GANTZ:S   作:かいな

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就職活動のその後 その2

「ふぁ……おはようございますヒイロさん」

 

 それはある朝の出来事。

 何時もよりも遅くに起きてきた響は、寝ぼけ眼をこすりながら朝食を作っているヒイロにおはようと声を掛けた。

 

「おう、今日は遅かったな」

 

「そりゃそうですよぉ……新学期が始まっちゃってばたばたしてて……昨日も遅くまで間に合わなかったレポートを……」

 

「……大変そうだな」

 

「でも、やっぱり学校に通えるのは楽しいです! ……もう、通えないって思ってましたし……」

 

「……」

 

 そう、響は現在高校二年生。

 S.O.N.Gの計らいにより、リディアンに復学していたのである。

 

 響は立花響という少女のクローン体。

 彼女自身も己の存在の危うさは理解していたし、それ故に学校に通うことは諦めていた。

 だからこそS.O.N.Gの計らいは本当に嬉しかった……のだが。

 

 先日は彼女が通うリディアンの始業式がある日で……何より冬休みの課題の提出日でもあった。

 

 立花響十六歳。

 課題は最後の最後まで残しておくタイプの人間である。

 

「課題なぁ……俺もそー言うのは苦手……そういやキリカ達と勉強会とかしないのか?」

 

「してますよ! 皆で集まって課題を見せ合ったり教え合ったり……まぁ結局、普通のお茶会とかになっちゃうんですけど。……切歌ちゃんは妙に絡んでくるし」

 

「……」

 

 なんか口うるさい小姑みたいだな。

 義妹の行動にそんな感想を抱きつつも、ヒイロは作り終えた朝食をテーブルに並べる。

 

「そう言えばヒイロさん、今日はどうするんですか?」

 

「ああ……今日も暇だわ」

 

 響の疑問に軽く返しながら、ヒイロはハァと息を吐いた。

 

「あれからプレラーティの奴から連絡来ねーし。俺もう大学卒業しちまったんだが」

 

「……も、もしかしたらプレラーティさんの方でまだ準備があるのかも知れませんよ!?」

 

「……だといーんだが」

 

「あ、あはは……」

 

 要らぬ地雷を踏んでしまった響は苦笑いしながらヒイロをフォローして、チラリとカレンダーを見る。

 そう、ヒイロは既に大学を卒業済みである。

 

 一応プレラーティの下で働くと言う事にはなっていたのだが、大学を卒業しても一向に連絡が来ない。

 正直少し不安になりつつあったヒイロだが、段々と気落ちしていくヒイロの姿を見ている響も同じ気持である。

 

 朝から少し重い空気になった暁家。

 

 そこに、謎の紋章が浮かび上がった。

 

「ん?」

 

「!? な、何ですかコレ!?」

 

 それは、錬金術師がよく使う移動手段の一つ。

 テレポートの輝きであった。

 

「──遅くなったワケだが……ヒイロ、初出勤なワケだ」

 

 その紋章より現れたのは……ヒイロの雇用主。

 プレラーティである。

 

 

 ──そして、場所は移り変わる。

 

「……おお、ここが」

 

「そう、ここがお前の仕事部屋というワケだ」

 

 その場所はぱっと見はお洒落なオフィスのように見え、一通りの設備は整っている様に見えた。

 

「ここお前のデスクなワケだ」

 

「へー」

 

 いきなりの登場ではあったが、待望の登場でもあったプレラーティ。

 朝食を食べていた所ではあったが、ヒイロは一も二も無く付いていった。

 

「トイレはあそこで……」

 

「ふぅん……男女別か。……今まで気になってたけどお前ってどっちのトイレ使うの? 女子トイレ使うのか?」

 

「は? 殺されてぇワケかお前」

 

「ちょ、ちょっと気になっただけだって……」

 

「チッ。じゃあ次は──」

 

 そうしてちょくちょく波乱が起きそうになっていたが、問題なく施設の説明は続いていく。

 

「……」

 

 その間ヒイロは、何かから逃避するように先程の事を思い出していた。

 

 それは、プレラーティと響の初顔合わせでのこと。

 

『──ああ! 貴女がプレラーティさんですか!? あ、あの、ヒイロさんがお世話になっております……私、響って言います』

 

『……ああ。どうも、私がプレラーティなワケだ。しかし……本当に同じ顔なワケだ』

 

『あ、は、はい』

 

