GANTZ:S   作:かいな

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普通な毎日を

「……何か、ですか?」

 

 その、彼女の言葉はいつもの優しげなモノではなく……どこか仄暗い影を感じる。

 しかしすぐに笑顔を浮かべた彼女は、何時もの明るい彼女に戻っていた。

 

「別に何もないですよ。……あ! もしかして私が本当は怪我しているとか思ってます? ふふふ……本当にただの検査入院だから大丈夫ですよ~! 第一、私は何が起こっても、へいきへっちゃら、ですから!」

 

「……」

 

 けれど……続く彼女の言葉は、俺の抱いた疑心を深めていく。

 確かに、彼女は笑顔を浮かべている。

 

 なのに……何だろう、この違和感は。

 

「……」

 

「……」

 

 季節は夏。蝉がそこら中で自らの命を証明するように鳴いている。その大合唱は、静まりかえった俺と立花さんの間に響き渡る。

 その間もニコニコとした笑顔を崩さずにいる立花さんを見て……思わず息を吐いて頭をかく。

 

「何もない、か」

 

「……はい! そりゃもう何も……」

 

 立花さんはあくまでも何もないと言い切るが、その言葉を一息に両断する。

 

「嘘でしょ、それ」

 

「……え?」

 

 ピシリと笑顔が凍り付いた立花さんに言葉を投げかける。

 

「立花さん、あまり嘘ついたこと無いよね。なれない嘘なんてしない方が良いよ」

 

「……」

 

「そう言うの、聞かされる人間は心配になるだけだから」

 

 あまりそう言う類の嘘を吐かれたことなど無い筈なのに……立花さんに向けて語った言葉は、俺の本心をそのままに表していた。

 

「……分かっちゃいます?」

 

「何でかな。……何故かは分からないけれど……分かるよ」

 

 目を覚ましてから今に至るまで、こんな事が頻発してばかりだ。

 昔の俺じゃ絶対に分からないこと、出来ないことが出来るようになっている。

 

 それらの事が出来るようになるまでの痕跡のようなモノは見つけられるのだが、どれも俺には唐突な事ばかりだ。

 

 だからもしかしたら……前の『俺』は、立花さんに似た人にそういう嘘をつかれてばかりだったのかもしれない。

 

 ……その真偽は俺には分からないけれど。

 

「……」

 

 少なくとも、目の前の少女がへいきでもへっちゃらでも無いと言うことだけは、確かに理解できた。

 

「……あの」

 

 だから。

 

「少し、聞いて貰っても……良いですか?」

 

 立花さんのその言葉に、一も二も無く頷いた。

 

 ◇

 

 少女は、ぽつりぽつりと語り出した。

 それは、少女の父のこと。

 

「お父さんと……会ったんです」

 

「……お父さん」

 

 彼女の父、立花洸は……少女を、家族を捨てた。

 

 およそ三年前の出来事である。

 

 三年前のとある日、ライブ会場に数多のノイズが押し寄せるという最悪の災害が起こった。

 死者はおよそ一万人。歴史上でも最大規模のノイズ災害である『ライブ会場の惨劇』だが……その実、実際にノイズに殺害されたのはその三分の一程度であった。

 残りの被害者は逃走中の将棋倒しによる圧死や、避難路の確保を争った末の暴行による傷害致死などである。

 その事実が解明して行くにつれ、世論は生き残った人達を糾弾していく。

 

 結果。

 このノイズ災害は当時大きな波紋を呼び……それは生き残った少女に押し寄せた。

 

 ──当時の死者に、立花響の通う学校の生徒がいた。

 彼はサッカー部のキャプテンであり、将来を嘱望されていた。

 学校でも人気者で、学校中から愛されていた。

 

 しかし彼は死に、実際に生き残ったのは……何の取り柄も無く、特別取り柄も無い立花響。

 

 その事実に、少年のファンを名乗る少女が声を荒げて立花響を攻撃した。

 それは瞬く間にクラス、そして学校中に広まり……酷いいじめを受けることとなる。

 

 だが……重要なのはそれだけでは無い。

 彼の父、立花洸もまた……娘が生き残れたことの弊害を受けた。

 

 当時の取引先の社長の娘が、災害当時にライブ会場に居たのだ。

 そして死んだ。

 

 それを知らずに、周囲に娘が生き残った事を喜び勇んで喧伝していた洸であったが……その話が社長の耳に入ってしまう。

 結果としてその取引先との契約は白紙となり、洸はプロジェクトから外されることとなる。

 

