スピリチュアル軍師・希   作:フリート

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その③

 さて、英玲奈とあんじゅが余計なお世話という名の悪だくみをする一方で、穂乃果と希も君臣水入らずの話をしていた。場所は穂乃果の実家、今日は二人でお泊り会なのである。穂乃果が売り物の饅頭を手慣れた様子で部屋へと持っていき、希がトイレに行くと見せかけて代金をレジに置き、というような阿吽の呼吸を見せて、もぐもぐしながら本題に入る。

 

「やはりA-RISEの勢いは強大であり、このままでは我らが勝者となることは難しいと言わざるを得ません。今からでも遅くはありません。多少なりでもよろしいので、A-RISEに対して裏工作を行い、その勢いを止める許可を頂きたく存じます」

 

 本題開口一番、希の外道っぷりが炸裂する。やはり、事ここに至っても端から正々堂々と戦うつもりなどなかったらしく、悪辣な策を日々模索していたようだった。このとんだ外道ぶりが希イズムであり、また孔明イズムなのはもう誰もが知るところ。

 

 余談だが、先日のツバサの件に関しては濡れ衣である。あれは、用が済んでさっさと帰りたくなっただけであり、後はツバサが勝手に自爆しただけなのが真相だ。

 

 希、極めて爽やかに口から汚水を垂れ流す。

 

「もう、だからダメだって言ってるでしょ。わたしはちゃんと真正面から向き合って、A-RISEの人達に勝ちたいの。何度も言ってるじゃん」

 

 だが、そんな希イズムは穂乃果の好みではない。つれない態度をとって、希を悶々とさせるのであった。が、ダメもとで言ったと言えばダメもとである。これで穂乃果が、よしやってみてよ、なんて言い出そうものなら、それはそれで正気を疑って、希イズムの矛先が穂乃果に向かう事だろう。

 

「希ちゃん、何か良いアイデアはないかな」

 

 穂乃果の魔性の一言。その何か良さそうなアイデアをつい数秒前に却下しておきながらのこの台詞は、世界広しといえども穂乃果にしか許されない。希のことだから、まだまだ凄いアイデアを隠し持っているに違いない、と穂乃果の瞳は期待で煌めくのであった。

 これが普通の人であれば、

 

「ふざけるな、あほのか。冗談は大概にしろ」

 

 と笑顔で、しかし目だけは笑わずに言い捨てるだろう。当たり前である。けれども、希は普通じゃないから普通の反応はしない。

 

「まあ、ない事もありませんが」

 

 希は莞爾として笑った。

 

「ほんと!? じゃあ、早速聞かせてよ!」

 

 絵本の読み聞かせを催促する幼児の様に詰め寄る穂乃果。

 だが、希はいつまでも黙っている。軍師たるもの、如何に主君であろうとも己の心の内を易々と見せないものです、なんて理由じゃないのは言うまでもない。あるにはあるけど、多分、いや、絶対、言っても却下されるのがオチだから言えないのだった。

 

 希の腹の中には星の数ほどの策が備わっているが、ほとんどが卑劣な策であり、たいていは誰かがかわいそうな目に遭うことになる。

 じゃあ策なんて持ってないのと一緒じゃないか、見栄を張らず素直にないと言えばいいだろう、と思うのだがそれはそれ。軍師としてのちんけなプライドがそれを許さないのだ。それに策はあるのだから(使えないだけで)、決して嘘は言っていないと軍師特有の屁理屈をこね回すのだった。

 

(肝心なところは話さずに、我が君の好きそうな言葉だけを並べてそれらしく言っておきましょうか)

 

 完全に思考が詐欺師のそれである。

 希が人の道を外れようとしたその時(とっくの昔に外れてる)、天がそんな事は許さないとばかりに人を寄越して来た。

 

「お姉ちゃん、ちょっといい?」

 

 礼儀正しくノックをしてから部屋へと入って来たのは、穂乃果の妹雪穂である。不治の病に罹患することもなく、すくすくと真面目に(面白味もなく)成長を続ける中学三年生だ。

 彼女は出番が少なく、だからあらかじめ言っておくが、別段これといった特殊な個性はない。姉の穂乃果に対して姉妹関係を超えた禁断の愛を抱いているとか、幼馴染のお姉さんである海未に激しく悪影響を受けて義の信者になってたりとか、同じく幼馴染のお姉さんのことりに社会の賢い生き抜き方を学んでいたりとか、そんなことは一切ない。普通に普通の中学三年生である。穂乃果の妹と言うよりは、ツバサの妹みたいな妹なのである。

 

「あっ、希さん、来てたんですね」

 

 希に対しても、度が超えて狂信的になってたりとか、過度な愛情を持っていたりとかはなく、お姉ちゃんの先輩で、頭の良く、時々勉強を見てくれる人、という普通の印象だ。

 雪穂は、希に対して軽く一礼する。

 

「こんにちは。今日は一日お世話になります」

 

「あっ、今日は泊まっていくんですね。でしたら、ちょっと勉強を見てほしいんですけど」

 

「よろしいですよ。こちらが落ち着き次第、お部屋に参上させて頂きます」

 

「お願いします」

 

