「──ち、違いますっ!?」
それはもう、怖かった。
本当の本当に怖かった。
一瞬で目に涙が溜まって、鼻声になる。
「……チッ」
お兄さんはそんな私を見て、やっぱり舌打ちをしながら言葉をつづけた。
「お前さ……自分の立場分かってんの?」
「……す、すみません! ごめんなさい! 許してください……」
私はしどろもどろになりながら謝罪の言葉を続ける。
「チッ……」
「ひっ」
しかしその言葉が通じたのか通じなかったのか。
「お前に言われるまでもなく向かうつもりだッつの」
「は、はぃ……」
お兄さんは舌打ちを打ちながら、今度は私の手を引くことはなくずんずんと歩き始めた。
「……」
「……」
私も遅れまいとついていくけど、互いに無言のまま気まずい空気になる。
けど、ようやく現状のことを考えられるようになった。
……ちらりとお兄さんの方を見る。
さっきの話……本当なんだろうか。あの黒い球が死んだ人を生き返らせて殺し合いをさせるっていう話は……。お兄さんのウソ……なのかな。でもそうとも思えない。今のところお兄さんはウソを言っていないし。
このスーツは本当にノイズの炭化を防いでいるし、お兄さんが渡してきた武器は本当にノイズに有効だった。
それに、あの状況だったら死んでいても全くおかしくはないし……。
「……あっ」
「……?」
なんて、そんな事を考えていたら、急にお兄さんが足を止めた。
お兄さんはしきりに手元の機械を見ながら私の前を先行して歩いていたけど何かあったのだろうか。
「クッソ……間に合わなかったか……」
「? あの……」
不可解な言葉を続けるお兄さんだったけど、何が起こったのかをお兄さんに聞くよりも早く、またジジジ、という電子音が聞こえてきた。
「あっ」
「……あーあ……転送も始まっちまったな……」
「て、転送って……うぇ!?」
そしてすぐに視界が切り替わって、さっきまで私が居たあの部屋に戻ってきた。
「な、なにこれ!? って、私浮いてる……!?」
部屋から外に出た時はあまり余裕がなかったので気付かなかったけど、なんか私の首から下がない!
どういう事!? 私の首から下は何処!?
「……あっ……出てきた……」
一瞬焦ったものの、暫くしたら首から下が出てきた。
そしてまた暫く待つと、全身が出てくる。
「……これが、転送……?」
お兄さんが言っていた言葉。意味的には、さっきまでいた場所からこの部屋に送られてきたって事だろうけど……。
「……ど、どういう理屈……?」
いつの間に人類はこんな事を出来るように!?
これって瞬間移動だよね!?
「……あっ」
人類の進歩に戦々恐々していた私だったけど、また暫くしたら黒い玉から光が放たれた。
「……」
「……」
そしてそれはお兄さんの像を描いて、私のように頭から下まで体を送られてきた。
「……あ、あのぉ~」
「ガンツ。採点始めろ」
「ぁ、はい……無視ですよねやっぱり……」
私を無視して、お兄さんは黒い玉に話しかける。ちょっとムッとするけど、だからと言ってそれを言えるほどの勇気は私にはなかった。
そしてお兄さんの言葉に呼応するように、黒い玉から鈴の音が鳴った。
『それぢわ ちいてんをはじぬる』
「……採点?」
誤字だらけの文字が表示されたかと思うと、黒い玉の表面が切り替わる。
ビッキー(笑)
2てん
げろげろはきすぎ
ぱんツはかづにうろつきすぎ
「……なにこれ」
「ガンツの採点だ。点数以外の事は気にするな」
「……」
お兄さんがそう言うと、黒い玉の表示が切り替わった。
ひーろー
23てん
つばさちゃんみれなくてざんねんだったね(笑)
total 90てん
あと10てんでおわり
「……」
「つば……え?」
「……点数以外気にすんなって言わなかったか?」
「あ……はい……」
黒い球にひーろー? と呼ばれたお兄さんは、どこか気まずそうに顔を背ける。
私も何か触れちゃいけない気がしたので、とりあえずは黙っておくことにした。
少し微妙な空気が流れるも、お兄さんの採点……も終わったのか黒い玉の表示も消えた。
「……」
「……」
暫くは沈黙が場を支配していたけど、私は勇気を振り絞ってお兄さんに喋りかけた。
「……あのっ!」
「……」
