μ'sがラブライブ! に向けて(一応)活動をし始めた頃、A-RISE(と言うかツバサ)は自身のスキルアップを図ると同時に、ライバル達の調査に余念がなかった。客観的に評価を下すならば、自分達を脅かすようなスクールアイドルはいない。このまま行けば、下馬評通りに大会はA-RISEが優勝旗を母校に飾るという結果に終わるだろう。
しかし、ツバサには万が一の不確定要素があるのも事実だった。勿体ぶるまでもなく、μ'sである。μ'sは遠くから見るだけであったら、リアル美少女大図鑑である。あれほどの美少女達が、廃校寸前の学校に集結しているのは奇跡としか表現は出来ない。また、個人個人の能力も桁違いに高いのであった。
だが、問題点が極まり過ぎて、手放しに誉めさせてくれないのである。仲があまりよろしくないのだろう、ライブ中にガンつけ合ったり、気分が乗ってきたのか明らかにアドリブのダンスをやったり(周りがそのダンスにうまく合わせて、さもこれが正しい振り付けだと錯覚させるのが、また憎たらしい)、スクールアイドルを馬鹿にしているんじゃないかという言動の数々なのだった(本人達は至って真剣)。
ここで『頭の悪い顔だけのグループ』と一刀両断して、その存在を無いかの如く扱いたいのはやまやまだが、彼女達の人気ぶりだけはそれこそA-RISEの最後尾に食らいつかんばかりであり、無視しようとしても、否が応でも目に付いてしまうのである。
それにμ'sと言えば忘れてならないのは、東條希だ。巷では孔明先生の異名で知られており、その智謀は千年に一人、その美貌は飛ぶ鳥が落ちて、花も恥じらうという。
μ'sのライブが一見事故ってそうに見えて、何だかんだ成功に終わっているのは希の手腕が大きい(後花陽も)。あの垂れ下がった柔和な瞳からは想像もつかない、キレッキレの智謀ぶりは、感嘆以外の反応を拒絶せんばかりなのである。
というような事をここ最近頻りに口にして繰り返すツバサだった。今日もツバサはメンバーの二人に語っていた。一体何度目になるのだろうか、たまらずメンバーの一人英玲奈は、
「分かった分かった。何だ、そのみゅ、みゅ、ミュウツーが凄いのは分かったから」
と、明らかに分かっていない様子で言った。英玲奈は、その同性をも恋に落とす罪深い顔を困惑の色に染める。それがまた、乙女の純情を絶妙にくすぐるのだった。ツバサの首を傾げるしかない過大評価、と言うよりは虚報に、いい加減どう対応してやったものか。
どうかツバサの心を傷つけずに、と光り輝く英玲奈の優しさ。もう地球上の女という女を虜にせんばかりのフェロモンが溢れ出る。
「ミュウツーじゃなくて、μ'sよ。それにしてもツバサったら、ここのところずっとμ'sや、孔明さん? の話ばっかりね。何だか寂しいわ」
もう一人のメンバーあんじゅは英玲奈と対をなす、男を誘惑するエロティックお姉さん。彼女の魅惑の瞳は、男の欲望をこれでもかと刺激する魔眼なのである。しっかりと調べたわけではないが、秋葉原の六十パーセント以上の男の嫁はあんじゅに違いない。
「ふむ、ツバサにも春が来たというわけか。感慨深いな、歳を取ることを実感させられるよ。どれ、今度その孔明とやらに会ってみようじゃないか」
「ツバサが恋をしちゃうぐらいだもの。きっと素敵な方に違いないわ」
ツバサそっちのけで恋の談義に花を咲かせ始める英玲奈とあんじゅ。いくら大人びて見えようが、彼女達もまだまだ未成年の子供。恋という名の蜜が蕩けるような甘さを感じる舌を持っているのだ。大人になると苦みが強くなって、食べれなく人が多くなる。これは、子供の頃はピーマンが食べれなかったけど、大人になって食べると美味しく感じる現象と似ている。
「何を勝手な話をしてるのかしら?」
ペッと唾を吐き捨てる様な動作。本当に吐き捨てたい気分であったが、彼女のスクールアイドルとしての誇りが、ぎりぎりのところで踏みとどまらせた。そして唾の代わりに吐き出されるのは、世間が美貌の天才と称する孔明先生の実態であった。
「いいこと? あの東條希って女はとんでもない陰湿変質者よ。私はあの女の魔の手にかかって、とんだ目にあったんだから」
