園田海未。三国志で好きな武将は関羽雲長。海未は女子にありながら義の何たるかを理解してしまっている女傑系女子であり、自身の信ずる正義の赴くままに、天下の悪党どもに対する怒りの炎を常に胸の内で燃やし続けている。
また、弓の腕が人並みを大きく外れており、腕前は黄忠や夏侯淵と言った三国志でも屈指の達人に比肩する勢いであった。これだけに収まらず、詩を作り、舞踊を身につけ、勉学も怠らないという完璧超人ぶりを発揮し、産まれる時代と性別を完全に誤ったような人物なのである。
彼女が鎌倉や戦国の世に男として生れ落ちていれば、歴史書に残るほどの暴れっぷりを見せつけてくれただろう。英雄豪傑達と手に汗握る激闘を繰り広げた後、(時代に逆行するような)信念を貫き通し、敵将に追い詰められ、感動的で泣かせる辞世の句を謳い、切腹。ありありと思い浮かばれる。後世には義将とか呼ばれて、上杉謙信辺りと人気の双璧を成し、熱狂的なファンを集めるに違いない。
嫌いな武将は曹操。人妻や未亡人目的で戦争を始めるような(歴史的根拠なし)破廉恥な男は海未の義に大きく反するのであり、
「曹孟徳が天下に並ぶ者なき英傑と雖も、女性を食い物にするような悪逆非道ぶりは断じて見過ごせません。今、私の目の前に現れれば、一矢を以って瞬殺してくれます」
とか思ったり思わなかったり。
そんな海未だが、彼女のこれまでの半生はそれこそ関羽と似通っており、時には劉備(穂乃果)を厳しく律し(本人は善意からだが、やられた方がどう思うかは別)、時には甘やかし(あくまで本人的には甘やかしたつもり)、支え続けて来た。
そうして今は、新しく穂乃果軍団に加入を果たした孔明(希)に世話役を譲り、解放感と一抹の寂しさを覚えつつ、穂乃果を愛でる日々である。
しかし、穂乃果が劉備で海未が関羽となると、必然的にことりが張飛ということになるのだが、ことりから張飛の部分は何一つ感じられない。もしかしたら、飲めば張飛になるのかもしれないが(酒乱という意味で)。さらに張飛の字は益徳あるいは翼徳であり、名前の飛と字の翼はことりという名前に掛かっていなくもない。
三人はまさに義兄弟ならぬ義姉妹の関係と言ってもよかった。
さて現在は学校の屋上、その義姉妹の長姉穂乃果はこれでもかと不貞腐れていた。ぷっくり頬を膨らませて、うーうーと呻いている。
「ほら、穂乃果、これでも食べて機嫌を直して下さい」
海未は穂乃果の頭をわしゃわしゃと撫でながら、口元に穂乃果の好物であるパンを近付ける。穂乃果はカプリと食らいついて、ハムハムと咀嚼し始めた。誰がどう見ても餌付けにしか見えず、ことりは、
「穂乃果ちゃん、可愛い」
と、ほんわりして、絵里は、
「海未、私にもやらせて」
と、うずうずとしている。それから穂乃果が不貞腐れる原因となった希と真姫が、別に悪いことをしたわけでもないのに、ちょっと居た堪れない気持ちになっていた。
何のことはない。穂乃果がサプライズ(抜け駆け)に失敗して拗ねているだけなのだ。けれども、このままでは穂乃果はいつまでも拗ねて不貞腐れるままなので、
「真姫は我が君の言葉に動かされて、加入することを決意いたしました。全ては、我が君の人徳の賜物です」
「そ、そうよ。私は貴方の言葉に感動したから、こうして協力しようと思ったの」
と、二人して苦し紛れのフォローに走らざるを得なかった。
この二人の様子を、と言うか希の様子を海未はニマニマしながら眺めつつ、
(東條先輩、いや、孔明軍師! この程度で狼狽えているようでは、到底穂乃果を御することは出来ませんよ。ふふふ、これはほんの序の口、穂乃果の神髄はこんなものではありません。私はゆっくり見学させてもらいますので、是非、貴女の力を見せて下さい)
と、先達者ぶってみるのであった。
それから十分ほど経過してようやく穂乃果が立ち直り、そう言えばお宅はどちら様ですか、穂乃果と希の知り合いっぽいけど、とばかりに真姫の紹介が始まる。名前を言って、そうなんだよろしくね、となるだけだったので、その時の様子は特に記しはしない。強いて言えば、真姫が作曲を出来ると聞いて、絵里が芸もなくハラショーと言っただけである。ハラショーは別に万能用語でもないのだが、絵里の中では千差万別、常に意味を変えるのである。
