それは朝日が差し始めた明朝のこと。
「……」
「ふっ、ふっ、ふっ」
それは昼下がりのジムでの事。
「三十一……! 三十二……!」
「……」
夕方、日も落ちはじめたプールでの事。
「……っ……!」
「……」
そしてそれは、完全に日が暮れたミッションでの事。
「せいっ!」
「……」
彼女の繰り出した一撃はノイズの脳天を捉え、そのまま破壊する。
……そして、彼女は遂に……一度も息を切らす事なく、一日を終えた。
「……」
あれほどの短期間で立花響は……当初ヒイロが目指していた目標を完全に超えてきた。
それも一週間と経たずに。肉体的な面では最低限のラインは超えているだろう。
そして──。
ビッキー(笑)
19てん
total 103てん
百点めにゅ~からえらんでください
「あっ……」
遂には、部屋に呼ばれて一か月程度で……百点クリアを果たした。
ガンツの表示が切り替わり、百点メニューが表示され、三つの選択肢が示された。
「百点……」
響は呆然とそれを見ていたが、ヒイロは全くの無感動の様子でそれを見ている。
何故ならばそれは分かり切っていた事だから。
今の響であればノイズミッションでない通常のミッションでも悠々とクリアできていただろう。
(戦いを教えたばかりでこれか……センスの塊だな)
前回の能面レベルの相手との直接戦闘はまだ無理だろうが、それでも前回ほど後れを取ることはないだろう。
「ヒ、ヒイロさん……」
と。ヒイロがどこか冷静にそんな事を考えていると、少しばかりドギマギした様子の響が声を掛けてきた。
「どうした?」
「その……二番、で……良いんですよね?」
「……」
その声には、ほんの少しばかりの……動揺の様な、そんな色が含まれていた。
そんな響の姿に、在りし日の事を思い出す。
「解放されたいか?」
「えっ?」
ヒイロが響にそう問いかけると、彼女は本当に間の抜けたような声で返した。
そんな響の様子に気づいていないヒイロは、すらすらと言葉を重ねる。
「それもいい。今からもう一人のお前を殺してすり替わることだって……実際は可能な訳だからな」
「え? いや、違くて……」
「まぁ……解放の選択肢を突き付けられて覚悟が鈍るってのはよくある話だ。お前が望むなら、もう一人の──」
「違います!!」
ヒイロにその先は言わせないとばかりに、響はどこか怒りの表情を浮かべて大声を発した。
「……そんな事、私は望んでませんから」
響がヒイロに対してここまでの怒りの感情を見せたことは初めての事だった。
ヒイロにしてみても響の反応は予想外だったのか、暫く驚いたように目を剥いて、伏せる。
「……そうか」
「……」
暫く気まずい沈黙が場に降りるが……そんな空気を切り裂くように響が声をあげた。
「あのっ! ……二番って、具体的にどうなるんですか?」
「……どうなる、とは?」
「正直強力な武器ってのが何なのか……よくわからなくて」
「……ああ、そういう……」
ヒイロは響の言っている意味がよく分からなかったが、続く言葉でようやく理解した。
「……まず、一回目のクリアで手に入るのが……Zガンだ」
「え? Zガン?」
「そうだ。……俺が居る状況だとあまり意味はないかもしれんが……二番を選ぶか?」
「……? あまり意味がない?」
「そいつは後で説明する。ともかく、どうする?」
試すような問いかけに、しかし響は力強く頷いた。
「そんなの、決まってます……!」
響は、望む百点メニューを指で示した。
「ガンツ、二番で!」
……暫くの沈黙の後、ガンツのもう一つの部屋から何かが落ちる音がした。
「……」
「……」
「あれ、もう終わり……?」
「ああ」
意気揚々と選択した割には凄い薄味な展開に、少しガックシとくる響だったが……そんな響を無視してガンツの採点は続く。
ひーろー
0てん
ひーろーというよりほごしゃ、兄だな
しかしなぜ零てんを……?
