「……」
……酷い怪我だ。
左手首から先は引きちぎれ、右腕は肩から切り落とされている。
両足も乱雑に途切れている。この傷ではもう……長くは無いだろう。
「……ヒイロ……さん」
「……立花…………俺は……」
「やっぱり、来てくれた」
「……」
しかしそれでも、立花は優しく俺に微笑みかける。
「……私の……ヒーロー……」
その言葉は、深く……俺の心に突き刺さっていく。
『おおお……我が……我が同胞……』
『何奴……貴様……』
背後から星人どもの声が聞こえ、喚きたてる。
ここじゃアイツらが邪魔だ。
「……チッ」
スーツに渾身の力を籠め、アスファルトを砕きながら跳躍する。
立花を抱え風切り音と共に空を駆け、幾らか離れた場所へと降り立つ。
スーツが着地を緩和するように空気を排出し……立花に衝撃を与えないようにスーツが殺しきれなかった衝撃を受け止める。
着陸したのは目に付いた中で一番高層のビル。あの人型星人ではここまで来れない。
そのビルの屋上に立花を寝かす。
「おい立花」
「っ……はっ、はっ……」
「……」
出血が酷い。体中に酸素が運ばれなくなり、それを補う様に呼吸が異常になっている。
……持って、五分か。
傷の部分をきつく結んで、申し訳程度の応急処置をしながら立花に語り掛ける。
「……立花。辛くても返事をしろ」
「はっ、はっ……は、い……」
顔色がドンドン悪くなる立花に、矢継ぎ早に声を掛け続ける。
「まだ、俺をヒーローと呼ぶんなら……死ぬな。何が有っても目を閉じるな。生きることを……諦めるな」
「……はっ、い……」
数分前の自分の痴態を棚に上げて、立花にそんな事を告げる。どの口が死ぬなと、この少女に願っている。
けれど立花は何の疑いもなく頷く。
「……」
本当、何で俺なんか好きになっちまったんだろうな。
汗で額に張り付いた立花の髪を分けて整えて、頬を撫でる。
助けてみせる。今度こそ……間に合わせてみせる。
ゆらりと立ち上がり、眼下に広がる街を見下ろす。
三分だ。
三分で全てを片付ける。軽く振り返り、立花に語り掛ける。
「──そこで見とけ。
「! ……っはい」
◇
彼の人生を一言で語るのなら……『迷走』だろう。
母の思いを自己解釈し、本来の目的を忘れてひたすらに戦い続けた。
果たしてそんな彼の人生に意味はあったのだろうか。
そんなものは無い。
ヒイロ自身が言う通り、迷走し続けた彼の人生に意味なんてなかった。
──しかし。
『! 貴様……どこに消えておった……』
彼は生きる意味に出会った。
欠けていた歯車を埋めるように、ヒーローへのラストピースは埋められた。
「全員同時に来い。まとめて相手してやる」
『……』
『仇……』
『同胞の仇……』
『天誅……必罰……』
煽るように手招くと、星人たちは先ほどまでの動揺が嘘の様に消え、純粋な殺意をヒイロへとぶつける。
「……」
そしてヒイロは、足元に落ちている響が使っていたガンツソードに一瞬目をやり──。
『きィぇぇぇぇァ!!』
その瞬間を狙う様に般若の能面が飛び掛かる。
ガンツソードを蹴り上げて手に取ると、そのままスウェーで般若の斬撃を避ける。
『仇ィ!』
しかし間髪入れずに女系の能面が飛び掛かり、般若と共に切りかかる。
「……」
そんな、危機的状況にもかかわらず……ヒイロは落ち着いていた。
最小限の体の動きで能面の達人級の攻撃をいなし続ける。
その間も視線は、未だに動かずにいる二体の能面に向けられた。
『きぇぇッ』
『アアッ!』
腕を組み、傍目には嬲られているとも見えるヒイロを面を歪ませながら見ている鬼のような能面。
そして、現れた時から最も威圧感を放っていた翁。
彼らは攻撃には加担せず、傍観を決めていた。
「ふっ」
故に。
あくまでも様子見をしていた翁とは違い、完全に油断しきっていた鬼に向けて──。
どこか片手間に、致死の一閃を浴びせた。
『ぁえ?』
その一撃は完全に虚を突き、鬼は何も理解できないまま、断面から血を噴き出して倒れ伏した。
唐突に死んだ同胞。その事実を受け入れるため、ヒイロに攻撃を仕掛けていた二体の能面は動きを止めた。
『なっ……』
『きさ──』
当然そんな隙を逃すはずもなく……一瞬でガンツソードを縮め、返す刀を二体に浴びせ──。
『……』
「むっ」
る事は叶わなかった。
鬼が殺された直後、誰よりも俊敏に動いた翁だった。彼は全身の筋肉を隆起させながら……怒りに全身を震わせながら。
あの時、響を殺そうとした瞬間よりも……更に強力な殺意を発していた。
『貴殿ら……逃げろ……』
『むぅ……! 何を……!?』
『行け……大阪へ……』
『ばかな……仇を……』
『いけぇい!』
ギリギリとヒイロとの鍔迫り合いを演じつつも、二人となってしまった能面たちに決死の勢いで……逃げろ、と。
「……」
能面二人は翁の異様な迫力に飲まれたように息をのむと、不承不承ながらに駆けていく。
