第二回ラブライブ! 開催の報が飛び交うや、真っ先にいきり立って勇躍したのはスクールアイドルオタクのにこや花陽ではなく絵里である。受験勉強など後回し、神が与えたもうたこの幸運を見逃す理由もなし、今こそA-RISE殲滅の兵を挙げるべし、というノリ。
賢い可愛いエリーチカは燃えている。
その溢れる熱意の赴くままに、昼休み、メンバー全員を部室に招集した。第一回目の大会が終わってから、初めて昼休みに部室に揃ったことになる。
少し前まではそれが当たり前だったのに、どことなく新鮮さを感じるメンバーだった。
「まさか、早々にこんな機会が訪れるとは夢にも思わなかったわ。前回は口惜しくもA-RISEにしてやられてしまったけど、今回はそうはいかない。必ず屈辱を晴らし、栄光の旗を音ノ木坂に掲げるのよ。各自、何かA-RISEを打倒する良い案はないかしら?」
部長とリーダーを差し置いて絵里は仕切る。穂乃果は元より、この頃はにこも何かと部長だからとマウント取ることはなくなったので、問題なく進行。
絵里の期待に満ちた視線は真っ先に希へと向けられたが、直後、隣の穂乃果に移動した。
希、まれに見て不機嫌そうである。四方八方誰それ問わず、メンバー入りだスクールアイドルをやってみないかと言われて辟易しているのだ。鬱屈とした感情は、希から爽やかな笑みを奪い取っていた。冷然とした眼差しは、シベリアの凍土を絵里の脳裏に想像させる。
触らぬ龍に祟りなし。思えば今日一日中希はずっとこんな感じだった。
「ほ、穂乃果は何か良い考えある?」
穂乃果はとぼけたように、
「えっ? 待ってよ。どうして出ることになってるの?」
と根本的なところを問うた。スクールアイドル活動はやっていて楽しいし、これからもなるべくなら続けていきたいけれど、大会に出るようなことになれば拘束時間が増える。穂乃果にしろ絵里にしろ、ここのメンバーは現在部活以外でごたごたやっており、部活に割ける時間というのは前ほどではない。ましてや大会の為に割く時間は皆無。
大会に出ることだけが全てじゃないよ。私達が一緒に輝いた日常の一ページ一ページ全てが、価値ある大切な宝物だよ、と言いたいのだろう、知らないけど。
ともかく穂乃果としては大会に出るつもりはないようだ。
「えっ? 出ないの?」
気勢をそがれた形の絵里が、賢くない表情を表に晒した。
「だって、皆忙しいでしょ。絵里ちゃんやにこちゃんは受験勉強があるし、わたしや海未ちゃんことりちゃんは生徒会があるし」
他の面子がどうかは知らないが、生徒会と部活を両方全力でこなし、両立出来るほど自分が器用じゃないことぐらいは理解している穂乃果である。引き受けた以上生徒会をおざなりには出来ないし、そちらに重きを寄せるのは当然だ。
そうでしょ、と同意を求める穂乃果に
「私は大丈夫よ」
と、にこが答えた。受験勉強ばかりだと気が滅入るし、何よりまたA-RISEとイベントを一緒できると言うのなら、やらない理由はない。
穂乃果がじっとりと嫌な目つきでにこを見る。穂乃果の記憶が確かならば、にこは遮二無二勉強に励んでいなくてはならない筈だ。大会などに出ている余裕はないと思うが。
「にこちゃんは大丈夫じゃないでしょ」
間髪入れず、凛の舌が滑らかに回った。
穂乃果の心を代弁した一言で、うんうんと首を縦に振る。
「うるさいわね。こんなまたとない機会をこのにこに―様が逃すわけにはいかないでしょ。とにかく私は出るわよ。全宇宙のにこにーファンが私の活躍を待っているのだから」
ここから陣営が分かれる。大会に出場するか否か。絵里、にこ、花陽、海未、真姫が出場する派で、穂乃果、ことりが出場しない派である。どっちつかずが凛。希はそんな彼女達を冷めた目で見つめていた。
多数決の原理から見て明らかに劣勢なのは出場しない派だった。しかし、一枚岩の大切さを嫌というほど理解しているμ'sは、少数派にも優しいグループなのである。
その所為か議論は紛糾、小田原評定化することも珍しくない。そうして最終的に天下の大先生臥竜希の御意見を伺い決定するのである。今回もそうなったのだが、
「さあ、そんなことは私の知ったことではありませんね。私は一臣下であり、一部員として、我が君、部長の御裁断に従う所存です」
と不機嫌丸出しにつれなく言った。
その我が君と部長の意見が分かれているからどうするんだと訊いているのだが、希は羽扇で隠しながら欠伸を一つ、でも瞳に竜の涙が浮かんで隠しきれていない。
あんまりな態度にとうとう絵里がぷりぷりしだした。
「何よ、私達が貴女に何をしたって言うの? もう、希は出るの? 出ないの?」