 以降、洸は社内で持て余すような扱いを受け……家内での酒の量も増えていき、家庭内でも大きな声や手をあげるようになっていく。

 ──そして遂に、彼は家族の前から姿を消してしまった。

 

「……」

 

「……昔は、格好良かったんですけどね……」

 

 あはは……と力なく笑って、少女は続ける。

 

「いきなり私の前から居なくなっちゃって、ずっと私達のこと放っておいたのに、またいきなり現れて……」

 

「……」

 

「自分のしたことが分かってなくてっ、無責任で格好悪くてッ」

 

 そこまで言って気持ちが高ぶったのか、そこで一旦言葉を句切る。

 キッとした表情を浮かべた彼女はしかし、肩を落としながら続けた。

 

「こんな気持ちになるくらいなら、会いたくなんて無かった……」

 

「……」

 

 彼女は何時も前向きで、弱音を吐いている所なんて見たことが無かった。

 

 しかし今、彼女は先ほどまでの笑顔が嘘のように表情を曇らせている。

 きっと、先ほど語った言葉の数々は、彼女の本心なのだろう。

 

 陽色には痛いほどそれが理解できて……。

 

「……」

 

 その言葉は重く……陽色の心に深く刺さっていく。

 

 まず、覚えたのは衝撃だった。

 立花響が弱音を吐いている……からでは無い。

 何時だって優しく、怒った姿など見たことが無い彼女が……怒りや恨みなどの様々な負の感情を、父親に向けているという事実に。

 

「……」

 

 それに何よりも衝撃を受け……次に悲しみを抱いた。

 

 次いで、自身に向けての怒りを。

 

「……」

 

 ──そして、一つの決心をするに至った。

 

「……ごめんなさい。つまらない話しちゃって」

 

 立花響は急に俯いて黙り込んだ陽色を見て、自身の話で気を害したと思い込んだ。

 

 だが違う。

 

 彼女の言葉は、正しく陽色の背を押した。

 

「立花さん。まずは……話してくれてありがとう」

 

「え?」

 

「辛い話だろうに……無理に聞いてゴメン」

 

「……あっ! そ、そう言う訳じゃ……!?」

 

 立花響は、今までの一連の流れを受けて……陽色のことを信頼していた。

 誰かの危機に真っ先に駆けつけられる人格者。自身の師匠に向ける信頼のようなモノが芽生え始めていた。

 だからこそ……自身の暗い話を、陽色が無理に話させたという事を気にしているのだと思った。

 

 そうしてドギマギとしている立花響を置いて、ようやく顔をあげた陽色は……哀しい顔をしていた。

 

「……陽色さん……?」

 

 急に雰囲気を変えた陽色を見て、心配したような声を上げる立花だったが……陽色にはその心遣いが苦しかった。

 何せ陽色は、彼女とは全く逆の思いを抱いていたから。

 

「……立花さん。俺は……」

 

「……?」

 

 陽色は言うべきか言わぬべきか迷ったように幾度か口を開ける。

 だがようやく言う気になったのか、陽色はとうとう言葉を発した。

 

「…………俺は…………君のお父さんの気持ちが…………分かる」

 

「え?」

 

 そして。

 放った言葉は、少女の心を揺さぶるには十分すぎるほどだった。

 

「分かるって……どういう事ですか」

 

 反射的に返した返事は、何時もの彼女からは信じられないようなキツい物言いであった。

 しかしそれも当然であろう。今の彼女にとって父親を理解できるとはつまり、自分と家族を見捨てることを是とする意味でも有るのだから。

 

「そのままの意味だよ」

 

「……」

 

 陽色もそれを分かっている。

 故にこそ心苦しく……だからこそ、自身の思いを立花響に伝えねばならぬと思った。

 

「……立花さん。君はお父さんにきっと、とても……期待していたんだね」

 

「……」

 

「だから、それを裏切られてショックを受けている」

 

 陽色に信頼すら寄せていた少女を裏切るように、陽色はあくまでも淡々と語る。

 

「何が分かるんですか? 陽色さんに、お父さんの何が……!」

 

「……」

 

「お父さんが……お父さんは、私達が大変な時期に勝手に居なくなって。なのに最近ようやく会えたと思ったら……やり直そうとか……自分でお母さんと話そうともしないで……っ! 自分がしたことを理解しようともしないでッ!」

 

 だからか、その語気に込められる力も自然と強くなっていくように思えた。

 

 ……陽色は、そんな立花響を哀しい目で見つめた。

 そして。

 

「……立花さんは、一つ勘違いをしている」

 

「何がですか? お父さんがしたことは間違いなく──」

 

「……人間だ」

 

「え?」

 

