「ヒイロさーん! ヒイロさーん!?」
私の叫び声は無情なまでに空虚に響き、少しの返事も帰ってくることは無い。
「……ここどこぉ……? ヒイロさん……」
見渡しても見渡しても通路ばかり。たまに部屋のような場所に出たと思えばドローンの巣窟だったりするだけで、何一つ進展が無い。
マップを見てもただ絶望が増すだけだった。
「広すぎるよぉ……ヒイロさーん!」
とてつもなく広い。それに伴ってか敵の数が……多い、異常なまでに。
──何より……。
「……なんか……制限時間バグってるし……」
コントローラーの機能の一つである制限時間の表示。
あまりに巨大なマップと膨大な量の敵故、直ぐに確認したんだけど……。
何故か表示がバグっている。文字化けしているというか、掠れているというか。
さっきまでは普通だったんだけど……。
「……」
ヒイロさんですら初めての状況だという今回の緊急ミッション。
胸がざわつく。心臓が締め付けられるような錯覚まで起こっている。
ただひたすらに……嫌な予感がした。
「……ん?」
と、また開けた場所に出て……初めて、この通路以外の外の景色を見ることが出来た。
「え……嘘……」
……そこは宇宙空間。どこか神秘的にも思える漆黒の空間には幾多もの光が散らばっていて……その中央に、青い星が鎮座している。
その星は正しく地球であった。
「……」
……思わず絶句してしまった。そしてすぐ、自分たちが今居る場所について察しが付いてしまう。
というか地球との距離感的に……他に、私たちが居られそうな場所が思いつかなかった。
ここってまさか……月?
「……は……はは……」
乾いた笑いがこぼれ落ちる。
月に居ると言うことも信じられないけど……月って言う世界有数の未開の地に明らかに人の手というか、何者かの手が介入しているという事実もまた信じられなかった。
もしかしてここって……アメリカとかの秘密基地?
もしくは宇宙人の秘密基地だったり。
チラリと思い浮かんだのはおかめん星人。
まさか星人って……本当に異星人……?
「……いやいや! そんなこと……というか、今そんなの関係ないし……」
頭を振って変な考えを頭から追い払う。
今、こんなこと考えていても仕方が無い! あのドローンが私でも倒せるくらい弱いからって、ヒイロさんが警戒している強い星人が居るのは確かなんだし。
今はヒイロさんと合流を……。
「ん?」
思わず天井の窓を見つめる。
何だろう。
今……何かがチカッて──。
◇
眼下に広がる惨状を冷たい目で見下ろす男が一人。
「……」
ヒイロは──『くろのす』の死体を前にして──警戒を一時も解かなかった。
殺したはずの相手に対して異常なまでの警戒心。
それはどこか異常な光景に思えた。
なぜならヒイロは、既に彼女の不可思議な能力。反転の力。
それを完璧なまでに攻略し、『くろのす』を撃破しているのだから。
攻略法としては単純だ。
要は力が押し戻される境目……反転の境目で刀を逆方向に引けば……その力が反転され、正しい方向に攻撃が出来るというモノ。
ハードスーツの攻撃によりその境目を目視し、本命の奇襲で自身の攻略法が正しいモノであると理解した。
(……何かの漫画で見た反転の攻略法そのままだったが……割といい感じに行けた……)
そんな感想を抱きつつも……実情で言えば、それは完膚なきまでの勝利。
何も疑うモノは無い筈。
しかし。
「……」
ヒイロは警戒を解かなかった。
静寂な空気が漂う中、全神経を集中させ続け。
そして。
『おまえ、ふけいなやつだな!』
ヒイロのその警戒は当たってしまった。
「……」
『おまえだおまえ……そこのおまえだ!』
ブゥンッ、というモニターか何かの起動音と共に……先ほど殺したはずの全裸の彼女、『くろのす』の姿が空中に映し出された。
『おまえ! いきなりころすのは駄目だぞ!』
「……んだ……これ……」
『おれはやさしーから無罪放免だがなーっ! つぎはねーぞっ!』
彼女は白く美しい肌を惜しげも無く晒し、そのどこか幼さすら感じさせる顔をぷんすこと怒りに歪ませている。
あまりにも状況に不釣り合いな態度な彼女は、しかしまたドヤ顔を浮かべ……
