そんな事を言わないで。
なんて、簡単には言えなかった。だって……ヒイロさんは違うと言ってくれたけど、ヒイロさんのお母さんが死んでしまったのは……私のせいなのだから。
私が居なければ。私がもっと、ちゃんとしていれば……ヒイロさんが点数を取り損ねるなんて事はなくて……きっと、間に合っていた筈なのだから。
「……ヒイロさん……」
けれど、やっぱり私は……わがままだ。
私は……。
「………………私は、ヒイロさんに……生きていて欲しいです」
私は、辛そうにしているヒイロさんに……それでも、生きていて欲しい。
「……勘弁してくれ。……家なら好きに使っていい……だからもう──」
「違うんです。私が、ヒイロさんに生きていて欲しい、のは……」
ヒイロさんの手に自身の手を重ねて、絶望しきったヒイロさんの目を見つめ返す。
「……」
でも、言葉が続かない。
自分が言おうとしていることに頬は熱くなり……口がパクパクと空を切って、言いたいことが……伝えたいことを、伝えられなかった。
「……」
……けれど、覚悟を決めてしっかりと告げる。
「……私……ヒイロ……さんの事が……好き……なんです」
◇
「……」
少女の告白は、場に沈黙を生み出した。
ヒイロは思いもしなかった言葉に、思わず目を見開く。
「……は? 何それ……好き……って……そんなの……嘘だろ」
「……ウソじゃないです……」
「いや嘘だね。お前のそれは……単なる依存だ」
「……」
「お前……お前は……俺以外に頼ることが出来る相手がいないから……それで……勘違いしてんだよ……自分の思いを……」
ヒイロはバッサリと、少女の思いを切って捨てる。
けれど響も、その言葉になんら動じることなく応じる。
「……確かに、最初は依存だったかもしれないです。でも……本当に、好きなんです。……生きていて欲しいんです」
「……」
あまりに堂々と自身に依存していることを語られて、ヒイロはちょっと引いた。
響も、自分が今凄いことを言っているという事は理解していた。だから先程からずっと、響の表情は赤く火照っている。
「……ごめんなさい。そんな事……私が、言うべき事じゃ……無い、ですよね」
「……」
そして……響は表情を赤くしながらも立ち上がる。
「……私が、星人を全部倒します」
「……」
「私が……星人を全部倒せたら……その時は、死なないでください」
それは、一方的な約束だった。
ヒイロの死と、星人の全滅。いったい何がどうなったらそれが繋がるというのだ。
「は? 何勝手なこと……」
当然理解できないとばかりに響に言葉を返そうとするヒイロだったが、続く響の言葉で沈黙させられた。
「ヒイロさんは……本当は死にたくないんじゃないですか?」
「……は?」
それは、話を聞いていて感じた違和感であった。
ヒイロは死にたいとばかり言うが……その割には自殺しようとはしない。けれど、訪れる死には抗わないと言わんばかりの無気力感。
自分で死ぬのが怖い……なんて事は無いだろう。ヒイロは今までもやるべき事は徹底的にやる男で、死ぬと決めているのならすっぱり自殺しているだろう。
そんなヒイロが……あくまでも自然に死ぬのを待つかのように茫然としているだけ。
何か……不自然さを覚える。
そして響には、その不自然さこそがヒイロを説得できる突破口だと直感的に感じた。
「まだヒイロさんには……何か……何か、そう……目的があるんじゃないですか?」
「……」
「やり残した事が有るから、まだ自分で死ぬ踏ん切りがつかないから……星人に殺されるのを待っていたんじゃないんですか?」
響には語ったことへの確証などなかった。
ただ残された希望に縋っただけの、それこそ勝手な推測。
けれど、ヒイロの表情はみるみるうちに固まっていく。その図星を突かれたような表情が、響の推測が的中している事を言外に表していた。
「……なら、星人にヒイロさんを……殺させたりなんて、させませんから」
「……」
