GANTZ:S   作:かいな

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一番
ある事故


 ──さて。このノートを見ているという事は、君には死んだ記憶が有る筈だ。

 ──馬鹿らしいとか、ふざけるな家に帰せ! とかとか。もしかしたら君は思うかもしれない。

 ──けど一度だけ。そう、一度だけで良いからこのノートの事を信じて欲しいんだ。

 ──君が生きて帰る為に。

 

「……」

 

 ぺらり、ぺらりと、誰かが残したノートをめくる。

 

 ──さて。もし君がこの部屋に来た最後の人間なら、音楽が流れてくる。

 ──違うのであれば……ともかく、しばらくしたら音楽が流れる筈だ。

 ──可能であれば、すぐにでも『ガンツ』から出てきたスーツに着替えて欲しい。

 ──『ガンツ』というのはその部屋の中央にあるブラックボールの事さ。そこからあだ名が書かれたスーツケースが出てくる。

 ──思い当たる節があるあだ名が書かれてるから、それに着替えてね。

 

『あーたーらしーいあーさがきた』

 

「……」

 

 ぺらりぺらりと、ノートをめくる。

 ノートの通りに『ガンツ』から音楽が流れてきたと言うのに、男は一切気にも留めずにページをめくる。

 

 ──そうそう! とても大事な事なんだけど、これから『ガンツ』に化け物みたいな奴が映し出されると思う。

 ──君はこれからそいつを殺しに行く。

 

『こいつをたおしにいってくだちぃ』

 

 ──凄く危険だけど、そいつを殺せばここに戻って来られる。家に帰れる。

 

「……」

 

 ぺらりぺらりとページをめくりながら、黒々とした『ガンツ』の表面に映し出された写真を一瞥し、男は立ち上がる。

 

かいぶつ星人

特徴

・つよい

好きなもの

・ひと

 

 ──そうだ。もう着替えられたかな? そろそろ転送が始まる。

 ──もし着替えられなかったら、最悪スーツを持って向こうに行って向こうで着替えるんだ。

 ──そして『ガンツ』からおもちゃみたいな武器が出てくるから、それをできる限り持ってほしい。

 ──余裕があれば……そうだな。奥の方に部屋が有るだろ? そこにデカい銃が置いてあれば、それも是非持って行って欲しい。とても役に立つから。

 

 そして奥の部屋に消えたかと思うと、片手に巨大な銃を持ち、太股のホルスターに剣の柄のようなモノを差し込んで出てきた。

 そして『ガンツ』から出てきた武器の中からアサルトライフルの様な銃を手に、銃口が三つに分かれたハンドガンの様な銃を空いている方のホルスターに差し込み、座り込む。

 

 ──もし景色が変わっても絶対に帰ってはいけない。今度こそ本当に死んでしまうから。

 ──帰る方法はただ一つ。スーツの腕に付いてあるコントロールの赤い点を全部消すんだ。

 ──勘のいい君はもう気付いてるね。その赤い点がさっきの化物だ。

 

「……」

 

 そうしてまた、ぺらりぺらりと、自分の命の恩人の言葉を噛み締める様にノートをめくった。

 

 ──さて。取り敢えず現場に着いたら、銃を色々と弄って見よう! 

 ──でも絶対に『仲間』には向けちゃいけないからね。

 

 ジジジ……という音が響く。男の頭から細い線が伸び、頭が徐々に消えていった。まるでこの世のものとは思えない様な光景……しかし男は気にも留めずノートの一ページ目まで戻った。

 

 ──では……グッドラック! 

