スピリチュアル軍師・希   作:フリート

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その④

 にこは口を開かねば、まだランドセルを背負っていても違和感はないほど、愛くるしくマスコットのようにキュートなのは、異論を挟む余地のない評価である。さらに口を開けば、大家族の長女としての責任感が所々垣間見える、ギャップ萌えも兼ね備えており、老いも若きも彼女に夢中な人間は少なくはない。どの宇宙でもそうである。

 しかし見方を一歩ずらしてしまえば、隠し切れない問題点もまた浮上するのだった。彼女の見下ろさんばかりの小柄な見た目とは裏腹に、見上げて余りある巨大な自尊心がそれであった。宇宙ナンバーワンアイドルを恥ずかしげもなく自称しているのが証拠だ。

 鼻で笑ってやっても良いのだが、宇宙ナンバーワンは行き過ぎにしても、日本ナンバーワンぐらいにはなれそうだから、存外に馬鹿に出来ず、愛ある弄りぐらいで留める他はない。

 

 いつ頃からそうなのかは定かではなく、希や絵里に聞いても、いつの間にかそうだった、としか答えは返って来ないだろう。少なくとも、高校一年生の頃から怪しい言動があったようなので、多分、それ以前からの性格だと思われる。もしかしたら、中学二年生ぐらいから、と推測すると、色々と話が面倒でなくて済みそうだ。

 

 にこのギネス級の自尊心が発揮される場面は、この宇宙ではいくつも存在するが、取り上げて話をするのなら、ストーリー展開も兼ねてこれを選択するとしよう。ところは日本の首都、東京に位置する東京駅、合宿の当日なのだが、そこでの絵里の発言が、彼女の自尊心スイッチを深く押し込んだのだった。

 

「私達がμ'sとして九人で活動を始めて、もう結構長いと思うの。絆も深まってきたことだし、そろそろ距離を縮めても良いんじゃないかしら。具体的に言うと、先輩後輩の上下関係の垣根を取っ払いましょう、という提案なのだけど」

 

 皆仲良しこよしチカ、と満面お花畑のエリーチカである。

 ここでにこの目が光った。

 

「それはちょっとねぇ。親しき中にも礼儀ありって言うし、一応上下関係はしっかりしていないと、社会に出て困るわよ」

 

 瞬時に拒否態勢へとにこが入った。そもそも彼女は、現状ですら不満なのである。赤髪の小娘(真姫)の傲慢さは天にも届かんばかりであり、自分に対する敬愛が一切感じられない。希への態度と比較すれば、最早何を舌で語ろうものか。そこに来て絵里の頭お花畑理論が取り入れられようものなら、小娘の増長ぶりはエスカレート、止められる者が誰も居なくなってしまうのである。だから言う、嫌だ。

 

 とは言え、現在は現在で真姫以外の後輩達もにこに敬意を表しているかと言えば、別にそんなことはないわけである。花陽と凛は戦友であり、隣に並ぶ者として対等な関係を築いているから二人は別にしても、海未は元から敬語キャラなわけだし、穂乃果もことりも一応先輩だから敬語なだけで、その言葉に敬意なんて大層なものは込められていないのであった。

 

 だから絵里の提案を受け入れたところで、名前の呼び方と口調が変わるだけなのだが、にこはそれが気に入らないのだ。実際に敬意があるかどうかは別の問題で、取りあえず自分には敬語を使ってほしいようである。

 

 だがしかし、これはこれでにこの器の小ささを言外に露呈しているみたいだった。そうなってくると、やっぱり自尊心的にひび割れを起こしかねず、引くに引けず、攻めるに攻めれず、にっちもさっちもいかなくなってしまう。よく分からない悩みどころである。

 

 自分に出来ないのだったら、他人にやってもらうしかない。

 

「園田はどう思う?」

 

 お家柄的に、礼儀に厳しそうな海未へと狙いをつけた。

 

