うお~~っすっげ~~~っこんなんどこに生息してるんだよ。
いねーぞこんなのうちの大学に。
キオスクで思わず手に取ってしまった雑誌だが、コレがなかなかになかなかだ。
こんな彼女……欲しいなァ~~。
『気鋭の歌姫! マリア・カデンツァヴナ・イヴ!』という見出しと共に、ミステリアスな表情を浮かべた女性が挑発するようにこちらを見ている。
……しかし良い……んーこの歌姫たまんねぇ~。
「……」
思わず無言で次のページを開き、『マリア・カデンツァヴナ・イヴ』のグラビアを下から覘くように見てしまう。
俺の名前は暁陽色。
今大学……あれ、二年生だっけ? らしい。
らしい……というのは、別に俺が大学生として不真面目だからとかそう言う訳じゃ無い。
どうも俺は……記憶喪失なのだ。
具体的に何年何月の何日から記憶が無いのかもあやふやだけど……大体七年前辺りからだ。
そっからの記憶が殆ど無いのだ。
医者が言うには突発的に治る可能性もあるとかないとかで……ともかく俺はビビッときたモノは掴んで離さないようにしている。
「……」
つまりこの雑誌のマリアグラビアも今の俺には非常に重要って事!
隅々まで見たら何か思い出すかもだしな! なにせ俺が『マリア・カデンツァヴナ・イヴ』と関わりがあった可能性だってゼロじゃ無い。
過去の俺に期待だ。
「……」
と、何てことを思っていると……背後から視線というか、気配のようなモノを感じる。
チラリと視線を後ろに向けると、あたふたとしているバアさんがこちらをチラチラと見ていた。
直後、良い思いが台無しになる。
アレは俺に何か聞きたいって顔だ。
何を聞きたいのか分からないがどーせ大したことじゃ無い。
精々どこどこに行くには何線に乗ればいーんですかッて無いようだろうな。
ほら、こっち見て歩き出した。
ほら、今に聞きに来る。
「あ、あの……お伺いしたいんですが……」
ほれ見ろほら来た。
「日出台に行くのはここで良いんですか……?」
「……」
ほら見たことか、やっぱ大したことねー話だ。
思わずため息が出てしまう。
そんくら自分で調べろッつの。バアさんでもそんくらい出来るだろ今時さ。
「……あ~ここじゃ無いっすね~」
「あ、そうなんですか……ありがとうございます」
「あ~いえいえ……」
そう言って適当に流しながら、マリアのグラビアを見つめ続ける。
俺はなァ……間抜けな事をしているよーに見えるが、その実真剣にマリアを見てるンだよ
ここまでビビッと来たのは久々だからな~。
「……あの、すみません……」
「……」
と、そんな俺の真剣な観察を遮るように、またバアさんが話しかけてくる。
「その……どちらの線に乗れば良いんでしょうか……」
あまりのどうでも良さに思わず顔を上げる。
「あのさァ、バアさんさァ──」
「ごめんねぇ……ありがとうねぇ……」
「いーっていーって……別に……」
「これ……良ければ食べて」
「ああ……ども……」
そう言ってバアさんは飴を渡してきた。
「……」
うげっ。黒飴じゃん……ビミョーすぎる……。
俺が少しいやぁ~な顔を浮かべていると、案内してやった先の路線に来た電車にバアさんは乗ってった。
しかもご丁寧に電車が発車するまでペコペコするもんだから、妙にその場を離れづらくてなっちまった。
結局、バアさんの目的の電車が発車するまで拘束されてしまった。
「……」
……ま、電車一本くらいならいーか。
そうやって自分に言い訳しながら、貰った飴を口に放り込む。
「……」
絶妙な味わいのする飴をなめながら、元いたホームまで戻る。
あ~あ。何やってんだろ俺……。
そんなことを思いながら、もう一度マリアのグラビアを見ようと雑誌を開いて──。
「?」
ふと、視界の端で誰かが駅の線路の中に落ちていった。
次いでドサッという音が鳴り、落ちていった件の人物が悲鳴を上げた。
「う~~~~~痛てて……」
あぁ……酔っ払ってんなおっさん。
「なんだなんだ? あのオッサンどーしたんだ?」
「フラフラって、勝手に自分で落ちたんだよ」
落ちていったおっさんが気になるのか、ホームに居た人間が皆線路まで集まってきた。
はーん……駅員早く来ねーかな。
ちらりと見上げた視線の先には、次に来る電車の時刻を示す電光掲示板がぶら下がっている。
まァ大体三分くらいで来るな。
「……」
……もしかしたら……。
このままいくと人がバラバラになるとこ見れるぞ。映画とか漫画とかでしか見たことないし。
……誰か下いって助けねーかな。
……居ないかそんな奴。あんなおっさんの為になんて。
居なくなっても誰も……気に何てしない奴だ。
そうだ。
誰も助けに何ていくわけが無い。
「えーマジ?」
そう、誰も。
「おいオッサン!!」
誰も気にとめてない、道端の小石みたいなもんだ。
「……」
在っても無くても何も変わらない、ちっぽけな命だ。
「…………」
あと少しで電車が来る。
「………………」
本当に誰も助けないのか?
