さてさて、ついに九人が揃ったわけである。が、前述した通りとても円満な様子とは見受けられない。人間関係がどうもよろしくないのである。所々でそれとなくにらみ合いと言うか、醜い感情の押し付けと言うかそんなものが発生していた。
ここで誰がどうとかは、もう記述しない。昼ドラのように無駄に複雑な関係になっているし、今後とも当たり前のように微妙な仲を見せつけてくれるので、敢えてまとめる必要もないだろう。一つ言えるのは、全部希が原因だという事だ。
「それでは、皆様の意見をお伺いしましょう」
己が周囲の空気を乱している事など気にも留めず(多分この程度は孔明時代だと日常茶飯事か、それよりも生温いので問題じゃない)、話の進行役を粛々と行っていた。
何の話なのかと言うと、グループの名前決めである。にこが加入した日には意見が出て来ず、後日腰を据えて決めようじゃないかという事で、今日がその後日なのであった。
部室にて、定位置の席に着いた穂乃果達は、希に促されると各々が良しとする名前を次々と挙げていく。その挙げられた名前を花陽が筆記していくわけだった。
例えば、
「ラブリーにこちゃんとその仲間達」
と、誰が考えたのか考えるまでもないこの名前。名前の意味を捉えると間違ってはいないのだが、如何せん特定人物以外に対する配慮が足りない。
「馬鹿じゃないの?」
「ぬあんですって!?」
「真姫ちゃん、先輩だよ」
こんなやり取りがあった後、無事、没になった。
また、
「賢い可愛い音ノ木ガールズ」
という名前も出た。
これもまた分かりやすい名前である。変に凝っていなくて、今時の御年輩のおじい様、おばあ様にも分かりやすいハラショーな名前だ。これは候補に挙げても良いのではないか、となりたいところだったが、残念なお知らせがある。
この名前には詐称疑惑が浮上して来るので使えないのだ。どこがそれに値するのか。
ガールズの所は論ずる事もなく問題無い。精神的な話になると希は引っ掛かるのだが、一応見た目はガールである。ボーイには見えない。
可愛いの所も人の好みがあるだろうけど、客観的に判断して九人とも可愛い(希と花陽は基本裏方なので、二人に関してはどうでも良いけど、可愛いに越したことはない)のでクリア。一部は可愛いより綺麗に属するのだけれども、こういう場合の可愛いと綺麗は異音同義語なので、気にする事はないのだった。
そう、問題は賢いの所なのである。
「いや~、今日もパンが美味い!」
「私がポンコツなんて、認められないわ!」
「にゃんにゃんにゃ~ん」
「にっこにっこに~、あ(以下略)」
この中には、学力だと全国的に見てもトップクラスが一人混じっているが、お勉強が出来るのと賢いのは近い様で遠い様な、そんな奇妙な違いがあるのである。よって、彼女もまた賢くない部類に入ってしまうのだった(稀に賢いけど)。
よって、これも、没。
以降、様々な意見が次から次へと出たわけだが、どれもこれも取る必要は特に感じないけど揚げ足を取られるようなものばかりで、中々、これというものが出て来ない。
そうして、次第に最初の意気揚々さが無くなって来た時の事、満を持して彼女が口を開いた。
「とうとう私の出番がやって来たようですね。今か今かと待ちわびて、ついに真打登場ですよ。拍手喝采で迎えて下さい」
グループの歌詞担当(まだ一曲も書いてない)、園田海未氏だ。
中学時代にポエムを嗜んでいた彼女は(実は高校に入ってからも思い出したかのように時たまやってる)、この手の作業は得意中の得意。弓より得意、と言うのは言い過ぎか。ともかく、他の者達と次元の違いを見せてくれるだろう。
(あ~、こういう時の海未ちゃんは碌でもないんだよなぁ。ことりも、あの穂乃果ちゃんでさえもどれだけ苦労させられたか。まともだった試しが一回もないよ。今日はどんな頓珍漢な事を言い出すのかなぁ~)
笑顔の裏でそんな事を思っている幼馴染を置いておき、海未は出来るだけ低い声を作って言った。
「音ノ木坂九勇士、と言うのは如何でしょう」
どこかで聞いたような響きである。
(そう言えば海未ちゃん、最近真田〇にハマってたんだっけ? もう、直ぐに影響されちゃうんだから。しかもあれは、九じゃなくて十だし。ほんと海未ちゃんたら、かーわい)
ことりの海未を見る目が怪しく光った。
そんなことりの反応とは別にして、海未渾身の一発にぶー垂れたのは穂乃果である。
「えーっ! 海未ちゃん、何それ? 全然可愛くないよ~。アイドルなんだからさ、もっとあるでしょ、可愛いやつ。これなら矢澤先輩の方がマシだよ」
と、そこまで言わなくても良さそうなぐらいに否定の言葉を浴びせる。言われてしまった海未は滂沱の涙を流して嘆き悲しんでも問題無いレベル。もう、悲しむのも通り越して殺意すら抱いた所で誰が文句を付けようか。それ程だった。
しかし、海未は動じない。分かってますよ、と行き過ぎなぐらいに爽やかな、爽やか過ぎて逆に濁ってるようなそんな笑みを浮かべる。どうやら穂乃果の反応は予想通りだったらしい。流石に希が現れるまで手綱を握っていただけはあると言うもの。
