オープンキャンパスなる行事は、並行宇宙(原典と呼ぶと語弊があるのでアニメ世界)のμ'sにとっては天下分け目の関ケ原と呼んでも差支えのないほど重要なものである。まさにこのオープンキャンパスで音ノ木坂の命運が決まるのであり、彼女達は新たに仲間に加わった絵里と希(これより前までは、絵里と穂乃果達は対立している)を加えて初めて九人でのライブを行った。この結果、若者達の心を掴み、音ノ木坂は見事廃校を阻止したのである。
翻ってこちらの宇宙であるが、関ケ原どころか小競り合いすら起きていないというのが実情だった。一応、ライブは行っている。しかし、並行宇宙のように万が一失敗すれば九人全員生きてはいまい、というような緊迫感あるものではなく、なんか時間を割り振られたから取りあえず踊ろうか、程度の軽いものであった。それで同じ結果を出したのだから、並行宇宙のμ'sは墳飯ものである。ぶん殴られても文句は一つも言えない。
こういう次第があって、オープンキャンパスの様子を記すことはしない。記したところで書くことがないのであり、書くにしても九十パーセント捏造しなくてはならなくなる。それはそれで面白いものが書けそうだが、まあ、止めとく。
何はともあれ、悲願の廃校阻止である。こちらのμ'sは、お祝いムードのお祭り騒ぎ。今日は無礼講だとばかりに(何時も無礼講のようなものだが)、部室で宴が始まっていた。宴仕様に部室を片付けるのも忘れない。オープンキャンパスから一週間経った日曜日のことである。
酒は飲んでいないのだが、場の雰囲気に酔っぱらって踊り狂う穂乃果と凛。二人の拙いダンスを肴に、桃やら葡萄のジュースに舌鼓をうつことりと花陽。一歩引いた場所で静かにコップを傾ける、希、海未、にこ、絵里、真姫。突然、絵里が小首を傾げて、それを見た希が訊ねた。
「どうかなさいましたか、絵里。気になることでも?」
「いやね。なにか、物足りないというかなんと言うか。廃校するかもしれないってなった時は、こう胸の内が疼いて、そんなこと私が絶対にさせないわって燃え上がっていたのよ。でも、蓋を開けてみれば、言っちゃなんだけどこんな簡単に廃校を無くせたわけで、夢みたいな話よ」
「簡単ではありませんでしたよ。苦難に次ぐ苦難の道のりでしたでしょう」
「そうだったかしら」
言われてみればそうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。目標を達成したから燃え尽き症候群にでもなっていたりするのか。どうであれめでたい事には変わりないのだし、あまり無粋な事を考えるものでもないと、絵里はこれ以上追及しなかった。
ここでもう一人、絵里と同じように釈然としていない人物がいる。にこだ。
穂乃果を見て、希を見て、心ここに非ずといった印象で、ちびちびとコップを空けていくにこ。彼女も彼女で、あっさりと目標を達成した事に納得がいってない。
記憶を遡る事、一時間前。宴の序盤も序盤、穂乃果がリーダーとして一言語っている時である。これまでの苦労が云云かんぬんと長話を続け(海未監修の台本を読んでる)、やっと終わったと思ったら最後、
「これからは、一スクールアイドルグループとして、A-RISEに追いつけ追い越せの気持ちで頑張っていこう」
と、アイドル続けます宣言があったのだ。それからμ's万歳、音ノ木坂万歳、よし乾杯、となって今に至る。これがどうも面白くなかった。
(あれだけ希と言い争いをして、あれだけ(普段使わない)頭を使って……まあ、これからもμ'sとして続けていけるのは嬉しいんだけど、こうじゃないのよね。もっと、わたしの今までが報われたって感じが欲しいのよ)
達成感がない。正直、希とこれまでやり合って来た意味はあるのだろうか、別にそんな無駄な事をせずとも結果は同じだったんじゃないか、と疑問甚だしいにこである。
答えを言うとその通りであり、第三者視点からすると無駄無駄とばっさり切り捨てだ。私も二人の対立をそこそこピックアップしていたが、正直な話、にこと希はよく意見を違いにし反目していた、と花陽や凛の存在を省略して一文で済ませても物語上は問題なかった。