 お家柄と言えば、真姫も上流階級の出身であり、だから躾けはしっかりとされていそうだが、どうも真姫パパ、真姫ママはそういうところに関心は行ってなかったらしい。勉強や進路に関しては口を出すこと甚だしかったが。もしかしたら、真姫をブラックジャック的な医師に育て上げようとしていたのかもしれない。だったら、目上の人への礼儀は必要なく、西木野家の教育方針にも納得がいく。真姫が厳格(そうな)父とおっとりセレブリティな母を持ちながら、あんなにツンデレ的なのも、教育の賜物なのかもしれなかった。本人達に聞いてみないと分からないが。

 

 話を振られた海未が、う~んと考える素振りを見せてから言った。

 

「私は構いませんが」

 

 期待を裏切られたにこである。まあ、勝手に期待をしたのは彼女の方だから、海未には何の非もありはしないのだが。

 

「むむむ……」

 

 触角のようなツインテールを震わせて、にこが唸った。

 海未はこう見えても融通が利く人間なのである。中国では関羽、日本では謙信に匹敵する義の信者である彼女だが、二人と違って意外にも話せばわかるのであった。幼馴染みが穂乃果であったことが幸いしたのか、上手い具合になあなあぶりの影響を受けたので、柔軟な考えを持ち合わせているのだった。それでも現代人にしてみれば、もうちょっとほどほどにと言いたくなるような、始末に困るレベルではあるが。

 

「はい決まりね」

 

 腰に手を当ててポーズを決める絵里。

 勝手に決めるなと言いたいにこである。今思い起こせば、絵里も中々大概な女であった。仕切りたがるというのか、話を自分で推し進めようとすることが何回もあり、今回もまさにそれ。部長であるにこやリーダーである穂乃果に許可を取らずに勝手に進めることもあり、独断専行ぶりをこれでもかと披露しているのである。しかも希には相談している節があるのが、またにこの癇に触ってくるのだった。どいつもこいつも、あいつもそいつも問題だらけのμ'sなのであった。

 

「それじゃあ、穂乃果。呼んでみなさい」

 

「うん。えっと、絵里ちゃん」

 

「ハラショー! 絵里ちゃん、なんて良い響きなのかしら」

 

 恍惚とした表情の絵里は、他の五名にも催促を加えた。皆、遠慮なく元からそうであったかのように思い思いに絵里の名前を呼んで、彼女を喜ばせるのである。

 絵里の後はにこを呼んで、続いて希となったのだが、希だけはこう呼び捨てにしにくいところがあって、

 

「希さん」

 

 と、二年生の海未とことり、

 

「先生」

 

 と、一年生の三人は呼んだ。

 にこがそれを聞いて苦虫を嚙み潰したような顔になって、だったらわたしのこともさん付けで呼べ、と思いはしたものの口には出さなかった。

 希は羽扇を扇ぎながら、満足そうな様子である。

 

(今回の合宿の目的は、μ'sの仲を深めることである。先ずは一歩前進したというところで、流石です、絵里)

 

 ついでに言えば、にこが生み出した組織的上下関係(にこが部長であり、その下に穂乃果がいて、さらに下に希がいる的なあれ)も、今回のこれで自然消滅したわけである。元からあってなきようなものであり、希も途中から気にする必要がないことに気付いた組織構造の消滅は(最初からそこまで気にしてない?)、おまけで付いてくる携帯のストラップ的な、ついでの産物である。重要なのは、μ'sの皆が仲良しになること。

 

(μ'sの結束が高まれば、その力は二倍にも三倍にも高まる。A-RISEと正面切って張り合おうという我が君の考えは、正直に言って無謀という他はないが、しかしそうと決まっている以上は、やれることをやっていくしかありません。ラブライブ! までの時間もそうあるわけでもないですし、今回の合宿で諸々の決着をつけなくては)

 

 にこや花陽との和解、真姫と凛の関係再構築、もう少し時間があれば、それこそなあなあの内に済ませられる問題であったが、それらもきっちりと今回の合宿で清算をつける。

 希が何気なく時間を確認すると、そろそろ電車が来る時刻となっていた。

 

「我が君、そろそろお時間です」

 

 希は穂乃果に耳打ちをすると、穂乃果がそれを皆に知らせる。ワイワイと高校生らしくはしゃいでいたメンバー達は、慌てて駅の改札を通った。

 

「まだ、そんなに慌てる時間ではありませんが」

 

 希は爽やかに言い放つと、のんびりと後を追うのであった。

 


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