「おはようございます! ヒイロさんっ!」
「……」
朝は、まずは目の前に居るヒイロさんを起こすところから始まる。
最近はぐっすりと眠れるというのも有って、きちんと朝起きることが出来るようになってきた。
今まではずっとヒイロさんに叩き起されてばかりだったので、これは凄い進歩だと私は思ってる。
「……おう」
「えへへ……」
ぱちりと目を覚ましたヒイロさんは、一瞬私に気圧されたような表情を浮かべるもすぐに何時も通りのぶっきらぼうな返事を返して体を起こす。
「飯、作るぞ」
「はい!」
起きてすぐ、ヒイロさんは朝ご飯を作り始める。
私はそのすぐ横でヒイロさんのお手伝いをする。
本来なら私がするべき事なんだけど──。
「今日はエッグベネディクトだ……」
「おぉ……シャレオツですね!」
「ふっ……だろ?」
そう言って朝ご飯を作っているヒイロさんはとても楽しそうで、それを手伝っている内にいつの間にか朝ご飯はヒイロさんが作るのが定着してしまった。
……そして朝ご飯を作ったら、ご飯を食べている間に今度は今日の予定の確認。
「今日は大学は無い」
「あの……大学がない日……多くないですか?」
「ふっ……一週間の内全休日が三日も有るからな……」
「えぇ……」
とは言っても、ヒイロさんの大学は無い日の方が多いというか、何というか……。
多分自主休講にしてるだけなんじゃ無いかと踏んでいる。
ヒイロさん、大丈夫なのか?
たまにレポートを書いていたり提出したりしているけど……前にその内容を見たときは、それはもう酷かった。
なにせ板書の丸コピペなんだもの。
良いのそれで?
「……」
「……な、なんだよ……」
「何でもありませーん。勉強はちゃんとやらないと駄目だって思っただけでーす!」
「……」
こうやって意地悪なことを言うと、ヒイロさんは目に見えて落ち込む。
普通の生活だとこんな調子なのに、ミッションではあり得ないほどストイックになるのだから信じられない。
そんなことを考えながらも、ヒイロさんに助け船を出すように語りかける。
「……でも! 元々休みなら問題無いですよね!」
「! そ、そうだな……」
──けれどその実、手を差し伸べるのは私の希望を押し通すためのモノ。
少しホッとした様子のヒイロさんの隙を穿つように畳みかける!
「……そう、問題無い」
「……?」
「休みなら……私とデートしても、問題は無い! ですよね!!」
「え?」
◇
「東京スカイタワー……」
その巨大な塔を仰ぎ、ヒイロは思わずため息をつく。
「ヒイロさーん! 早く行きましょうよー!」
「……はいはい」
デートコースとしてベタすぎて手垢が付きまくりな東京スカイタワー。また日本で一番高いタワーとして観光名所でもあるタワーだ。最もヒイロは来たことが無かったのだが。
まさかこんな所に女の子と来ることになるなんて。
一年前の自分では考えられない状況だ。
「……」
ジトッとした目線を、お土産コーナーで目を輝かせている響へと向ける。
「お前……さすがに食い気が逸りすぎだろ」
「ええっ!? ち、違いますって!」
美味しそうなモノでも見るようにお土産のクッキーを眺めておいてよく言うよ。
そんなことを考えながらも、ヒイロは響の手を握る。
「あっ……」
「ほら、いくぞ」
「は、はい……」
こうやって彼らが手を握るのも、もう何度目だろう。
少なくとも、出会った時とは手を引く意味が違うだろう。
「私って……高校生料金で良いんでしょうか……?」
「どうなんだ……学生証持ってればいけんじゃね?」
料金表の前に立ってあーだこーだと話し合いながらも、ヒイロは二人分のチケットを買い東京スカイタワーの最上階まで上っていく。
そのエレベーターには当然ヒイロたち以外の客が居るためそこまで大きい声では騒げないが、しかしコソコソと内緒話でもするように二人は会話を続ける。
「私……実はここに上るの初めてなんです」
「あー……お前も? 俺もだわ」
「何でしょうかね? 近いと何となくいかなくなるって言うか……」
「分かる……今行かなくても良いかって思ッちまうわ」
……最も、その会話の内容はどうでも良いものなのだが。
だが二人はそんな二人の秘密の会話を楽しむように語り合い、そうしていく内にもエレベーターはどんどん最上階に近づいていく。
そして──。
「おおっ! 高ーい!」
「……」
エレベーターから降りた響は、一目散に展望台まで駆けて東京の町を一望する。
そのはしゃぎようはどこか年相応に思えて、ヒイロは彼女がまだ十五歳の少女であることを思い出す。
「ヒイロさーん!」
「はいはい……んな騒ぐなって」
どこか……昔を懐かしむような表情を浮かべながら──ヒイロは響の下へと歩いて行った。
◇
「……ん?」
「? どうしたんですか? ヒイロさん」
「……」
違和感を覚えたのは……響と同じように町を見下ろせる展望台に来たときだ。
何かが……東京の空に見えた。
