穂乃果が決断を下したことによって、スクールアイドルをやることになった。とは言うものの、希は歌ったり、踊ったりなんてことはやらない。彼女は、裏方の仕事を担当することになり、マネージャーと言うのが正しいであろうか。敢えて言うなら軍師である。そうなると、歌って踊るアイドルをやる彼女達は、将軍ということになるのであろうか。この場合、兵卒は応援してくれるファンということになる。
まあなんにしても、やることになった以上はスクールアイドルの事を詳しく知らなくてはならない。希はそう思った時、にこの顔が脳裏をよぎった。アイドルのこととなれば、にこを置いて他に並ぶ人間はいない。話を聞くべく、希はアイドル研究部の部室を訪れた。
「その辺に適当に座ってて」
部室に入ると、にこは懸命にパソコンの画面を目で追っていた。言われた通り、適当な椅子に腰を下ろす希。出入り口から一番近い椅子である。
「にこ、少々お訊ねしたい事があるのですが」
「今良いところだから」
ちょっと待って、と言って、にこは画面から目を離さない。
事前の連絡もなく急に訪れたのはこちらなので、当然、終わるまで待つ。にこは画面を見ながら、時折、ノートにメモを取ったり、そのノートと画面を読み比べたりしていた。十五分ほど待てば、にこの用事は終わった。
「悪かったわね。これでも一応部長としてやる事は沢山あるのよ」
にこは、ホクホクといい笑顔を浮かべて、希の方に振り返る。
何をしていたのか、など特に聞くこともなく、希が話を切り出した。
「にこにスクールアイドルの事でお訊ねしたく――その様子ではご存知のようですね」
「当たり前じゃない。嬉しそうなエリーから聞かされたわよ」
絵里はアイドル研究部の部員である。ここのところ、希と話をする機会がなかったにこだが――希はずっと穂乃果と一緒に居たので――絵里とは変わらず話をしていた。この前、スクールアイドルを穂乃果達とやることになったと報告されたのだ。
にこも一緒にやろうと言われたが、丁重にお断りしておいた。今でもスクールアイドルをやりたいかと聞かれればやりたいと即答するが、穂乃果達とやりたいかと言うと、う~ん。
穂乃果達はあくまで廃校を阻止するのが目的であって、目的が達成されようがされまいが、その時点でスクールアイドルを止めてしまうかもしれないのだ。絵里は続けてくれるだろうが、海未はそもそも反対派だし、穂乃果とことりはやってみようかなぁぐらいでしかない。嫌な未来への展開がありありと脳裏に浮かぶのである。
「でしたら是非お話を」
「話だったらいくらでもしてあげるわよ。で、A-RISEを倒すんだって?」
絵里がそんな事を言って来た時には、
「甘いッ!」
と、一喝してやった。A-RISEはスクールアイドルの代名詞ともなるほどの、超人気スクールアイドルグループである。倒すという事は意訳すれば、A-RISEよりも人気者になるという意味に相違ない。身の程知らず、片腹痛しとはこの事である。蟻が象に噛みつくが如き蛮勇、血迷って乱心してるとしか思えない、このポンコツハラショー女、これでもかと心の中で罵倒した。無論、声にも顔にも出してない。
それでなくとも、にこはA-RISEの熱烈なファンなのだ。ファン心理からしても、絵里の戯言は万死に値する重罪なのである。
希もA-RISEの勢いを正面から受け止めるのは難しいと考えていたから、謀略の方で策を練っていたのだろう。今でも、別の方法が可能なら、と模索中らしい。
ただ、希の謀略が成功してしまっていたあかつきには、にこは希に絶縁状を叩きつけていただろう。それから天誅を下したに違いない。
それはそれとして、A-RISEを倒す云々はその辺りに置いておくとしても、期限付きでの廃校阻止の為、短い時間で注目を集めるにはやるべき事が沢山ある。
「見た目に関しては及第点よね。エリーにしても、あの三人にしても、容姿は人より優れてるもの。スクールアイドルは誰でもやれるって言っても、やっぱり見た目は肝心よね。キャラは、素でウケれば良いんだけど、難しいなら作るしかないわ」
にことしては、キャラ作りはきちんとしておけと言いたい。アイドルは人々を楽しませ、笑顔にする事が仕事なのである。人が求めるキャラクターを演じることは、人を笑顔にすることに繋がるのだ。ただ、やり過ぎると批判を受けるので、そこの見極めは重要だ。
