面白い様に絶好調である。初ライブに続き、その後はやれPV作成だ、やれ営業だと大車輪の如く駆け回る日々だった。今やμ'sも一廉のグループであり、他のスクールアイドル達(A-RISE以外)から、一目も二目も置かれる存在となっていた。
今日も汗水を垂れ流し、家に着くと真っ先にベッドへ転がり込んだことり。ものの数秒で夢の世界へと旅に出る。それから身体が空腹で目を覚まし、寝ぼけ眼でリビングへと向かえば、音ノ木坂学院理事長こと母が一人寂しく晩酌していた。哀愁漂う中年女性の背中に、いずれ自分もこうなるんだろうかと、未来への絶望を感じていると、当の母に手招きをされた。
酔っぱらいに絡まれた、と嫌々ながら母の下に行けば、まだまだ素面の様子だった。ほっとことりは胸をなでおろす。母の酒癖の悪さは娘の知るところである。父は、理不尽にも面白半分にプロレス技という暴行を受ける被害者だった。と言いたいのだが、父は父でそのバイオレンスコミュニケーションがお好みのようで、ことりには理解出来ない話である。
それにしても、もし母の酒癖の悪さが娘のことりに遺伝していたら、まことに勝手な話だが、張飛の称号を贈らなければならない。残念ながら、劉備枠(穂乃果)と関羽枠(海未)は先客がいるのだ。でも、何だかんだ言っても張飛。子供達が強く憧れを持つ、暴虐と殺戮と破壊のヒーローである。きっと、(嫌過ぎて)泣き狂うほど名誉な話だろう。
ことりはそそそと近づき、母のコップになみなみと麦のジュース(大人の味)を注いでから腰を下ろす。麦のジュースから発せられる大人の香りと、眠気と、空腹で頭がくらくらしながらも、姿勢よく母の言葉を待った。
母は注いでもらったジュースをぐいと飲み干してから言った。
「ことり、ここだけの話なのだけど」
ここだけの話と言いつつ、既に学院の大人と生徒会他多数は知っているところがミソである。
ことりは虚ろな瞳を母に向けた。
「来週の日曜日に行われるオープンキャンパスで行われるアンケート調査の結果次第で、廃校か存続か決まるわ」
「へ~……えっ? えぇぇええええええ!! ぴぃっ! 頭打っちゃったよ」
仰け反り過ぎてことりは後頭部を地面に強打した。目は完全に覚醒したものの、痛みで地面を転げまわり、今度は足の小指をテーブルに痛打。一分間、痛打した小指を握りながらうずくまって痛みを抑えてから、座り直す。
「そんなの聞いてないよ」
「聞いたでしょ。今さっき」
「いや、そういうのじゃなくて」
「じゃあ、何?」
「えっと……」
ことりは言葉を紡ぐのを止めた。と言うのも、母の目がとろりと据わりだしてきたのだ。酔眼朦朧の状態で、今にも虎が野獣の本能を剥き出しに襲い掛かってきそうな状態である。
すくっと立ち上がったことりは早足に冷蔵庫の下へ向かい、好物のチーズケーキを取り出すと、理性と本能がせめぎ合っている母に向かってクッションを与えて、自室に逃げ帰る。ドン、という鈍い音がリビングから聞こえだしたが、ことりは聞かない事にした。
次の日の部活、ことりは母から聞かされた内容を、ここだけの話しという前置きをしてから伝えた。ここだけの話なのに、話している人が別の人から聞いているのがミソである。
一同話を聞いて、それぞれなりに驚きを見せたが、ただ一人希だけは反応が違った。
「ふふふ、私は既に存じ上げています」
羽扇を仰ぎながらしれっと言った。
流石は希である。どこから情報を仕入れているのかは定かではないが(大方生徒会だろう)、何故か知っている。三国志好きなら当然の知識なのだが、希(孔明)はプロのストーカーも舌を巻くほどの情報通であり、どういうわけか人が知らない筈の情報に詳しいのである。勿論、他人の個人情報もどういうわけか全部把握している。
「その事に関してはもう気にする必要はありません。私が独自に調査をしたのですが、我が音ノ木坂学院を志望したいと思う中学生達が規定の数を上回っております。油断は禁物ではありますが、十中八九は大丈夫でしょう。皆様のこれまでの苦労が身を結んだのです」
ところで話は変わるのですが、と希が話題変更をしようとした時、にこが大声を上げた。
「ちょっと待ちなさいよ。南の話だけでも驚きを隠せないってなもんだけど、それよりも希! 独自の調査って何よ、独自の調査って! 胡散臭いわね。どういう調査なのか、詳しく聞かせてみなさい」
我々の疑問を代弁してるかのような鋭いツッコミである。そうだぞ希、詳しい話を聞かせろ。
しかし、こういう事に関して素直に答えてくれるような殊勝な性格を希はしていないわけで、キッと羽扇をにこへ突き出すと、