「……」
「あの……?」
「響、あれ……見えるか?」
「?」
酷く嫌な予感を覚えながら、隣の響にも聞いてみる。
俺が指を指した方向には、飛行機と言うにはあまりにも低空な位置を飛行している物体。
はっきり言って、見たことは無い。
ただ……あのサイケデリックな見た目と、どこか感じさせる無機質さには覚えがあった。
「……あの」
「……ああ」
「……あれ……ノイズ、ですよね……?」
「……」
……二人共目を合わせ、もう一度確認するようにその飛行物体に目を向ける。
「……ノイズだな」
「……ノイズ、ですね」
「……何でだろうな」
「……何でですかね」
「……」
「……」
俺は展望台の周囲に視線を向ける。ノイズってのは基本群れで来る。単体で来るって事は基本的に無く……。
「……彼奴以外にも三体ほど居るな」
「……っ」
当然の権利のように、あの巨大ノイズは四体同時に、しかも四方から囲むようにこちらに向かってきていた。
逃がさないって感じか。厄介だな。
「……?」
俺がそうしてノイズについて分析していると、ふと響が俺の手を強く握ってきた。
響は軽く視線を周囲に巡らせ……まだノイズに気付いていない一般人を見ている。
家族連れ、カップル、修学旅行生のような奴ら、などなど。
未だ多くの人が巨大ノイズには気付いていないようだ。
「……」
この閉鎖空間の中でのノイズの襲撃。
ここに居る人間が気付いたら……パニックが起こる。
恐らくは人死にが出るレベルのパニックだ。そしてそれは、響にとっちゃ……トラウマみたいなもんで──。
「……はぁ」
何で、今来るんだろうな。
こっちはオフだっつーのに。
まぁ……やるしかねーよな。
「響」
「っ、え? あ、はい!」
虚を突かれたように声を上げる響に、袖を捲ってその下に着ているスーツを見せる。
「やるか? 響」
「!」
一瞬目を見開いた響だったが、すぐに表情を嬉しそうなモノに変えると──。
「……はい、ヒイロさん!」
一も二もなく頷いた。
◇
「……ヒ、ヒイロさん……?」
「何だ?」
「ほ、本気でここで戦うんですか……?」
ノイズと戦う。ヒイロさんからの申し出に一も二もなく頷いたは良いんだけど……。
「こここ、ここ地上何メートルだと!?」
「記録じゃ634メートルだった筈だが……」
「そんな細かい値を聞いてるんじゃ無いんですぅ!」
ミッション外のため普通に人に見られる可能性があるから、常にステルスで戦うって事になった。
見つからないようにステルスの後に転送して貰ったんだけど──。
なんと転送場所は東京スカイタワーの外! 展望台の上のスペースで、一応安定感はあるけれど……。
「うわっ……風強い!」
風が強くて何度も吹き飛ばされそうになる。
怖い! リアルの恐怖! 仮に落ちたらスーツが死んじゃいそうだよ!
「うわわっ……っと?」
と、本当にこけそうになった所を、ヒイロさんが支えてくれた。
「あ、ありがとうございま──」
「気をつけろ。ここから落ちたらさすがにスーツでもダメージを軽減しきれないからな」
「す……」
あ、本当に駄目なんだ。
一気に血の気が引く思いだけど……。
「いよいよおいでなすったな」
「……!」
とうとうその姿の全貌を確認できるほど距離まで、ノイズたちが近づいてきていた。
「恐らく風鳴翼が駆けつけはするだろうが……彼奴らの武器じゃこの高度の敵を倒すのは難しいと思われる」
「……」
ヒイロさんは至極落ち着いた表情のまま四体のノイズを指で差しながら説明を続ける。
「──だから俺らが上から徹底的に叩く。スカイタワーの人間も目に見えるノイズがいなくなりゃ落ち着くだろうしな」
「……はい!」
「つまり作戦はこうだ。各自飛行ユニットで時計回り、反時計回りでノイズ共を叩いていく。あのタイプのノイズが何をしてくるかは分からないから、Xショットガンの射程ギリギリを意識しながら戦えよ」
「はい!」
「よし。飛行ユニットを出す」
ヒイロさんはそう言うと、こめかみの部分に指を当てて二つの飛行ユニットと、XショットガンとXガンを何丁か出した。
「……」
飛行ユニットには銃を納めるためのホルダーがあるので、そこに出された銃を納めていく。
これで準備は完了だろう。後はステルス……。
「あ、そう言えば!」
「なんだ?」
「あの、ステルス中って互いに見えないじゃ無いですか。どうやってお互いを確認しますか?」
「……」
そう、ステルスを起動中は自身の姿を消すことが出来るけど、消えている相手のことを認識できるわけでは無い。
つまり連携とかには不利なのがステルスなんだけど、倒した後どうやって合流しよう……?
「お前……俺を馬鹿にしてんの?」
「えっ?」
「とっくにガンツの機能でステルス中だよ俺らは」
「えっ!?」
「お前さっき確認しただろ……」
思わず手を確認してみるも何時もと何ら変わらないように見える。
え? 本当にステルス中?