「教えて……くれませんか? 今までの……事とか……色々……」
「……」
お兄さんは私の方を一瞥して、ふんと鼻を鳴らす。
「……俺の知っている事なら……なんなりと」
さっきまでの態度とは打って変わって、お兄さんはすんなりと応じてくれた。
「あの……じゃあ、さっきのは何なんですか?」
黒い玉によっかかりながら私を見ていたお兄さんは、少し怪訝な顔で返答した。
「さっきの? 転送の事か?」
「あ、はい」
「いや、転送は転送だが……」
「えっと……その、どうやってやってるのかなぁって……」
「いや……知らんが」
「え、えぇ? お兄さんが動かしてるんですよね!?」
お兄さんは一瞬返答に詰まったが、しかしすぐに答えた。
「じゃあ聞くが、お前は携帯や精密機器がどーやって動いてるのか知ってるのか? 知らねーだろ。誰だってそーだ。それと同じだ」
「……」
凄い身も蓋もない事を言い出すお兄さん。
いや、そりゃまあそうだけど……。
どこか煙に巻かれたような返答に困惑する。
「じゃあ、その……私は生きてるんですか?」
多分これ以上聞いても答えてくれそうには無かったので、質問を変えることにした。
ミッション? の時に少しだけ聞いたけど、あの黒い玉……お兄さんはガンツって呼んでるけど……が、事故か何かで死んだ人間を、生き返らせて化物と殺し合いをさせる。
私には死んだときの記憶が有る。……正直あまり死んだ自覚は無いけど。
あの時はサラッと流したけど、今の私がどういう状態なのか凄く気になる。
「ああ。生きてる」
「……」
意外な事に、お兄さんは私の疑問に即答した。
「だが……正確に言えば完全に生き返った訳じゃない」
「……え?」
「おいガンツ、百点メニューだ。メニュー見せろ!」
お兄さんはいきなり叫びながら、ガンツに腕を突っ込んで何かぐりぐりと弄りだした。
「あ、あの……?」
「おいガンツ! 無視すんじゃねぇっつの!」
「……」
お兄さんは私の事を無視しながら、ガンツに向かって叫ぶ。
「あっ」
暫くするとガンツの表面に文字が映し出された。
1.記憶をけされて解放される
2.より強力な武器を与えられる
3.MEMORYの中から人間を再生する
「これが……百点メニュー……?」
「そうだ。百点を貯めるとこの中から一つ選ぶことが出来る。一番を選べば晴れて完全に解放……生き返ることが出来る、という訳だ」
百点を取れば……解放……。
「……あの、じゃあ百点を取らなかったら……どうなるんですか?」
「……解放されるまで延々と……ガンツにこの部屋に呼ばれることになるな」
「……延々と……」
……確か私は……さっき二点取ったから……後九十八点……必要って事?
「ノイズを倒しても……二点しか貰えないん……ですか?」
「まぁ……雑魚だしなあいつら」
「雑魚?」
お兄さんは信じられないことを何でもないように宣った。
だって……ノイズだよ? あんなに人に……被害を出してるノイズを、雑魚って……。
「で? 聞きたい事ってそれだけか?」
「え、あ……ま、まだあります!」
お兄さんに声を掛けられるまで呆然と考えていたが、ハッとして声を上げた。
「……お兄さんは何者なんですか?」
「…………俺?」
「お兄さんが、今までの事を全部……やったんですか?」
それは、ずっと感じていた疑問。
お兄さんは最初から服の下に黒いスーツを着ていたし、お兄さんの言葉にガンツは反応するし……とにかく怪しい雰囲気がぷんぷんする。
「……」
お兄さんは私を一瞥して、サラッととんでもない事を言い出した。
「……俺は……宇宙人だ」
「え!?」
う、宇宙人!?
それは流石に予想外と、思わず後退る私を見て、お兄さんは面白そうに鼻で笑った。
「嘘だ……。人間だよ……普通の……」
「え、ぇぇ……」
困惑する私を見て、お兄さんは意地の悪い笑みを浮かべた。
「俺は……普通の、普通の大学生だ」
「……大学生……」
お兄さんはどこか昔を懐かしむかのように遠くを見つめながら、語りだす。
「ただ……ここに来たのは……七年前だ」
「……七、年……?」
七年。予想外に大きな数字に困惑する。
もし、お兄さんの言葉が正しければ……七年間も、お兄さんはノイズと戦ってるって事?