そんなこんなの何だかんだで作曲者が仲間に加わったわけだが、穂乃果は機嫌を直したかと思えばヒートアップ、さっきまでどんより曇天模様だったのに瞬間的に雲一つない快晴状態という異常気象の如き変転ぶりを見せながら、
「く~、もう廃校は阻止したも同然だよ! 世界はわたし達を中心に回っている! 希ちゃん、次は何をすればいいのか教えてよ!」
調子のいいことを言いつつ、希に意見を求めた。
希はこの勢いのある(調子に乗っている)少女に、先帝劉備の姿を幻視しつつ、扇子代わりの右手を口元に寄せて、
「しかれば我が君、天と人は既に手中に収めました。続いて地を得ることで盤石な大勢を形成することが可能。次なる目標は、我々の基盤を求めることになります」
と、言った。穂乃果は難しい言い方は理解できないので、一先ず分かったふりをして話の先を促す。希は即ち、と続けて、
「スクールアイドル活動を学校の活動の一つとしてしまいましょう。学校の後ろ盾を得て、学校側の協力を可能とさせるのです。つまり、スクールアイドル部を結成します」
学校の規則では、部活動を結成する際には五人以上の部員となる人が必要となる。真姫が居ない時点で五人いたので可能ではあったのだが、しかし新しい部活動を作るには一つだけ問題があったのだった。絵里がそれを指摘する。
「でも、希。私が既に入っているアイドル研究部は、広義的にはスクールアイドル部と同じようなものだから、同じ部活を二つも作るのは認められないと思うわよ」
そんなことは百も承知の希なので、
「ですので、アイドル研究部をスクールアイドル部にしてしまうのです」
そう、何だか誤解されそうなことを言った。これは孔明時代からの悪癖であり、敵味方問わず翻弄されたものである。三国志で名高い英傑達ですら誤解するので、勿論のこと、この場に居る少女達も誤解して、特に正義感の極端に強い海未が激怒した。
「なっ! アイドル研究部と言えば、東條先輩と絵里先輩の御友人の矢澤にこ先輩の部活ではないですか! それを乗っ取ろうなどと、仁義に反する行いです! 東條先輩がそんな悪知恵を働かせるとは思いもしませんでした! 最低です! 貴女は最低です!」
この腐れ外道め、この場で即刻手討ちにしてくれます、と海未は息巻く。これはあまりにも三国志的な誤解であり、当たり前だが希にそんな意図は毛頭ない。事実としてそういうことを普通に口にする希だが(荊州乗っ取り並びに巴蜀乗っ取り)、今回はそうじゃないのだ。もしかしたらにこの態度如何によってはそうなるかもしれないが、少なくとも端からそんなことを狙ってなどいない。希は怒髪天を衝く海未を宥めながら、
「園田殿、落ち着いて下さい。仰る通り、にこと私は断金の友であり、その友誼を破滅させるが如き下策は、私のみならず、我が君の名声をも汚す行いであり、臣たるもの、人たるものがとる道ではございません。単に、我々がアイドル研究部に入部し、名前を貸してもらおうというだけのことです。園田殿が懸念する様なこと(にこ追放)は一切ございません」
涼し気な様子で弁解した。
すると海未は誤解して(ある意味誤解でもないのだが)恥ずかしかったのか、肩をすぼめながら、
「またやってしまいました。う~、私はいつも何でこうなんでしょう」
と、希に謝罪の気をたっぷりと見せつける。
またやったということは前回もあるということで、海未の正義の怒りに過去何度となく巻き込まれた人物の穂乃果は、
「海未ちゃん、カルシウムが足りてないんだよ、牛乳でも飲めば?」
言いながら、その視線を海未のささやかな丘陵地帯へと向けた。この視線が何を意味しているのかは、穂乃果だけが知ることである。
少々ハプニングがあったものの、無事に次なる目標を定めた穂乃果軍団。標的とされたのはアイドル研究部と部長の矢澤にこ。果たしてにこは素直に希の思惑に乗ってくれるのか、それとも天邪鬼を発揮して破滅への道を歩くのか、そして絵里はどちらの味方をするのか、全ては次回。