『ふん……見ろ! おまえにあわせて言語をチューニングしてやったぞ!』
「……」
『これで会話できるな』
訳が分からないと混乱しているヒイロに対し……『くろのす』はまた捲し立てるように、どこか片言な日本語で語り続ける。
『人間……おまえなぜおれころした』
「……」
『だれの命令だエンキかそれとも』
一方的に捲し立てるように語り続ける『くろのす』だが、ヒイロは聞く耳もたんとばかりにXガンを構え、映し出されている彼女を撃った。
しかし。
『むっ!』
「……」
『なんかうしろばくはつ!?』
「……チッ。やっぱ効かねぇか……」
どういう存在なのか、目の前の『くろのす』はXガンによって攻撃が通らない。
また別の種類で無敵になりやがったのか? と警戒するヒイロは、何故か言語が通じるようになった『くろのす』に対して声をかける。
「お前、確かに殺したはずだが」
『はん! あぶなかったぜぎりぎり意識を遺跡のいちぶにうつせた……』
所々日本語がおかしいが、どうも死ぬ直前に意識をこの……遺跡に移したから助かったらしい。
一体何をどうしたらそんなことになるのか分からないが、しかしそれは厄介だとヒイロは唸る。
「……どー言う理屈だ……今度はマップを破壊しろッてか……」
『それはやめたほうがいいとおもう……んんっ』
「……」
『つーかエンキの奴つつぅつ……いせき1%つかただけでバグあつかいはひどどどどお』
「……」
なんか急にバグりだした。
もしかしてこのまま死ぬのでは? そう思いつつも、警戒の態勢は解かないでおくヒイロだったが、急に目の前の投影が乱れ始めた。
『あ、ちょっ……ま!?』
もはや何が起ころうと突っ込む気にもなれなかったが……とうとう『くろのす』の投影が完全に掻き消えた。
「……何なんだ一体……」
とりあえず死体を破壊しておこうかとXガンを彼女の死体に向け、躊躇無くXガンをぶっ放す。
「……」
あまり気分のいいものでは無いが念には念をいれ……それはもう念入りに破壊し、最後にはYガンで肉片を捕獲して"上"に送ってやった。
──だが。
「っ、なにっ──!?」
送ったはずの光が逆流し、『くろのす』の死体の肉片を逆流させた。
……どころか肉片そのものが元の形へと巻き戻っていく。
「っ……!」
もう一度『くろのす』の死体を撃つも、破壊が間に合わず再生し……どころか視界に映る全てが、この遺跡全てが巻き戻っていく。
まるでビデオの逆再生のように……この部屋の惨状全てが巻き戻って。
そして──。
「……」
初めてこの部屋に来たときと同じ状態に戻っていた。
唯一違うのは──。
『彼奴酷くない? 俺何も悪い事していないのに』
「……」
『うーん……でもお前の武器……エンキじゃつくれねーだろーしな』
『くろのす』の肉体は目を覚まさず、一機のドローンがヒイロに流暢に語りかけていると言うことだった。
「……」
瞬間、あらゆる攻撃手段が浮かんだモノの……しかしそれが有効打になるとも思えず。
今までの百点の奴とはまた違った不死身さに身構えるほか無い。
気付けばぽつりと、言葉が口からこぼれていた。
「……話がしたい……何なんだ……お前は」
言葉以上の意味がこもった質問に、『くろのす』は待ってましたとばかりに語り始めた。
『我が名はクロノス! アヌンナキが一柱、この星に時間という存在を作ったモノだ!』
「……」
その単語の羅列の意味は分からなかったが、しかしどう見ても尋常なモノでは無い遺跡に、封じられるように眠っていた『くろのす』という存在故……全くの嘘であるとも思えなかった。
……先ほど行使して見せた『巻き戻し』という超常の技も、その感情を後押ししている。
そんなヒイロの内心を知ってか知らずか、『くろのす』は語り続ける。
『誇っていいぞ……お前……お前は正真正銘の神殺しを成し遂げようとしていたのだ……アレはマジで……死ぬかと思った……本気で……すげぇビビった……マジで……お前やめろよな……マジで……』
「……」
正真正銘予想外だったとばかりに意気消沈と語り始めたドローンは、一瞬にして先ほどの超常感を打ち砕いた。
……なんか次殺したら死にそうだなコイツ。