total 54てん
「え? 0?」
「……ま、そんな日もある」
今までどんな時だって一点は取っていたヒイロだというのに、今日は打って変わって0点。
何か作為を感じざるを得なかった。
──まぁ、単に響の調子を確認するために補佐に回っていただけなのだが。
けれどそんな事はおくびにも出さず、意外そうな表情を浮かべていた響を無視してヒイロはガンツのすぐ横に歩いていく。
「?」
「お前にまだ、二番の報酬について詳しく言っていなかったな」
そして、そこに放り投げられている古びたノートを取り出した。
「こいつ、見た事あるか?」
「……? ……あっ!」
それは、初めてこの部屋に来た時の事。訳も分からず手に取って、結局読めず仕舞いで終わってしまったノートだ。
怒涛の展開の連続で響が今の今まで忘れていたそのノートを、ヒイロは手渡した。
「見てみろ」
「……はい」
渡されたノートは古びており……表紙は霞んでいる。
「うーん……『ブラック……』」
今もそのノート……何かの冊子の表紙は読み取れない。
しかし。
「そいつは『ブラックボール取扱説明書』だ」
「……え?」
読めないでいた響に助けを出す様に、ヒイロは表紙を読み上げた。
とはいえ……その内容は響の脳を混乱させるモノでしかなかったが。
「ブ、ブラックボール取扱説明書……?」
「そうだ。要はこの……ガンツの取説だな」
「え、えぇ!?」
とんでもない内容に中身を確認してみると、ガンツの……ブラックボールが分解された様子の図面だとか、使用上の注意とか、故障かな? と思った時のQ&Aのページまで有る。
と、最後の方のページで思わず手が止まる。
「ほ、保証書……」
響は思わず半笑いになってしまった。ご丁寧に保証書まで付いている。
会社名は……。
「マ……マイ……」
「マイエルバッハ。ガンツを製造したドイツの会社だな」
「……」
「ハインツ・ベルンシュタインを旗下にここ数十年で一気に大企業となった世界有数の会社だ」
「……」
「つっても、多分知らないよな。何せ、具体的に何をしている会社なのかよく分かっていないんだからな。皆良く分からないまま……金融とか……エネルギー系とか……環境系の会社だッて、世間的には言われてる」
「……」
情報の洪水に飲まれ、頭が混乱している響を見て、どこか遠い昔の事を思い出すかのように……ヒイロは語り続ける。
「マイエルバッハは世界各国の企業にガンツを売りさばいて、ブラックボールを世界中に置いている」
その言葉に、ようやく響が反応を示した。
「……じゃ、じゃあっ……こ、この人たちが……くっ、黒幕っ……?」
「違う。マイエルバッハは単に利用されているだけだ」
バッサリと、響の答えを切り捨てる。
「……利用……」
「そうだ。あそこは何も知らなかった。ある日いきなり、ガンツを作れるだけの技術力が何処からともなくポンッて湧いて出たんだよ」
「そんな事が……」
「そうとしか言えない。幾ら調べても……マイエルバッハの技術の元は分からなかった……」
「……」
響は絶句して、手に抱えていた取説を落としそうになる。
しかし落としかけた取説をキャッチしたヒイロは、取説をペラペラとめくる。
「……立花。マイエルバッハについては後でもっと詳しく教えてやる。今は……」
そして、あるページで手を止めたかと思うと……それを響に見せた。
「ガンツの百点武器についてだ」
◇
「一回目クリア報酬……Zガン」
それは、説明書とは別に……人の手で書かれた記載だった。
最初に見たときは気付かなかったけれど、取扱説明書の余白などに所狭しと書かれている。
「こいつは前に部屋に居た奴が残した『ブラックボール取扱説明書』だ。こいつには……この取説に書かれていない事、実体験なんかや実際のクリア報酬なんかが書かれている」
「……前……」
前、とは恐らく……ヒイロさんが言っていた、私みたいに元となった人間が生きているのにこの部屋に呼ばれてしまった人……なのだろうか。
最初のページの方に行くと、何か……この部屋に来た人への警告? のようなものが書かれている。
ペラペラと、最初に見たときは良く見えていなかった部分を確認するように見ていく。
「二回目クリア……飛行ユニット……」
「……」
「三回目クリア……ハードスーツ(頭)?」
「ああ。そいつは……今着ているスーツより強力なスーツだ」
「ハードスーツ……頭って事は……他の部位もあるってことですか?」
「ああ。六回目のクリアで全部の部位がそろう」
「そろうと?」
「そこそこ頑丈なスーツの出来上がりだ」
「……」
なんかほねほねザウルスのシークレットみたいだ……。
妙な感想を抱きつつ読み進めていくと、中には凄い武器の羅列が有って……その中でもとんでもないクリア報酬が有った。
「……十回クリア……ブラックボールの使用権限……」
かっこ書きで取説、と書いてあるのを見るに……この取説そのものが十回クリアの報酬?