『いきなり押しかけて悪いが、コイツ一日借りてくぞ』

 

『え? あ……! つ、つまりは今日から出勤と言う事ですか!?』

 

『ああ、そう言うワケだ』

 

『……そうだったんですね。ヒイロさん、頑張ってきてください!』

 

 そう言って、響はヒイロを送り出してくれた。

 送り出してくれた……のだが。

 

「……」

 

 ヒイロは、ぐるりと部屋を見渡す。

 至って普通の部屋にしか見えない。普通ではない所はせいぜい……窓が一つも無くて、プレラーティとヒイロ以外誰も居ないことくらいだろう。

 

 正直怪しさしか無かった。

 あれだけ良い笑顔で送り出されたというのに、ヒイロは既に帰りたくなっていた。

 

(……い、いや、説明があるはずだ……きっと!)

 

「──以上で説明は終わりなワケだ。質問は?」

 

「──いや終わりかよッ!」

 

 だからこそ、何の説明も無い事に速攻で突っ込みを入れていた。

 ヒイロの大声にプレラーティは顔を顰め、面倒臭そうに言葉を溢す。

 

「……何だよ。何が疑問なワケだ?」

 

「いや、何でこの部屋窓がねーんだよッ! 何処だここ!? 他の人間は何処だよ!?」

 

「ああ、何だそんなことか。窓が無いのはこの部屋が地下にあるからなワケだ」

 

「……あ? 地下?」

 

「そ。敵から身を隠すための策なワケだ。だから場所は秘密」

 

「……」

 

 思ったよりも普通な理由だった。確かに物理的に地下にあるのならそれ以上の隠匿場所は無いだろう。

 以前まで星人対策で気を遣っていたヒイロとしてはよく理解できる話だ。

 

「それに……他の人間にはこれからイヤというほど会わせてやるワケだ」

 

「……?」

 

 そして。

 プレラーティはニヤリと笑みを浮かべた。

 

 

 コツコツと足音を鳴らして暗い道を歩く。

 どうも薄暗い場所が多いなこの場所。地下だから仕方ないのか……?

 そんな事を思いながら、ヒイロは前を歩くプレラーティの後をついて行く。

 

『……それで、本当にミラアルクも俺が教えるのか?』

 

 すでにヒイロの格好はスーツとゼロスーツに着替え済み。

 きちんと変音機能が効いてる事を確認するように、プレラーティに問いかける。

 

 それは自身が大いに傷付けてしまったミラアルクを指導する事への不安。

 自分は不用意に会わない方が良いんじゃ無いか? と思っての問いかけだったが……プレラーティは事もなさげにこう返した。

 

「──ああ。もうとっくにお前が与えたトラウマも克服済みなワケだ」

 

『え? マジ?』

 

「マジもマジなワケだ」

 

 ──嘘である。

 一年もの時間が経った今でさえ、ミラアルクは真っ黒の物体を直視できない程である。

 

「なんならお前に会いたいよぉ会いたいよぉって言ってたワケだ」

 

『えぇ……? 幾ら克服したからってトラウマの相手とそう会いたいと思うか……?』

 

 何処かかわいこぶった口調で語るプレラーティは、何時もの冷たい雰囲気とは違いすぎて怪しさしか無かった。

 

 ──当然、嘘である。

 

 現在のミラアルク達ノーブルレッドの預かりはプレラーティ。

 その中でも一番の問題児であるミラアルクに、プレラーティは散々手を焼かせられていた。

 何せ彼女は完全なる吸血鬼。以前までならいざ知らず、ミラアルクとプレラーティの実力は伯仲している。

 

 故にか、以前こんな事があった。

 それはミラアルクを保護してすぐの事。

 

『──おい! 飯を食ったらキチンとかたすワケだッ!』

 

『はッ! 何でアンタにそんなこと言われなきゃいけないんだぜ! そんなことより早く皆に会わして欲しいぜッ!』

 

『……』

 

 それはミラアルクの力が周囲に知れ渡った頃の事。

 

『──おい! いい加減他の錬金術師達をいびるのを止めるワケだッ!』

 

『はッ! アイツらが先にウチらの事いびってたんだぜ!? 立場ってのを分からせてやっただけだぜッ』

 

『……』

 

 それはミラアルクがプレラーティの小言に怒った時の事。

 

『──おい! いい加減お前──』

 

『あああッ! 一々うるさいんだぜッ! アンタはウチのママかよッ! この元おっさんがッ!』

 

