GANTZ:S   作:かいな

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「……ッ!?」

 

 目がパチリと開き、思わず跳ね起きる。

 

 もうもうと立ちこめる煙が次第に晴れていき……現状の惨状を正しく知ることが出来た。

 部屋中罅だらけのガタガタで、瓦礫や破片がパラパラと部屋中に降り注いでいる。

 

 思わず自身の体を確認するも意外なことに特に大きな怪我は無く、スーツも無事だ。

 

 ……そして最後に、天を仰ぐように謎の光が放たれた地球に目を向け──。

 

「……なに……これ……」

 

 天井に浮かんでいた巨大な岩の塊に絶句する。

 

 月……の破片?

 そうとしか言えない巨大な岩がふよふよと宙を舞っている。

 

「……」

 

 さっきの光で破壊された……?

 そうとしか考えられないけれど……月をこんなに出来るような武器が地球にあるなんて……。

 

「……! ヒイロさんは……!」

 

 と、そこまで考えて今の今まで合流できないでいるヒイロさんの顔が浮かぶ。

 恐ろしい攻撃だった。衝撃が大きすぎてどこら辺に攻撃が当たったのかは分からないけど、今の攻撃は流石のヒイロさんでも当たったら危ないんじゃ無いか?

 

「……ッ!」

 

 私は直ぐに、瓦礫に埋まっていたZガンを拾ってさっきまでのように走り始める。

 さっきの攻撃。そう何度も来ないとは思いたい……けど、もしかしたらまたすぐ次の瞬間にでも来るかもしれない。

 

 ……だから、すぐにここを脱出しないと危ない!

 

「どこ……ヒイロさん!?」

 

 それに、もしさっきの最悪の予想が当たってしまっていたら……。

 次の攻撃がどうとかそんな悠長なこと考えていられない。

 

 一刻も早くヒイロさんを見つけるか、『くろのす』を倒して部屋に帰還する。

 

「っ……」

 

 ずきりと、胸が軋む。

 

 時間がたって、冷静に頭が動き始めてはまた、ずきりと軋む。

 胸中に浮かんでは蓄積してヘドロのようにへばり付くのは一つの恐怖。

 

 ──それは、先ほどの埒外な攻撃への恐怖?

 

 違う。

 

 ではそれは、未だ影も見えない『くろのす』への恐怖?

 

 それも違う。

 

 ただひたすらに沸いてくるのは最悪の未来。

 

 ヒイロさんの死。

 

 ヒイロさん。

 私を助けてくれた。手を差し伸べてくれた。私と一緒に生きてくれた。

 私の大切な人。

 私のヒーロー。

 

 私は……何より、ヒイロさんに置いてかれるのが怖い。

 駄目なんだ。私には……ヒイロさんが居ないと──。

 

 ……ヒイロさん。

 ヒイロさん……!

 

「……ッ」

 

 通路を駆ける。私の描いた最悪の未来のように、私の目の前に広がる通路は進めば進むほど……ひび割れて壊れている。

 

「……ヒイロさッ……!?」

 

 そして、今までの部屋で最も損傷が激しく、その部屋にはまるで何かが通過したような跡が残っていた。

 そしてその部屋には……何か嫌な臭いが充満していた。

 何かが焼き焦げたような……そんな臭いが。

 

 その部屋に入って……ついに見つけた。

 

 最悪の未来を。

 

 

 その閃光は部屋を直撃したわけでは無い。

 ただ擦っただけである。

 だと言うのに──。

 

「ッ!?」

 

 光に焼かれた。

 右腕……いや、右上半身の殆どを焼かれた。

 

 光の後に訪れた莫大な衝撃波によって地面に叩きつけられ、血反吐をぶちまける。

 

「……がっ……ぁあああっ!?」

 

 視界の右半分が真っ暗だ。

 何より右手の……いや、腰から上の右半身の感覚が全くない。

 

「ッ……」

 

 すぐに激痛に顔を歪めながらも体を捻り、右側を探る。

 すると。

 

