その①
さてこのまま、穂乃果軍団アイドル研究部を強襲す、という話を始める前に、一人の少女へと視点を変えようと思う。この少女の名前は星空凛と言う。
こことは別の並行宇宙の話をご存知の読者諸賢は、星空凛が後々穂乃果軍団に加入することは口にするまでもない周知の事実であることと思うが、この世界においても、後々、近い未来か遠い未来かはさておいて加入することが決定しているのだ。だからこうして視点の主役になっているわけだが。
それにこの少女は、今回から初登場するというわけでもない。かつて真姫に不審者の称号を与えたクラスメイトこそ、何を隠そう星空凛なんだにゃ。まあ、語尾が特徴的過ぎて隠すどころか堂々と答えを言っていたようなものだったが。
凛がどういう人物なのかと言うと、元気いっぱいのにゃーにゃ―娘である。別に猫の惑星から電波を受け取っているとかそんなことはなくて、猫が好きなのに猫アレルギーというあまりにも不運過ぎる生い立ちにありながらめげずに、自身が猫と化すことで常と身近に猫を感じられるのではなんて天才的な発想を持つ少女である。
希もまた客観的に言えば天才の一人であるが、たぶんに小賢しさが潜む秀才肌の疑似天才とでも言うべきものであり、天才ぶりとしては凛には到底及ばないのだった。
因みに凛は魚が嫌いなのであるが、人間に好き嫌いがあるように猫にも好き嫌いがあり、猫と魚を等式で結ぶのは人間の勝手な考えの為、猫には一切関係ない。つまり、魚嫌いの猫が居てもおかしくないのであり、イコール凛が魚嫌いでも正常のことである。
さらには運動神経も飛びぬけており、その運動神経たるや猫と言うより最早虎なのであった。後の真・穂乃果軍団の中でナンバーワンの身体能力を誇るのは伊達ではない。穂乃果軍団の美髯公こと一人で一万人のスクールアイドルに匹敵する(かもしれない)園田海未をして、戦えば無傷では済まないと言わしめるほどの驚異的身体能力なのである。
そんな凛は昨日から気になってしょうがないことがあった。
「西木野さんは今日も一人でニタニタしてるにゃ」
クラスメイトの不審者(西木野真姫)の言動である。いつも仏頂面で話し掛けて来るなオーラを醸し出しながら髪をくるくると弄るボッチであり、凛も好んで関わり合いたいと思わなかった人種だ。それがどうしてか、昨日から一人でニヤニヤと笑っているのであり、控えめに言って不審者にしか見えないのだった。そう、不審者というあだ名には、凛の控えめな優しがあったのである。
それにしても思い出し笑いでもしているのであろうか。余談だが、思い出し笑いをする人はむっつりが多いらしい。真姫ちゃんむっつり、まみむめも。
「何か良いことでもあったのかな」
言いながら小首を傾げる少女は小泉花陽である。
凛の生涯無二の親友であり、その絆の固さは孫策と周瑜など(三国志では仲良しこよしの代表格)比べものにならないのであった。引っ込み思案で気弱で声が小さく、しかし大好きなアイドルとお米の話になると大声早口で話す特徴がある。現代日本では別段珍しくもない、クラスに五人から十人ぐらいは居るような少女なのであった。
心の優しい花陽は、真姫の一人笑いをなるべく良い方向に受け入れて話を進める。だが庇いきれないほどに真姫の様子が不気味だったため、自分では知らずにちょっと引いていた。
親友の様子に敏感な凛は、花陽がほんのちょっぴりだけ嫌がっているのを察知し、義憤を抱いて怒りを言葉にした。
「前々からいけ好かない人だとは思っていたけど、本当に気持ちの悪い人だにゃ」
こんなことを言っている凛は冷たい人のように思われるが、事実大して仲が良くない人には冷めたところがある。猫は警戒心が強い生き物であり、仲良くなればこれでもかと甘えて来るが、その過程において甚大な苦労を要するのだった。
「凛ちゃん、そんなこと言っちゃ駄目だよ」
思うのは勝手だけどね、とは言わない。