『……』

 

 こんな具合に相当手を焼かせられていたプレラーティだが……彼女には切り札があった。

 

 そう、それこそがヒイロの存在である。

 ミラアルクへことあるごとにヒイロの存在を仄めかせばそれだけで言う事を聞かせられた。

 

 ミラアルクは今もまだヒイロの影に怯えていた。

 

「──そうそう。本当……ミラアルクにお前を会わせてやりたいワケだ」

 

『ふーん……』

 

 だがそんなことをおくびにも出さずに、プレラーティはペラペラと言葉を重ねてヒイロの気を別の方向に逸らしていく。

 

「そんなことより、会場では私が言った通りに動くワケだ。分かったか?」

 

『……ああ。しかし、俺が何かを教える側になるなんてな……』

 

「ふふ。まぁ精々渡したデータによく目を通しておくワケだ」

 

『……おう』

 

 ミラアルクの事を気にしていたヒイロだったが……彼はそんなことよりもずっと、誰かにモノを教えるという事がキチンと出来るか不安だった。

 何せ彼が本気で誰かにモノを教えたことなど、人生でもほんの少ししか無かったから。

 ヒイロは自分がキチンと仕事が出来るか今日まで不安で仕方が無かった。

 

 そんなヒイロの心理を巧みに突いて、上手い具合に意識を資料へと誘導したプレラーティは……ヒイロから見えないようにニンマリと口を歪める。

 

(本当に扱いやすい奴なワケだ。簡単に誘導できる……と言うか、扱い易すぎて少し不安になってきたワケだ。大丈夫かコイツ)

 

 以前と同じように簡単に誘導されるヒイロに一抹の不安を覚えつつも……プレラーティは自身の計略に思いをはせる。

 それは、プライドだけはいっちょ前な錬金術師達にどうヒイロを紹介するか……と言うモノである。

 

 そう、錬金術師とはプライドの塊で凄い頑固な生き物!

 そう易々と自身の考えを変えたり、教えを請うなど普通であれば有り得ない!

 

 ヒイロはそんな奴等に戦い方を教えなければならないのだ。

 不良学校の生徒に勉強を教えるよりも難しいだろう……。

 

 だからこそ、プレラーティは考えた。

 どうすれば錬金術師達に言う事を聞かせられるかを。そして以前までの錬金術師達は一体何によって纏められていたか。

 

 答えは一つ。

 

 そう、暴力……! 

 

 前局長アダム・ヴァイスハウプトはその圧倒的な力によって多くの錬金術師達を支配していた。

 最後まで好きになることは無かったが、その力だけは認めていたプレラーティ。

 

 故にヒイロ就任に際して、彼女は憎々しいながらも彼の手法を真似ることとした。

 アダム・ヴァイスハウプトよりもスマートで確実な支配のために。

  

(その為のお膳立てはしておいてやるワケだ。精々威圧感たっぷりに登場するワケだ)

 

 ──そして、今に至る。

 

 

「なっ……何だあの男はッ!?」

 

「あ、アイツマジかよ……ッ! あの男スゲェッ! マジかよッ!?」

 

「信じられん……お、おい……お前等見てるか……?」

 

「ああ……」

 

 ──ミ、ミラアルクを跪かせているッッッ。

 

 その光景を目撃した錬金術師達は──初めて心を同じにしていた。

 なんだあの男は……と。

 

 しかしそんな錬金術師達の視線には気付かないまま、いきなり崩れ落ちたミラアルクを心配したヒイロは頭を掻く仕草をしながら彼女へ優しく声を掛ける。

 

『……えっ? す、すまん……また俺何かしちゃったか?』

 

 ──ヒイロには全く悪気は無かった。

 しかし、ミラアルクにとっては劇薬だった。

 

 膝から崩れ落ちたミラアルクは一瞬気の抜けたような表情をしたかと思うと──すぐに這いつくばって平伏した。

 その状態の……ミラアルクは一心不乱に謝りだした。

 

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいぃぃいい」

 

「ミ、ミラアルクちゃん!? 貴方一体ミラアルクちゃんに何をッ──!?」

 

「だ、大丈夫でありますかミラアルク? ミラアルクーッ!?」

 

 その姿を見て『ノーブルレッド』のヴァネッサは警戒を露わにし、エルザは怯えるミラアルクを心配していた。

 

