人生が退屈だった。
「皓ー? 朝よー」
目覚めるたびに、母の声を聞くたびそう実感する。
「皓。お前ももう高校生なんだから……自分一人で起きなさい」
「……」
口うるさい父の言葉を聞くたび、苛立ちに似た感情が体を突き動かす。
「皓!」
飯もそこそこに立ち上がり、自分の部屋に籠って学校へ行く準備をする。
「……」
行ってきますも言わずに家を出て……退屈な日常に躍り出る。
春の日差しが体を包み込む。
「……」
……あーあ。
なんか……面白いこと起きねぇかな。
俺は、そんな事を思いながら学校へ向かった。
コレが、
学校の帰りに車にはねられて黒い球の部屋に呼び出された、運命の日の朝のこと。
退屈だった俺の……玄野皓の人生が大きく変わった日の朝だった。
◇
何処かパッとしない昼行灯って言葉がぴったりな親父と、背が小さくて如何にも気の弱いって感じの母さんから生まれた俺は、確かに二人の血を引いていた。
たまに可愛い顔とか言われたりはするけど、基本的にパッとしない顔で、おどおどして見えるのか弄られキャラが板に付いている。
それが俺だった。
そんな俺が、死んだ。
そして蘇った。謎の黒い球の部屋で。
『おー……また新しい人。キミも死んだ人?』
今にして思えば、その日俺が生き残れたのは奇跡に近かった。
『ねぇ……これテレビのドッキリだよね?』
新人ばかりばかりで経験者は殆どいない。
『ああッ……また……なんッ…で……夢だったんじゃ無いのかよ……!?』
唯一の経験者も、錯乱しててなんの役にも立たず。
せいぜいブラックボールの名前を俺に教えてくれた位だ。
『……コイツは…篝火球……なんかのゲームにあやかって……ずっと前に居た奴がそう名付けたんだ』
ここでは、ブラックボールの事を篝火球なんて呼んでいた。
意味はよく分からなかったが、当時の俺はとにかく混乱していた。錯乱、と言った方が近かったかも知れない。
だから、他の奴等が一切聞き従わなかった経験者の言葉に従ったし……経験者が異様に怯えていた星人という敵の存在を信じた。
だから俺だけ生き残れた。
他に呼び出された奴等も、経験者の奴も、皆死んだが俺だけは生き残った。
最後までステルスを徹底して、他の奴等を殺した星人を一方的に殺していった。
それが本当に
まるでスーパーマンにでもなったように、人間を蹴散らすことが出来る怪物を、逆にこちらが嬲っていった。
星人のボスを殺して部屋に戻ってきた俺は、篝火球から採点を受け、初回で一気に30点を手に入れていた。
その後何をしても開かなかった部屋の玄関が開き、興奮冷め止まないまま自分の家に帰ってきた俺は、そのまま眠りについて翌日を迎える。
そして目が覚めても残り続けた篝火球のスーツや武器を見て、昨日の出来事が本当にあった事だと理解する。
それからはもう、まるで自分がこの世界の主人公になったように振る舞った。
スーツの力で俺をイジっていた不良達をのすこと簡単にできたし、どんな強い不良でも一撃で事が済む。
スーツさえ着ていれば……俺は本当にスーパーマンだった。
──まぁ、そんな俺の自惚れも……長くは続かなかったが。
それを為したのは、次のミッションで出会った手も足も出なかった悪魔みたいに強い星人……ではなく。
その悪魔みたいに強い星人を
黒いスーツに黒い髪。
返り血に体を汚しながらも、凜として崩れない気高い表情。
『……大丈夫ですか?』
戦闘の最中ですら崩れなかった表情が、俺を心配する声と共に柔く崩れる。
『……良かった。恩人をむざむざ見殺しにしては我が家の恥ですわ』
違う。俺はただ、自惚れてたから新人達のリーダー気取ってただけだってのに。
ボスと一人で戦ってたのだってそうだ。
スーツ着てない奴のためとか、全員雑魚との戦いで怪我してたから、なんて殊勝な理由じゃ無い。
アンタが綺麗だから……ここで格好付けたら仲良くなれっかなぁ……なんて下心で、ボスに挑んだだけだってのに。
『……そう言えば、お名前……聞いてませんでしたね』
『……く、玄野…皓…です……』
『あら、良いお名前。よろしくお願いいたしますわ、玄野くん』
そう言って彼女は俺へと手を伸ばした。
黒髪ロングにシミ一つ無い綺麗な肌。
大和撫子という言葉は彼女のためにある、と言われても信じてしまう程の清らかさ、美しさ。
彼女が『お嬢様』。
……本当、初対面の時が一番格好良かったよ。その後の付き合いで色々と『お嬢様』のメッキは剥がれていくわけなんだけど。
でも、まぁ。その時は本当に格好良かった。
あんまりにも格好良かったから、俺はあの時──彼女に惚れてしまった。
◇
「……」
それから幾つもの戦いがあった。
ヤバい星人と何度も何度も戦ってきた。
『お嬢様』以外にも頼れる仲間も出来たし、俺も三年近く続いた戦いをどうにか生き残ることが出来た。