そんな感想を抱いたヒイロに対して、落ち込んでいたドローンは急に生き生きと語り出す。
『だがだからこそ、お前が欲しい』
「あ?」
唐突な宣言の後、堰を切ったように『くろのす』は語り始める。
『俺の計画には……お前のような男が必須! お前さえいれば、『家族』を救える……! 俺の夢が叶う……!』
「……家族、だと?」
『ああ!』
ヒイロは……その一つの単語にピクリと反応する。
家族を救う。その言葉に、一瞬彼女の境遇と自身を重ねてしまう。
ヒイロからの反応があったのがそこまで嬉しかったのか、ドローンは全身を跳ねさせながら高らかに語った。
『世界を巻き戻し! 人類誕生に介入して俺が人類の『母』になる!』
ヒイロは後悔した。
一瞬でもこの頭のおかしい存在と自分とを重ねて見てしまったことを。
彼女の語る言葉の内容が理解できない。
人類の母になる……? 何がどうしたらそうなった。
そんな疑問への答えをするかのように、そのドローンはヒイロに語り続ける。
『そうすれば人類皆俺の家族! 人類は神の血が混ざり『完全』へと近づく! 皆も救える! 俺も満足! 最強の計画だ……!』
──当然ながら何一つ理解できなかった。
神の理想というのは得てして人類には理解できないモノなのだろうか。
故にそんな話、ヒイロは『人類の母』の部分からまともに聞いてなどいなかった。
既に攻撃への布石は完了している。ヒイロは後ろ手に隠したXガンの引き金を引いた。
『この完璧で最強の計画をさぁ、彼奴ら邪魔しやが──!?』
足下の爆発。
一瞬、ドローンが気を取られた、その時。
「シッ──」
ソードを振るい、ドローンを破壊した。
「……ふん。訳の分からねぇ奴だ」
ドローンを破壊し、ジロリと『くろのす』本体へと視線を向ける。
すると、初めて会ったときの再現のように……『くろのす』がパチリと目を開いた。
『……話の途中なんだが……』
「……やっぱ……本体やらねぇと駄目か」
軽くため息をついて、ヒイロはガンツソードを構えた。
『お前……まだ俺と戦う気か? 何故だ。お前も俺の最強の計画を』
「何が最強の計画だ。頭おかしーのか?」
『むぅ……
ぞわりと、怖気が走る。
こいつ、本気で言ってやがる。
本気で……気の狂った計画を至上のモノとして信じて疑っていない。
その真剣な表情を見て……ヒイロはこの瞬間、初めて『くろのす』を心から恐怖した。
「死ね」
そして心からの拒否と共に、ガンツソードを構えた。
『……ふん。流石にもうやられる気は無いぞ。なにせ──』
ちょっと哀しそうな表情を浮かべた『くろのす』は、そう言ってまるで指揮者のように手を振るった。
『マルドゥークの1%程度ではあるが……掌握できたからなッ!』
彼女の手と連動するように……部屋に大量のドローンと、部屋に入る際に破壊した巨大な機械……丸みを帯びたロボが部屋に突入してきた。
『ここで絶望の追加情報だッ! そいつらは『力』の出力機能を持つ!』
『くろのす』の雄叫びと共に……ドローンは今までの数百倍ほどの速さで動き、攻撃を行う。
『つまりそいつら全部! 俺と同じって事だッ!』
「……!」
超高速のドローン達はほぼ同時にビームを放ち、ヒイロへと突貫していく。
『遊びは終わりだぜッ!』
その、刹那。
「──ふん」
ガンツソードを二本構えたヒイロは、向かってきたビームを軽く体を捻る事でよけ──返し様に腕を跳ねさせる。
ヒイロの一閃はドローンへと届き、破壊した。
『──なっ!?』
「馬鹿め。お前と同じって事は──」
『くろのす』の言葉を信じるのであれば──彼女と同じように、ドローンにも時間操作・反転の『力』が作用している。
しかし既に。ヒイロはその防御の突破方法を習得していた。
故に。
「雑魚ッて事だろ」
刀を伸ばし、一見無造作に見える一撃を繰り出す。
だがその一撃は無敵の力を持つはずのドローンを破壊、駆逐し──『くろのす』への道を空ける。
そして。
『おまっ』
「死ね」
ヒイロの刀。
その切っ先が『くろのす』のポッドを割り。
見たことも無い焦燥の表情を浮かべた彼女の鼻先まで切っ先が届いた……その時。
「っ!?」
ヒイロが何かに気付いた瞬間。
埒外な閃光が瞬き──全てを飲み込んだ。