 

 一ページ目が、そこで終わった。

 

 ◇

 

「なんで……何でノイズが!?」

 

 私はみっともなく喘ぎながら街中を駆けていた。

 

『──』

 

 鳴き声の様な物を発しながら私の背中を追いかけてくるのは、ノイズと呼ばれる化物。

 彼らに触れられただけで……私達人間は一瞬の内に炭にされ殺されてしまう。

 

「お姉ちゃん……」

 

「はっ、はっ……! 大丈夫だからね、お姉ちゃんが付いてるから……!」

 

 ノイズが現れる確率は、一生の内に通り魔に襲われる確率と同じか……それよりも低いとされている。

 つまり日常生活においてほぼほぼノイズの事など考えなくてもいい……筈なのに。

 

「なんで……なんでぇ……!?」

 

 私が人の残滓を見つけたのは、もう日が暮れようという時間帯のコンビニ。

 聞こえてきた悲鳴を辿ると、そこには迷子の少女が居た。

 だから……女の子と一緒に、シェルターに逃げる筈だったのに。

 ──ノイズに見つかってしまった。

 

「……あぁ」

 

 逃げる。逃げ続ける。振り返れば……あくまでも無機質に私を追いかけるノイズの姿。

 脳裏に浮かんだのは強烈な死のイメージ。

 死んじゃう。死ぬ。

 

 そして私は──。

 

「……へ?」

 

 どことも知れない部屋にたどりついていた。

 

 ◇

 

「……何……ここ……どこ……? って、あの子は!?」

 

 何が起こったのか分からない。けれど、どこかのマンションの一室を見渡して見ても、あの子が見つかる事は無かった。

 

「ど、どうしよう……もしかしてあの子、ノイズに……!?」

 

 混乱する頭でどうにか状況を把握しようとするけれど、それが実を結ぶことは無かった。

 ……いや、そもそも私……。

 

「……うっ」

 

 ノイズに殺されかけた瞬間を思い出し、少し吐きそうになった。

 どうにか堪えつつ、取り敢えず辺りを見渡す。

 

「……何、あの黒い玉?」

 

 そして部屋を見渡してみると……部屋の奥の方に黒い球が、これ見よがしに鎮座していた。

 

「……」

 

 取り敢えずその黒いたまに近寄って調べようとしてみたものの、黒い玉には繋ぎ目一つ無く、触って見てもひんやりとするだけだった。

 

「……? ノート……?」

 

 と、黒い玉を見ていたら、その裏の方に使い古されたノートが転がっていた。

 

「えーっと……『ブラック──』……うんー?」

 

 何かの手掛かりになるかもと思いノートを手に取って見た。けれど表紙は霞んでいてよく見えない。

 中を開いて見てみようと思った。

 その時だった。

 

「──え? えぇ!? 何!? ビ、ビーム!?」

 

 あれ程沈黙していた黒い玉から、謎の細い光が放たれた。

 ジジジ、という異音と共に放たれた光は、私のお腹の辺りにあたる。

 

「ひぃ!?」

 

 私は手にもっていたノートを放り出し、その光から逃げた。

 細長い光は……何かを映し出していた。

 

「……え?」

 

 最初は、X線検査とかで見れる人の断面図みたいで、それが徐々に上から下に伸びていった。

 光は誰かを生み出していた。

 

「な、何!? 誰!?」

 

 どう言う事? もう何が何やら分からない。

 光が生み出した謎の男の人は私の声にびくりとしたかと思うと、こちらに振り返った。

 

「……誰お前。……え? 新人……?」

 

「……ひっ」

 

 私は、普通に喋りだした男の人の異様な迫力に気圧されて……小さく悲鳴を上げる事しか出来なかった。

 男の人はとてもラフな格好をしていた。上にパーカー、下にジャージを着て、その下に黒いインナーが見える。ともすればどこにでもいそうな青年だった。

 けれどとても、とても冷たい目をしていた。今まで生きてきて、こんなに冷たい目を見た事は無いくらいに。

 殺されてしまう。本能がそう直感した。

 

 男の人は私を一瞥したかと思うと、小さく舌打ちしてこちらに詰め寄った──。

 

「ひっ、や、やめっ」

 