そして──。
『おぉおおぉぉおおおお!!』
異様の面を怒りと悲しみに歪めながら……渾身の力を込めてヒイロを刀ごと引き裂こうとする。
「……ふん」
けれど、そんなものに構っている暇が有るかと……ヒイロは刀を翻して鍔迫り合いから抜け出し、ハイキックを翁の顔面へと叩き込む。
速度は十分。しかし翁は……それを刀の柄で受け止める。
「むっ」
数瞬、両者の間に風が流れる。
『がアアッ』
「ふっ──」
互いに不意を突くようにもう一撃を放つと、夜の八王子に火花が散る。
『アァッ』
翁はさらに速度を上げていく。それはすでに音速の域を超え、目で終える速度の限界に迫ろうとしていた。そんな速度で、ヒイロの前面三百六十度全てから斬撃が飛んでくるとでも言わんばかりの連撃は、ヒイロをしてなお完全には捌ききれずにスーツに切れ込みが入っていく。
『キィェェッ』
「……ふむ」
互いに火花を散らしながら、しかし形勢はヒイロが徐々に押される形となっていく。
けれどヒイロは、頬を裂かれながらも冷や汗の一つも流さず。
無表情を貫き通して軽く息を吐き──。
「なるほど……分かった。分かった」
ヒイロは刀の打ち合いの中、ハンズアップした。
『……ッ!?』
諦めとも取れるその行動……しかし翁は動きを止めた。
あれはカウンターを狙ったモノ。今手を出していればやられて──。
「止めだ。お前は時間がかかる」
『……何を──』
まるで参ったとでもいう様に軽く手をあげると、ヒイロは軽く後ろに飛ぶ。
まさか、本当にあきらめた……?
翁はその行動の真意を理解できず警戒していたが、ヒイロの方は翁のことなど気にも留めないとばかりにコントローラーを取り出し、軽く見つめる。
そして──。
「そこに居ろよ」
響を連れ去った時の様に跳躍すると、ヒイロは翁の前から姿を消した。
『……』
まさかの逃亡。確かに劣勢ではあったが、あそこまで潔く逃げられるものか……?
幾ばくかの疑念を抱きながらも、能面の翁は一人仲間の死体が転がる広場に残される。
『……』
……誰もいなくなって、彼はようやく安心した。
あの男は強かった。もう一人の女は武器にかまけただけの初心者にしか思えなかったが……だが女だけは殺す事が叶った。あの出血ではもう生きてはいまい。
『……すまぬ……同胞よ……すまぬ……』
翁は自身のすぐ横で死んでいった鬼に向けてぽつりぽつりと謝罪を零していく。
翁は情に厚い男だった。仲間を思い、仲間に思われ。おかめん星人の中でもトップクラスの実力にふさわしい人格と長の能力を兼ね備えていた。
そんな彼をしても、ハンターからは逃げる事が叶わなかった。
能面の連中は強いが、それ以外の者たちは戦いに向いているとは言えなかった。だからこそ細々と暮らしていたが……標的に選ばれてしまった。
同胞の多くは死に、能面すら殺された。しかし二人は生きる。彼らは大阪に向かった。あそこの頭領であれば二人を受け入れてくれるはずだ。
『……』
……いや、私もすぐに彼らを追いかけよう。きっとすぐに会える。
翁は一人、刀をしまい……死んでいった仲間に祈りを──。
直後、爆音が鳴り響く。
『!? な……何が……!?』
ドギャッ。ガガガッ。バギャン。ドゴン。
映画でしか聞かないような異様な音は大きく移動しながら鳴り響き、ズンッ!! という何かを叩きつけるような爆音で地面が揺れる。
そして──。
『何ッ……』
ズズンッ、と。
困惑する翁の背後に……何かが着地した。
『……』
「よう」
それは逃げた筈の男。
何を……。
困惑しつつも、咄嗟に男を観察した翁は……気付いた。
『……っお』
彼は両手に、何かを持っていた。
『おおッ』
それは無機質な……。
『おお……おおおおォォォォ!!』
それを認識した瞬間、翁は一人、怒りのままに飛び掛かる。
──そしてそれは、翁が見せた最も大きな隙。
「──」
ヒイロは能面の首を捨て、飛び掛かる翁にYガンを浴びせかける。
『!?』
初見の武器に対応が遅れた翁は、避けられない空中でYガンのワイヤーに全身を絡めとられ、そのまま飛び掛かった勢いのまま地面を転がる。
暫く呻いていた翁は、血走った目で彼らの言葉を口走る。
『……kono……mazakonngaa! 』
「……」
『hahaoyadenuitakotoarisou! kokuhakutoraumaninattesou! 』
それは、聞くに堪えない罵倒の言葉なのだろう。
もはや彼しか使う事のない言葉を喚き散らすのを見ながら、ヒイロは冷めた目でYガンのトリガーを押す。
『onnnanokonikabawaretehazukasikuna──!』
最期まで怨嗟の声を発しながら……翁は『上』へと送られていった。
「……二分と五十一秒……大丈夫だ……きっと……間に合っててくれ」
誰もいなくなった広場でヒイロは呟く。
……転送が始まった。
◇
「……あれ?」
ん、んん?