代わりに、
「ちょっと、高坂どういう意味? 私の方がマシって何よ!? マシって!」
矢澤先輩ことにこがお怒りだった。最近怒ってばかりだけど、お肌に悪いから控えといた方が良いと思うが(まあ、面子が面子だから仕方ないけど)。
穂乃果はすっとぼけたように「ふぇっ?」と、声を出して、そのままスルー。極めて可愛らしい反応で、これは選ばれた人間にしか許されないものである。穂乃果はその一人として、後の面子で言えばことりと花陽だろうか。
この穂乃果の態度にグッとにこは喉を鳴らす。不発に終わった怒りは今後、にこのストレスとして身体に溜まっていくだろう。不発弾が爆発するのは一体何時になる事やら。
「まあまあ、さっきのはほんのお遊びですよ。ここからが本番です」
初めから本番でやれ、というツッコミは誰からもなかった。
「音ノ木坂九歌仙、どうです? ビビッと痺れて来ませんか?」
シーンと場の空気が白けた感じになる。自信満々な所大変申し訳ないのだが、不評と評する事すらおこがましい程であった。穂乃果、絵里、真姫、にこ、さらにあのことりに至っても、雀の涙ぐらいの期待を裏切られたとでも言いたいのか半目で海未を見つめる。
凛は会話に入っているのかいないか、大口開けての欠伸をしながら頬を掻いている。
花陽も書き記す価値すら感じていないのか腕が全く動いてない。
確かに、アイドルは歌を歌うのだから強ち間違ってもいないだろう。「歌」も「詩」も同じ「うた」なのだから。
だがこの場にあってただ一人、希だけはほんのりと感銘を受けていた。
「日頃から詩に親しんでいるとあって、なるほどの一答。私は一票を投じたいところですが……」
その後の言葉は続かない。だって、希以外は票を投じる可能性が零なので迂闊な事は言えないのである。いくら希でも、ここから採用に導くような悪魔的発想は持ち合わせていないのであった。
だいたいにして、希の感銘を受けた時点で没になるのは決定事項である。羽扇を一回振るうだけで兵士を数万単位で虐殺する様な鬼畜軍師が賛同するものに、一般の女子高生が嬉々として飛びつく事はあり得ないのであった。
「だったら、エネアドはどうですか!?」
散々に否定された海未がキレ気味に言った。
因みにエネアドとはエジプト神話における主要な神々を指して言う言葉だ。アトゥムとかイシスとかまあ、そんな感じの神々の事である。
急に方針転換したのか、今度は神話系で攻めるようだ。詩をやってるだけあって、無駄な知識も豊富に持ち合わせているのだった。
「もう一声、欲しいです」
ボソボソと言葉を零したのは花陽だった。言葉から漂って来る、そろそろ疲れたし、それなりのやつで良いや。でも、もうちょっと良いの無いかなあ、という心の声。多分、他の皆も同じ事を思っているだろう。図らずしも、花陽は一同を代弁したわけである。
これで多少なりとも手ごたえを感じたのであろうか、再び得意気になった海未が言うのだった。
「ならばこれです! μ's(ミューズと読むらしい)!!」
今までの中で最高の気迫があった。
これは、同じく神話の神々を指した言葉だ。エネアドはエジプトだったが、こちらはギリシャの女神達を指している。文芸を司る神々らしいけど詳しい事は知らない。ただ言うなら、今までで一番マシ、どころか、今までがどうしたんだと言いたくなるぐらいに評価が一転する様な名前だった。
「へ~、良いんじゃないですか? 私は結構好きよ」
最初に賛同したのは真姫である。さっさと話を終わらせたいという気持ちを抜きにして、純粋に一票を投じれそうな名前なのだ。相変わらずの下手くそな敬語と髪の毛弄りをしながら、真姫はそれで良い、それが良い、と強く推した。すると我も我もと、貴女を信じていたよとばかりに拍手が巻き起こる。
決して、彼女達の掌がドリルで出来ていて、ぐるんぐるんと掌返しが行われたわけではない。μ'sという名前にはそれだけ彼女達の中に来るものがあったのである。
とある並行宇宙においても、彼女達はμ'sを名乗っており、仕舞いには伝説を打ちたててしまっていた。本家の神々を差し置いて、彼女達こそがμ'sと言わんばかりの伝説、最早神話なのであり、彼女達とμ'sという名前は切っても切れない縁があるのだった。
そういう事もあってか、いや、それが影響しているのかはさておき、この世界においても彼女達はμ'sを名乗る事と相成った。
「よ~し、これから穂乃果達はμ'sだ!」
全員賛同(正直希は九歌仙の方が好きだった)を得られたので、穂乃果がスタンディング、何とも良い笑顔を浮かべながら拳を天に突き上げる。これから、彼女達の長い戦いが始まるのであった。
何だかこのまま話が終わりそうな展開だが、まだ物語的には序盤も序盤、否さ始まってすらいないと言っても過言ではないので、無論の事、これからも続いていくのであしからず。