「……」
……まぁ、『お嬢様』と特別仲良くなれはしなかったけど。
『お嬢様』は意外にも、と言うのは失礼だけど……大人だった。
大人だから高校生の俺相手に本気にはならなかったし、大人だから俺を諭した。
でも、俺だって本気だ。そう簡単に諦められない。
だから彼女の趣味だっていうゲームを始めたりしたし、何とか彼女の連絡先を手に入れられた。
何とか友達から始めることは出来た。
けどそこからも大変だった。
彼女のゲームの腕前がトップクラスだったとか、好きなモノを語り出すと息をも吐かさない長文で語ってくるとか。
そう、彼女は筋金入りのオタクだった。
でも、大変だったのは彼女の趣味に追いつくことだけで……『お嬢様』への想いは全く変わらなかった。ただ、彼女の新たな一面を知れたことが嬉しかった。
ああほんと、色々としたな。
東京のゲームの大会とかも出たし、色んなアニメも見たし、引きこもっていたって言う彼女をUSJとかディズニーとかに連れて行ったりもした。
そうやって連れ歩いていく内、『お嬢様』とは大分気軽い関係になれた。
それが『お嬢様』にどれだけ効果があったのかは分からないけど……楽しんでくれたのなら嬉しい限りだ。
「……」
ああ、しかし……本当……そわそわが止まらない。
大丈夫だろうか、『お嬢様』は。
「……」
俺は今病院にあるベンチに座っている。そわそわそわそわと落ち着かない。ぐるぐるぐるぐると色んな考えが頭を巡る。
……親父も、今の俺と同じ気分だったのかな。
ふと、自分の父親のぼんやりとした顔が思い浮かぶ。
あの人がそんな切羽詰まった顔するところ思い浮かばねぇけど、それでも俺と同じようにそわそわしていたのだろうか。
母さんはどうかな。
母さんは……どんな気持だったのかな。
「……」
親父達は学生の時からの付き合いで、仕事の関係で東京から香川に引っ越してきたという。
今になってから思う。知らない土地、知らない環境で親になって……親父達がどんな思いで俺を育てていたのか。
「……」
人生が退屈だった。
退屈に思えるくらい……平穏に育ててくれた。
『────!』
「……!」
そして。
大きな泣き声が聞こえて……顔を上げた。
◇
「……お疲れ様、『お嬢様』」
「……もう、その名前で呼ばないでください」
「つっても……何て言うか。
そこでは二人の男女が話していた。
一方は疲れ切った顔をしながらも、晴れやかな表情で。
一方は、無事に終わったことを喜ぶ嬉しそうな表情で。
「──あら? 昔の名前の方が好きなの?」
「いや絶対にそっちの方が良い」
「でしょうね。私も自分の名前、嫌いでしたし」
お父様とお母様は尊敬してますが、名付けという一点においては軽蔑してます。
いじめられる原因になる名前はクソです。
きっぱりと言い切る彼女……『お嬢様』を見て、男……玄野皓は苦笑を溢した。
「それで、なんでその名前にしたんだ?」
「何となくです。昔私が初めて見た映画の主演の方のお名前を……借りたんです」
「……そ、そんな適当に決めてたのか?」
「あら……適当じゃありませんよ? 昔見たその方、凄く素敵な方で……憧れの人でした」
疲れがあるのか、そこで言葉を句切った『お嬢様』は、深くベッドに背を預け……チラリと横を見る。
「──
「あら、なんですか?」
「……その子の名前、考えてきたんだ」
「……」
『お嬢様』──いや、玄野レイカの視線の先には……小さな、生まれたばかりの命があった。
「……聞かせて、お父さん」
「ああ」
──そう。
玄野皓は、ラストミッションの後……『お嬢様』と籍を入れた。
付き合い始めたのはそれより前から。玄野が成人してからなので、凡そ一年ほどの期間をおいての結婚だった。
籍を入れるにあたって『お嬢様』の家とは色々とあったが……結果的には問題なく『お嬢様』は玄野になった。
そして玄野になった彼女は、躾られてきた口調を捨て……更に改名して
仕方も無いだろう、彼女は元々普通にフランクに喋りたいと思っていたし、
前々からそうしたいと思っていたことを、名字が変わるタイミングでしたのだ。
ともかく、晴れて家族となった彼等二人が生活を続ける内、命を授かった。
それが……今二人の目の前で眠っている小さな赤子。
「……寿を並べて、
「……すず。良い名前ですね。きっと長生きしてくれます」
「……良かった。君にそう言って貰えるなら安心だ」
「ええ。最適解です。きっとこの子は長生きして……うん。何か大きい事を為してくれます。私と貴方の子供ですから」
『お嬢様』……玲花は笑みを浮かべながら……目の前の赤子に手を伸ばす。
「……寿々。貴女の名前は……すず」
そして、伸ばした手を握り返してくる小さな命を感じながら……優しく教えるように言葉を溢す。
「貴女は……くろの…すず」
──さて。