その①
新入生歓迎会でμ'sが(と言うか穂乃果が)盛大に暴れ回って数日が経った。今やアイドル研究部の面々は音ノ木坂の英雄達として、まだ何かやったわけでもないのに(ある意味でやらかしはしたが)、妙な敬意を先生と一年生等に抱かれている。廊下で出会って挨拶をすれば、
「きゃあ、今お声をお掛けして頂きましたわ」
「ああ、何時見ても麗しい限りですわ。わたくし、先ほどから胸が高鳴って止まりませんの」
「わたくしは夜な夜な考えるだけで、もう眠れませんのよ」
とか、本人達が聞こえるような黄色い声が飛び交う。ついこの間、講堂で鬨の声を挙げていた者達と同じとは思えないが、これが女の二面性である。違うか?
穂乃果達はちょっと気持ち良くなってお鼻がぐんぐん伸びそうにはなっていたが、勝って兜の緒を締めよの言葉通り驕る事なく、一層邁進、切磋琢磨し初ライブ(何時になるか分からない)に向けての力を養っていた。
そんなある日、希は学校も練習も休みとあって、海未の下を訪れていた。単純に遊びに来た、と言うわけでなく、彼女なりの考えがあっての事である。つまり、三国志的な陰謀とか謀略とか調略とかそっち方面の匂いをぷんぷんと発しての訪問であった。
(少々面倒な事になりました。まさか、にこがあんな悪知恵を働かせるとは。放っておいても良さそうですが、念を入れて盤石の態勢を整えておくべきでしょう。そういうわけで何時までも園田殿と距離を作っておくわけにはいきません。ここは一つ、腹を割ってお互いの本心を語り合い、親密な関係を作っておかなくてはなりませんね)
これだけでは何があったのかがいまいち理解出来ない。説明させてもらうと、昨日か一昨日だったか、μ'sのリーダー決めが行われた。リーダー自体は特に話し合いをするでもなく穂乃果に決定し、反対意見も出ずに円満に終えたのである。
だがしかし、その決まり方が問題だったのだ。
「アイドル研究部部長の名において、μ'sのリーダーは高坂穂乃果を任命するわ。謹んで拝領しなさい」
と、にこが無駄に威厳たっぷりな様子で言ったのだが、わざわざアイドル研究部部長の名前を出して任命という単語を出した事が希にとって問題なのである。
これは明確な希への牽制だった。
にこは、グループ内での序列を生み出したのである。アイドル研究部部長がμ'sのリーダーを任命する、任命権を持つ事を周囲に認識させ、部長はリーダーよりも上の存在なのだと言っているのだった。即ち、穂乃果よりにこの方が上の立場なのだと宣言したのだ。
そして希は穂乃果の臣下なので、当然、希よりもにこの方が上。にこにとって希は、臣下の臣下であり、陪臣なのである。例えるならば、織田信長(にこ)から見た、羽柴秀吉(穂乃果)に仕える竹中半兵衛(希)なのだ。厳密には違うけど、似たようなもん。
「何かするのだったら、高坂だけじゃなくて私の許可も取りなさい」
と、にこは希に言っているのだ。
待て待て考え過ぎじゃないか、とか、普通の女子高生がこんな事を考えるのか、なんて疑問が浮かぶが、まあ実際にそういう事になっているのである。にこは希を完全に警戒しているので、こういう手段に出ても不思議ではない。
グループ内では確実にお馬鹿枠に入るにこらしくはない、しかし一周回ってにこらしさがある陰湿な策なのであった。
これが希以外の人間だったらにこの意図を読み取れず不発に終わっていたのだろうが、なまじっか謀略方面に特化している希だから考えなければ良かったのに考えたりして気付いてしまったのであった。親友だろうと疑ってかかる最悪の人種だとか思ってはいけない。
「にこにしては考えましたね」
と、希はナチュラルに上から目線で強がっていたわけだが、よくよく考えてみればこれは大変な事かもしれないのだった。
何故なら、希とにこがやり合う事になった際、確実に希の味方をしてくれそうなのが一人しか居ないのだ。
