GANTZ:S   作:かいな

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生まれた意味を知る

「っう」

 

 血だまりの前にうずくまって、胃の中のものをまき散らす。

 濃厚な血の匂いが鼻を抜け、口の方で胃液の匂いと混ざり合う。

 

「ふっ、うっ……おぇ……」

 

 何も考えられず、物言わぬ血だまりの前で胃液をまき散らす。

 

 殺した。

 私が……殺した……。

 

「……うっ」

 

 また胃液がこみ上げて、道路を汚す。口内に気持ち悪い感触が広がる。

 先ほどまで命だったものを私が殺した。その事実を受け入れる事が出来ずにいる。

 

「っ……はッ、はぁっ……行かなきゃ……」

 

 しかし吐いてばかりではいられない。

 

 間違えてはいけない。今私がするべきことはここで蹲っている事じゃないのだから。

 

 優先順位を……選択を……間違えては、いけない。

 

「……無事でいてください……」

 

 口元を拭って立ち上がり、ヒイロさんを探すべく走り出す。

 この辺りのおかめん星人はさっきの一体だけだったようで、西の方にはもういない。

 

 Zガンとヒイロさんのスーツを携えて、もう一度走り出す。

 

 ……どれだけ走っただろうか。

 スーツを着ている今、マップの範囲なんてすぐに駆け付けられる距離でしかないというのに。

 私はもう何時間も走ったかのようにも思える。心がはやり、そんな錯覚まで引き起こす。

 

 そして、もう見つからないと思った、その時だった。

 

「っ、ヒイロさん!?」

 

 幸か不幸か──西のマップの端で、ヒイロさんを見つけることが出来た。

 

「ヒイロさん! ヒイロさん!?」

 

「……」

 

 壁に背を預けながら、項垂れるように座っていたヒイロさんは、私の呼びかけに応えることはなかった。

 けどその姿に傷は見当たらず、外傷はないように見える。

 

「……っ、よかったぁ……」

 

 無事でいたヒイロを見て、思わずヒイロを抱きしめる。

 ヒイロさんの存在を確認するようにヒイロさんの胸に自分の頭を擦り付ける。確かにヒイロさんの匂いがして、心細かった思いが少しだけ回復する。

 

「……」

 

 と、どこか頭に視線を感じる。胸に顔を突っ伏したまま、目だけをヒイロさんに向ける。

 ヒイロさんは口を開いて……暫くの間躊躇う様に口を閉じたけれど、ようやく言葉を発した。

 

「くせぇ」

 

「……」

 

 そして開口一番、非常に失礼な言葉が飛び出した。

 あんまりな言いざまにピクリと動きを止める。

 

「……」

 

「……」

 

 思わず顔を上にあげてヒイロさんを見る。見下すように私を見ていたヒイロさんとしばし見つめ合い、両者の視線が絡み合う。

 

「……」

 

 思い出されるのはさっきのゲロ。盛大に吐いた思い出。

 サッと身を引いて、少し顔を赤くしながらコホンと咳払いをしてから、ヒイロさんに語り掛けた。

 

「……色々とありますけど……まずは、無事でよかったです。ヒイロさん」

 

「……」

 

「……すごく、心配でした。本当に……」

 

 ヒイロさんは、部屋にいた時よりもずっと意識がはっきりしている。

 その事に少し安心して──。

 

「……」

 

「っ……よかったぁ……ヒイロさん……っ」

 

 頭の片隅で描かれていた最悪の結末だけは回避されたことが嬉しかった。

 

「っ、うぅ……心配ッ……しました……本当に……っ」

 

 ヒイロさんと視線を合わせながら、自身の心情を吐露する。

 ……語っているうちに自然と涙が溢れてくる。

 

「うううぅぅっ……っふぐっ……っ」

 

 誰かに見せる事なんてできないほどに顔中が涙やらなんやらでぐちゃぐちゃになる。

 でも、今ここにはヒイロさんと私しかいない。

 だから隠すことなく泣き続けた。

 

「……」

 

 一しきり泣いて、ようやく心も落ち着いてきたころ。

 ……今まで、無視無言無反応を貫き通してきたヒイロさんは、どこかバツが悪そうな表情を浮かべていた。

 それはようやく見せてくれた表情の変化。私は顔をぬぐいながら、ヒイロさんに縋る様に問い詰める。

 

「……何が、あったんですか?」

 

「……」

 

 それは、部屋の中でも聞いたこと。

 あの時はついぞ教えてくれなかったけれど……ヒイロさんは、遂に口を開いた。

 

「死んだ」

 

「え?」

 

 それは深い、絶望の感情が込められていた。

 そんな感情がヒイロさんから発せられたことにまず驚いて、次いでその内容に驚いた。

 

 死んだって……誰が──。

 

「……死んだんだ……母さんが……俺の……母さん……」

 

「……お母、さん……?」

 

 その、深い絶望に沈んだ声色で語られる告白はどこかしどろもどろで……未だにヒイロさんも受け入れられていないような、そんな語り口だった。

 

「あと少しだッた……あと一回クリアすれば……助けられたんだ……」

 

「……」

 

 ……そして思いもしない言葉に衝撃を受ける。

 

 死んだ。ヒイロさんのお母さんが。でも本当ならば助けられた? 今一内容に理解が及ばない。

 しかし。

 

「なんッ……で……母さん……あと少しだッたのに……本当に……あと少しで……百点だッたのに……なんで……なんで……」

 

 堰を切ったように語りだしたヒイロさんは、まるで子供のようで……その姿に少なくない衝撃を受けた。

 それでも、ヒイロさんの語ることの意味を噛み砕いて、どうにか理解しようとして……次第に、胸の内に広がっていくのは、ある疑念。

 