「君がどれだけ父親をヒーローだと思っていても……人間なんだ」

 

 たった一言。

 残酷な真実を示すかのように……彼女に突きつけた。

 

「きっと、君の目の前ではずっと明るくて優しい人だったんだろう。きっと何があっても大丈夫だと言い続けたんだろう」

 

「……」

 

「どんな辛いことが起きてもへいきだと言って振る舞って。どれだけ苦しくても、周りにはへっちゃらだと誤魔化して」

 

「……」

 

「何も言わなかった筈だ。辛いこと哀しいこと、苦しいモノは何一つ胸の内に秘めて隠して……君を心配させないように、明るい笑顔で居続けた筈だ」

 

 ──それは。

 正しく、当時の立花洸の姿であった。

 

「……何……が……分かるんですか」

 

「……」

 

「陽色さんに……お父さんの何が……ッ!」

 

 だからこそ……彼女は声を荒げた。会ったことも無いと言うのに、まるで知っている風に喋る陽色を言い咎めるように。

 

「そうだね。俺は君の父親を知らないよ」

 

「……」

 

 陽色は、立場響の言い分を意外なほどに素直に受け入れた。

 しかし、彼はでも……と言葉を続ける。

 

「俺がさっき語った人物に、似ている人を知っている」

 

「……似ている……人……?」

 

「それは君も知っている人だ」

 

 立花は陽色の言葉に、幾つかの人物を浮かべた。

 しかしどれも父親の姿には似ても似つかない。

 

 そうして陽色が語った人物像が分からずに居る彼女に、彼は指を突きつけた。

 

「君だ」

 

「え?」

 

「立花さん。君と同じだ」

 

「……同……じ?」

 

 そう、陽色が語った人物像とは正に……立花響の事でもある。

 

「一年。君と一緒に出掛けたりした俺でも分かるくらい……君は我慢する人だ。辛いことがあっても笑顔で居られる人だ」

 

「……」

 

「でも人間である以上、限界というのは存在する。我慢し続けた先で、ぽっきりと折れてしまう事だってある」

 

 その言葉は、立花響の心を大きく揺さぶった。

 何せ彼女もまた、数多の困難の末、心が折れそうになったことなど幾多もあるのだから。

 そしてそのたび、友達や周りの人に支えられて、『へいきへっちゃら』と自身に言い聞かせて立ち直ってきた。

 

 そう。その姿は正しく、当時の父親のように──。

 

「……お父……さん……」

 

 当時、父には誰も居なかった。

 入り婿と言うこともあり、父は家で酒を飲むたびに居心地が悪かった。

 どこにも心が落ち着く場所など無かった。

 

 もし……その状態が行き着いた果てがアレなのだとしたら──。

 

「……折れる……お父さんは……じゃあ……家を出たのは……」

 

 彼女はそこまで考えて、焦燥感と困惑が一緒くたになった顔で呆然と呟いた。

 

「……それは、俺には分からない」

 

 答えを求めるような彼女の言葉に、しかし陽色は応えない。

 いや、違う。

 

「……立花さん。時に第三者の言葉が必要になる時はあっても……家族の問題ってのは結局、最後には当人同士で話し合うしか無い」

 

 その問に答えるのは……他の誰でも無く──。

 

「……」

 

「……辛くても、ちゃんと聞いてあげて欲しい。お父さんの話を」

 

 彼女の父親であるべきなのだから。

 

「……」

 

「……」

 

 沈黙が場を支配する。

 

 陽色は、重苦しく項垂れた。

 

「……」

 

 この助言が、どれだけ効果があるのかは分からない。

 実際に話し合って、解決を図るのは彼女たちの話だから。

 

 

 

 しかし。先ほどの立花響の話は、陽色にとっても全くの無関係というわけでは無かった。

 どころか、陽色は深く感情移入していた。

 

()()()()()()()

 

「……」

 

 呆然としている立花響を横目に……陽色の胸中では感情が吹き荒れていた。

 

(……分かっていた。置いてかれた人が、繋いでいた手を離された人がどう思うのかなんて。分かっていた筈だ)

 

 それは絶望であり、恐怖であり、後悔であり、無念であった。

 

(……なのになんで……今の俺で会いに行こうとした)

 

 正しく、都合の良い楽観視であったと言える。

 

 陽色は今までの自分の考え足らずを、立花響を通して……完全に理解できた。

 

 彼は、先ほどの話における立花響の父、洸の立ち位置に置かれている。

 だから痛感した。突きつけられた。

 

 現実というモノを。

 

 ◇

 

 

 

 キリカは今、楽しく学園生活を送っているという。

 