それは希大好き人間の真姫である。彼女なら無条件にどんな状況であろうともピュアな幼女の如く希の味方をするだろう。けれども、他はそうもいかない。
主君である穂乃果と親友の絵里は、
「希ちゃん、矢澤先輩、喧嘩は駄目!」
「貴女達どうしちゃったのよ。少し落ち着きなさい」
と、仲介、あるいは中立の立場を表明するに違いない。
花陽は反希でにこと急接近、花陽がにこ側な事から凛も付き従うであろうし、ここでにこりんぱなという強力な派閥が誕生している。
この時点で二対三と希が不利、しかも立場は向こうが上(アイドル研究部部長にそこまでの事実上の権力があるかどうかは不明)、必然的に海未とことりを取り込み、自身の勢力を拡大する必要があった。故に、今日の訪問なのである。
海未を選んだのは、単純に穂乃果の事を抜かせば気が合いそうなのと、ことりよりは誑かしやすそうからだ。凡人から見たら、上杉謙信級の義の精神と、ねちねちとした女の嫉妬心、独占欲を内心に兼ね備えた超面倒くさい人だが、能力的にも精神心的にも異常を数倍した様な希にしてみれば、操りやすい事この上ないのであった。
寧ろ穂乃果みたいな純粋な人間や、ことりみたいに専守防衛して表に積極的に出ない人の方が操りがたかった。現実に、孔明時代では劉備を御しきれたかと言えばそうでもなかったし、逆に御されていた感がある。晩年のライバルであった司馬懿にも太刀打ち出来ず辛酸を舐めさせられた上に、結局勝てなかった。
上杉謙信も劉備も同じ義の人間であるから、片っぽが操りやすくて片っぽが操りにくいとはどういう意味というツッコミがありそうだから、ちょっと語らせてもらおう。
持論だが、劉備の義は世界全体、社会全体に対する義である。それは自分に付き従う領民、家臣だけではなく、他国の領民、他国の将、全く知らない他人を含めた義なのであり、だからこそ義の母体が大きすぎて、非常にやりづらいのである。
謙信の義は、思うに権威と神様に対する義なので、極論すると他国の民や武士がどうなった所で知った事じゃないし(一応パフォーマンスとして怒るけど)、当たり前だが自分に付き従ってくれてる武士にも恩恵はない。自分に盾突くのは、将軍と天皇に対する背信行為であり、正義の名の下に征伐しなくてはいけないという、狂信者じみた義なのだ。帝国陸軍の狂信者と精神性を同じとしているのかもしれない。日本と将軍家に永遠の栄あれ、天皇陛下、将軍殿下、万歳!
ある意味では小学生を相手にしてるみたいで非常に分かりやすいので、だからこそ信玄や氏康をしてやり方次第では操りやすいと言わしめたのだ(いざとなったら謙信を頼れとはそういう意味だと思われる)。後年、氏政や勝頼は言いつけ通りに操れなかったけど、かの織田信長はちびっこギャングを相手にするかの如く上手く操っていた。最後は自ら地雷を踏み抜いてマジギレさせたけど、恐らく用済みになったのだろう。それで痛い目に遭わされているのだから、信長も中々詰めが甘いうっかりな男である。
実態はこういうものであり、同時代人にしてみれば小さい子供みたいな人だけど、これが我々のように実像を知らない人間からすると、日夜正義の為に東奔西走する軍神として見えてしまうのが、歴史のというか、人の不思議な所なのかもしれない。
話を海未に戻す。
そういう理由(操りやすい)があって海未に接近しようとする希だが、それだけではないだろう。何だかんだで希と海未は気が合うのであり、今までも互いの意見にはそれとなく賛成する事が多かった。だからことりより海未なのだろうし、海未を取り込めば、ことりとて最悪中立寄りの希派になるという判断だ。そうなれば十分にこと戦えるのである(戦う必要があるのか?)。
「お待ちしておりました、こちらへどうぞ」
希の訪問を待っていたと思われる海未が、自室へと案内する。事前にアポイントメントは済ませてあったからなのだが、希はこういう所抜け目がない。