「おいガンツ! どう言う事だッ!? 今までずっと俺一人だッただろッ! 今更いらねーッつの!」

 

「ぇ……?」

 

 ──かと思ったら、私ではなく黒い玉の方を怒鳴りつけていた。

 当然というか、あの黒い玉は何の反応もしなかった。

 

「……おい…………マジか……。本当に来るンだな……新人ッて……」

 

「……」

 

「あー……クソッ、これも……俺がやンのか? めんどくせ……」

 

 そしてまた私をちらりと見たかと思うと、深くため息を吐いて面倒臭そうに息をついた。

 今までのどこか超常めいた存在感は消え、至って普通のお兄さんの様になっていた。

 

「あ、あの──」

 

 だから私は、勇気を振り絞って声を掛けようとして。

 

「……そうだな。お前、取り敢えず服脱げ」

 

「──へ?」

 

 お兄さんからかけられた言葉に深く絶望した。

 

 ◇

 

「何? 聞こえなかったか? 服を脱げッて言ッてンの」

 

「え、あの……」

 

 少女……立花響の表情は凍り付いた。

 自身が今、置かれた状況を彼女なりに理解したからだ。

 

「……ぬ、脱がなきゃ……ど、どうなるんですか?」

 

「さあ。俺が知った事じゃないが……ま、碌な事にはならないだろうな」

 

「っ……」

 

 青年……と言った程の年の男が、努めて平静な態度な事も相まって、彼女の恐怖も更に加速していった。

 そして、彼女の不安を煽るように……黒い玉から音が流れてきた。

 

『あーたーらしーいあーさがきた』

 

「ひっ」

 

 状況に似つかない明るい曲に、彼女の混乱は加速していく。

 

「……なに? 俺の言う事聞けないの?」

 

「え、ち、違います!? ちょ、ちょっとまって──」

 

「あー、じゃあ良いよ」

 

 そう言って男は、どこからともなく取り出した棒を、彼女に向けた。

 そして風が凪いだかと思うと……ぱらぱらと立花の髪が落ちていった。何が起こったのか理解できない立花の頬に、じんわりとした温かさが広がっていく。

 それは徐々に痛みとなり、彼女の血がダラダラと頬から首に滴り落ちていった。

 

 ようやく、彼女は自分の頬がぱっくりと斬り裂かれたことを理解した。

 そして……目の前の男の危険性も。

 

「脱げ」

 

「……はぃ」

 

 小さく、消え入りそうな声で彼女は返事をして、服を脱ぎ始めた。

 

「はぁ……ガンツ。今日は何狩るんだ」

 

 立花が服を脱ぎ始めたことで何かを満足したのか、男は立花から目を離し、黒い玉の方を向いた。

 黒い玉……男がガンツと呼んでいるそれは、男の呼びかけに答えるかのように音声を発した。

 

『お前たちの命はなくなりました』

 

『それをどう使おうと私の勝手』

 

『という理屈なわけだす』

 

「ガンツ。その件いらねぇって言わなかったか? 端折れやボケ」

 

 ガンツに文句を垂れながら、足でげしげしと蹴りつけ、唾を吐きつける男。

 その後ろで、立花はびくびくしながら服を脱ぎ終わった。

 

「あの……脱ぎ……まし、た……」

 

「あっそ。服そこに置いとけ」

 

「……はい」

 

 男は裸になった立花を一瞥すると、興味なさげにガンツの方に向き直った。

 

「おい、早く教えろガンツ。今日は何だ」

 

 男がせかすように言うと、ガンツがそれに倣う様に何かを表示し始めた。

 

『こいつをたおしにいってくだちぃ』

 

ノイズ

特徴

・道具

好きなもの

・ない

 

「おい……またノイズミッションかよ……昨日もだぞ……最近多すぎだッつの」

 

「……ノイズ?」

 

 男が面倒臭そうに呟いた言葉は、立花にとって見過ごせる言葉では無かった。

 