「……………………」
……。
「…………………………」
荷物をその場に置いて、線路内に飛び込む。
「おっ誰か行った」
「おい何やってんだ死ぬぞ」
「危ねーぞ、おい上がれすぐ」
見物人達が思い思いに好き勝手言いやがる。
畜生が。
俺だってしたかねーよこんな事!
畜生……何で俺、こんな事してんだよ……糞が。
そんな事を思いながら、線路でお昼寝しているおっさんの胸ぐらを掴みあげる。
「おい! 起きろおっさん!」
「んかあっ」
「……」
駄目だコイツ。完全に寝てる。
真っ昼間から泥酔とは良いご身分だなおい。
「マジでッくっせぇしよぉ……さっきから何なんだ……最悪の日だ全く……」
愚痴りながらも、そのまま胸ぐらを掴んで駅のホームまで進み──。
「ぅおらッ!」
そのままホームへと放り投げる。
「うおっ!?」
「いてっ!?」
そして、放り投げた瞬間電光掲示板の表示が切り替わり、電車が来るまであと一分と表示される。
「おいっ! そのオッサン退けてくれ!」
「あ、ああ……」
見物人達に丁度目の前に放り投げたおっさんを引っ張って退けて貰う。
そうしている間にも、線路が振動を始め電車の到来を教えてくる。
しかもこの電車、殺意が高いことに通過列車だ。
もし俺が上手いことホームに戻れなきゃ死んでるだろう。
「……」
マジで、なんでこんな命の危険を冒してるんだろう。
そんなこと思いながら、七年前よりも無駄に強くなっている脚力でホームへと戻った。
◇
「ありがとうございます……ただその……次は駅員をまず呼んでください」
「あ……はい……すんません……」
「いえいえそんな! こちらこそ対応が遅れて申し訳ありません」
「……あの、もう帰っても良いっすかね?」
「あ、その……」
「……」
「こちらの書類にお名前と住所の方をお願いしてもよろしいでしょうか……」
結局、あのおっさんを助けて良い事なんて一つも無かった。
本当はホームに入って救助とか、しちゃ駄目だっつって……なんか変な書類書かせられるしさ。
いや分かるよ。素人が救助に入っておっさん共々死んでちゃ意味ねーしさ。
「……」
そうして。ようやく解放された頃には……大学の授業がもう少しで始まってしまうような時間だった。
「……ああ……マジ……最悪だ……」
肩を落としながら……萎えに萎えて見る気にも起きなくなった雑誌をゴミ箱にぽいっと捨て、ホームへと戻る。
「……」
そしてようやく乗るべき電車に乗れた俺は……ボーッとしながら考える。
(……俺、どんな奴だったんだろうな……)
こんなに無駄に鍛えてさ。そのくせ特にサークルにも入ってねーみたいだし。
高校の時も……部活には入ってなさそうだ。
唯一見つかった鍛えていた痕跡がよー分からん通信教育だけだ。
「……」
謎すぎる。
バアさんの頼みをわざわざ聞いたのも謎だし、あのおっさんをわざわざ助けに行ったのも……謎だ。
自分の意思と行動が乖離している……のか?