「それから、衣装よ。衣装だけでガラリと印象が変わるんだから、制服でやると言うのは論外。それとそれと、他のスクールアイドルと区別をつけたいなら、オリジナルの楽曲は外せないわ。そうよ、貴女、歌詞とか書けれそうじゃない。書けば?」
「いえ、私は漢詩にはいささかの自信がありますが、アイドルの歌のような歌詞はやった事がなく、自信がありません」
そして、希はアイドルの歌うような曲を作ることも出来ない。衣装づくりにしても厳しいものがある。絵里たちの中に、これらが出来るような人はいるのだろうか。
一先ず、やらなくてはならないものが見えて来た。早急に、人材を集める必要がある。
「ああ、ダンスの振り付けはエリーに任せておいて良いんじゃない?」
にこ曰く、絵里の踊りの腕前は天下一品らしい。アライズにも劣らないと言っていた彼女の踊りに対する自信は、大言壮語ではなかったようだ。
希は最後の助言を含めて、有用な情報を教えてくれたにこに礼を述べると、その足で穂乃果の下へと向かった。二年生の穂乃果達の教室で丁度よく四人集まっていたので、早速、スクールアイドルで廃校阻止をするにあたって、必要な技能を持っていないか訊ねた。
「衣装なら任せて下さい。ことり、前から興味あったんだ」
両手で握りこぶし、勇ましい言葉を吐いたのはことりだった。普段は穂乃果と海未の影に隠れて、二人を補佐するような事が多いことりだが、確固たる意志を持ち合わせているようだ。特に異論も出ず、衣装係はことりに決まった。
続いて、歌詞。
「海未ちゃんで良いんじゃない。海未ちゃん書けるでしょ? だって、中学生の頃……」
途中で言葉を途切れさせた穂乃果。何かに気付いてしまったらしく、ぶるぶると身を震わせている。
「はあ、はあ、はあ、穂乃果? 中学生の頃、何ですか?」
見ればあからさまに海未の様子がおかしい。ただならぬと言うか、何かに憑かれたような不穏な気を発し、穂乃果を睨みつけている。この時の海未の胸中は、
(うふふ、余計な事を喋ってみなさい、穂乃果。その瞬間には、貴女の心の臓はこの私に撃ち抜かれる事となりますよ)
実の親友に対して禍々しいまでの殺意である。
今まさに敵将の首を挙げて手柄を示さんとする、緊迫感ある武士のような海未の殺意は、当然の事ながら周りにも伝播しており、ことりはニコニコ(意外と神経が図太い)、絵里はハラショー(意外と神経が繊細)と恐れ慄いている。
希も目を見開き、
(う~む。雲長殿、翼徳殿にも劣らぬ闘気)
と、自身の知る豪傑達と比較し驚嘆していた。
穂乃果は未だ震える身体で、海未を見据える。恐い。恐いけど、この高坂穂乃果の辞書に自重という二文字と、後退という二文字はない。常に前進、障害物は避けずに破壊する、女一匹、高坂穂乃果の覚悟を見よ、と腹をくくった。開き直ったとも言う。
「ちゅ、中学生の頃、ポ、ポ、ポエムやってたよね? そんな海未ちゃんなら、歌詞も書けたりするんじゃないかな、なんて、えへへ」
海未の瞳が怪しく光った。
ひえっと情けなく悲鳴を上げて腰を抜かす穂乃果。
ハラショーとやはり悲鳴を上げる絵里。
このままでは主君が危ないと、穂乃果を守ろうとする希。
そして、
「海未ちゃん」
ことりは、アイスクリームのようなねっとり甘い声音で、海未の名を呼んだ。
そこではっとして、海未は正気を取り戻した。すかさずことりは、自分の胸元を掴んで、畳みかける。
「おねがぁい(歌詞書いて)」
すると海未、まるで洗脳でもされたように先ほどとはまるで打って変わって、
「承知しました。この私にお任せください」
と、歌詞を書くことを承諾した。これで歌詞の係も円満に決まったのである。ついでに、穂乃果に海未からのお咎めはなかった。
「振り付けは勿論私ね」
恐慌状態から冷静を取り戻した絵里が胸を張った。これに関しても、特に意見などある筈もなく、とんとん拍子に振り付けは絵里の担当になった。
そうして残るは作曲の担当だが、これは誰一人として素養がない。仕方がないと言うか、寧ろ衣装と歌詞をやれる人が揃っていたのは幸いである。
「人を探しましょう」
今日はこれで解散という事になり、以後、穂乃果達が体力づくりや基礎練習、またことりが衣装を考えたり、海未が歌詞を考えたりしている間、希が作曲出来そうな人を探す事になった。