「ノイズって……あのノイズですか!?」

 

「お前……急に大声出すなよ。うるせぇ」

 

「あ……す、すいません……」

 

 若干キレ気味に返され、立花は怯え切った様子でおずおずと黙り込んだ。

 けれど立花は勇気を出し、自身の体を腕で隠しつつ男に尋ねる。

 

「あの……それで、私はどうすれば……」

 

「ああ。そろそろ武器が出てくる」

 

「ぶ、武器……?」

 

 男の物騒な言葉に呼応するかのように、ガンツが開(・)い(・)た(・)。

 

「わあっ!?」

 

 先程まで繋ぎ目一つ無いまん丸の黒い玉が開き、中からおもちゃのような銃が出てきた。

 男は立花の声には一切反応せず、淡々とガンツから武器を取り出していった。

 

「こいつで良いか。後はスーツ……」

 

「……」

 

 今までの傾向から黙って男の行動を見ていた立花であったが、いきなり男が銃を投げ渡してきた。

 

「わ、わぁっ!? な、何ですか!?」

 

「そいつはYガン。初心者なら取り敢えずそんなもんだろ。後──」

 

 立花が渡された物を見てる間に、男はガンツの裏に回り込むとそこから何かスーツケースの様な物を取り出した。

 そこそこ大きいサイズのそれを抱えながら、ずんずんと裸の立花に近づいていった。

 

「っ……」

 

 当然立花は身体をよじり、色んな所を隠そうとする。

 現状から考えて、どう見ても裸にされた立花のその行動はあまり意味のない、ささやかな抵抗だった。

 

「これを着ろ」

 

「へ……?」

 

 しかし男は立花の裸を見ても眉一つ変える事なく、触れる事もなく。淡々と彼女に持っていたスーツケースを渡した。

 当然困惑したのは立花だった。

 

(……ひ、酷い事しないの……? いや、これを着ろって事は……も、もしかしてそう言う趣味!?)

 

 中に一体どのような服が入っているのか知る由もないが、しかし碌なものでは無いと、立花は直感した。

 

「良いか。それを着たら──」

 

 状況の変化に追いつけないままでいると、またジジジ、という音が聞こえてきた。

 それも自身の頭の上から。

 

「──!? おいガンツ! てめぇ早いっつの! おい!」

 

「へ? あの……え?」

 

「クソ……おい新人! 向(・)こ(・)う(・)についても帰ろうとかすんじゃねぇぞ! 死にたくなけりゃその場を動くんじゃねぇ!」

 

 訳の分からぬまま、立花の頭のてっぺんが風を感じ取る。

 そしてそのまま──。

 

「え、ええええ!?」

 

 立花は裸のまま、先程まで居た筈のコンビニのすぐ近くに転(・)送(・)された。

 

 ◇

 

「こ、ここって……」

 

 訳も判らぬままあの人の言う事を聞いていたら、何故かコンビニのすぐそばにいた。

 な、何を言っているのか分からない。自分でも全然わからない! 

 

「って、や、やばい……! 私今、はだか!」

 

 思わずコンビニの脇の路地裏に体を滑り込ませ、座り込む。

 そして、手を着いた先で何かに触れた。

 

「……これっ、て……」

 

 それは黒い炭。中途半端に人の形を残していたそれを見て、その炭の正体に気付いてしまう。

 

「……うっ」

 

 気付けば、私はお腹の中身を吐き出していた。

 

「う、うぅっ……」

 

 胃液を拭いながら、涙がぽろぽろ目からあふれ出る。

 もう、本当に何が起こってるの? 