「これって……ガンツの能力を、使えるようになる……?」
「そうだ。そして……俺が十回目のクリアをしてから、
「……え?」
一瞬、ヒイロさんが何を言っているのか分からなかった。
というか、今も分からなかった。
ガンツの中に……人!?
「見てみろ」
「は、はい……!」
採点が終わった後、ガンツは開きっぱなしになる。
何度かチラ見したことはあったけど、人なんて見たことない。
「……」
案の定、ガンツの中には誰も入っていなかった。
……けれど、言われてみれば確かに……人が入れそうな感じは……する。でも今開いてるガンツが閉じたら凄いことにならない?
「ま、信じられないよな。だが実際……俺が来た時には、
「……」
「……それが、ガンツの使用権限ゲットの後に居なくなる……恐らくガンツの使用権限ってのは、此奴の中に入る権利でもある……んだと思う」
「……中に入る?」
……ヒイロさんは、あくまでも未確認の情報を教えるかのようにそう言った。
「……こ、この中に入ったら……どうなるんですか?」
何故か、酷く怖くなって……ガンツの中の事について聞いてみる。
「分かんねぇ。……ただ何となく……後任者……次の奴が来ない限りずっと……こいつの中だろうな」
「──」
あやふやな、けれどどこか確信を持ったいい方に肝が冷えた。
それは権限を持つ人にだけ分かる感覚なんだと思う。急にヒイロさんが遠くに行ってしまいそうで、とても怖くなった。
「あ、あのっ! ヒイロさんはガンツにならないで下さいね!」
「あん? いや、別に入らなくてもガンツの操作は出来るし……それに恐らく、本人が望まない限りはガンツの部品になんてなれねぇ」
「っ……」
「安心しろ。お前がいる限りはんな事するつもりはねぇ」
……まぁ、ならいいけど。
ジトッと、脅すようなことを言ってきたヒイロさんに視線を向けるけれど、ヒイロさんは大して気にした様子もなく、先を読めと顎でしゃくった。
ヒイロさんの私に対する態度が最近本当にひどい! ほんの少し怒りながら読み進めると、また凄い文面が飛んでくる。
「……十一回クリア……既存武器の……無制限使用権!?」
「ああ……そいつのおかげで俺は武器に困らなくなった。……お前がさっき手に入れたZガンも出せる」
「え?」
とんだ死体蹴りが入った。
百点武器もいけるの!? 私のZガンは……!?
「ハードスーツもロボも無論いける」
「じゃ、じゃあこの……XガンとかYガンの接続ユニット? 的な奴も……」
「当然いける」
……嘘……私の百点の意味……。
「まぁ気にすんな。とりあえず、何となく百点武器の事については分かっただろ?」
「……ええまぁ」
少しぶーたれた様に答えると、ヒイロさんは子供でもあやす様に話し始めた。
「不貞腐れんな。百点武器ってのは基本積み重ねだ。だからお前には……当然十回クリア以上を目指してもらう」
「……じゅ、十回クリア……」
「ガンツを動かせる奴は多いほうがいいだろ。トレーニングも当然今よりキツイものにしていく」
「え!? あれ以上にキツイトレーニングを!?」
え? そんな車の免許持ちは二人いたほうがいいよねくらいのノリで!?
十回クリアを!?
現状で既にトライアスロン並みだよ!?
なんて叫びたくなるような私に、ヒイロさんは追い打ちをかけるようにこう言った。
「当然だ。最終的には……俺以上に強くなってもらう」
「──」
ドン引きしかなかった。
ヒイロさんより強く……? 無理無理、絶対に無理!
「へこたれるな立花、頑張れ」
「無理ですってぇ!」
絶句している私を見て何を思ったのか、ヒイロさんは喝を入れるように叫ぶ。
「飯食って通信教育して寝る! 男の鍛錬はそれで十分だ!」
「私、女です!!」
「じゃあ女もそれで十分!」
「雑!?」
悲鳴を上げるようにヒイロさんに抗議しても、ヒイロさんは全く取り合ってもらえなかった。
「うぇぇ……無理だってぇ……」
そう言いながらも、この取説に書かれていた……十回から上の百点武器。
つまりは……
思わず目に留まるのは……ヒイロさんが欲してやまなかった力。
そして恐らく、ヒイロさんが手に入れた力。
十七回クリア──ミッション外での回復能力使用権限。
「……」
私が届く……レベルなの──?