番嫌悪している意味の無い死が目前まで迫っている。

如何やら、気絶程度ではすまない様だ。幾度となく凍り付く様な悪寒がじわじわと全身を包み込んで行き、俺から生命の灯火を消して行く。

 

 

悪いな、どうやら・・・俺は此処までの様だ。

 

 

先に逝っているなら、文句も甘んじて受けよう。まだ逝っていないのなら先立つ俺を許せ。マコト、カイ、キョウ、アオト、りる・・・。今逝く。もしくは先に逝く。来世で又・・・会おう。

悪寒も、痛みも・・・最早何も感じない。自然と閉じられた瞳は暗闇だけを映し出し、墜ちて行く。何処までも・・・何処までも深い闇の底へと。

 

 

 

 

 

 

 

 

墜ちて行く意識の中、瞳を閉じるその前に・・・・誰かの声が聞こえた様な気がした・・・。

 

 

 

 

 

耳を心地よく撫でる透き通った女性の声が、俺へと呼びかけていた様な・・・そんな気がした。

天使と言うにはやけにつっけんどんとしていて、心底面倒臭そうなそんな声音が・・・意識を失う前の最後に届いた情報であった。

 

 

 

 

「ちょっと、野垂れ死ぬなら他所でやってよね。家の神社の前で死なれても困るのよね。・・・って聞こえてないか・・。目の前で死なれるのも寝覚めが悪いし、仕方ないわね。家で面倒を見るしかないようね・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――ドクン・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――ドクン・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

力強い心臓の鼓動を感じる・・・。闇の中に揺らめいていた意識の欠片が動き出し、意識の欠片と言う小さな光の群れが集い、再び俺の意識を再構築していく。目覚める時が来た。如何やら、この俺の肉体が脈打つ力強い鼓動を聞く限り、俺はまだ死んではいないようだ。

 

さぁ、起きよう。まだ、終わっちゃいない。あいつらを見つけていない。魂が望んだ場所を見つけてはいない。何一つ成してはいない。

寝ている時間は終わりだ。行動を・・・再開する。行くぞ。時間は待ってくれはしないのだから。

 

 

 

 

 

「・・・・・っはぁ・・・!・・・・ここは・・・?」

 

意識が戻った瞬間に、閉じられていた瞼を力強く見開き、肺に溜まった息を吐き出す。見開いた両瞳が一番最初に捉えた物は、古びた木目の自然な色合いが生み出す素朴さが良い味を出している見知らぬ天井だった。

確か、俺は森の中で倒れていた筈だ。故に、この様な場所にいるのは不自然だ。誰かに助けられたのか・・・?

ゆっくりと上体を腹筋の力だけで起こし、何処かまだ寝惚けているのか、この状況に処理が追いつかない頭でまず一番に思いついたのは、自分がいるこの場所が何処なのかという事と、自分の格好だった。

 

まずは自分の格好を見るべく、視線を自分の肉体へと向ける。太陽の温かな匂いが染み付いた年季が入っている布団を被されていた様だ。上体を起したせいで肌蹴、今の俺の格好が映し出される。

上体は何も着ておらず、肩を通して胸部全体に丁寧に包帯が巻かれている。きつ過ぎず、程好い圧迫感のお陰で、軽く上体を捻ったり肩を動かしても、大した動きの阻害感は感じない。次に、目に付いたのは右腕の包帯だった。添え木は添えられておらず、軽く腕を振るったり、掌を閉じたりの動作を繰り返すが痛みは微塵も感じない。右腕は殆ど完治しかけている様だ。

 

念の為に布団を捲くって下も確認したが、意識を失う前から履いていたカーゴパンツが布団の下から顔を出した。流石に、下は脱がせる様な気にはならなかったみたいだ。

 

自分の格好を確認した俺は溜息を一つ吐き出し、今の自分の境遇に情けないやら、相変わらずの悪運だなと、呆れるやら悲しいやら複雑な感情のままにぼやいた。

 

「人生、本当に何があるか分かった物じゃねぇな・・・」

 

 

とりあえずは、もう少し寝惚けた頭が起きたら俺を助けてくれた家主さんでも探しに行くか。

 

そんな事を考えながら、暫しの間ぼけっとしながら纏まらない考えをうだうだと考えていた・・・。

 

 

 

 

 




予定より、少々更新が遅れてしまいました。申し訳ないです。そしてセイジを助けたのは何夢なんだー(棒)
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