「園田殿と二人きりで顔を合わせた事はありませんでしたね。今日は存分に語り合いたいと思っていますので、どうか存分にお付き合いして頂きたい」
海未自ら淹れてくれたお茶で喉を潤しながら、希は言った。美味しかったから、取りあえず一杯目は飲み干した。
「なるほど、私も東條先輩とは水入らずの話をしたいと考えていた所でした。そちらこそ、半端な所で済むなどとは思わない事です」
と、希の椀にお茶を足しながら、戦場にでも居るかのような気迫の表情を海未は作る。それこそ途中で帰ると言い出したら、足を斬り落としてでも帰さないという強く野蛮な意思が見え隠れしていた。
「園田殿は、我が君と幼馴染という話ですが」
話を切り出したのは希からだった。
「よくぞ訊いてくれました。そうです、私と穂乃果は幼い頃から一心同体、何人たりともその領域を犯すことはままなりませんよ」
と、海未が希に対してマウントを取りながら話し始めた。自分と穂乃果はそれはもう友情と愛情とその他諸々の関係でがっちりと結ばれているので、貴女の入る余地はありませんよ、と言っているのだろう。
その割には穂乃果の制御を希に任せているが、何とも好感を持てる性格をしている。大変な役目は他人に任せて、自分は美味しい蜜だけを吸っていようというのだ。人類の大多数はこういう人間で占められているのであり、これこそが人間らしいというもの。もう共感が持てて自己投影しちゃう事間違いなしである。
「それは羨ましい事です。我が君は私に対して無垢な信頼を寄せてくれていますが、園田殿や南殿には遠く及びません。私が否と言っても、園田殿や南殿が応と言えば、我が君は迷う事無く応と答えるでしょう。私もこれから精進して、お二方に少しでも追いつけるように努力していく所存です」
希はわざとらしさ全開で海未とついでにこの場に居ないことりを上げる。この前もこういう事がありましてな、と穂乃果が如何に海未やことりの事を自分より信頼しているのかを事細かにじっくりねっとりと伝えて、
「園田殿、至らぬ非才の私ですが、是非にご指導ご鞭撻のほどお願いします」
もう貴女だけが頼りなのです、と縋るように(勿論演技)腰を低くし見上げながら言った。
低姿勢でおだてられ、頼りにしてます、助けて下さいと言われれば誰だって悪い気にはならない。況や謙信みたいな海未だから、殊更気分が良くなって、仕舞いには必要もない見栄を張って、
「お顔をお上げ下さい、東條先輩。私が教えられる事があるのであれば」
「おお、聞き届けて頂けますか。感謝の極み。これからはどうか、私の事は希と呼び捨ててくれるように願います」
「そんな……では間を取って、希先輩と呼ばせて頂きます」
と、海未は上機嫌、デレデレとしながら自分で淹れたお茶を飲む。さらに気分が高まって来たのか、
「希先輩は、私の事を海未と呼んで下さい」
と、こちらも名前呼びを許可した。自分と親密な関係であるのを認めた事に相違ない。海未の希を見る目が、穂乃果の妹やことりの母親を見るような目に変わっている。絵里もこの位置に居て、他のメンバーが少し下ぐらいなので大出世であった。
「ああ、海未殿。これからもどうかどうかよろしくお願い致します」
低姿勢なのを崩さずにすかさず希は頭を下げた。下げた頭の中は、
(ふふふ、これで園田殿、基、海未殿は我が手中に。時期に南殿も取り込めるでしょう。雲長殿や翼徳殿もこれぐらい単純であれば苦労はしなかったのですが。まあ、昔の話はいいでしょう。にこ、こちらこそ貴女の好きにはさせませんよ、覚悟を決めておくといいでしょう)
と、希の人としての人格を疑いたくなるような言葉が並んでいた。
これを一切表に出さずに、
「海未殿、早速ですが、お訊ねしたいことが」
と、海未に言われる前に頭を上げて世間話を始めた。
それから一時間ばっかり、上機嫌な海未の得意気な自慢話に適当な相槌を打ってから、昼ご飯もご馳走になって(海未の母親の手作り)、希は家へと帰るのであった。