「まあ、良いや。気になってしょうがないけど、気にしてもしょうがないのも確かにゃ。西木野さんのことは置いといて、かよちんはアイドル研究部って知ってる?」
「へっ? そんなのがあるの!?」
ついつい大きな声で反応してしまった花陽に、周囲からの視線が集まる。アイドルという単語を聞いてしまっただけでこれなのであり、条件反射のようなものなのでどうしようもない。恥ずかしさから頬を真っ赤に染めて、身を縮める。
「アイドル研究部なんてあったんだね」
「うん。凛も人から聞いただけだから詳しくは知らないんだけど、部員は部長を含めると二人しかいなくて、活動内容はいまいち分からなくて、放課後にアイドル研究部の近くを通ると奇声が聞こえて来るらしいよ」
「そ、そうなんだ」
花陽は一体何のこっちゃというような表情をした。おかしい、アイドル研究部なる部活の説明だと思っていたのに、内容は学校の七不思議みたいな話である。音ノ木坂学院七不思議の一つ、アイドル研究部の地縛霊。アイドルになりたかったけど夢が叶わず無念の内に亡くなった女生徒が的な七不思議だ。今後の話次第では本当にそうなるかもしれない。
「とにかく興味があるなら一度見てみたら良いよ」
「う、うん。でも良かったら、凛ちゃんも一緒に来てほしいな」
最早気分は心霊スポットで肝試し。まかり間違っても一人で行きたくはないので、凛に同行を願う。しかも放課後は逢魔が時に近い時間帯だから、出るもんが出そうなのである。心霊スポット、皆で行けば恐くない。
「え~、別に凛はアイドルに興味ないしいいよ。かよちん一人で行って来なよ」
「そんなこと言わないで、ねっ、凛ちゃん」
行こうよ、行かない、と繰り返していると、
「だったら私が一緒に行ってあげるわよ」
ある人が会話に入り込んでいた。白皙に鮮やかな赤髪の真姫である。
いつものように会話を盗み聞きしていたらしく、アイドル研究部に行く行かないの話になったので、こうして声を掛けてみたらしい。孔明先生他穂乃果軍団と関わりをもって、心情的にも変化があったのか、自分から声を掛けてみようという意識改革が無意識にあったようだった。因みに話題が真姫だった時は、都合よく聞いていなかった。
「ちょうど今日の放課後に、アイドル研究部を訪ねる予定があるのよ。どう?」
その予定こそ穂乃果軍団によるアイドル研究部強襲である。
この時の真姫の脳裏では、花陽を穂乃果軍団に加入させようとする計画が構築されていた。思えば穂乃果軍団は、真姫を除けば皆上級生である。どうせなら同い年の子が欲しかったのだ。花陽の容姿は野に咲く可憐な花のようで、穂乃果やことりが気に入りそうである。強襲に付き合わせてなし崩し的に加入させてしまおうと、画策していた。流石に希と波長が合うだけはあって、中々の卑劣ぶりである。
「良いの?」
そんな陰謀など露知らず、渡りに船とはまさにこのことだとばかりに、花陽が嬉しそうに訊き返す。
しかしこれに黙ってはいない凛がいる。
「何で西木野さんが凛とかよちんの話に入って来るの?」
敵意剥き出しの凛の姿は腹を空かした虎と同等なので、普通の人間であれば、ごめんなさい食べないで下さい、となるのだが、希への態度を見ていれば分かるように真姫は普通の人間ではなかったので、
「何? 話に入って何か文句でもあるの?」
と、ツンツン言い返した。
常識的に考えれば、話をしたことのない人がいきなり会話に入り込んで来たら戸惑うのは当然である。それが不審者の如き人物となれば警戒するのはおかしな話ではない。
一色触発、このまま真姫と凛のバトルが始まるかと思いきや、
「だったら凛も一緒に行くにゃ」
大切な花陽を真姫と一緒にはさせておけないと、凛が同行を口にした。
好きにすれば、と真姫は髪をくるくるとさせているが、それを決めるのは真姫ではない。ならば肝心の花陽はどうかと言えば、
「凛ちゃん……西木野さんもありがとう」
と、満開の花を咲かせていた。