それすらわかんねー。
「……はぁ」
思わずため息が出てしまう。
目が覚めたら家庭は崩壊してるしさ。
何だよマジで……。
「……」
本当、どんな奴だったんだろう。
マリア……みたいなのが好みだったのか……? 俺はもっとこう……。
「……」
もっと……こう……。
あれ……? 俺……どんなのが好きだったっけ。
……思い出せねぇ。
「……」
いや、居ないはずは無い。
……居たはずだ。
好みっていうか……こう……好きな……好きな人……ッ。
「ッ……」
それを考えた瞬間、痛烈な頭痛が起こる。
思わず呻き声を上げてしまう。
いってぇ……。
最悪だ。マジでッ……痛ぅっ……。
何ッだ……っ……。
「……っぅ……おぇッ……」
あまりの痛みに吐き気までこみ上げてきて、たまらず途中下車する。
ベンチに倒れるようにもたれかかり、息を整えていく。
「はっ……あ……はっ……は……」
暫く息を整えて……ようやく動けそうになる。
「……何処ここ……?」
そして視線をあげれば、そこは無人の駅。
駅名も、聞いたことはあるが何時も通り過ぎるだけの駅でしか無いためあまり覚えが無い。
「……」
未だに鈍い痛みを発する頭を押さえつつ立ち上がり、時刻を確認する。
あまりに多くの障害物に阻まれて、どうあがいても遅刻確定である。
……しかも今日は全体の半分くらいの成績をつけるって言う重要なテストな為……単位を落とすことまで確定である。
「……」
先生に泣きついても……駄目か。つか、前に診断書持って行ったときも特別扱いはしねーって言い切られたし。
「……あーあ」
まぁ、良いんだけど。
どうせ……大学の勉強なんてわかんねーし。
「……最悪だ……」
ため息をつきながら、ベンチに座る。もういいや。家帰ろう。帰って寝よう。
それで今日はおしまいだ。
肩を落として項垂れながら、帰りの電車を待つ。
「それで? クリスがどうかしたの?」
「それがね未来? クリスちゃん師匠と一緒にデートしたって噂を聞いたから、それの真相を確かめたらね?」
「うんうん」
「なんと! 仏壇を買いに行ったんだって!」
「ぶ、仏壇!?」
……と、どこからかとんでもない話が聞こえてきた。
すんげぇ気になる話してるな。
そのクリスチャン何者だよ……。
思わずチラリと後ろを振り返って、階段を降りてきた女子高生達を見──。
「……」
思わず、立ち上がった。
そこには二人の女子高校生が居て……。
片方の少女に、目を奪われる。
少し癖のある茶髪の髪をショートカットにしている、活発そうな少女。
その少女に、酷い既視感を覚える。
何だ……この感覚。
彼女達は急に立ち上がった俺に一瞬だけ怪訝な表情を向けたが、すぐに二人同士で会話を再開する。
その反応はどこまでも俺と彼女の関係を表していて……軽く絶望を覚える。
……知り合いじゃ、ない……?
いや、そんなわけが無い。
会ったことが……在るはずだ。
バアさんとおっさんに、ホームにいた奴や駅員……そしてマリアよりも。
こんなに心が揺れるような事は無かった。
彼女達は俺のすぐ目の前を何でも無いように通り過ぎていこうとする。
「っ……あのッ!」
思わず、声をかけてしまった。
ここでチャンスを逃せば、もう出会うことはないと……そう直感的に感じた。
「……? あ、あの……私達、ですか?」
声をかけると、黒髪の少女の方が反応してしまった。
思わず声に詰まる。そうだ、何て言えば良いんだろう。言葉が出てこない。
しかしもう少ししたら電車が来てしまう。
覚悟を決めて口を開く。
「……えっ……と……その……君じゃ無くて……そっちの、茶髪の子に……話って言うか……」
「えっ? 私ですか!?」
しどろもどろになりながら……顔が羞恥でどんどん赤くなっていくのを感じる。
「あのっ……俺達、どこかで会ったこと……無いかな……?」
「……え?」
「……」
一瞬怪訝な表情を浮かべた茶髪の少女は、俺の言葉の意味を理解していくと、どこか照れたような表情を浮かべていく。
「そ、それって……もしかしてアレですか!? ナンパ的な!」
ナンパ。
言われてみて、俺の語り口調がどう見てもナンパであることに気付く。
思わず赤くなった顔を更に赤くさせる。
「あっ……そ、そうじゃなくて……いや……あの、本当に俺達……会ったこと無い?」