「……」

 

 ボロリと、体の右側が焼き焦げているのが目に映った。

 右腕は肩口から先が焼き焦げた崩れていた。いや、右腕どころか……右上半身の殆どが焼き焦げ、今にも崩れそうになっている。

 自分の顔がどうなっているかは分からないが、体の状態だけでどういう風になっているのか見当は付く。 

 

「……ああッ!」

 

 しかし幸いなことに体の中身まで光に焼かれたわけでは無い様で、まだ体は動かせる。

 それに……まだスーツは死んでいない。戦える条件はそろっていた。

 

 体を何とか起こし、残った左腕で地面に転がっているガンツソードを拾い、構える。

 

「……」

 

 視界の先。

 そこには幻想的な光景が広がっていた。

 壊れていた全てが巻き戻っていき、何かが通って抉れたような跡すら綺麗に巻き戻っていく。

 

 その景色は、『くろのす』が未だ生きていることの証左。

 

「……」

 

 けれどヒイロは動かない。

 この段階で攻撃しても再生は攻撃を上回る事を知っている。

 

 そして遂に再生(それ)の影響はポッドにおよび……その中身までに及び始めた。

 

 ぎゅるんぎゅるんと景色が巻き戻り、『くろのす』が完全に再生された瞬間。

 その幻想的な再生すらも停止した。

 

「……」

 

 復活した『くろのす』は液体で満たされたポッドの中だというのに、器用にも全身に脂汗を流しながらぷるぷると震えていた。

 

『さ……さすがの俺も今のは死ぬかと思った……』

 

「……そのまま死んでおけばいいものを」

 

 未だに余裕がありそうな『くろのす』の様子を見せられ、思わずため息をつく。

 

 こっちはミディアム・レアにされて満身創痍も良い所だってのに。

 マジで……百点の奴ってのはほんと……嫌になる。

 

 糞。今になって体の痛みが出てきやがった。

 最悪だ。腕が取れるくらいの火傷になるとこんな痛みなんだな。

 また一つ人生に必要ない知識が増えちまったぜ糞が。

 

 ああ、痛ぇ。痛くて痛くてたまらない。

 

 だけど。

 

「……」

 

 だけど今は、この痛みがありがたい。

 

 脳に血が回っていないのか、視界が揺れ始める。今にも気絶してしまいそうな状況の中。

 痛みだけが俺の意識を現世に繋いでくれている。

 

「……」

 

 蹈鞴を踏みそうになるのを堪えてソードを構える。

 

『……』

 

「……」

 

 コイツが化け物だってんなら……余計に負けられねぇ。

 

 絶対に……響がここに来る前に。

 仕留める。

 

 『くろのす』は今までの饒舌っぷりは何処へやら。

 先ほどと同じように……指揮者のように構えた。

 

「ッ、あああァァッ!!」

 

『──』

 

 響。

 

 俺の……好きな人。

 俺に生きる意味を……与えてくれた人。

 

 アイツを助けて、一緒に帰る。

 死ねない。

 

 アイツには……俺が必要だ。

 

 ……俺にも──。

 

「ガッ、ああああ!!」

 

『……』

 

 『くろのす』が大きく腕を振るい、また大量のドローンが突貫してくる。

 もはや俺にそれを避ける体力も力も無い。

 最小限、最低限、そして最短でドローンを掻い潜り……『くろのす』に迫る。

 

 しかし。

 

「っ、ッッッ!?」

 

 前後左右三百六十度全てのドローンがその砲門をこちらへ向け、同時に発射する。

 体を捻り、躱そうとするも──少なくないビームが俺の脇腹を撃ち抜き……そのまま地面に叩きつけられる。

 

『もう諦めろ。人間。お前はよくやったよ』

 

「……」

 

『だがな? 俺達は人類を創ったから分かる。それは致命傷だ。それ以上はお前が死んでしまう』

 

 『くろのす』が何か知ったような口で言っている。

 

 諦めろだと? 