「それに、今ここでヒイロさんが死ななかったとしたら……ヒイロさんの人生には、まだ意味が有るって事じゃないですか」
その言葉に、ヒイロの表情はぐしゃりと醜く歪む。
「……そんなもの……ない」
「あります。絶対に」
「っ……」
ヒイロには、ただただ分からなかった。
彼の五年間の孤独は、少女の想いを理解できず、受け入れる事を拒む。
何故それほどまでに自分に尽くすのか。ヒイロと響は家族でも無いし、友人でもない。
幾度か手を差し伸べただけの……それだけの関係。
何がそこまで響を動かしている。
何故──。
「……んだよ……なんで……俺にそこまで……」
絶望と困惑と……そして、ほんの少しばかりの希望。
その声色には、そんな様々な感情がないまぜになっていた。
「私が、ヒイロさんに救われたから」
その、ヒイロへの返答はとても簡易的で、けれど万感の思いが詰まっていた。
「……」
「私が……ガンツに生み出されて、ヒイロさんに助けてもらった時から──」
響は、重ねていた手を取って……誓う様に語る。
「ヒイロさんは私の、ヒーローだから」
◇
コントローラーを確認しながら、マップを駆け巡る。
目標は当然、星人だ。
「助ける……絶対に……ヒイロさんを……!」
ステルスを起動し、マップに示された星人のもとへとたどり着く。
『bikkykawaii!』
『karadanoraingakirei』
『wakaru』
彼らは仮面を震わせながら……なにか先程語っていた日本語ではない、別の言語を発していた。
その光景に、一瞬だけ意志が鈍る。
……けど、これは勝負だ。ヒイロさんと私の勝負。
星人に殺されたいヒイロさんと、星人を全部倒してヒイロさんと生きて帰りたい私の勝負。
だから、ごめんなさい。
カンッ、という軽い音の数瞬後、何かを叩きつけるかのような爆音が鳴り響き……巨大な血だまりが生まれる。
「……」
制限時間が迫る。足早にその場を駆け抜けて次の場所へと駆ける。
もう躊躇はしない。
全部の星人を……殺す。
そこから先は、一方的な殺戮。
不可視の状態で星人を殺して、すぐに移動してまた殺して。
殺して。
また殺して。
……そして、想像よりもずっと早く……最後の一体を殺した。
「……終わ、り……?」
あっけない終わりだった。
ステルスを解除して、辺りを見渡す。特に何かが出てくるという訳でもない。
「……」
未だに実感が湧かない。
ただ……静寂な夜の空気が、もう終わりであるという事を告げているようだった。
「……」
マップを見ても、もう星人の反応は無い。
しかし。
「……転送が始まらない……?」
何時までたっても転送が始まらない。
おかしい、何時もなら最後の一体を倒したら転送が……。
『おおお……わが同胞……
「!?」
背後から、しわがれた声が聞こえてきた。
瞬時にステルスを発動して距離を取ろうとする。
……けど。
『……貴殿か……貴様か……』
「あっう……!?」
ばつんっ、という異音がコントローラーを握っていた手から鳴り、その衝撃でバランスを崩して倒れてしまう。
「っ痛……え?」
コントローラーが……左手首から先が千切れていた。
「あ、え? 腕……」
『これか……貴殿らの武器か……』
滲む視界の先で、ガンツに示された不気味な能面を被った異形が……私の左手を持っていた。
なんで? スーツの防御を貫通した? 様々な疑問が脳裏を駆ける。しかし、そんな疑問を吹き飛ばす様に痛みが湧いてくる。
「っ、あぁあああ……痛っぅぅ……」
腕をなくしたと認識した瞬間、痛みが一気に脳裏を駆け巡る。
思わずZガンを手放して、無くなった左手を押さえる。
血がとめどなく溢れて、初めての痛みに吐き気を覚える。
『貴殿か……貴様が……』
「っ!?」
その星人の見た目は他のおかめん星人とは全く違って見える。
時代劇か何かの様に着物を着て、顔の能面は老人のような表情をしていて……でも仮面ではなかった。能面そのものが顔になっている。
腰には日本刀を差しており、柄には既に手が添えられている。
……こいつが、ボス!?