「ミッションなんかは全部ガンツがやってる事だ。人を集めるのもガンツが勝手に、死んだ奴を集めてる……」
「……」
「だからお前が来るまではずッと……俺一人でミッションをやっていた」
「……え? 一人で、ですか……?」
「そうだ。その間一度だって……ミッションに関する俺の意思がガンツに通ったことはない」
「……」
私は絶句してしまった。もし、お兄さんの語る所が本当であるのなら……お兄さんは一体、どれだけの……。
「……んだよお前……その目……同情でもしてんのか?」
「あ、す、すみません……」
なんてお兄さんを見ていたら、若干キレ気味に言われてしまった。
「……チッ。でッ? もう質問は終わりか?」
「あ、はい……差し当たっては……」
「あっそ。じゃあ俺はもう帰るわ」
「……あの、私も帰れるんですか?」
「あ? ……ああ。そうだな、ガンツの採点が終わったらもう帰れる」
言い忘れてたわ、といった感じで付け加えたお兄さんは、後ろのドアを指さした。
「それで……また暫くしたらガンツから召集がかかる。精々スーツ忘れない様に気を付けろよ」
「あ……はい」
そう言ってお兄さんはまたガンツの中に腕を突っ込んだ。
「ガンツ……俺の部屋に転送しろ」
「……?」
何を? そう思ってたら、お兄さんの頭が上からどんどん消えていく。
「えっ!? な、何を!?」
「あ、言い忘れてたがこの部屋に関する事を他の人間に言うなよ」
「え、なん──」
「頭が破裂して死ぬ」
「──」
それだけ言って、お兄さんの頭が完全に消えて、徐々に体も消えていった。
「……じょ、冗談……だよ、ね……」
なんて自分で言いながら、頭をペタペタと触ってみる。
正直あり得ない事ばかりで、そう言う事が当然の様に起こりうる気がして本気で怖かった。
「……だ、誰にも言わないでおこ……」
誰かに言っても頭がおかしくなったと思われそうではあるけど。
そんなことを考えつつ、制服に着替えて部屋を出た。
部屋を出て建物の外まで出てみると、外は意外なほどに普通のマンションだった。
というか、ここ何処なんだろう。お兄さんに聞いとけばよかった。
携帯で住所を確認してみると、ここからリディアンの寮まで大体三十分ほどだった。
「……」
近くにバス停もないし……歩くしかないかぁ……。
◇
「あっ」
しばらく歩き始めた所で、一つの事に気付いた。
「スーツ……持ってきちゃったけど、大丈夫だよね?」
何となく持ってきちゃったけど……だ、大丈夫だよね? 頭破裂しない?
いや、でも……なんならお兄さん、着たまま帰ってた? し。
きっと大丈夫……なはず。
「……」
ふと、頭に浮かんだお兄さんの顔を思い出して、ぶるりと震える。
色々と教えてくれたりはしたけど、やっぱり苦手意識は消えない。初対面で服を脱がされたのは初めて……って。
「そ、そうだ! ほっぺ! ……て、あれ?」
今の今まで完全に忘れていたけど、そういえば私お兄さんにほっぺ斬られてた!
このまま帰ったら未来に何て言われるか分からない!
「……傷が……ない……?」
そう思ってほっぺに手を伸ばしてみたものの、そこに傷はなかった。
というか服を着替える時も全然痛くなかった。
携帯を取り出してほっぺを確認してみるも、何処にも傷は無かった。
どういう事……?
「うーん……ガンツ? が治してくれたのかな……」
お兄さんによるとガンツは死んだ人を生き返らせることが出来るらしいし……。
傷を治すことも出来るのかな。
「……」
しかし実際のところどうなのかは分からない。
また今度、お兄さんに聞いてみるしか……。
「あっ」
と、ようやく見慣れた所まで帰ってくることが出来た。
な、長かった……。
あの部屋から寮まで思っていたよりも距離があった。何故か携帯の電話が上手く繋がらなかったから、未来に連絡も出来なかったし……。
「思ったより遅くなっちゃったし……未来、心配して──」
ようやく見えてきたリディアンの寮へと足早に駆け寄ろうとした、その時だった。
「ああ~疲れたぁ~……未来、怒ってるだろうなぁ〜」
私よりも先に、寮へと駆けていく少女の姿が見えた。
「……え?」
その少女は疲れた表情を隠そうともせずに、しかし足早に寮の中へと入っていった。
思わず足が止まり、彼女の姿を凝視する。
「……なんっ……えっ?」
しどろもどろになりながら……しかし、彼女の姿はとても見覚えのあるもので──。
「わた……し?」
寮へと入っていった彼女は……私だった。