「……私の、せいですか?」

 

「……」

 

 ヒイロさんの語った……もう少しで助けられた、という言葉。

 どうやってかは知らないけれど……少なくともヒイロさんには、百点を取りさえすればヒイロさんのお母さんを助ける算段が有った、という事だ。

 

 その言葉と現在のヒイロの点数と、自身が獲得した点数を重ね合わせ……。

 私は理解してしまった。

 

 ──それは私が一番恐れていたこと。

 

「……わたっ……私が……私の……せい、でっ……私が……ヒイロさんの邪魔っ……を?」

 

 心拍のドクドクという音がやけに鳴り響く。

 視界の端が暗くなり、呼吸数が異常に跳ね上がる。

 それに比例して急速に進んでいく理解は、私が犯した罪を浮き彫りにしていく。

 

「ヒっ、ヒイロさんのっ……お母さんっ、を……」

 

 感情のまま、言葉が口をついて出る。

 

「私、私がっ殺──っんむ!?」

 

 それは、異常な速度だった。まるで私の口から、その先を言わせないとばかりに伸びた手刀が、何時かの様に私の口を覆った。

 

「黙れ」

 

 ただ一言。ヒイロさんはそう言った。

 ……そして深い絶望を宿した瞳で、私に語った。

 

「お前じゃない……俺だ……俺は……」

 

「……」

 

「俺は、優先すべき事を……選択を間違えた」

 

 ヒイロさんの間違いを。

 

 ◇

 

 それは今から五年前の事。

 ヒイロは……母との二人暮らしだった。

 

 当時二回目のクリアを果たしたヒイロは、実の父が逃げ出すほどに危険な風体をしていた。

 

 思春期と反抗期を歪んだ環境で過ごした事の弊害は確かにヒイロの人格の形成に影響を及ぼしていた。

 常に何かに当たり散らして、咄嗟に暴力を振るってしまう様は誰から見ても異常だった。

 

 気付けば父は蒸発して、ヒイロに残された家族は母のみとなった。

 

 ……血の繋がった父親に自身が捨てられたことは、ヒイロの心に深い傷を刻み込んだ。

 そして何より、家族が散り散りになったという事実がヒイロの心に深い影を差した。

 

 しかしそれでも、ヒイロは戦うことを止めなかった。

 

 何度も何度も……ミッションを死に物狂いでクリアして、星人を殺して回った。

 

 そしてクリア回数が三回目を超え、確かな実力の向上を実感するようになり……ガンツのミッションが無気力な日々の癒しに思えるようになった頃。

 ヒイロは強烈な出会いを果たす事となる。

 

 それは神との対峙に近かった。

 

 その星人は無敵にして苛烈。

 どのような攻撃も効かず、ヒイロが二年間で培った技術は何一つ役に立たなかった。

 

 戦いの中、ヒイロは両手を失いながらも……命からがらにその星人から逃げ出し、初めてミッションを失敗した。

 そして初めて恐怖した。あれ程死の恐怖に怯えた事はなかった。

 

 ヒイロが家に帰った後もその恐怖は薄れず……何日も外に出ることなど出来ないほどだった。

 

 ……恐らく本来であれば、ヒイロはここで終わっていたのだろう。

 けれど……実の父にすら捨てられたヒイロを、献身的に支えてくれた存在が一人だけいた。

 

 それがヒイロの母だった。

 

 彼女とヒイロは血の繋がりのない義理の親子で、ヒイロもどこか気まずくてしっかりと向き合えないでいた女性だったが……。

 彼女はヒイロを本当の息子の様に思い、献身的にヒイロの世話をした。

 

 残された母との繋がりは、傷だらけのヒイロの心を確かに癒し、立ち直させた。

 故に。ヒイロがトラウマから立ち直って学校に通えるようになったのは、正しく母のおかげだ。

 

 ……ヒイロと母はこの時。血の繋がりを超えて真の意味で家族になった。

 

 ◇

 

「……俺が家に帰ると……母さんは血まみれで倒れていた……」

 

「……」

 

「笑ッちまうな……星人野郎が……俺の事を探してたんだ……俺を殺すために……それで俺が居ない間に家に入り込まれて……母さんは大ケガを……」

 

「……」

 

「植物状態ッてやつだ……母さんの体の機能はドンドン衰えていって……でもまだ……まだ時間はあったはずだッた……けど母さんは……死んだ……」

 

 ヒイロさんはニヒルな笑顔を浮かべながら……項垂れるように呟いた。

 

「俺は……俺はあの時、もッと考えるべきだった……殺せなかった星人が……どういう事をしてくるか……」

 

「……」

 

「俺には……俺の存在には……意味が有ると、思ッていた……ガンツに選ばれた意味が………………けどそんなものは無かッた……」

 

「ヒイロ、さん……」

 

「……もう……無理だ……疲れた……もう……疲れた……」

 

 心情をそのまま吐露しているかのように、ヒイロさんは本当に疲れた表情で俯いた。

 

「……」

 

 私にはその姿が、どこか見覚えがあった。

 ……ああ、そうだ。

 あの時の私と……ライブ会場で生き残ってしまった私と、今のヒイロさんは一緒なんだ。

 

 ライブ会場から生きて帰ってしまったこと、それそのものが間違いだったかのようで。

 生きていることが辛くて、苦しくて……。

 

 あの時私は……未来がいたからこそ、立ち直れた。

 

 でもヒイロさんは……。

 

「……っ」

 

 最後に残された希望すら……奪われて──。

 

「立花……」

 

「……はい」

 

「……俺に…構うな……俺はもう…………もう……死にたい……」

 

 今のヒイロさんには、ただ先の見えない絶望しか……ないんだ。

 

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