でもなんで……星人の反応はさっきので最後だったはずなのに……!
分からない。
けど、こいつを倒さないとミッションは終わらない!
蹲った状態ではZガンを拾っている暇はない。
腿のホルスターからガンツソード取り出して振るう。
ガンツソードは収縮自在の剣。それをスーツの強化を受けた腕力で振るう。
抜刀と同時に剣を伸ばして──!?
『ほう……』
「ッ!?」
おかめん星人はガンツソードの斬撃を軽く身を捩るだけで躱した。
『妖術……忍術か……』
そして興味深そうな声をあげたかと思うと……直後風が起きた。
「っあぅっ!?」
何が起こったのか分からないまま、顔の右側に強烈な痛みが走る。
あまりの痛みに顔を地面に向けて……何が起こったのかを理解した。
「!?」
ボトリと、自分の耳が落ちていた。
思わず血の気が引く。
この星人は遊んでいる。言外に何時でも首を落とせるぞと、そう言ってる……!
ガンツソードじゃダメだ……! 刀を一振りしただけで彼我の実力差を理解した。
このままガンツソードを使っていたら百年たっても倒せない。
銃じゃないと……この星人には勝てない!
ソードを手放してスーツに力を籠める。また興味深そうにこちらを見ているおかめん星人を傍目に、跳ねるようにZガンに向かって飛び出す。
「……!」
転がる様にZガンを取り、荒く息を吐きながら構える。
けれど何故か……おかめん星人はまるで試すかのように傍観し、立ち尽くしていた。
『まてまて……聞きたいことがある……貴殿に……』
「……なに……を……?」
そして、私が構え終わるのを待っていたとでもいう様に、おかめん星人は刀の柄から手を放して両手を上げる。
何を……と困惑する私を尻目に、おかめん星人は、ぽつりぽつりと語りだした。
『
「……」
『わが同胞……われらは……静かに生きていた……
その言葉には、どこか悲しみの感情すら混じっているように思えた。
そんな姿を見て湧いてくるのは……一つの疑問。
……星人にも感情はある……?
星人。どういう存在なのかはヒイロさんにすら分かっていない。
けれど、ノイズと違って星人には感情が有る様にも見える。
彼らは……彼らは一体……。
「……貴方達は……なんなんですか……なんで……私たちと戦っているの……」
『……貴殿がそれを……問うのか……』
私が言った瞬間、答えを期待していたおかめん星人は呆れたように口を開く。
「……分からない……私達は……誰に命令されてるのかも……」
でも私たちも分からない。自分たちが何者で、何故戦わせられているのかなんて。
『……』
……やはり私の言葉は期待外れだったのか……おかめん星人は刀を構え直す。
『最期の言葉を聞こうか』
直後、全身の毛が逆立つ程の威圧感が発せられた。
「っ……」
指が震える。あまりの迫力に痛みすらも忘れて震えが止まらなくなる。
怖い。死んじゃう。
恐怖がこみ上げて止まらない。
「ヒイロ……さん……」
けど。
「ヒイロさん……!」
けど、脳裏にヒイロさんの姿が浮かんだ瞬間。
「……」
覚悟が決ま──。
『まて……まて……』
「……!?」
どこかから……何かの声が聞こえる。
『此奴はいたぶろう……散々いたぶろう……』
『む……?』
今いるおかめん星人のさらに奥から、彼らは音もなく現れた。
……その星人たちはそれぞれ違う能面の顔をしており、しかし全員が私をあざ笑うかのような目でこちらを見ていた。
『それがいい……同胞の仇……』
『なるほど確かに……』
『いたぶろう……そうしよう……』
『首は最後……まずは指から……』
そして彼らは、能面の顔を歪めながら刀に手を置く。
「……そん、な……」
戦意が揺れる。
一体ですら、勝てる気がしなかったのに──。
『同胞の仇……』
『うむ……』
覚悟が打ち壊される。
新たに現れた四体の星人は、こちらに指を立てて宣言した。
『まずは指一本!』
ヒイロ、さん──。