と語り出すのは、ツバサ体重増加事件。希とツバサが初めて顔を合わせた日の話だが、希が注文した食事を一切食べずに帰ったので、ツバサが代わりに食べて、しかもその後クレープまで胃に収めたというあれである。典型的なツバサの逆恨みなのだが、希にも非がないこともない。注文しておきながら一切手をつけないのは、店側への嫌がらせに近く、ただお金は払っている以上店側の損失にはならないので、ツバサがそこのところを気にする必要はなかったのだが、怒りを食欲に変えたツバサがぺろりといったのである。
思い出すのはぶらぶらと揺れる白羽扇と、うふっていう感じの唇を歪めてねっとりと笑い、人の全身を舐めるような変態の目線だった(ツバサの記憶と主観が大いに入り混じっている希像)。今でも、胸がドキドキ身体がそわそわして、落ち着かなくなる。
あんな奴に恋心を抱く奴なんて、それこそ同族かはたまた精神異常者でしかない、とツバサは厳しい査定を下した。まだ会ったことのない真姫を異常者扱いにした大胆な査定だが、これは真姫に言わせてみれば、希に惚れない人間こそが精神異常者なのであり、したがってツバサの方が頭の狂ったクレイジーガールなのである。どちらがおかしいのかはどうでもいい話なのだが、これは未来でツバサと真姫が希をめぐって、熾烈な争いをする事になる暗示たることになるのか。それはお楽しみということで。
「もう、ツバサったら、そんな必死になって否定しなくてもいいじゃない」
「照れ隠しか? 好きだからこそ否定したい気持ちは、実に女の子らしい。ツバサも女の子なんだな」
英玲奈とあんじゅが、恥ずかしがることはないよ、私達は貴女の味方だから、応援しているよ、と優しい言葉を掛けると(揶揄うと)、
「だ、誰が、あんな奴のことなんか」
ツバサは顔を真っ赤にしながら激怒した。べ、別に希のことなんて好きでもなんでもないんだから、とツンツン、でも、実はほんのちょっぴり意識して、大好きなスクールアイドル活動にも熱が入らず、ボーとすることが増えて、ふとした瞬間に希の笑顔が頭に浮かんで懊悩するような、少女漫画じみた展開になるようなことは多分ない。
見た目の良さと頭の良さは素直に評価してやるが、あの人間性がツバサの美意識的に到底許し難いのである。いずれ地上から抹殺せねばならない、とまではまだ思っていない。
「とにかく、貴女達も気を付けて。何時何処で東條希と遭遇して、あの陰湿な罠にはめられて地獄の底(ダイエット)に叩き込まれるか分からないんだから」
ツバサの身体がぶるりと震えた。
気を付けたぐらいでどうにかなるのだったら、周瑜や曹操、あるいはにこや花陽がどうにかしていると思うが、どうにもならないのだから困ったものである。標的にされてしまったが最後、酷い目に遭うしかないのが希(孔明)の罠なのだった。ツバサも経験を積んでいけばそれが分かってくるだろう。誰も積んでまで分かりたくもないだろうけど。
ツバサの忠告があまりにも必死過ぎて、返って単なる照れ隠しにしか見えない英玲奈とあんじゅは顔を見合わせて笑い合った。まるで小学生男子が好きな子にちょっかいをかけるみたいなことと、同じように感じたのであろう。
(やれやれ仕方がない。ツバサがこうも恋愛ごとに関して面倒臭い奴だとは思わなかった。いや、普段から面倒臭いと言えば面倒臭いが。ここは一つ、私が一肌脱いで、ツバサを女にしてやろうじゃないか)
と、ツバサにしてみれば要らないどころの騒ぎでないお節介を企てるのだった。
ツバサは良からぬ雰囲気をびんびんに感じ取ったのだろう、
「英玲奈、あんじゅ、余計なことは絶対にしないでよ。絶対に」
と念を押すのだったが、するなするなと言われたらしたくなるのが人間の性である。
「あんじゅ、ツバサはああ言っているが、私達が多少の手助けはしてやらないといけないと思う」
「そうね。あのままじゃ一向に進展しないのが目に見えているわ」
「やるか?」
「やらないと思う?」
「「ふふ」」
よっしゃ、ここは親友として仲間として、愛のキューピッド役を引き受けてやろうじゃないか、ということになった英玲奈とあんじゅ。
どうやら人知れず、真姫の純愛物語に強力なライバルが現れたようである。