「何でもかんでも教えて教えてで、教えてもらえると思ったら大間違いですよ。貴女は学生であり勉学に励むのが第一の筈。その勉学において大事なのは、自分で考えてみることです。端から答えを人に求めようという姿勢はとても褒められたものではありませんね。にこ、貴女は最上級生であり受験生ですよ。下級生のお手本にならなくてはならない立場の貴女が、このような様では困ります。ノー答え写し、イエス答え合わせ」
謎の叱責である。話が学生の勉学に対する姿勢論にすり替わっており、にこの疑問に対してはまともに答えていないのだが、内容はそれらしく最もなため、にこは口を閉ざした。ひょひょいのひょいといなされた感じである。
(しまった、くそっ! つい何時ものノリでやってしまったけど、これは高坂に言わせるべきだったわ。これじゃあもう、何も言えないじゃない)
にこは歯噛みをしたが後の祭りである。
だが私は、答えは自分で見つけるから、答えの出し方を教えてくれと言ってしまえば良かったんじゃないかと思う。数学でも方程式は事前に教えてくれるんだし、ヒントぐらいは求めても良い筈だ。
でも、希のことだから、別の論理にスライドさせて煙に巻かれるのがオチな気がするけど。希はああ言えばこう言うの天才である。矮小な私の頭では到底太刀打ち出来そうにない。
希のこの論理はにこ以外にも適用されるので、他の面子も口を開くことは出来なかった。
にこを久しぶりに打ち負かして気分上々、愉快爽快なのだろう。羽扇の下は溢れ出る笑みでいっぱいだ。ここのところ、にこ一派が大人しいので張り合いがなく退屈だったのだ。
希はつらつらと言葉を紡いだ。
「では改めまして、先日のことなのですが、私は天の助けあってA-RISEの綺羅ツバサ殿と面識を得ることに成功しました」
ここでさらに重大な話をぶっこむ希である。希お得意の情報の上書きであり、これで皆は、既に独自の調査云々はどこか記憶の彼方である。
A-RISE信者の花陽が一番に反応した。
「それは本当なんですか!?」
「ええ、偶然にも」
こうは言っているが怪しいものだ。希のことだからあらかじめ、それこそ独自の調査でツバサがあの道を通るのを知っており待ち伏せしていたに違いない。
この情報社会、三国の時代とは違って至るところに情報が眠っているのである。プライバシーもへったくれもなく、希みたいな人間には天国なのであった。
「綺羅殿は我々のライブにも目を通して頂いているらしく、貴重なお言葉を賜りました」
要約して、ライブに関しては(どうでも)良いんだけど、人間関係に問題がある(あり過ぎる)みたいなので、合宿でもして絆を深めちゃいなyou!
人間関係悪化の原因が大体希に集約している実情を知らないからこその、普通のアドバイスなわけだが、あの綺羅ツバサが言うと、賢者の万言にも匹敵するのだ。
「合宿、楽しそうだにゃ」
気分はお泊り会の凛である。
場の雰囲気が合宿ムード一色に染まり出した。海にしようか、山にしようか、ご飯は何を食べようか、丁度夏だし肝試しがしたい、など気早く計画を立て始める。
やいのやいのと騒ぐ中で、真姫が徐に手をあげた。
「寝床の確保は任せて。パパとママが別荘を沢山持ってるから、その中から一か所借りましょ」
(泊部屋を先生と一緒にして、仲を一気に深めるわよ。あわよくば、えへへ)
というピュアピュア桃色お花畑を脳内展開中である。μ's一の、いや、スクールアイドル界一の純粋さは伊達ではない。彼女の恋物語は、純愛物として微笑ましく見守りたいものであるが、相手が希だからどうなるか予想もつかない。真っ当な恋愛物になるとは思われないが、頑張れ真姫。負けるな真姫。少なくとも、私は君の味方だよ。
「はーい、皆ちょっと落ち着いて」
ぱんぱんと両手を合わせて、絵里が場を鎮めにかかった。μ'sの中では一応良識ある人間の枠に入っているので(あくまでもμ'sの中では)、こういう風に場のまとめ役を担うことは少なくない。一同の視線を絵里が独り占めする。
「そろそろ練習を始めるわよ。合宿はまた後日にゆっくり考えましょう」
はーい、と揃って声が帰って来る。彼女達の頭の中には、既にオープンキャンパスや廃校やの話はなく合宿の事でいっぱいなのだが、それこそ彼女達らしいというところで今回の話を終了する。
さて、物語も次のステップに移行しようとしている。廃校阻止も決定し、次なるμ'sの目標は如何なものになるのだろうか、穂乃果達はμ'sを続けるのだろうか、気になるところである。えっ? まだ廃校阻止が決まったわけじゃない? しかし、とあるゲーム会社曰く、孔明は絶対に間違えないそうなので、その孔明(希)が廃校は大丈夫と言った以上は大丈夫だろう。多分。
詳しくは次回で。