 その言葉を鼻で笑い、両足に力を込める。

 

 スーツの脚部が膨らみ、その力を溜めていく。

 

『お前──』

 

 ──響。

 

 俺にも……。

 

 俺にも、お前がいないと駄目だ。

 

 そう思うようになったのは何時からだ?

 

 ……確か、そうだ。

 語るまでも無いような、どうでも良い日常で。

 ただ隣で、同じ飯を食べて、同じ映画を見て、同じテレビを見て。

 

 そうだ。本当にそんな、どうでも良い日々で……そう……ふと、思ったんだ──。

 

 

 

「……え?」

 

 ようやくの再会は、最悪の形となった。

 

 地面に叩きつけられたヒイロさんは、まるで死んでしまったように動かず……血だまりを作っている。

 

「……ひっヒイロさっ…………ヒイロさん!」

 

「……」

 

 響の声に、ヒイロは応えない。

 否、答えることが出来なかった。

 

 ヒイロのそばに駆けつけた響は、変わり果てたヒイロの姿に涙を流す。

 

「ヒイロさん……なんッ……でッ……」

 

「……」

 

 周囲のドローンは殆ど破壊されており……何かのポッドも真っ二つに分断されている。

 これを……ヒイロさんが……?

 

 ヒイロさんの右腕は肩口から先が焼き焦げた崩れていた。

 いや、右腕どころか……右上半身が焼き焦げ、今にも崩れそうになっている。顔は半分までオーブンで焼かれたように爛れて、元の顔が見る影も無い様になっていた。

 

「っ……ふっぅ……うぅぅうううううっ」

 

 溢れた涙は頬を伝い、止めどない。

 焼き焦げたヒイロさんの胸に顔を埋めるようにした響は、気付いてしまった。

 

 彼の心臓が、既に動きを止めていることに。

 

「ああっ……何ッで……神様ッ……」

 

 その現実に気付いた私は……抑えきれない悲しみの咆哮止めることは出来なかった。

 

「……ふっ……ァ……あああァッ……ああああ!! ヒイロさっ…ヒイロさん…………ッ……」

 

 心臓が早鐘を打ち、どうしようも無く高まった感情が……涙ではない別のナニカで表されようとした……その時だった。

 

「……あ……れ?」

 

 小さな違和感を覚え、ヒイロさんの胸にもう一度顔を近づける。

 

「……」

 

 最初は、微かな音だった。

 しかし、次第に音は力強いモノへと変わっていき……そして。

 

「……ッ! がぁッ、はッ……! ……ゲホッゴッ……っ」

 

「ッ、ヒイロさん!?」

 

「……」

 

 ヒューヒューとか細い息を吐きながら、ズタボロになったヒイロさんが息を吹き返す。

 

「……ヒイロさん……」

 

「……ぁ……ひ……び、き?」

 

「っ、はいっ、私です! 響です!」

 

 ヒイロさんは残った目を薄く開き……力の限り見開いた。

 

「……にげろ」

 

「え?」

 

「まだっ……糞ッ、ああッ逃げろッ……響ッ……!」

 

 尋常では無い表情で、ヒイロさんは私に警戒を投げてくる。

 ──それがどういう意味か理解できないほど、私は鈍くなかった。

 

……aaaa……

 

 背後から、声が聞こえた。

 振り返るまでも無く、私は全力で跳ねる。

 

 直後後方から悍ましい雄叫びが聞こえてくる。

 

『また……korosita……お前…………omaeeeee……nanndo……watasiwokorositaaaaaaa!!!!!』

 

「っ……!?」

 

 それは、異形。人と機械の融合。

 上半身はヌメヌメとした液体とロボットに覆われ異常なほどに肥大化し、下半身は蛇のように数多の機械が無理矢理に繋がれ蛇の様相を呈していた。

 それだけじゃ無い。首はドローンの集合体と化して異様な長さを持ち……その綺麗な顔と体を繋げている。

 

 コイツが……『くろのす』……!?