 それをセバスチャンから聞いたとき、心底ホッとしたのを覚えている。

 そしてすぐにでも会いたいとも思った。

 

 自分の問題に解決もしないで……今楽しく生きているキリカの日常を侵そうとしたのだ。

 

「……はっ……」

 

 あの時の化け物女は神からの使いか何かだったのかもしれない。

 あの奇跡的なタイミングで俺の前に現れ、俺に教えた。

 

『俺』という人間がどういう奴だったのかを。

 

 俺は一人、病室で立ち尽くしながら化け物女の顔を思い出す。

 

「……」

 

 あの後立花さんと別れた俺は……病室に戻った。

 

 立花さんには考える時間が必要だと思ったのもあるし……気まずかったというのもある。

 

「……いや、考える時間は……俺も、か」

 

 呟きながら、包帯でぐるぐる巻きの両腕を見つめた。

 もう随分前に手首から先のギブスは取れていたので、大分生活はしやすくなった。

 ただ、今の俺には両の手を拘束して貰っていた方が嬉しかった。

 

「……」

 

 自身の両腕に力を込める。

 ぎりぎりと骨が軋む様な音がして……バキッという音が病室に響いた。

 

「……」

 

 割れたのは、ギブスの方だった。

 ギブスの下からは真っ白な両腕が見える。

 

 まだ鈍い痛みはあるが、それでも大分力を込められる様になった。

 

「……こんな格闘漫画みたいなこと……本当に出来るんだな」

 

 そう、()()()()だ。

 思い出されるのは、あの化け物女の腕をもぎった瞬間。

 アレを人に向けて使ったらどうなる。

 

 そこまで考えて、血の気が引くのを感じる。

 

 暫く掌を開いたり閉じたりしながら、自分がきちんと力を制御できているかどうかを確認する。

 

「……」

 

 俺は『俺』の事をキチンと理解していなかった。

 

 過去にどんな事件に巻き込まれたのかもしれない状態でキリカに会おうとした。

 

 今、幸せな、キリカに。

 

 俺など居なくても何ら問題なく生きていけている、キリカに。

 問題しか無い俺が……会おうとした。

 

「……」

 

 正直言って、怖じ気づいた。

 

 全てが怖くなった。

 

 人の形をした奴を躊躇無く殺しに行ける自分が。

 

 何か恐ろしい事件に巻き込まれている可能性がある自分が。

 

 何より、キリカを傷つけてしまうことが。

 

 ……そして。

 

「……」

 

 ……キリカに否定されることが。

 

 それが、何より……何より……怖かった。

 

 あの化け物女と戦って。立花さんと話して……ようやく、この考えに至れた。

 

「……俺は……」

 

 俺は……まだ、キリカには会えない。

 キチンと自分の問題に区切りをつけて、その上で……キリカにはこれ以上迷惑をかけない。

 そこまでしてようやく、キリカに会える。今会うことはきっと、互いに幸せにつながり得ない。

 

 だから、俺は……。

 

「……」

 

 キリカの普通な毎日を。

 今はただ、願っている。

 

 ◇

 

「……んだ……あれ……」

 

 立花さんと話をしてから数日が経った日……退院前日。

 

 地上四方に向かって、謎の光の壁が走っていた。

 

「……」

 

 幻想的で神々しい光景。

 だと言うのに、見ているだけで鳥肌が立つ。

 

 最早逃げる気にもなれず、その場で立ち尽くす。

 そして。

 

「……おいおいおい」

 

 光の壁が消えたと思ったら、今度は光の球体が空に昇っていく。

 そして──。

 

「ッ──!?」

 

 嫌な空気を感じ、即座に窓から離れベッドを盾にする。

 直後……離れているはずのこちらまで、爆音が届く。

 

 まずは衝撃。ガラスが破裂するように割れ、散弾銃のようにそこら中に突き刺さる。

 次いで起こるのは全身を叩くような爆音。

 

「な、何が……何が起きて……!?」

 

 目が眩むような強烈な爆音の正体を確認するため顔を上げると……その惨状に血の気が引く。

 

「……マジ……かよ……これ……」

 

 割れた窓の先。

 高層階の病室から見下ろすように外界を見渡すと……。

 

「……は、はは……」

 

 東京が……抉れていた。

 

 

 

 

 

 

 結局……その時は何も分からず終いで、看護師さん達の誘導に従って避難することしか出来なかった。

 

 ……いや、その時だけでは無い。

 

 その後も……何も分かりはしなかった。

 

 その後、連日に渡るニュースでも爆発の正体についてはいまいち分からず。

 

 そして──一ヶ月が過ぎた。

 

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