スピリチュアル軍師・希   作:フリート

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その⑥

 真姫は翌朝、眠たい目を擦りながら家を後にして学校へと向かっていた。ふらふらと覚束ない足取りでのんびりと歩いているため、穂乃果に言われた時間には遅刻する予定だ。

 

 途中、気付け代わりにトマトジュースを飲み、朝ご飯も少ししか食べてなかったので、間食用のトマトを齧り、気分が乗って来たので自作のトマトの歌を、近所迷惑にならないぐらいの声量で熱唱する。トマト最高、万能野菜、ああトマトよ永遠に栄えあれ。ばんざーい!

 

 五番ぐらいまで歌い終わり、さあ六番に入るぞという時に、思わぬ人物と遭遇した。音ノ木坂学院の制服に身を包み、さらりさらりと長い黒髪を朝風に撫でられながら、姿勢よくゆったりと歩くその人物は、希だった。希は、真姫の存在を認知すると、もはや癖となっている右手を扇子の代わりに口元へと当てる動作をして、爽やかな挨拶をしてきた。

 

「おはようございます、真姫。お早いですね」

 

「孔明先生、おはよう」

 

 真姫の目が完全に覚醒した。早起きもたまにはしてみるものだ。朝から孔明先生に会えるなんて今日はツイてる、高坂先輩だっけ、ちょっとだけ感謝ね、と早起きする要因となった穂乃果の評価を少しだけ上方修正した。

 真姫は素早く希の隣に陣取り、二人並んで歩く。

 

「真姫はいつもこんな時間に学校へ行くのですか?」

 

「別に、今日はちょっと用事があるから早いだけよ」

 

 そうですか、と微笑む希の横顔に、真姫の口角も緩くなる。美人な女性が柔らかく笑うと、本当に一枚の名画を見ている気分になる。ことに希は、少し垂れ目気味で元から柔らかい表情をしているので、際立って優し気になるのだ。

 それに付随して知的な雰囲気が全身から醸し出されており、これがまたいいアクセントになるので、真姫でなくても見惚れること道理なのである。

 

(やっぱり、孔明先生はそんじょそこらの女とは違うわ。私も将来はこんな人になりたい)

 

 と、将来の自分像の理想だと決めるのであった。

 

「そうよ! 孔明先生、ちょっと話があるんだけど」

 

 ここで会ったのも何かの縁であろう。真姫は昨日起きた出来事並びに、どうして自分がこんな時間に学校へ向かっているのか、そして今後自分はどうすべきなのか、何一つ包み隠さず話した。真姫の予想では、百発百中の的確な助言をされるものだとしっかり耳を立てていたのであったが、希の口から出たのは、明日地球が滅ぶ並みの信じられない言葉だった。

 

「ほう、真姫は既に我が君と知己の間柄でしたか」

 

 最初、真姫は己の耳を疑った。もしかしてこの歳で難聴になったのではないかと、あらゆる方法で確かめて正常なのを確認し、続いて頬を強く捻った。実は早起き出来ずに今も夢の中ではと思ったのだが、じんじんと頬に響く痛みが、現実を教えてくれる。どうやら、聞き間違いでも、夢でもないらしい。

 この間、希は母が子を見るような温かい眼差しを真姫に送っていた。

 

「わが、きみ? 我が君? 高坂先輩が?」

 

 口に出してみると、ますます虚言甚だしく聞こえて来る。だが、希が真姫に嘘をつく理由はないので(理由があれば息を吐くように嘘をつく)、真実のようだった。

 とは言っても、脳がこれを正しいと認識することを拒絶している。あの東條希が、頭が良くて、綺麗で、落ち着いていて、男が妄想して作り出したような理想の女性が忠誠を誓ったのは、あの子犬が擬人化したみたいな先輩。あり得ない。

 

 真姫は、あの大河ドラマのワンシーン(穂乃果、志を語り、希、遂に出蘆す)のような展開を見聞きしているわけでもないので、二人が君臣の間柄で結ばれているなど、与太ごとにしか思えないのであった。

 

 飼い主とペットの関係の方が現実味があるというものだ。それにしても、ペットと呼ばれてもいかがわしさを感じない穂乃果は、よっぽど人よりも子犬に近いのだろう。前世では本当に子犬だったのかもしれない。

 

「そう、なのね。はは、ははは」

 

 衝撃が強すぎて笑い方が歪になる。何がどうなって、そして希は穂乃果に何を見出したと言うのだろうか。昨日話をした限りでは、結構間抜けそうな善人という感じで、忠誠を誓おうとかそういう系列の感情は一切発生しそうにない人物である。

