自分のお膝元どころか喉元でライブをやるというμ'sの挑戦的、乃至は挑発的行為に対し、A-RISEの反応は鈍かった。というか反応すらしなかったと言った方が正しい。
後々、そういった出来事があった、と又聞きした時、
「ふ~ん」
と、気のない返事をしただけである。
然もあらん話で、彼女達は多忙なのだ。東奔西走、目まぐるしく華麗なスクールアイドルぶりを世に知らしめる彼女達にとって、μ'sなどはそこら辺の小石にも劣る存在。
ただ、周りは妙に盛り上がっていた。それが少しに気になったA-RISEのリーダーの綺羅ツバサは、偶然空いた時間を使ってμ'sの事を調べてみた。
取りあえず、ネットに上がっている新入生歓迎会と初ライブの映像を見てみる。この時映像を見たツバサが、
「随分と面白い人達が出て来たようね。相手にとって不足はないわ」
と、感服しライバル認定をするという話になるのが一般的だが、当然そんな事はなかった。
「何なの、この人達は?」
首を頻りに傾げて、そのまんま理解不能な生物を見る困惑に満ち溢れた眼差しを、画面向こうのμ'sに向けた。新入生歓迎会、いきなり泣き出す穂乃果。その穂乃果を見て怪しい宗教のようにジーンとなっている周りのメンバーと他の生徒達。いきなり壇上で暴れ出す穂乃果。その穂乃果に声援を送るメンバーと先生方。そして講堂を震わせる鬨の声。少なくともこれを見て何か理解を示す反応を出来ていれば、ツバサも晴れて異常人認定されるのだが(この宇宙では常人)、彼女は括り的にはごく普通の人間なので(この宇宙では異常人)、何が起きているのか全く分からなかった。
「スクール……アイドル?」
これを見て誰がμ'sをアイドルなどと呼ぶ者はいようか、いや、いない。この映像で分かるのは、μ'sというか音ノ木坂学院の異常性だけである。なんか廃校するとかしないとかいう話だけど、映像を見たら納得する他はない。
既に画面を真っ暗にしたくなったツバサだが、一応スクールアイドルらしくライブの映像があるらしいので、それも拝見してみる。そして時間の無駄を悟った。
良い笑顔の穂乃果が観客に話をするその脇の方で、肘をぶつけ合う真姫と凛。その様子を横目で見てため息をつく絵里とにこ。穂乃果との立ち位置が零距離な海未とことり。パフォーマンス中、お互いに向き合う振り付けで明らかに睨み合っている真姫と凛。振り付けも曲も歌詞もツバサから見て素直に称賛出来るレベルなのに、人が全部台無しにしてる。
人間だもの、仲の良い悪いはあるだろうけど、せめて人前では隠せよ、と言いたい。よくこれでライブをやろうと思ったな、と逆に感心したくなるところ。
ここでツバサが信じられないのは、世間ではこの二つの映像を以ってμ'sの人気が止まらない事である。スクールアイドル界に革新をもたらす期待の新星。μ'sをそう評価している人物達は、μ'sの何を見てその答えに至ったのか。彼女達に感銘している周りが異常なのか、それとも自分の方が異端なのか、人間て分からない、人間て何だろう、とツバサが哲学的疑問を覚えてしまうのも無理からぬ事であった。
翌日、一日完全休暇という事で、気晴らしにショッピングへとツバサは出た。流石にナンバーワンスクールアイドルグループのリーダーらしく、変装をしていても人とは違う輝きを放っている。帽子とサングラスの下に見える鼻筋は高くスマートで、色気漂う口元には、男の視線が集う。身長は小柄な方だが、秋葉原の人混みの中でも際立って目立つのは、彼女の一流スクールアイドルとしての隠し切れない気品があるからだろうか。
「さてと、どこに行こうかしら」
一人きりのショッピング。別に彼女が休日に誘う友達がいないわけではなく、好んで一人になっているだけである。グループのメンバーである優木あんじゅと統堂英玲奈を誘ってみたけれど、彼女達は彼女達でそれぞれやりたい事があるらしいので、だったら今日は一人で良いと思ったのだ。
サングラスの位置を優雅に整えながら、ツバサは行き先を考えながらぶらぶらしている。
「ふふ、ここは女の子らしく服でも見に行こうかしら? それとも最近になってオープンしたっていうスクールアイドル専門店でも、良い時間つぶしにはなりそうね。それよりも先に昼食を済ませた方が良いかしら」
微笑み一つでも絵になる女、それが綺羅ツバサである。鼻から下しか見えていないのに、偶然ツバサの微笑みを目撃した者は、男女問わず顔を赤くして見とれていた。
三十分ほど歩いただろうか、前方に人だかりがあるのを確認した。様子を窺うに、どうも誰かを取り囲んでいるらしい。有名人でも居るのだろうか。
ツバサは溢れ出るオーラを一切隠さずに、堂々と人混みへ近づく。するとツバサに気付いた人混みが、気品匂い立つオーラに当てられ、自然と道を作る。
出来た道を悠々と歩いた先には、一人の女性が立っていた。同性のツバサから見ても、抜群に美しい女性である。女性はツバサの存在を認めると、柔らかく口角を上げる。これだけの動作でその美貌が一つも二つも上がるようだった。続いて、口が開いた。
「ああ、待っていましたよ。もうかれこれ二十分ほどは経つかと。申し訳ありません、皆様。心苦しいですが、待ち人が来てしまいましたのでこれで失礼します。では参りましょう」
女性はゆったりと歩いてツバサとの距離を詰めると、耳元で、
「綺羅ツバサ殿」
と、囁いた。
ねっとりと纏わり付くような声音で名前を呼ばれた。それだけで己の全てを見透かされたような感覚に陥り、ブルりと身体が震える。
