何のかんのと言いつつ、季節はすっかり夏となっている。この季節ともなれば、学生たちは身体中から青春のダイヤモンドを垂れ流し、若さをスパーキングさせるのであるが、希はどうもそれが嫌だったらしい。自宅から羽扇を持参して、ひらひらと涼しい風を自身に送り込んでいる。そして暑いのが嫌いな割には夏服に着替えようとしない、という不思議。
言いたい事は山ほどあるのだが(羽扇を持っているならどうして今まで持って来なかったの? とか)、どうせ言ったところでまともに何か分かる事でもないので言わない。ただ現時点で一つだけ分かっているのは、これらの行為は先生方から許可をもらっているという事である。許可どころか先生方が推奨している節が見受けられ、特に羽扇に関しては、これがないと孔明じゃないとか何とか。まあ、分からなくもない。
「やはり、これ(羽扇)があると落ち着きますね」
と言うのは、希の談。
それにこの羽扇に関連して、最近は希の知名度がうなぎ上りとなっている(元々、音ノ木坂の奇怪な女生徒として一定数の知名度はあった)。道を歩けば羽扇がトレードマークとなって見知らぬ女子中学生から、
「本物の孔明先生だ! 写真を一緒に取って下さい」
と声を掛けられるのだった。すると希は、
「良いでしょう、特別ですよ」
満更でもなさそうな笑みを浮かべて、サービスのつもりなのか羽扇を大振りする動作を披露するのである。そしたら不思議、女子中学生はきゃーきゃーと喜びの悲鳴を上げるのだった。
時代が変わったと言わざるを得ない。これが女子中学生ではなく魏国の兵士であれば、その動作一つで目に見えない炎を敏感に感じ取り、身体がぼうぼうと燃え上がる様な気がして、恐怖の中でのたうち回る事になるだろう。それが今となってはパフォーマンスの一つに過ぎないというのだから、時間の流れは恐ろしい。
これほどまでに希が人気者になったのは、あの新入生歓迎会が原因である。実は希、協力者を募って様子を撮影させ、先生方や生徒会と一緒に編集、インターネットにアップしていたのだ。それに付随して、新一年生が方々に語りまくった結果、音ノ木坂の孔明先生こと東條希は一躍人気者になったのだ。今では音ノ木坂周辺で希を知らない人間はモグリである(何の?)
無論、他のメンバーも負けてはいない。誰も彼も一定数の人気は確保してあり、その中でも穂乃果の人気は別格であった。彼女は特に年老いた老男女に人気で、
「む~、あれほどに威勢の良い若者がおるとは、まだまだこの国も捨てたもんじゃないわい。儂も若い頃は相当やらかしてきたが、あの娘もきっと並ではない事をやらかすに違いない。儂もまだまだ負けておられんぞ」
と、年老いた元兵隊さんの目に留まるほど。しかし素直に喜んで良いのだろうか、彼らにとって威勢の良い奴とは、つまりとんでもない奴とかやばい奴という意味が多分に含まれているので、うん、大変名誉な事としておいてやろう。
こう言った感じで、スクールアイドルグループμ'sは、何かをやらかしてくれそうな集団として表舞台に燦然と躍り出たのだ。言わずもがな、彼女達がアイドルグループなのを知っている人は、ほとんど皆無である。
希としては、それはそれで構わないのだが、
「ライブをしましょう」
と、認められない絵里が言った。音ノ木坂廃校阻止という崇高な大義名分を掲げて立ち上がったμ'sが、面白珍妙集団と取られるのは甚だ遺憾なのである。
それもこれも結成してから今の今までアイドルらしいことを何一つやっていないのが問題なのだ。だったらやろうじゃないか、と気炎万丈なのだった。希以外は、もう全身を使って賛同の意を示している。
「既に曲も歌詞も衣装も出来ているわ。場所も具体的な場所は決めてないけど、大まかには考えてるの。秋葉原よ」
「え、秋葉原?」
そうなって来ると話は変わるわよ、と言いたげな表情になったのはにこである。秋葉原と言えばA-RISEの根拠地であり、そこでライブをするのは彼女達に対する宣戦布告に等しい。もっと別の場所をと視線を動かした時、にこの視界に穂乃果の笑顔が入った。
良い笑顔である。この太陽の如き笑顔の前で何が言えると言うのだろうか。もとより、にこの方針は穂乃果にアイドルって楽しいと思わせる事であり、ここで何かケチを付けようものなら穂乃果の士気は駄々下がり、おまけに海未の反感を買うという高すぎる出費だ。
にこの家計は貧乏なのであり、無駄なものは買えないのである。
「どうかしたのかしら、にこ?」
「いや、何でもないわよ。良いんじゃない、やりましょうよ、ライブ」
こう答える他はないのだった。