その問いかけに俺が真剣に質問をしていることを分かってくれたのか、茶髪の少女は軽く頭を捻って思い出すように考えてくれた。
しかし。
「……ごめんなさい! 覚えてないです!」
彼女はどうしても思い出せないと、顔の前に両手を合わせて謝った。
「……そう……か……」
「あっ、でももしかしたら、私が忘れちゃってるのかもしれないだけで……!」
「……いや、すんません……」
何故か彼女の言葉に涙が溢れる。
ハッとして目を覆うも、彼女たちにはそれを見られてしまった。
「えっ、ええ!? だ、大丈夫ですか!?」
「あ、いやっ、ほんと……大丈夫なんで! すんません」
マジかよ。
最悪も最悪だ。
女の子に泣き顔見られるとか。
しかも結構ガチな涙。これじゃナンパ失敗して泣いてるみたいじゃないか。
「あ、あの……」
心配そうにこちらを伺ってくる少女は、本気で心配した様な表情で俺を見ていた。
……本当に……本当に知らないのか? 彼女は……俺のこと……。
「……俺、記憶喪失なんです」
「え……」
「本当に……些細なことで良いんで…………」
しかしそれでも少女は微妙な表情を浮かべるばかりで。
それは、彼女と俺との間には出会いなど無かったと言う何よりの証明であった。
その事実は、深い衝撃と大きな壁を感じた。
じゃあ、俺は彼女と何の関わりも無いのに……話しかけて……。
つまり俺は……単に──。
「……すいません」
「え?」
「…………ナンパ…………でした」
「え、えぇ!?」
ただ、話がしたかったから声をかけただけなの……か?
訳分からねぇ……自分が分からねぇ。
俺は何をしているんだ……?
もう、これ以上彼女たちの時間を奪うのは申し訳なかった。
さっさと話を打ち切ろう。
それで彼女と俺は終わりだ。
「つまんない嘘ついてすんません。じゃあ、これで……」
そうして足早に話を打ち切って、そそくさと彼女たちが降りてきた階段の方に──。
「待ってください!」
「えっ?」
向かおうとした所で、後ろから手を引かれる。
振り返れば、彼女が俺の手を握っていた。
「あの! 記憶喪失の話って……本当ですよね!?」
「え、いや、その……」
「私には、嘘を吐いているようには見えませんでした」
真っ直ぐに俺の目を見つめながら、彼女は本気も本気といった風にそう言った。
「私、立花響って言いますッ! 聞き覚え、在りますか!?」
「っ……」
その名前に、脳が軽く衝撃を受ける。
そしてその衝撃は痛みとなって、先ほどの頭痛のように脳を駆け巡る。
「!? 大丈夫ですかお兄さん!?」
「あ、ああ……」
空いてる方の手で顔を押さえていると……立花響さんは心配したようにこちらに顔を近づけてくる。
「ッ!?」
その行為に思わず心臓が跳ね上がり、顔が火照るのを感じる。
「あ、す、すみません……」
「……いえ……」
立花さんの方も俺の反応に若干顔を赤くしながら……それでも、俺を見ていた。
「……」
俺は……。
俺は、覚えている。
この手のぬくもりも……彼女のその表情も──。
「響! 電車来ちゃうよ!」
「……あっ!?」
と、彼女は俺から急いで視線を外し、黒髪の少女の方を振り向いた。
「……すみません! これ、私の電話番号です!」
「え?」
そう言って彼女は、バッグから取り出したメモ帳にペンで何かを書き込んだかと思うと、それをちぎって渡してきた。
そこには数字の羅列と、彼女の名前が書かれていた。
「これから用事があって……! もし、何かあったら電話してください!」
そう言って急いで黒髪の少女の方に行ったかと思うと、また振り返ってこちらに手を振ってくる。
俺は──。
「──立花さんッ、俺……」
彼女の優しさに答えるように、声を荒げた。
「俺……暁陽色ッて言います!」
「! ヒイロさんですね!」
「……ッ!」
「また電話! してください!」
彼女は電車に乗って、俺が向かおうとしていた方向へと向かっていった。
「……」
駅のホームで一人。
俺は渡されたメモを見ていた。
そこには彼女の名前と、ほんのわずかな繋がりが記されている。
だが、今の俺には……それすら嬉しかった。
「……立花響……か……」
彼女の名前の響きは、無い筈の記憶を揺さぶる。
そうして一つ、昔の俺について分かったことがある。
俺と彼女は、会ったことは無いのだろう。
でも。
きっと俺は──。
立花さんみたいな人が……好きだった。