女性はツバサの名前を呟いてから、そのままツバサに背を向けて歩き出した。ついてこなければ分かっているな、と言われているような気がしてツバサもその艶やかな黒髪が揺れている背中を追う。
後を追いながら、ツバサはちらちらと目に入って来る、女性が右手に持つ扇子に注目していた。白い羽で出来た扇子で、白羽扇。その羽扇をひらひらと無造作に女性は揺らしている。この瞬間、女性の正体を悟った。
と、同時に女性はどこかの建物の中へと入っていく。お洒落な看板が立てられた店で、どうもレストランのようである。小さくお腹を鳴らしたツバサは、誰かに聞かれてないか左右を見回し聞かれてない事を確認すると、女性に続いてレストランの中へと入って行く。
中に入れば、店員に案内されて向かう席に女性が座り羽扇をあおいでいる。ツバサは女性の対面の椅子に腰を下ろした。暫く二人の間に会話はなかった。
差し向かい、互いに注文した飲み物を口に運ぶ。ツバサも女性も互いに紅茶を頼んだ。二人揃って紅茶を飲む様が優美だったので、隣の席のカップルは視線を外せない。
やがて決心をつけたのか、ツバサは思い切って口火を切った。
「それで何の御用なのかしら、東條希さん」
女性の正体は希だった(バレバレ)。名前を言い当てられた希は、
「ああ、あの天下に隠れなきA-RISEの綺羅ツバサ殿が、私のような野人の事を知っていようとは。この希、感激に胸を打つ震えさせるばかりです」
嬉しそうに(当たり前だが演技)言った。
この反応にツバサは、
「ああ、そう」
と、ドン引きする(普通の反応)のであった。
ツバサは誤魔化すように紅茶に口をつけてから、
「あ、貴女達のライブは、その、拝見させてもらったわ」
たどたどしい言葉遣いで、何とか会話を繋げようとする。
希は常と変わらないまま、羽扇で口元を隠しつつ、
「それはそれは、何とも御見苦しいものをお見せしてしまったようで」
と、はにかんだ。
(本当よね)
危うく口に出そうな本音をグッと堪えて、ツバサは鍛えに鍛えた愛想笑いを見せる。それがまた花開くように美しい笑み。数多の人間を魅了するツバサの愛想笑いに、希も負けじと表情を柔らかくした。二人の笑みは、料理を運ぶため二人の席にやって来た男性スタッフの時間を止めた。
「それにしても、こうしてあの綺羅ツバサ殿と席をご一緒出来るとは思いませんでした」
白々しい物言いに、
「……白々しい」
流石にお口のチャックがフルオープンである。声の音量を最小に落としたお陰で、相手には気付かれないで済んだが。
希はさらに図々しく、踏み込んだことを爽やかに言ってきた。
「こうして直にお会い出来たのも何かの縁。綺羅殿は我々のライブをどうご覧になりましたか? 宜しければ、是非忌憚なき意見をお賜り下さい」
何で私がそんな事をしなくてはならないのか、とツバサはサングラス下の眉を顰めたが、ここは先達として度量の広い様を見せつけてやらねばなるまいと考え直す。
「そうねえ、正直そんなに言う事はないわよ。曲や歌詞、振り付け、演出はこちらからアドバイスをする事はほとんどない。ただ、ちょっと(どころではないぐらいに)チームワークに問題があるようね。プライベートはともかく、人前ではしっかりしないと駄目よ」
「ああ、耳の痛い事を申される。その点に関しては、私も頭を悩ませ解決に向けて奮闘しているのですが(嘘)、如何せん力及ばず、何か良き策はありましょうや?」
そこは自分達で何とかしろ、と言いたいのを我慢して、
「う~ん、だったら合宿でもしたらどうかしら? 寝食を共にすれば、いつもとは違う相手の人の面が見えてくるだろうし、仲が深まるんじゃない」
知らないけど。
「なるほど。綺羅殿のお言葉、この希、深く胸に刻み込んでおきます」
希は慇懃に礼を述べる。
今度は自分が踏み込む番だとツバサは訊ねた。
「一つ気になるのだけど、貴女は踊らないの? マネージャーという話だけど、貴女の容姿(だけ)は良いんだから、やってみたらどう? 同じく小泉花陽さんだったかしら? その人も良いと思うのだけど」
「小泉殿に関しては私も同意致しますが、本人がやらないと仰っていますのでこちらから無理強いは出来ません。私に関しては、とても。裏方をやっている方が性に合っています」
「そう」
聞いてはみたものの、まあどうなろうが知った事ではないツバサの返事は素っ気ない。この素っ気ない返事が会話を完全に断ち切ったところで、お開きとなった。というか、希が用は終わったとばかりにお開きにしたのである。
「本日はありがとうございました。また何かありましたら、その時はよろしくお願い致します。それでは、これにて御免」
ツバサが唖然と見つめる中、頭を下げて礼を示し、流れるように退出して行く希。後に残ったのは、一切手をつけられていない食事と一万円札である。お礼と迷惑料のつもりだろうか、だったら桁が一つ足りない。ツバサは万札を睨みつける。
「とんでもない奴だったわね。何か胡散臭いし。ああもう、折角の休日が台無しだわ」
ツバサは昨日からの思い出し怒りが沸いてきた。μ's並びに東條希の名が頭と心の中へとインプットされた瞬間である。美しい顔を気色ばみさせるツバサは、視線を眼前にずらりと並ぶ二人分の食事に遣った。粗雑に備え付けのフォークとナイフを手に持つ。
その後、ぺろりと完食したツバサは万札で支払いを済ませ、足をクレープ屋へと向けて進める。後日、体重計の上でμ'sと希の名を叫ぶのであった。