 訳が分からない。もう家に帰りたい。

 

「……未来」

 

 胃液と一緒に零れ出てきたのは一番の親友の名前。

 未来、どうしてるかな……ちゃんとシェルターに逃げれてるかな……。

 

「……」

 

 未来の事を考えていたら、どんどん心配事が増えていく。

 私が手を引いていた女の子は大丈夫かな。ちゃんと逃げれたかな。

 あの男の人にまた捕まったらどうなっちゃうの。

 ノイズが近くに居るかもしれない。

 

 などなど。幾つもの不安が脳裏をよぎり、それは一つの結論に至った。

 

「……逃げなきゃ」

 

 少なくともここから離れなきゃダメだ。

 その為にも……。

 

「着なきゃ、だよね」

 

 私は脇に置いておいたスーツケースを見た。

 あの男の人に渡された時は気が動転してよく見ていなかったけど、よくよく見てみるとこのスーツケース、何か書かれている。

 

『ビッキー(笑)』

 

「……」

 

 これは……私の事? 

 小馬鹿にされてる感が凄い。

 釈然としない思いを抱きつつも、スーツケースの蓋を開ける。

 

「……うわ」

 

 中にあったのはどこかラバー風のタイトな黒いスーツ。一気に気持ちの悪さが増してきた。

 あの男の人……こ、こんな物私に着せようと!? 

 

「うぅ……」

 

 でもしょうがないからこれを着るしかない。

 他に着れそうな物は無いのだから。でもこれ未来には絶対に見せられない格好だ……。

 

「うわ……なんでサイズぴったりなの」

 

 着てみると、そのスーツはビックリするほど私にぴったりだった。

 オーダーメイドで作られたのかと言うほどに。腰回りとかはむしろ少しキツイくらい。

 あれ? と言うか……胸とかも……あの男の人が測ったの? 

 

「〜〜!!」

 

 そう言う事は今は考えない方が良いかもしれない。

 ともかく、これで移動できる。

 

「……よし! 人はいない──」

 

「わぁぁァあぁぁあああ!!」

 

「!?」

 

 悲鳴!? 思わず声が聞こえてきた方向に目を向けると……そこにノイズの姿を見た。

 

「ひっ」

 

 反射的に体を路地裏に隠し、覗き見る様にノイズの動向を見る。

 その動きは意思のないノイズにしてはどこか意図的で……先の悲鳴と併せて、ノイズが何を意味しているのか、私は分かってしまった。

 

「……誰か……追われてる!?」

 

 真っ先に思い浮かんだのは私と一緒に逃げていた少女の顔。

 

「……」

 

 もしかしたらあの子がまだこの辺りに居るのかもしれない。

 だとしたら助けないと! 

 

「……大丈夫……大丈夫……」

 

 自分に言い聞かせる様に言葉を発し、大通りへと姿を晒す。

 一応、あの男の人に渡された……おもちゃみたいな武器? も持って走り出す。

 

「はっ、はっ……あれっ!?」

 

 走り出して直ぐに違和感に気付く。

 異様に走る速度が速い。さっきまでノイズから逃げる為に走っていたから、余計にその差を感じる。

 速い。速い。速すぎる。一瞬でノイズの後ろ姿に追いついた。

 と言うか、これは──。

 

「と、止まれないぃ──!?」

 

 ノイズに衝突する! 死んじゃう!? 

 そうして緊急回避の為に横に跳ねると、今度はそれも異常な跳躍力を生み出しそして──。

 

「ぐげっ!」

 

 カエルが潰れた様な声と共に電柱に激突した。

 

「いたた……あれ? 痛くない……?」

 

『──』

 

「っ、ノイズ! あの、速く逃げて!」

 

「ひ、ひぃっ!?」

 

 言うが速いか、ノイズに追われていた壮年の男性は情けない声を上げながら逃げ出して行った。

 あの女の子じゃなかった。けどあの人が死ななくてよかっ──。

 

『──』

 

「っ──」

 

 と、安心してもいられない。

 ノイズは標的をあの男の人から私へと移し替えたみたいだ。

 

 ……思ったけど、これって非常にまずい状況だ。

 