と、訊ねると、
「私は舞台に出ることはないので貴女方が決めて頂きたいのですが、まあ、これ以上議論を続けても答えは一向に出ないものと存じます。でしたら如何でしょう、出たい者だけが出れば良いのでは? 別に部に所属するもの全員が出なくてはならない法でもあるまいし、これがお互い納得する道かと思います」
と、投げやりにとんでもないことを言い出すのだった。蜀の大丞相の名が泣くぞ、希。しかし極めて日本人らしい答えではあり、希もすっかり日本の事なかれどっちつかずの思想に影響を受けているようである。日本もそれこそ昔は、何かあれば(別に何もなくとも気分で)直ぐに刀や弓を振り回していたのに、時代を経て変わるのは人だけではないということか。
絵里はムッとして白い眼を向けたのだが、この中で花陽だけが希の気持ちを痛いほど理解している。
なにせ来る日も来る日も、
「先生! どうかμ'sのメンバーとしてお立ちあがり下さい!」
「天下は先生が目覚めるのを待っているのです!」
「わたくしも、東條先輩が踊る姿を見てみたいですわ」
「ねえ、希、貴女も一緒に踊ろうチカ」
洗脳せんばかりに言われ続ければうんざり、全てのことに嫌気がさしても仕方がない。
絶賛同じ境遇に陥っている花陽だから分かる。花陽もストレスで白米摂取量が大幅に増加して、体重計への負担を増やしているところだった。
流石と言うべきなのか、穂乃果と凛は一言もそんな話は出さない。抜けているようであっても、他者をよくよく理解している二人である。希にしろ花陽にしろ、二人が言ってこないことは砂漠で偶然見つけたオアシスのような拠り所である。
わざわざ文にする必要はないと思うが、希も花陽もスクールアイドルをやりたくはない。やりたいのであれば最初からマネージャーなぞしてはいない。だが二人はのっぴきならない状況が刻一刻と迫っている事実を把握している。天下が二人の我儘を許さない。
結局やらなくてはならないのだ。今は意固地に拒絶し続ける希と花陽だが、近い将来に掌を高速回転させスクールアイドル東條希、小泉花陽を爆誕させなければならない。
つまるところ希が不機嫌なのは、
(まさか私としたことが不覚を取るとは。このような状況になるのをみすみす見逃したばかりか、何の対策一つも取れないなどと。返す返す生涯の不覚! 絵里や真姫も私の心の内を知っておきながら、簡単に物を言う)
やらざるを得ない状況に追い込まれるまで何も手を打てなかった(と言うか打たなかった)己の不甲斐なさ、自分がやりたくないのを知っているくせに誘いをかけて来る周囲への憤りに他ならない。
ここまでメンバー入りを望む声が大きくなれば、拒否した際の落胆はいかばかりか想像を絶するものとなろう。それがゆくゆくはμ'sへの非難へと繋がるのは自明の理であり、そうなってしまえば今までのμ'sの全てが木端微塵となり雲散霧消してしまう。
音ノ木坂学院の存続は、μ'sの存在によって成立していると言っても過言ではなく、μ'sの名声はそのまま音ノ木坂の名声、スクールアイドルは学校の顔、という文句を体現しているのであり、両者は一蓮托生なのである。
(最早、時既に遅し。時期を遅らせる以外に道はない)
まだ初期の初期段階であればどうにでも出来た。別にまた衝撃的な話を流して人々の関心を分散し、有耶無耶にしてしまおうという策だ。今となってはそんな策を実行に移したところで、ふ~ん、それより東條希と小泉花陽のメンバー入りだよ、となるのがオチ。
自分が何の手も打てないのは癪に障る。それが表情となって今の希だ。
だが、このまま終わらせはしない。
(今回は負けを認めましょう。勝敗は兵家の常、一度や二度の敗北など痛くも痒くもありません。ですが、私にも好き嫌いはあります。気に入る負け方と気に入らない負け方があるのですよ)
流石は劉備に付き従い荊州中を逃げ惑い、蜀の丞相として五度の北伐を負け続けただけはある。連戦連敗、歴戦の敗北者は負け方にも美学というものを見出しているらしかった。確かに上手く勝つよりも上手く負ける事の方が遙かに難しく、腕の見せどころである。
俄かに闘志を燃やし出す希、その胸中にはいかなる策(悪だくみ)があるのか、良い負け方と悪い負け方ってどんな負け方なのだろうか、今のところは分からない。
ただ一つだけ言えるのは、希の様子の変化に目敏く気付いた花陽の夢に満ち満ちた瞳が、近いうちに舞台の上で現実の残酷さを宿すことになるということである。既に負ける気満々の希に期待するだけ無駄だから、自分で方策を立てた方が賢明だぞ、花陽、というところ。