 

sasuganigekiokoooooo!!!』

 

「ッ……ヒイロさんッ!」

 

 叫びながら、ヒイロさんを抱えて推定『くろのす』の攻撃を避ける。

 

「っ、一旦退避ッ!!」

 

 そして、そのままもう一度大きく飛んで──部屋から脱出した。

 

 

「……ヒイロさん。ヒイロさん!」

 

「……ガッ……ぁっ……はっ……ッ」

 

「……」

 

 部屋から脱出し、暫く歩いた通路のほとり。

 そこにヒイロさんを寝かせて、改めて全身の怪我を見る。

 

 酷い怪我だった。

 私は怪我にはあまり詳しくないから分からないけれど……これは……。

 

「……っ、響……」

 

「ヒ、ヒイロさん!?」

 

 と、嫌な予想を遮るように、息も絶え絶えにヒイロさんが口を開いた。

 

「……逃げろ」

 

「……え?」

 

「制限時間を……狙え……ペナルティは……受け入れッ……」

 

「ヒイロさん!?」

 

 口から血を吐き出したヒイロさんは、それでも言葉を続けた。

 

「アイツ……アイツは……無理だ……くっそ……あの変なのがッ……無ければ……ァッ!?」

 

 痛みを堪えるように喋り続けるヒイロさんはとても苦しげで……けれど、その苦しみを私はどうにも出来なかった。

 

 だから、私に出来ることは決まっていた。

 

「……ヒイロさん」

 

「はっ、はっ……ああ?」

 

「……私、やってみます」

 

「……は?」

 

 ヒイロさんは一瞬、何を言っているんだと言わんばかりの表情でこちらを見た。

 

「『くろのす』と……闘ってみます」

 

「……何を言ってる? 時間切れを──」

 

 ヒイロさんに、コントローラーの制限時間を見せる。

 

「……は?」

 

 制限時間は未だにバグったまま。最初に確認したときから……いや、そもそもこのミッションが始まってから相当時間がたっているのに……まだ終わりが来ない。

 

 ……つまり。

 

「……多分、あの『くろのす』を倒さないと……ガンツは帰してくれない……んだと思います」

 

「……」

 

 何となくではあったけど、私にはこれが正解だという確信のようなモノがあった。

 そもそも……ガンツは色んなイレギュラーを起こして、どこか無理矢理このミッションを起こしたように思える。

 そうまでしてヒイロさんや私に倒させようとした相手だ。倒さないまま帰すなんて、ガンツがさせてくれるとは思えなかった。

 

 私の言わんとする事が分かったのか、ヒイロさんは軽く目を見開いた。

 そして暫く呆然と何処か遠い所を見たかと思うと……何かを理解したように目を瞑った。

 

「……そうか。そう言う……事か……ああ……糞……」

 

「……? ヒイロさん? 何か──」

 

 分かったんですか。

 そう言おうとした瞬間。

 

「あーあ……俺死ぬのか……」

 

「え?」

 

 それは今までのヒイロさんからは考えられないような、軽い言葉だった。

 

「あーくっそ……マジか……制限時間……ああっ……最悪だ……」

 

「あの──」

 

「今回で最期……そうだな、これが最期か……」

 

「……」

 

 前半は本当に軽い調子で、しかし後半は今までのヒイロさんの様な口振りで語った。

 そして暫く言葉を探すように口をパクパクとさせたかと思うと、また軽い口調で口を開いた。

 

「こんなんで終わりかよ……あーあ……なら……犯っときゃよかった」

 

「……え?」

 

「わかんない? お前だよお前……あーあ馬鹿した。俺ん家に呼んだときにさぁ、無理矢理にでも犯っときゃよかった。後悔先に立たずッてか」

 

「……」

 

 ヒイロさんが言いそうに無いことを、ヒイロさんじゃ無いように語り出し、そして。

 

「……はぁ。こんな事なら──」

 

 そして、その口調のまま、ヒイロさんは──。

 

「お前じゃなくて母さんを……選べばよかった」

 

 無気力にそう言った。


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