「……私、呪われてるかも」

 

 でも愚痴ってばかりもいられない。

 とにかく、このノイズを人気のない場所まで。

 今私ができる事を考えていた、その時だった。

 

「──え?」

 

 ババンッと言う破裂音と共に……ノイズが破裂し消滅した。

 

 ◇

 

 立花を囲うように展開していたノイズであったが、その最後は無残な物だった。

 そのあまりに唐突な展開に立花も呆けていた。

 

「スーツを着ているとはいえ……ノイズの群れに臆せず突ッ込むとはな」

 

「っ、ひっ!?」

 

「んなビビんなよ鬱陶しい。肝の太いやつだと思ったらこれだもんな。訳わかんねぇ」

 

 その立花の背後に、いつのまにか部屋の男が姿を現していた。

 手には立花に渡した武器とはまた別の武器が握られている。

 

「おいガキ」

 

「……っ」

 

 そしてまた、立花に冷たい視線を向けたかと思うと彼女の手を取った。

 何をと思う立花だったが、男は彼女の視線を気にもせずに手首をじろじろと見たかと思うと、ふんと息を吐いた。

 

「……? あの、何を──」

 

「……何か臭いぞお前」

 

「……へ?」

 

 予想外の言葉に立花は思考を停止させた。青年が持った方の手はさっき口を拭った方の手。

 立花は瞬時に先程自分が何をしていたのか思い出し、空いてるほうの手で口をふさぐ。

 

 立花の顔はそれはもう真っ赤だった。男は立花のそんな姿を見て、何かを察したのか舌打ちを打つ。

 

「……チッ。行くぞ」

 

 かと思えば、無理矢理立花の手を引いて歩き出した。

 

「えっ、ちょっ!?」

 

 顔を赤くして騒ぐ立花を無視して、男は手元の機械を見て唸る。

 

「くそ……もう誰か戦ってやがるな……」

 

 どこか茫然とその姿を見ていた立花だったが、ハッとして声を上げる。

 

「……た、戦ってる? ……ノイズと……?」

 

「……」

 

 男はようやく立花に興味を示したとばかりに彼女に目を向け、また小さく唸る。

 

「……お前あの部屋で何か、ノートとか……見たか?」

 

「……い、いえ……見れてないです……」

 

「……チッ」

 

 立花の返事に露骨に機嫌を悪くした男は、しかし態度とは裏腹に言葉を重ねた。

 

「……俺たちは一度死んだんだよ。俺は転落死。お前も何か心当たりあんだろ?」

 

「……死ん……え?」

 

 ──その言葉に、立花の思考に空隙が生まれる。

 

「お前がさっきまでいたあの部屋は……事故か何かで一度死んだ人間を集め、化け物と殺し合いをさせる。あの黒い玉も見ただろ? あいつが死者を蘇らせ、部屋に集める」

 

「……殺し……合い?」

 

 いきなり物騒な言葉ばかりが並んで気が引けたが、しかし立花は素直に耳を傾ける。

 何故なら死んだ記憶について、立花にも確かに覚えがあったからだ。

 

 部屋に来る直前の記憶。すなわちノイズに触れられそうになった時の記憶。

 お前はあの時死んだのだ。そう言われれば納得してしまう様な状況だ。

 

「そして黒い玉が標的を示し、ミッションを行う」

 

「……ミッション……」

 

「そうだ。今回の標的はノイズだが……ま、そう言った化物を殺すのがミッションだと思えばいい」

 

「っ……」

 

 殺し合い。

 何時もであれば眉を顰めるような言葉。日常とはかけ離れた言葉。

 しかし、この非日常の現状が、その言葉にリアリティを与えてくる。

 

「……何で、殺し合いをさせるんですか」

 

「あん?」

 

「わ、私を家に帰してください! こ、殺し合いなんて……嫌です!」

 

「……」

 

