GANTZ:S   作:かいな

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追憶のノスタルジー

 一ヶ月が経った。

 

 その間……俺は停滞している現状を打ち破るため……金集めに奔走していた。

 

 ……まぁ、奔走、というかコレはあれだけど。

 

 それはそこそこ話題のクレープ屋。

 色んな……本当に色んな種類のクレープを販売していて、そのあまりの奇抜さでテレビで取材を受けたこともある。

 

 まぁ、実際この店で1番売れ筋なのは、奇抜なクレープよりも女子高生をターゲットにした流行のドリンク系なんだけど。

 

 そんな哀しい現実を受け入れ、それでも奇抜さに命をかけていくその店は、しかし見てくれはそこまで奇抜では無い。

 店の外観は至って普通で、ワイシャツに黒のズボン、それにバンダナを頭に巻き付けてエプロンを着ければそのクレープ屋の制服となる。

 

 俺が着ているのは正しくその制服であり……レジの前に立つ白髪の少女に声を掛けた。

 

「いらっしゃいませ……どちらにします?」

 

 見覚えのある制服に身を包んでいる彼女は、その綺麗な白髪も相まって何処かのどこぞの令嬢のような清楚さを醸し出している。

 

 彼女は思案する様にメニューとにらめっこしているが、その視線はふらふらとあっちへ行ったりこっちへ行ったり。

 今は他に客もいないし別に良いけど、どれだけ悩んでも結局こういう系の女子が頼むのは大抵ドリンクだ。

 

 作るのが楽だから良いんだけど、そんなに良いかね。

 何て思いながら注文を待っていると、少女はアッとした表情を浮かべ……メニューの中でも一際端にあるソレを指さした。

 

「えーっと……この……チョコ……明太子味? クレープを……三つください」

 

「……チョコ明太子味?」

 

「チョコ明太子味」

 

「……」

 

「……」

 

 俺の聞き間違いかな? と、思わず目の前の少女と見つめ合う。

 

「……な、何だよ──あ、その、何……ですか?」

 

 彼女は急に黙ってしまった俺に困惑した声を上げている。

 

 ハッとなって、もう一度確認をした。

 

「あの、その……チョコ明太子味を、三つで?」

 

「あ、ああ……チョコ明太子味を三つで」

 

「……お間違いありませんか? チョコ明太子味三つで?」

 

「……三つで」

 

「……かしこまりました」

 

 二回も聞き返してしまった。

 しかし何度確認しても、チョコ明太子味を三つ。

 

 本当に良いの? そんな変な挑戦しないで無難にチョコバナナかドリンクで手を打たない? 

 

 そんな失礼なことを心の内で考えながらも、レジを打ち込んでいく。

 

「……」

 

 だが……失礼だとは思うが、許して欲しい。

 

 だって、チョコバナナとか他に普通の選択肢があるのにチョコ明太子味を選ぶなんて相当なことじゃないですか。

 それも三つ。

 

 しかも店長が謎のこだわりを見せて、明太子は本場・博多よりお取り寄せした名店の明太子を使用しているこだわりっぷり。

 そしてそのこだわりに比例して、お値段の方も相当なものだ。

 

 少なくとも、学生が遊びで買うには躊躇うような値段である。

 

 レジにそこそこする金額を入力し、結構な合計額を彼女に伝える。

 

「はい」

 

 しかし彼女は特に何も気にしていない様子で財布からお金を出してきた。

 ……やっぱりどっかの令嬢? リディアンってやっぱお嬢様高校なんかな……。

 

 おつりを返し、クレープを作りながら目の前の少女の制服をチラリと見る。

 

 彼女の制服は……キリカも通っているというリディアン音楽院の制服だった。

 

「すみません、お待たせしました」

 

 うーん……仮にお嬢様高校だったら何故キリカがそんな所に居るのか。

 余計に分からねー……。

 

 そんな感じで余計なことを考えつつも、手早く作ったクレープ三つを目の前の少女に渡す。

 

「おう、あんがとな!」

 

 最後に、令嬢とは思えないような言葉遣いでクレープを受け取った彼女は、この広場に設置されている椅子に走っていった。

 

