その①
今更の話となってしまうが、この物語は名目上『ラブライブ!』の話である。罷り間違っても『三国志』ではないわけで、とどのつまり、この物語にもきちんと存在はする。並行宇宙ではラブライブと称されるスクールアイドル達の大会が。この世界でも同じ名称で確かに存在するのだった。今の今までらの字すら出て来なかったわけだが、それには訳がある。
先ず、ラブライブの話を真っ先にしそうなにこと花陽が知らなかった。馬鹿な、にこぱなともあろう二人がラブライブを知らない筈がない、と有識者は思っていようが、彼女達は希を相手にしていたのであり、情報の収集がおざなりになっていた面がある。
これに関しては二人を責める事など出来る筈がない。相手が相手なのだから、全神経をそちらに集中させていたのであり、それ以外の事をする暇はなかったのである。精神的にも肉体的にも疲労甚だしく、余程疲れていたに相違はなかった。
あれっ? 花陽ってマネージャーだよね? それで良いのかな? と思いはするものの、理由が理由だけに彼女が怠慢していたとは言い辛い。寧ろ庇いたてしたくもなる。
だったら知ってそうな希はどうなのか。無論、知っていた。今度、ラブライブという大会が初めて開催される事を、かなり早い段階で把握していた。にもかかわらず誰にも話していなかったのは、どうしてなのだろうか。何かしらの理由があるのだろうが(例えば、話をしてラブライブに思考を向けられてしまうと、廃校阻止の面で不都合があったとか)、憶測ぐらいしか立てられない。希だから、特に理由はないかもしれなかった。
しかし廃校阻止を達成し、次なる目標を打倒A-RISEに設定した以上、そろそろ耳に入れておかなくてはならない情報である(とは言うが、当初の目標それ自体が、A-RISEより凄くなって廃校を阻止するというものだったのだが、本人達は恐らく忘れている)。
そして遂にラブライブの情報が明かされるのは、にこと花陽の二人が久方ぶりにネットサーフィンをしてその存在にようやく気付き、部室に駆け込んでくるところから始まる。
「たたたた、大変です!」
顔面を蒼白にした花陽が部室のドアを開けた時、目に入ったのは、携帯ゲーム機で遊んでいる穂乃果と凛、トランプで遊んでいる絵里と真姫とことり、囲碁で遊んでいる希と海未だった。打倒-RISEを掲げたにも関わらずの体たらくぶりは、未だ廃校阻止達成の余韻を残しているものと思われる。この光景に、花陽の脇から顔をのぞかせるにこが怒鳴った。
「あんた達、遊んでいる場合じゃないわよ!」
「何ですか、騒々しいですね」
白石を碁盤に向けて置きながら、怪訝そうな表情を浮かべる海未。碁盤を見ていなかったので、全く見当違いの所に置いていた。希はそれを指摘してやることもなく、普通に打ってからにこの方へ視線を向けた。
「分かっての! ラブライブよ、ラブライブ!」
分かってんのと言われても、にこと花陽を除いて分かっているのは希だけである。聞き耳を立ててゲームとトランプをしている面々、並びに海未は頭上にクエスチョンマーク。
「ラブライブですか? 愛のあるライブという事でしょうか。なるほど、ファンの人達に今までのお礼も兼ねて、愛を届ける様なライブをしようと言うのですね。名案です」
と間違った解釈をして、そのまま碁盤に向き直した。
花陽の目がきらりんと光った。
「違います。ラブライブ! とはスクールアイドルの祭典、全国から上位二十組を集めてライブをし投票によってナンバーワンを決めようというもの。まさに戦国武将総選挙ならぬスクールアイドル総選挙。スクールアイドルの甲子園と言っても差し支えなく、この大会で優勝を果たせれば名実共に揺るがぬ立場を得る事が出来ます」
こんな所でだらだらとやっている暇はありません、と花陽は鬼気迫る顔で言った。
「あら、そんなものがあるんだったら、確かにこんな事をしている暇はないわね」
と、絵里が、たまに見せる賢い表情を決める。暇があったところで部活動時間帯にトランプをして遊ぶのは如何なものかと思うが。意味なくウインクをぱちりと一回、立ち上がろうとするが、絵里以外に動こうとする者は皆無だった。
「皆、どうしたの? 練習しましょう」
絵里が言うと、皆を代弁して穂乃果が寝そべったまま、
「今日はもういいですよ、そんな気分じゃないし。明日からやりましょう」
と、明日から本気出す、なんてお気楽、自堕落、体たらくの三拍子。忘れてはならないのだが、穂乃果には元々こういう面がある。一旦燃料を注げばどんどん勝手に突き進んでいくが、その反動か時折ピタリと動かなくなってしまう。穂乃果は性質上、駄目人間の要素がそれなりに多い。ある種の清々しさには、温厚な花陽をしてため息をつかせるほどで、あきれ果てて何も言えない。ここで希を見たのは、何かを期待してのことだろうか。
目敏く花陽の目線を察知した希は、
「我が君、ラブライブの事はおいおい考えるに致しましても、早急に決めておきたい事が一つございます」
何を言ってるんだ、と花陽とにこの視線が刺々しくなった。
「な~に、希ちゃん」
「合宿の件でございます。そろそろ詳しい内容を決めておきましょう」
今はそんな事を話している場合じゃない、と花陽とにこの視線がどんどん鋭さを増していく。このまま視線で希を射抜きそうな勢い。希はその飛んで来た視線を払い除けるように羽扇を一振りした。