 なんという普通の会話。ここは面白おかしく脚色に脚色を加え、さらに思うが儘創作を加えて、新たにそれらしいストーリーを書き上げたくなる程度には、普通の会話である。どうも出て来る登場人物、皆が皆特徴的なので、感覚が麻痺しているようだ。

 雪穂はつかつかと本棚に近寄ると、

 

「お姉ちゃん、この漫画借りていくね」

 

 三冊ほど本を抜き取って、早々と部屋を後にした。普通に礼儀正しいので、部屋を出る前に希に向かって頭を下げるのを忘れない。希もそれに返答して、雪穂を見送ると、

 

「我が君、良き妹君をお持ちですな。あれほどの器量良しの妹君がおられると、我が君もさぞ鼻高々とお見受け致します。将来が待ち遠しいです。私に息子がいるならば、是非とも、と言ったところ。ああ、臣の分際で弁えぬことを申しました。平にご容赦を」

 

 穂乃果は妹が褒められて嬉しいのと、希が自分以外に関心を向けるのが面白くないのと混ぜこぜになった、複雑そうな表情を見せる。

 

「うん、雪穂はすっごい良い子で、お母さんにもいつも褒められてるの」

 

 言外に自分は褒められてないと、泣きそうな顔の穂乃果に、

 

「下の者は、上の者を見習って真似をして成長していきます。雪穂殿を見れば、我が君がどれほどの人物なのかは推してはかることは容易です。私は、我が君を主君と仰ぎ奉ることが出来ている今の現状に、最大級の幸運を感じているところです。本当ですよ」

 

 希はフォローすることを忘れない。

 言っていることがちょっと小難しいけど、自分を慰めてくれているのだけは直感で理解した穂乃果は、希に向かって飛びつくのだった。

 この時、穂乃果はすっかり希に何か良いアイデアの話を聞くのを忘れている。詳しく話をするまでもなく、希の意識誘導が働いた結果であった。

 

 それから暫く部屋でじゃれついていると、外はすっかり暗くなっている。時計を見れば、高坂家の夕飯の時間帯だ。雪穂が呼びに来てくれたので、二人はじゃれつくのを止めて、食卓へと足を運ぶ。

 

「わーい、今日もご馳走だぁ!」

 

 食卓には、何かお祝い事でもあったのかと聞きたくなるような、豪勢な料理の数々。高坂母が腕を振るって作った自信作の数々である。希が高坂家に寝泊まりする時は、決まって、この入魂の夕食だ。一皿一皿に高坂母の魂が垣間見れるようであった。穂乃果は勿論、希も嬉しそうだ。

 

「今日は希ちゃんが来るから、私がんばっちゃったわ」

 

 実年齢より十五は若く見えそうな笑みで、高坂母はグッと拳を握った。

 

「遠慮なんてしないで、いっぱい食べてね」

 

「ありがとうございます。何を隠しましょう、本日はこれが楽しみでありまして、我が君と二人、今か今かとこの時間が来るのを待ちわびていたところです」

 

 高坂父も食卓に現れたことで、いよいよ食事タイムである。

 普段、食が細い希だが、今日はこの夕食の為に存分に腹を空かせていたのだ(先ほどの饅頭は別腹である)。半分に割れば、肉汁が溢れ出してくるハンバーグ、魚介類をたっぷりと使用したパスタ、お手製のドレッシングで美味しさ倍増のサラダ、満遍なく手をつけていく。

 

 希は食事をしていると、高坂母の視線を感じたので、目を合わせた。

 

「如何なされました?」

 

「いえね、希ちゃんとうちの穂乃果は一歳しか変わらないわけだけど、食事一つとっても全然違うと思ってね。それが面白くて、ついつい」

 

「ふぉえ?」

 

 希と高坂母の二人が穂乃果を見つめた。穂乃果はハンバーグをいっぱいに詰め込んで、ぷっくりと膨らんだ頬を二人に見せた。そうして大きく音を立てて飲み込んでから、再び、一口大とは言い難い、適当に大きく切られたハンバーグを口に入れて、また頬をぱんぱんに膨らませる。

 

 そんな穂乃果から目線を下の方にずらした希の視界には、規則正しく切り揃えられたハンバーグが皿に乗っかっている。高坂母、希は上品で穂乃果は下品とでも言いたいのだろうか。希は目元を緩ませて、

 

「我が君を見ていると、こちらまでどんどん食欲が湧き出てくるようです」

 

 と、すかさず言った。

 

「まあ、お上手」

 

 希の返しを聞いて、高坂母が声を上げて笑う。

 その後、食中食後の話題は、穂乃果の学校での様子が主であった。希があまりにも穂乃果を美化して言うものだから、高坂母、高坂父、雪穂、そして穂乃果ですら目を点にして話を聞いていた。特に穂乃果以外の三人は、一体何がどうなって穂乃果がここまで希に慕われているのか、不思議で仕方がない。今度じっくり聞いてみようと思っていた。

 

 この後、希は雪穂の勉強を見てやってから、穂乃果と二人で裸の付き合い。この二人なので、インモラルで桃色な展開は残念ながらなかった。精々が、希の胸の大きさに感動した穂乃果が、ツンツンしたぐらいである。風呂から上がれば、またじゃれつき合って、夜も更けてくると、同じ布団を被って寝るのであった。

 


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