よく分からずにいると、ヒイロさんは軽く息を吐いてから説明をしてくれた。
「……ミッションの時、ガンツが俺達と星人のことを隠してるだろ? その機能を使っただけだよ」
「あ、そういうことか!」
と、一瞬混乱したモノのすぐにヒイロさんから答えを教えて貰った。
そうか、ガンツの能力が使えるんならそう言う事も出来るよね。
「これで納得したか? さっさと行くぞ」
「……はい!」
ともかく、それなら何の問題も無い。
飛行ユニットに乗って、起動する。
前に何度か、ヒイロさんとの訓練の時に使い方を教えて貰ったので普通に動かすことは出来る。
「……」
ノイズを、倒す。
ミッションでも何でも無く……ただ、奏さんや翼さんのように……ノイズと、戦う。
それはまるで……まるで──。
「……緊張してるのか? 響」
「……いいえ。ただ──」
少しだけ、もう一人の私と、近づけたような気がしたのだ。
◇
──戦いの結末について言うのなら、一方的、という言葉がふさわしかった。
そもそも“上”を取られた状態ではノイズに出来ることなど殆ど無く、またそれが透明人間による攻撃であるため、一切の反撃も許さず、Xショットガンによって解体されていった。
一つ、ヒイロと響に例外があったとするなら──。
「!? ミサイルだとッ!?」
ヒイロが担当したノイズの二体目を撃破しようとした瞬間、下方から大量のミサイルが飛んできた。
そんなものがノイズに効くわけが無い、というのは小学生だろうと知っている事実。
すわ自身を狙った攻撃かとすら思ったヒイロだったが、意外な事にそのミサイルはノイズに
「!? ノイズに攻撃を!? どういう事だ……!」
特異災害『ノイズ』。
そう呼称される彼らは物理的な干渉を許さず、一方的に人間のみを炭と化す。
彼らに唯一攻撃を通す事が出来るのは、ガンツの武器と、もう一つ。
それは、風鳴翼ともう一人の立花響が身に纏う武装。
通称『アニメのコスプレ』。
その武装の正式名称を知らないヒイロは、彼女たちの武装にそんな不名誉なあだ名を名付けていた。
「……」
何かは分からんが、ノイズに有効な武器というのは気になる。
流石にミサイルならまともな武装だろ、という安易な発想から、 ヒイロは飛行ユニットを繰り出して地上に迫る。
そして目を凝らし、そのミサイルの発射元を……ヒイロは発見した。
「……! あれっはっ……!?」
そこには──。
「……赤い……痴女……」
大胆な格好をした、白髪の痴女の姿を確認した。
またもやコスプレイヤーが増えた。
どういう事だ。
おかしーだろ。
武闘派コスプレイヤー多すぎるだろ……。
「おーい! ヒイロさーん!」
少しがっかりしていると、頭上から響の声が聞こえてくる。
「こっちは倒しきりました──って、どうしたんですか?」
どうやら向こうも全てのノイズを倒したのか、飛行ユニットで滑空しながらこちらに向かってくる。
そしてヒイロが視線を向けていた存在に気付いたのか、その大胆な格好をした少女に目を向ける。
「……」
暫くその少女の事を観察した響は、シラーッとした目でヒイロを見つめた。
「ヒイロさん……もしかして──」
「違うぞ」
「……」
「違うからな」
全力の否定。
しかし響のその軽蔑したような視線がそれる事は無く……ヒイロは話を切り替えるように、すすすっと飛行ユニットの高度を上げた。
「……どうも、まだ地上にノイズが居るらしい。そいつらを狩ろう」
「……」
「……違うからな? 俺は単に、ノイズを倒した武器が気になっただけで……」
「……」
「……何でずっとうす目してるんだ?」
「にらんでるんですけど?」
そう返した後、響は息を吐いて口を尖らせる。
「まぁ良いですけど? 別に、私よりもよっぽど綺麗な人ですもんね」
つーん、と。響はいつになく怒ったような様子で言葉を返す。
「……悪かった。頼むから機嫌を──」
そして、ヒイロが降参だと言わんばかりにペコペコし始めた、その時だった。
「!?」
「えっ!?」
──首筋にぞわりと寒気が走った。
「えっ、なんっ……ガンツ……?」
「……」
現在時刻は未だ昼。
ガンツのミッションが起こる時間とは程遠い。
今までとは全く違う状況を理解出来ずに混乱する響。
だが響とは対照的に、ヒイロは至極落ち着いた表情のまま響に指示を出す。
「響!」
「え、あ、はい!?」
「どっか安全な場所まで移動する! 付いてこい!」
「! はい!」
そう言ってヒイロは辺りを見渡し、この飛行ユニットを乗り捨てられる場所を探す。
「あのビルだ! あそこの屋上で転送を待つ!」
「っ、はい! 分かりました!」
ノイズが居るわけでも無く、また人の気配も無いビルを見つけ、そこに飛行ユニットを走らせる。
そして飛行ユニットを置き、一拍おいた次の瞬間。
「あっ」
転送が始まった。