「な、何という男だ……ミラアルク──『あの御方』を継ぐ女をあそこまで怯えさせるだとッ!?」

 

「そ、それにミラアルクを前にしてのあの余裕……た、ただ者では無いッ……!」

 

 そして、錬金術師達は驚愕と共に恐れ戦いていたし……ヒイロは聞いていた話と全く違う状況で凄いビックリしていた。

 

 この場の全員に温度差があった。

 

『え、ちょっ……えぇ? お、おい本当に大丈夫か?』

 

「貴様ッ! ミラアルクちゃんに近付くなッ!!」

 

『えっ……あの……』

 

「や、やめてぇヴァネッサ! ひっ、あ、あの……お、お願いするんだぜ……ど、どうか2人に手出しは……」

 

「き、貴様……ミラアルクちゃんに何をッ……!」

 

『……』

 

 とりわけ『ノーブルレッド』とヒイロの間には完全なる差が生まれていた。

 ヴァネッサが家族の仇でも見るような目でヒイロを睨み付けているし、ヒイロはワケも分からず黙り込んでいる。

 まぁヒイロがミラアルクに酷い事をしたのは事実だが。

 

 ──と。

 

「ふっ……コントはその位にしておいて欲しいワケだ」

 

 そこでようやく、プレラーティは声を上げた。

 

『あっ、プレラーティお前ッ!? 言ってた事と全然ちげぇじゃねぇかッ』

 

「『GANTZ』。お前も今は黙っておくワケだ」

 

『……』

 

 彼女は文句を言ってきたヒイロを一蹴すると、辺りに響く声で説明を続けた。

 

「──もう皆分かったワケだ。お前達に教鞭を振るう教師の事がッ!」

 

「ッ……ま、まさか……その教師とはッ……!?」

 

「そう。それこそがそこに居るミラアルクを半殺(シバ)いた事もある……『GANTZ』なワケだ」

 

 その言葉に、ビクッとミラアルクの背が跳ねた。

 全身から汗が噴き出て、治ったはずの腹がジンジンと幻痛の如くうめき始める。

 

 ミラアルクの脳内には最悪の未来が広がっていた。

 それはプレラーティが自身へ事あるごとに語ったヒイロの凶行について。

 

『お前をボコったあの男、以前鬼狩りと称して吸血鬼を技の実験台にしていたらしいワケだ。それも東京の吸血鬼が絶滅するまで』

 

『ぇっ』

 

『おっと……そう言えばお前は吸血鬼だったワケだよなぁ……? ん?』

 

 汗だくになりながらぷるぷると小さく震えるミラアルク。

 そんな彼女の頭上では、今も会話が続けられている。

 

「……あなた……まさかあの子達のお仲間?」

 

『……あの子達、ってのはS.O.N.Gの事か? なら仲間ってワケじゃねぇ。協力者だ』

 

「……ふーん……なら……信用できる……のかしら……?」

 

『……別に、無理に信用しなくてもいーっつの。俺がコイツボコったのは事実だし』

 

「……」

 

 その間ミラアルクは自身に訪れる未来をボコボコにされた過去から鮮明に予想できていた。

 

(……ま、またあの技を使われるのか? い、いやモット酷い技をウチに……!?)

 

 彼女の脇汗が止まらなかった。呼吸は不定期で、心臓は正しく鼓動を刻んでいるかも分からない。

 喉はカラカラで、血は巡らず。ミラアルクは自身が干からびる幻想を見た。

 

『……ああ、そうだ。おいプレラーティ! コイツらもここに居るって事は戦わせるのか!? そのエフだかなんちゃらって連中と!』

 

「当然なワケだ。ソイツらは貴重な戦力なワケだ」

 

『給料とかはどーなんだ!? 普通の待遇か!?』

 

「? ああ、そうだが──」

 

『──なら、一つ条件追加しろッ!』

 

「あ?」

 

 ミラアルクは今、自分が上を向いてるのか下を向いているのか分からなかった。

 だから当然……頭上で交わされる言葉の意味も理解できず。

 

「……え? 嘘でしょ……」

 

「ほ、本当でありますか……? ガンツさん」

 

「いや……お前…戦力的にそんなこと許せるワケ」

 

『いーや問題無いッ! 俺を見ろ! 戦力なら十分だろッ』

 

「……」

 

 ノーブルレッドの2人がどうして息を呑んだのかも分からなかった。

 

 

 

 