 

 まさか、穂乃果に騙されているのでは。いや、どうも人を騙すという言葉が辞書に載っていなさそうなレベルの善人だった。多分、騙すという言葉はダマスカスの略称としか思っていないかもしれない。ここまで来ると、結構どころか相当な間抜けだが。

 

 と言うか、騙す、即ち虚言の策を得意とするのは希の方であるから、もし騙されるとしたらそれは穂乃果の方になるのは自明の理、火を見るよりも明らかなのだが、希に全幅の信頼を寄せる真姫は、

 

「孔明先生は、人を騙したりなんかしないわ」

 

 と、そんなことを考えるだけでも怒りを露わにするだろう。昨日話をした限りという条件は希も一緒なのに、真姫こそ希に何を見出したのであろうか。まあ、そこは単純に一目惚れして、惚れ込んでしまっていると考えた方が簡単かもしれない。真姫のピュアピュアな恋心が、惚れた相手への無償の信頼に繋がっているの、かも。本人は無自覚。

 

 それはともかくとして、

 

「結局、私はどうしたら良いのかしら?」

 

 と相談の答えを求める真姫。

 事ここに至れば、希に相談すれば帰って来る答えなど一つしかないだろう。現状、必要な技能を有した人物が目前におり、主君が勧誘中並びに自分とも仲良く話すぐらいには良好な関係がある。飛んで火にいるなんとやら、と希が思わないにしても、好機到来、天の時が我が君の下へ、ここでさらに人の和も得ん、となっても仕方のない話だ。

 希は考える素振りを見せながら、

 

「真姫が望むようにするべきかと思います」

 

 と前置きをしておいて、

 

「ですが、こうして相談をされたのですから、私の愚見で宜しければ」

 

 本題に入る。

 

「廃校を阻止せんとする人材の中には、我が君を含め、二年の園田海未殿と南ことり殿、三年の絢瀬絵里、そして私がおります。園田殿と南殿はそれぞれ良家の人間であり、絵里は人より秀でた能力の持ち主、我が君はこれらの人材の他に数多の在野の士との関係があります。真姫が協力を決意するなら、これらの人材との関係を結ぶことが出来、生涯においての財産となることでしょう」

 

 先ずは、協力することによる利益を提示する。普通人間というのは、何らかの利益が生じでもしない限り、行動しないものなのだ。穂乃果とて廃校を阻止するのは、極論すれば自分が満足出来るという利益があるからである。

 

「また、皆が真姫よりも年上なのですが、その年上と何かをやるというのは社会では当たり前の話で、ここでそれを学ぶことが出来ます」

 

 ここで真姫の反応は少し鈍くなる。人との繋がりが出来るのは確かに美味しい話だが、年上云々に関しては、幼い頃から僅かながら経験があるので、別に今更学ぶようなことでもない。希も当然それは知っているので、次は利益ではなく感情に訴えるように話を続ける。

 

「それとですが、昨日お話した通り、私は真姫と一先輩後輩の関係に終わるのは惜しいと思っています。私の我儘ですが、是非真姫には私と一緒に我が君を支えて頂きたく」

 

 話を希が結ぶ。

 真姫の反応がみるみる内に変わった。脳内では、私と一緒に、のところのみが延々とループしている。

 

(孔明先生と一緒に!)

 

 ここで記しておくと、希は恋心とかそっち方面の感情を察知する能力は人並みなので、真姫が自分に対して恋心なり信仰心なりの似たような感情を抱いていることは知らない。後輩が先輩に対して敬意を抱いているぐらいにしか思っていないので、真姫の純真な乙女心を玩ぶかのように話術を用いているわけではないのであしからず。真姫が自分の感情を理解していれば、希も流石に気付いて言葉を選ぶだろう。

 

「一緒に、ね」

 

 いつしか、真姫の面が赤々と染まりゆく。先ほどまで飲み食いしていたトマトが、急に自己主張でも始めたのか、赤くなるにとどまることを知らない。遂には湯気のようなものまで出て来る始末で、風呂上がりの妙な色気を発する女となっていた。

 

「やるわ。別にやって損があるわけでもないし、暇つぶしよ、暇つぶし」

 

 照れ隠しか髪をくるくると指に巻き付けながら真姫が言った。肝心なところで素直になれない真姫であったが、内心では子供のように踊り狂っているのは言うまでもない。

 希は真姫を見ながら、

 

「よし、よし」

 

 と、孔明時代の先生水鏡の真似をしながら、まるで北伐の際に姜維を迎え入れた時のように喜びをあらわにするのであった。

 

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