続けて海未が、
「遂に人の前で歌うのですね。ひらひらした衣装で、恥ずかしいですが腕はなります。私の言の矢で観客の皆様のハートを撃ち抜いてみせます」
決意のほどを語るのであった。海未はこれでもあがり症なのであり、人前だと直ぐに顔を真っ赤にしていやんいやんとしてしまうタイプなのだが、緊張のし過ぎで言の矢ではなく、弓の矢を観客に放たない事を祈るばかりである。
海未は頑張るぞ、と両手を胸の前で握りこむと、希に向けて、
「希先輩、いいえ、軍師! 孔明の名に相応しい後方支援ぶりを期待していますよ」
ウインクをするのであった。
希はひらひらと羽扇を振って、海未への返答とした。
ここで希大好きな真姫が、純粋故のたちが悪い性格を露呈し花陽に絡む。
「小泉さんも精々先生の下で頑張りなさいよ」
花陽を完全に希の下と見ている発言。彼女は純粋なために深読みする必要がなく、そのために言葉の本質が丸分かりなのである。真姫はバチバチと花陽に敵愾心を持っており、彼女の加入を喜んだのは最初だけ。希に盾突くようになってからはご覧の通りなのである。
真姫は嘲笑いながら(本人的には嘲笑っているけど、慣れてないから頬がぴくぴくしてる)、
「先生の足を引っ張るんじゃないわよ」
と言った。
すると花陽は、
「うん。わたしなんかに出来るか分からないけど、頑張る」
と、自虐趣味を炸裂させて頷くのであった。白米とアイドルと凛を馬鹿にさえしなければ、どんな酷い言葉も笑って受け入れる女なのだ。寧ろその酷い言葉より聞き苦しい自虐用語を駆使するまであるのだった。闇が深いのかもしれない。
あまりにも素直な花陽に、根っこは良い子の真姫だから罪悪感を抱いてしまったのか、誤魔化すように髪を弄り出すのであった。いつも通りの事である。
そしてこれまたいつもの様に、
「んじゃさんじゃさ、明日やろうよ、明日! ねえ、良いでしょ? 本当は今日やりたいんだけど色々と準備が必要みたいだしさ。希ちゃん、後よろしくね」
穂乃果が希に無茶ぶりをするのであった。どうも穂乃果、希の事を頼めばどんな事でもやってくれる、魔法使いか青狸と同類に見ているらしく、度々こんな風に凡人なら匙を投げるようなお願いを平然と行うのだった。
これを海未とかことりに言えば、
「穂乃果、寝言は寝ている時に言って下さい」
「え~、明日はちょっと難しいかな。ことりもやる事いっぱいあるし」
と、遠回しに断られるのがオチなのだが、ここは流石の希で、
「畏まりました。我が君、万事はこの孔明にお任せ下さい」
頼もしい答が返って来るばかりである。もうこれだけで既に、海未の期待以上の後方支援ぶりを発揮していると見て問題は無い。
希にしてみれば、穂乃果のお願い事は無茶ぶりの範疇には入らないのであった。かつての主君の劉備と比較すればもう何をか語らん。劉備はその志の高さと正義感こそ人一倍であったが、ついでに人の意見を聞かない事に関しても人一倍であった。しかも無茶というか実質不可能な要求はして来るし、頭をフル回転させて策を授ければ授けたで、
「それは義に反する」
の一言で却下。堪ったもんじゃない。そう見ると穂乃果は基本希の言う事を聞いてくれるので、劉備時代より軍師している感じがある。
それぐらい軍師要らずの劉備なので、孔明(希)でなければ、彼の軍師は務まらない職業だった。何なら、三国志でも劉備じゃなく穂乃果だったら、また歴史は大きく変わったのかもしれない。荊州の件も劉備は頑なに拒絶したが穂乃果なら、
「えっ? 劉表さん、荊州くれるの? わ~い、やったー!」
と、久々に会った叔父さんのお小遣い感覚で貰う事だろう。そうなったら、色々とお話は変わって来るのである。
はっきり言って変人の希でも、自分の言う事をまったく聞いてくれないよりは聞いてくれる方がやりやすいし嬉しいだろう。
こう書いてしまうと劉備に対して不満があるというか、そこまで忠誠心なかったの、という話になって来るがそんな事は無論ないわけで、ここが劉備の神域に至っている魅力なのである。話は聞いてくれないけど、最高の主君ではあるのだった。
話を戻して、穂乃果は快く引き受けてくれる希に、
「流石希ちゃん! もう大好き!」
と、ハグするのであった。瞬間、海未の瞳孔が開ききり嫉妬に燃える眼差しが希を突き刺すが、一切気にする事もなくハグを返すのであった。別に煽っているわけではない。この主君の笑顔、プライスレス!
最後はにこが、
「よし、決まりね。それじゃ、急な話になっちゃったけど、いよいよ明日が初ライブ。皆、気を引き締めていきましょ」
部長らしく真面目に締めるのであった。