『──おい、大丈夫かミラアルク』

 

「……えっ…あっ……ひっ」

 

 そして気が付いたときには目の前にゴツイヘルメット……ゼロスーツを被ったヒイロの姿が見えた。

 ミラアルクはどうやら貧血で意識が朦朧としていたようで、気付けば土下座の状態から体を起こされていた。

 

 眼前にトラウマの顔が広がっていた事で息が止まりかけたが、何とか呼吸を続け意を決してヒイロへと言葉を投げかけた。

 

「……も、ももしかして……もう……なん……ですか?」

 

『あ?』

 

「プ、プレラーティが言ってた……技の実験を……するって……」

 

『……』

 

 瞬間、ヒイロはプレラーティへギロリと目線を投げかけたが……当の彼女は口笛を吹きながら何処か遠い方向を向いていた。

 その様子を見て何故ミラアルクがここまで動揺しているかを理解したヒイロは、はぁと息を吐いた。

 

『……いや、しないって……そんなこと……』

 

「……ほ、本当……?」

 

『マジだって。プレラーティの奴め……一体どんなこと吹き込んだんだっての。──まぁ吸血鬼で技の実験はしてたが』

 

「えっ?」

 

『ともかくだ』

 

 一瞬恐ろしい言葉が聞こえたミラアルクの意識に被せるように、ヒイロは言葉を続けた。

 

『お前にそんなことしねぇよ』

 

「……」

 

『……以前までのあれこれがあったから……いきなりってのは難しいだろうが……仲良くやろうぜ』

 

「……」

 

 そう言ってヒイロは呆けた顔をしたミラアルクへ手を伸ばした。

 

『──それに上手くやれりゃ……お前も()()()()()()()()()()

 

「──え?」

 

『あぁ? さっきの話聞いてなかったのか? ミッションこなしたら……俺がその体治してやるって言ってんの』

 

「……」

 

 その言葉に、ミラアルクは完全に言葉を失った。

 ヒイロは本当に聞いてなかったのかよ……と呟きながら、先程語った内容をもう一度口にした。

 

『……お前のデータは見たぜ。あの状態なら……多分治せる』

 

「……」

 

『お前等、()()()()()()()()。同情するよ。でも、だからってやらかした罪が軽くなるわけじゃ無ぇ。俺は今でもライブ会場のことは恨んでるぜ』

 

「……」

 

『でもな、罪は消えなくても償うことは出来る。世間に迷惑掛けようとしてる悪い奴等ぶっ飛ばすって方法でな。その償いに、少しくらいの報いがあっても良いだろ?』

 

「……」

 

 それは、ヒイロが先程閲覧していたノーブルレッド達の情報である。

 そこには、彼女達の体の状態から来歴まで……全て書かれていた。

 

 だから、ヒイロは理解した。あのような凶行に走ったのには理由があったのだと。

 

 ハッキリと言って、ヒイロは同情していた。

 千人以上の死者を出した、街を滅茶苦茶にした、罪を数えれば切りが無いだろう。

 

 だが、彼女達の始まりもまた言い逃れが出来ない悲劇だった。

 故にヒイロは手を伸ばす。罪を償う気が有るのなら……少し位の、彼女達の本来の望みを叶えようと。

 

『最も、普通に戻っても仕事はして貰うぜ。まぁ安心しろ。人間ってのは鍛えりゃ鍛えるほど強くなれるからな』

 

「……本当……に?」

 

『ああ。俺はその為にここに来た』

 

「……」

 

 絶句……と言うよりも、最早それは意識の断絶であった。

 何せそれは──ミラアルクにとって有り得ない光景だったから。

 

『えっ? ちょっ……おい!?』

 

 再び気を失いそうになるミラアルク。しかし、地面に倒れる瞬間に体が支えられる。

 

「あ……」

 

『おい……マジで大丈夫か? ……もしかして技の後遺症とかじゃないだろうな!? 少し触るぞ』

 

「えっ……あっ!?」

 

 現在、彼女の感情はグチャグチャになっていた。

 不安と安心、恐怖と安堵。未だ恐怖の対象である男が、労るように自身の腹へと手を伸ばす。

 

「あっ……ああっ」

 

『!? 痛むのか!?』

 

「ちっ違っ……」

 

『!? 血が!?』

 

 以前まではただ痛みしか感じなかった掌から……優しい暖かさを感じる。

 

「あっ……ああ……」

 