「……へ、部屋……?」
な、なに──っ!?
こ、これは……!? 今まで戦っていたおかめん星人は!?
……え。あれ?
本当に何してたんだ、私……。
「何一つ覚えてない……っ、て、そうだ! ヒイロさん!」
部屋を見渡してもヒイロさんの姿は確認できない。
「っ、ヒイロさん! どこにいるのヒイロさん!? ガンツ! 早くヒイロさん転送して! しろぉ!!」
何度呼んでもヒイロさんの声は帰ってこなく、ガンツの黒々としたボディを叩いてみるも、ウンともスンともしない。
「……嘘……ヒイロさん……」
もしかして、私……賭けに、負けて……。
「ヒイロ……さん……っ」
ガンツに縋りついて大粒の涙を流す……負けちゃった……ヒイロさん……ヒイロさ──。
「え?」
と、ジジジ……という電子音が鳴り響き、細い光が何時かの様に私に当たる。
これっは……!
「……先に転送されてたか、立──!」
「ヒイロさん!」
「!? おい離れろ!」
転送されてきたヒイロさんに抱きつく。
ヒイロさんは困惑した表情で私を離そうとするけれど、諦めた様にため息を吐いた。
よかった。ヒイロさん、生きてた……。
「よかった……私、ちゃんと星人を倒せたんですね……」
「……」
「……あれ? でもなんで……ヒイロさんがスーツを着てるんですか?」
徐々に転送されてきたヒイロさんを見て違和感に気づく。
何故かヒイロさんがスーツを着ていた。おかしい、ヒイロさんは喪服しか着てなかったはずなのに……。
「ああ。それは……」
「……?」
「ちょっと、な」
ヒイロさんは少し言いよどみ、私の目を見つめ返した。
「……」
「……?」
暫く口をパクパクとさせたかと思うと、ヒイロさんはようやく話し出した。
「賭けは無くなった」
「え?」
そして、語られた内容は驚愕の話だった。
「……じゃ、あ……賭けは私の、負け……」
私は星人に殺されかけていたそうだ。
それをヒイロさんに助けてもらって……大けがを負った状態でガンツに部屋に戻されると、怪我をする前の状態の記憶になる。確かにヒイロさんのメモ帳にはそんな事が書かれていた気がするけど……まさか本当に……。
「ヒ、ヒイロさん……」
いや、記憶がない云々は大した話じゃなくて、問題はヒイロさんが──。
「言っただろ。賭けは無くなった」
「え?」
「……俺も少し、生きてみたいって……思ったんだよ」
ヒイロさんは、そっぽを向きながらそんな風に言った。
夜が明け、俄かに明るくなってきた空がヒイロさんの顔を照らして……少し赤く見える。
「それっ、て……」
「……」
「私の告白は……オッケーって事ですよね!?」
「え?」
間の抜けた声を漏らしたヒイロさんは、予想外だと言わんばかりに目を見開いてこっちを見ていた。
「だ、だって……話の流れ的に……私が告白したから……生きていたいって思ったんじゃ……」
言ってて恥ずかしくなるけど、もじもじと頬を隠しながらヒイロさんに尋ねる。
ヒイロさんは暫く何も答えなかったけど、今まで見たことないほどに焦りながら言葉を連ねた。
「お前……もしかして何か覚えてるのか……?」
「!? な、何か私が忘れている、忘れている何かが有ったんですか!?」
「はぁっ!? ち、違うッつの!」
も、もしかしてAぐらいならやってる可能性──。
「勘違いするなよ! 俺が生きたいって思ったのはお前の告白じゃねぇ! ……ただ──」
ヒイロさんはそこで何か言い淀んで、今度は私の方を見て……太陽の光じゃなくて、本当に顔を赤くしながら、ぽつりと零した。
「お前の作る飯が……また、食べたかった」
「……」
「生きる意味が……出来たんだ」
ガンツは、空気を察しているかのように沈黙している。
それが今は凄く有難かった。
……今のこの瞬間が、とても幸せで。ずっとずっと続いて欲しいと思うくらい、ヒイロさんの言葉は……嬉しかった。
「……じゃあ、生きなきゃですね!」
「……おう」
「もう朝になっちゃいましたけど、帰ったらハンバーグ、用意してありますから!」
「……そうか。なら……」
帰ろう。一緒に。
ヒイロさんは、憑き物が落ちたようにそう言った。