「そうだったね。それを決めておかなくちゃいけないんだった」
ゲームの電源を切った穂乃果は、大きく伸びをした。どうやら少しばかりやる気になってきたらしい。穂乃果が動いたのをきっかけに、他の面々も体勢を作る。一分以内には、μ's、会議の図が出来上がっていた。
「それじゃあ、希ちゃん。後は宜しくね」
穂乃果、完全に丸投げである。これが穂乃果の長所の一つであり、基本は人を信頼して任せてくれるのだ。時々、ここぞという際に口を出して場を混乱させてくるのは玉に瑕、どころか玉にひび割れなのだが、差し引いて五分五分ぐらいにしておこうか。
采配を受け取った希が話し出す。
「遠足を目一杯楽しむには、計画をきっちりと立てておくことが重要でございます。合宿もまたしかり。事前の準備を疎かにしていては、楽しめるものも楽しめません」
前置きを加えてから、
「此度の合宿は厳正な審査の結果(独断)で、海に行く事と相成りました」
と、言った。
すると、
「海未は私ですが?」
海未が珍しくボケるのであった。これは海未の鉄板ネタであり、面白い面白くないに関わらず、必ず言わなくてはならない義務のようなものである。海未が海未である以上は、ここを外すことは出来ないのであった。これに希は、
「ああ、海未殿の海未と、シーの海をかけておられるのですね。ふふ、面白いです」
表情も変えず爽やかな物言いであった。
スベるよりもなお恥ずかしい反応。希の善意から出て来る(嘘の)誉め言葉は、海未の豆腐の様にぷるぷるとしたメンタルを賽の目に切り裂くのであった。これ以降、この会議内で海未は一切の発言を放棄せざるを得ない状態に追い込まれる。
「宿泊場所は、真姫の御両親より別荘を借りる事に成功しました。ですので、そこを使わせてもらいます」
これに関しては、真姫パパと真姫ママに許可を貰いに行った希である。こういうところは律義であり、真姫を伴って二人と面会した。
当初、真姫の両親は希に良い感情を持っていなかった。もともと、町でも異風な少女として有名だったのである。大切な一人娘を誑かしたマーラ(仏教の悪魔)、飛んで火にいる夏の虫、捕縛して新薬の実験台にでもしてやる、と至極当然の親心があったのだった。
真姫が外堀を埋めようと、必死に希の良いところを語っていたのが裏目に出たのだ。
いざ対面の時、敵意というか殺意を剥き出しにする真姫の両親に、希は賢者に接するかの如く腰を低くし誠意を見せる対応を取った。これが真姫の両親の琴線にジャストフィット。それなりのお金持ちの家にありがちな、どことなく古臭い考えを持つ二人は、礼節知る真面目な若者に今までの印象を大きく上昇変更する。
今までが底辺の印象だったから、後は上がっていくだけなのだ。
こうなってくると、希がどんどん只者じゃないように見えてくる。実際に話を重ねていく内に、泰然として十七歳の小娘とは到底思えない話しぶりをする希を信頼にするに至って、しまいには、
「君になら娘を任せられる」
「どうか真姫の事をよろしくお願いします」
と、言い出す始末であった。これに不用心にも肯定的な返事をした結果、別荘の使用許可は勿論、真姫の使用許可までもぎ取った希である。希としては、合宿中の娘をお願いします程度の認識だろうが、よもや娘の一生をお願いされているとは読めなかったようだ。真姫の純愛物語が一歩先へ進んだ瞬間である。
詭計、詐術、陰謀、詐欺、ありとあらゆるネガティブな策には通じている希だが、こういう事にはやはり疎い様だった。
何はともあれ、寝床は確保したのである。
「一日目は存分に海を満喫しましょう。二日目からは臓腑を吐き散らし、自ら死を懇願したくなるような、地獄の修練を用意しておりますので、覚悟を決めておくとよいでしょう」
希は脅すように言った。
「望むところだよ、希ちゃん」
ちょっとテンションが上がり始めてきた穂乃果が返事をする隣で、
「ことり大丈夫かな。あんまりきついのは嫌だよ。ことりは海未ちゃんみたいに体力がカンストしているわけじゃないし」
ことりが自慢のトサカを恐怖にうち震わせていた。名前の挙がった海未も別の意味でぷるぷるしている。
希は何が面白いのか、そんなことりを見て笑っていた。嫌な奴である。
「うー、何だか身体が熱くなって来たよ。私は今、猛烈に動きたい!」
言うや否や立ち上がった穂乃果が、わき目もふらずに部室を飛び出していった。暴走機関車穂乃果号の真骨頂が炸裂したのである。今回の目的地は屋上だろう。いつもそこで練習しているのである。
「穂乃果に負けていられないわね。行くわよ、皆」
絵里が穂乃果の後に続くと、今度はぞろぞろと動きがあった。絵里が駆け足で出て行って、凛が後ろに続き、真姫がのんびり歩きながら。海未とことりはとろとろどんより、いつもより半歩歩幅を狭めて出ていく。残ったのは、希、にこ、花陽である。
急な展開に口が半開きなにこと花陽。
徐に、希は花陽に流し目を送った。
「これでよろしいですか?」
問い掛けられて、希の意図を察知した花陽だが、言葉が出て来ない。合宿の話をしたのは、穂乃果のやる気を引き出すためであったらしい。これには素直に感じ入った花陽は、
「流石です、孔明先生」
と、ほんの僅かばかり、希への敬意を回復させた。