 立花は青年に詰め寄って訴える。この青年が殺し合いを強制しているのなら、それを止めて欲しいと。

 そう思っての嘆願だった。

 

 一瞬立花の言葉に青年の歩みが止まりかけたが、今度は振り返ることすらなく、話を続けた。

 

「さっき銃を渡しただろ。とにかく、お前は今回ノイズに向かってその銃をぶっ放してればいい」

 

「……あの!」

 

「そのスーツはノイズの炭化を防ぐ。耐久に制限があるがな。ま、精々死なないようにしろよ」

 

「えっ?」

 

 何を言ってるんだ? とばかりに青年を見上げた立花だったが、青年は何でもない風な表情で歩みを止めた。

 何故? そう思う立花の耳に……ノイズが聞こえた。

 

『──』

 

「っ、ノ、ノイズ!?」

 

 大、中、小。全てのサイズのノイズが道路にぎっしりと敷き詰められていた。

 

「よし……まだ風鳴翼は来てないな」

 

「……え? 風鳴翼……? って、何してるんですか!? は、早く逃げないと──」

 

 思いもしない人物の名前が出てきて一瞬思考が停止した立花だったが、ノイズの鳴き声でハッとする。

 彼女は反射的に青年を連れて逃げようとしたが……青年の腕を引こうともビクともしなかった。

 

「構えろ新人」

 

「えっ」

 

 どころか、捕まえていた筈の青年の姿が一瞬にして消え去った。

 

「っ、きゃあっ」

 

 それと同時に幾多のノイズが破裂し消滅する。

 

(なっ、なにっ……がっ!?)

 

 ドギャッ。ガガガッ。バギャン。ドゴン。

 映画でしか聞いた事がない様な音と共にノイズが消滅してく。

 立花の脳が状況を判断するよりも速くノイズの数は加速度的に減っていき、遂には大型を残すのみとなる。

 感情がないとされるノイズも何故同類が消えていっているのか理解できず、混乱している様にも見える。

 

『──!!』

 

「っ、ひっ!?」

 

 故にだろうか。残った大型ノイズは、目に見える標的を狙うことに決めた様だ。

 大きく振りかぶった大型ノイズは、立花の脳天目掛けて無情に腕を振り下ろす。

 

「がっ……!?」

 

 グシャ、と。炭化と言うよりも物理的に殺されそうな程の圧力で叩きつけられた立花は……しかし無傷だった。

 

「……あれ……生き……てる?」

 

 思わず両手を見て自分が炭化していない事を確認してしまうが、確かに立花は生きていた。

 

『──!!』

 

「っ、がっ、げぅ!?」

 

 呆けている立花にもお構いなしに攻撃を続ける大型ノイズ。

 蹲った体勢で身動きが取れず、立花はノイズに嬲られていた。

 

「……いい加減に」

 

『──』

 

「して!!」

 

 そんな状況で……殆ど反射の域で、立花は拳を振るった。

 それはまるで駄々をこねる子供の様に。一見、ただの悪あがきの様にしか見えない行動だ。

 だが。

 

『──!!!?』

 

「……ふぇ?」

 

 パガッ、と言う異音が大型ノイズの腕を捉え、ノイズの腕を吹き飛ばした。

 

(え、ええええ!? な、なに今の!? わ、私にこんな秘めた力が……!?)

 

 思えば先程も異常な身体能力を見せていた立花。

 彼女が自身に秘められた力に慄いていると、倒したノイズがまた立ち上がろうとしていた。

 

(どどどうしよう……!? ノイズってどうやって倒すの……!?)

 

 立花が迷っている間にもノイズは立ち上がろうとしている。

 

(~! ええいままよ!)