『おい……プレラーティ!? なんか様子がおかしいぞ!?』

 

「は? この短い時間で何したワケ? お前本当に何なんだよ」

 

『いや……俺が知りたいッつの!?』

 

「ちょっ……ミラアルクちゃん!? 大丈夫!?」

 

 バタバタと駆け寄ってくるプレラーティの事や、心配そうに覗き込んでくる仲間のことも……今は見えない。

 彼女の目線は一点のみに向けられている。

 

『おい! 大丈夫かマジで!?』

 

(……ああ)

 

 ミラアルクは、自身の腹に乗せられた確かな暖かみを感じながら……感情の変化を理解する。

 

 始まりは恐怖。そして、次に畏怖へと変わり。

 

 今、その想い(畏怖)は昇華され──。

 

「はい……GANTZ様……」

 

 ──彼女の畏怖は信仰へと進化した!

 

『あ、ああ……ん? ……様?』

 

(えっ様?)

 

(は? マジかよコイツ(ヒイロ)……)

 

(さ、様……?)

 

 ミラアルクの爆弾発言は周囲に居たノーブルレッドやプレラーティだけで無く──さざ波のように錬金術師達の元へと伝播していく。

 

「おい今……」

 

「あ、ああ……あの男やべぇ」

 

「あのミラアルクに様付けで呼ばせるとは……」

 

「何という漢だ……」

 

 彼等は知っていた。

 ミラアルクがどういった経緯でここに居るのか。

 

 ミラアルク。

 本名をミラアルク・クランシュトウン。彼女は旅行で訪れたスロバキアにて会員制の拷問倶楽部に拉致されただけで無く、その後パヴァリア光明結社の支部に卸され実験体として扱われたと言う哀しき過去を持っていた。

 

 そんな彼女に様付けで名前を呼ばせるなど……普通の精神を持つ者なら出来ないだろう。

 

(──ちゃんと従お)

 

 まず間違いなく、今日一番に錬金術師達(かれら)の心が一致した瞬間だった。

 

 

「……」

 

 何で?

 

 心の声には誰も応えず、虚しく胸中にこだまする。しかし言わずには居られない。

 何で様付け? は? おかしいだろ? プレラーティの奴もドン引きしてたわ。

 

 俺もドン引きだよ。

 

「……とんでもねぇ初日になっちまった……」

 

 思わず頭を抱える。ここは俺に与えられた執務室。ここにはプレラーティ以外誰も来ないと言うので、遠慮無くゼロスーツを脱がせて貰っている。

 

「……」

 

 ミラアルクめ……何がどうしたらああなるんだよ。

 訳分かんねぇ。もう既に明日からの出勤がイヤでイヤで仕方が無くなったんだが。

 

「……はぁ」

 

 けどま、なんか知らんが錬金術師の皆は俺の事受け入れてくれたし、『ノーブルレッド』の2人もドン引きしてたけど言う事聞いてくれそうだし。

 

 ミラアルク以外は大丈夫そうか。

 ミラアルク以外は。

 

「……」

 

 よし! もうミラアルクのことを考えるのは止めよう! もっと別のこと考えよう!

 

「あ! そうだ! そういや掲示板の連中今どうしてっかな~」

 

 現実逃避するようにスマホを取り出し、ここ一年就活やらなんやらで忙しくて触れることも無かったブラックボール情報交換スレへと足を伸ばす。

 しかし。

 

「……あれ。よく考えりゃ……『企業』が無くなっちまったんだから……もう無いのか?」

 

 ふとブラックボール情報交換スレの管理人である『企業』がとっくのとうに吹き飛んでいたことを思い出し、指を止める。

 

「……つか、そうなるとアイツらと連絡取れる手段、無くね?」

 

 ……よく考えれば俺、日常が忙しすぎて情報交換スレのこととか他の部屋の住人のこととかすっかり頭から抜けていた。

 今どうなってるんだ……? マジで連絡取れないとか? それは辛すぎるんだが。

 

 一瞬嫌な予感がしたが……一応の望みを掛けてスレの情報を検索してみる。

 すると。

 

「……え? 有るじゃんスレ」

 

 何故かスレは健在だった。

 しかもちゃんと俺が知る物よりもスレ数が多い。

 

 これ幸いとばかりにリンクをタップして──。

 

「──は?」

 

 そこには、有り得ない光景が広がっていた。

 

「──え? 誰コイツら……」

 

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