茶番も良いところで、渦中の希にしてみても争いというほどでもなかったろう(その割には海未やことりに胡麻をすったりとそれなりの事はしていたが)。
にこの売ってきた喧嘩は、放っておけば面倒臭い事になるかもしれない。とは言え買ったら買ったで真面目に取り合うような事でもない。日常の退屈凌ぎにはちょうど良かった、ぐらいのものである。敢えて、希が三国志流に大真面目な捉え方をして話を大袈裟にしていた、と言うとしっくりくるかもしれない。遊びだったのか、本気だったのか、希の真意はとかく人に伝わりにくいのが難点だ。全力で遊んでいたとするのが、無難な想像だろうか。
にこは涼やかな希の横顔に視線を遣った。
(何と言うか、このすまし顔を崩してやりたい。むむむっと唸らせてやりたい。このままじゃ、宇宙ナンバーワンアイドル、矢澤にこの沽券に関わるわ)
と、にこは決意を新たにした。止めておけば良いものを、わざわざ自ら心労を背負い込むとは奇特な人物である。適当にいなされ、へこまされる未来しか想像できないが、希が悔しがる姿はそれはそれで見てみたいので、にこには引き続き頑張ってもらいたい。期待はしない。
そうこうしている内に、宴は四時間目に突入した。
この時間帯となれば、さらにヒートアップして手が付けられない状態となるか、燃え上がった炎が消沈して打って変わって通夜の様になるのだが、μ'sは前者らしかった。
休日の日曜日。学校の許可は当然貰っているとはいえのバカ騒ぎ。穂乃果と凛は野生の獣になってしまったようにごろごろとじゃれ合い、ことりと花陽は二人で菓子を爆食い。海未とにこは決着なしの一発芸対決をしていた。
希だけは素面だったが、やはり真姫と絵里がへべれけである。真姫は甘い声を出しながら希の右腕に縋りつき、頬を擦り付けている。絵里は負けじと希の膝を枕代わりにして顔をこすりつけている。そんな八人のメンバーの乱れっぷりを何食わぬ顔で、希は眺めていた。
酒は飲んでいない筈である。なのにこの爆発っぷりは、彼女達の尋常ならざる証か。それとも日頃のストレスが一気に解き放たれたのか。止めようにも誰にも止められない狂宴であった。
真姫が頬を桃色に染め上げたかと思えば、
「先生。先生は、マッキーとエリーのどっちが大切なの?」
と、上目遣いに瞳を潤ませる。仕事と私どっちが大切なのよ、と夫に迫る妻のような感じではなく、幼女がパパに対して、自分とお姉ちゃんを比べるかの如き純真さと僅かばかりの女の感情を匂わせる物言い。並みのパパであればふにゃふにゃしつつ、
「パパはどっちも大事だよ」
ぎゅーと強く抱きしめて萌えを感じていたろう。希が反応しようとした時、
「希は私の親友よ。高校一年生の頃からずっとずっと一緒だったの。ぽっと出の真姫とじゃ話にならないわ。そうでしょ、希。希は私の方が大切よね」
絵里が女の独占欲と嫉妬心を剥き出しに言った。女と言うのは、友情関係にも独占欲と嫉妬心を抱き、果たして本当に友情なのか、それとも別の感情(百合的な)なのか区別がつきにくい時がある。この時の絵里もどっちの気持ちだったのか、多分本人も分かっていない。
ぷくりと頬を膨らませて絵里を睨みつける真姫。素直を通り越して精神退行状態である。この時の真姫を映像に残して、後日、本人に見せたら、部屋に引きこもって布団から出て来れなくなるだろう。それほどの愛らしさである。人は雰囲気だけでここまで酔えるのだ。
「あーっ! 二人ともずるい! 希ちゃんは穂乃果の家来なんだよ! とっちゃダメー!」
目敏く真姫と絵里の行動に気付いた穂乃果が、希の下へ一直線に突っ込んでいく。これを辛うじて受け止めた希。それを見た海未が、
「穂乃果っ! うぬっ、穂乃果は私のものです!」
渡しません、と向かって行き、さらに触発されたのか、凛、ことり、にこ、花陽の四人も後に続く。場は混沌とし、もみくちゃ、ぐちゃぐちゃにされる希。かと思いきや、希の姿はそこになく、いつの間にか部屋のドアの前にあるのだった。
「ふふ、皆さん、若いですね」
どういう絡繰りなのか、既に脱出している。
希は横目で人の山を見遣ると、年寄り臭い事を呟き(精神年齢はもう老いぼれ)、音も立てずに姿を消したのであった。