 

 我武者羅に渡された銃を構えた立花は、そのトリガーを引いた。

 青年がYガンと呼称したその銃は、名前の通りに銃口がYの字に分かれそこからアンカーの様なものが射出された。

 そのアンカーは目標物であるノイズに向かって飛び、ぐるぐると絡み付いてノイズを拘束した。

 

『──!!?』

 

 そしてノイズに絡み付いたアンカーは地面に着弾し、ただでさえ動けないでいたノイズを更に拘束する。

 

「す……凄い……」

 

 立花は知っていた。ノイズという化け物がどれほど危険で対処が難しいものなのか。

 だからこそ、ノイズをここまで簡単に無力化した事が信じられなかった。

 

「……」

 

 思わず自身の持つ銃に目を向け、思案する。

 

(もしかしてこれも……翼さんとかと同じ……)

 

「遅えよ、新人」

 

「うぇっ!?」

 

「あんな雑魚一匹にどンだけ時間かけるつもりだ」

 

 青年がまた唐突に立花の隣へ現れた。

 若干キレ気味な青年にびくびくしつつも、立花は周囲が静かになっていることに気付く。

 

「えっ……あれ? そう言えば他のノイズは……」

 

「見りゃ分かんだろ。そいつで最後だッつの」

 

 辺りを見渡してみれば、他の大型ノイズも全て消滅している。残すは立花が捕獲したノイズのみ。

 

(……もしかして……お兄さんが……全部やっつけたの?)

 

 先ほどもノイズを一瞬で倒してたし、もしかしたらこの人凄く強い人なんじゃ。

 立花はそこまで考えて、ハッとした。

 

「……ご、ごめんなさい……」

 

「チッ」

 

「……」

 

 立花は機嫌の悪そうな青年に気付きとっさに謝ったが、彼の機嫌は直ることはなかった。

 青年はまた冷たい目で立花を見つめ、彼女の手を取った。

 

「……」

 

「あ、あの……?」

 

 そして手首のあたりを妙にマジマジと見たかと思うと、興味をなくした様に手を離した。

 

「新人。その銃をノイズに向けろ」

 

「……え、あっ……はい」

 

 言われるがままにノイズへと銃を向ける。

 

「そのままもう一度トリガーを引け」

 

「……はい」

 

 意味がよく分からない立花だったが、取り敢えず青年の言う通りにトリガーを引いた。

 するとノイズの頭のてっぺんからレーザーの様な細い光が伸びた。

 

「えっ……? な、何ですかこれ……?」

 

 そして身動きの取れないノイズは、その光に吸い込まれるように消えていく。

 困惑する立花に、青年は淡々と説明を始めた。

 

「Yガンは捕獲用の銃だ。ああやってアンカーで捕獲した星人を"上"に送る事が出来る」

 

「う、上……? 上って」

 

「さぁ……」

 

「……さぁって……」

 

 立花の言葉を聞き流すように、青年はまた手元の機械を弄りだした。

 

「……妙だな。風鳴翼の奴、まだノイズを殲滅してないのか……」

 

「……あの、風鳴翼って……」

 

 立花は先程から気になっていた事を尋ねてみた。

 風鳴翼。日本でも有数の現役女子高生ミュージシャンの名前だ。

 かく言う立花も風鳴翼のファンであった。彼女のCDを買いに来たところをノイズに殺されたのだが。

 

「お前が想像している風鳴翼だよ……あの硬派なアイドルの……。何故か毎度毎度、ノイズの現場に現れてノイズを掻っ攫って行くんだよ」

 

「……」

 

「アイドルの割に妙に強いんだが……今日は調子が悪いのか?」

 

 アイドルの風鳴翼がノイズを倒す。先ほどから彼の青年が言っている事は全て、一笑に付す様な世迷言ばかりだ。

 だがその世迷言を立花響は信じた。

 

「あ、あのっ!」

 

「ああん?」

 

「その……た、助けに行った方が……」

 

 青年に風鳴翼を助けに行こうと促した瞬間、手元の機械から目を上げて壮絶な目つきで立花を睨み付けてきた。

 

「何お前……俺に指図すんの?」

 

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