『ほら! 先輩の奢りだぜ!』

 

『おお! これが噂のチョコ明太子味クレープデスか!』

 

『切ちゃん……これ、本気で……?』

 

 かしましい会話がこちらまで聞こえてくる。案の定引いている声も聞こえているが……まぁ、折角なら美味しく食べて貰いたいモノだ。

 

「……ふぅ」

 

 俺は店の奥に引っ込んで、頭に巻いていたバンダナを取る。

 

 朝から働いて、なんやかんやでもう退勤時刻だ。 

 特に肉体的に疲れると言うことは無いが、接客ってのは心が疲れる。

 

 そんな風に思いながら、バックヤードに入って、これから入りの同僚に挨拶をする。

 今日の人の混み具合はどうだったとか、そんなどうでも良いことを話しながら着替えていき、タイムカードを押して颯爽と退勤する。

 

 一ヶ月。

 俺は……セバスチャンに仕事を依頼するための軍資金を稼いでいた。

 

 ◇

 

 時は退院直後まで巻き戻る。

 あの時の俺は……金欠だった。

 

 入院費は国からの補償だ何だで殆どかからなかったんだけど……。

 

 その直後になかなかの出費が重なった。

 

「いやー! ごめんね陽色君! 僕も商売だから!」

 

「……いえまぁ。良いんすけどね」

 

「ははは! これ今月の領収書ね」

 

「……」

 

 笑って誤魔化しながら、あまり笑えない額の領収書を出してくるセバスチャン。

 

 いきなり来てくれ、何て言うからどんな事が分かったんだよと思って来たのにコレだ。

 

 セバスチャンを睨み付けていると、徐々に彼の笑顔が引きつっていく。

 

 そう、セバスチャンの依頼の維持がとても痛い出費となっている。

 正直これ以上の出費は不味いが……しかし現状最も俺の過去に迫っているであろう人物がセバスチャンだし……何より、キリカに繋がる情報源を持っているのもセバスチャンだ。

 

 ここで彼への依頼を切りたくは無かった、というのもある。

 

 だから毎月余裕も無いのに契約を続け……とうとう今月で本格的に懐具合が不味くなってきたと言うわけだ。

 

 セバスチャンに向けていた視線を落とし……領収書を見やる。

 

 俺はそこに記された金額を見て……金を稼ぐことを決意したのだった。

 

 と言うわけで、だ。

 バイトを再開することにした。

 

 再開……というのも、どうも前の『俺』もバイトをしていたらしい。

 当時の俺は、義母さんが事件に巻き込まれた際に下りた保険による貯蓄で学費を捻出していたようだが……どうも、それ以外の生活費やその他雑費はバイトや奨学金から捻出していたようだ。

 

 そして今の俺は一年間バタバタしっぱなしで特にバイトもせず。

 今まで奨学金と貯蓄だけで生活していたのだが……それも心許なくなってきた。

 

 なので──。

 

『いやー! 暁君に復帰して貰って助かるよー』

 

『はぁ……ども……』

 

『君……記憶喪失なんだってね! 大変だろうけど、これからよろしくね!』

 

『……ども』

 

 俺はクレープ屋で働くことになった。

 人手不足なのか何なのか……その店はすぐに俺の復帰を認めてくれた。

 

 そうして俺はクレープ屋で働くことになっていったのだが……。

 

 ……どうも、俺が働いていたのはそのクレープ屋だけでは無いようで。

 

『あ、もうバイト戻れそう? なら明後日から来て貰える?』

 

『暁君、明日からは入れる?』

 

『暁君、今から──』

 

 本屋、カフェ、靴屋。

 

 セバスチャンに調べて貰った店に訪れて事情を説明すると、それらの店でもすぐに復帰してくれと言われた。

 どんだけ人手不足だったんだよと突っ込みを入れたくなったが、しかしできるだけ金が欲しいかったので一も二も無くそれらの店で働くことにした。

 

 結果として……これがなかなか楽しかった。

 接客はどうにも慣れないけれど、仕事をしている間は自分がキチンと前に進んでいる感じがした。

 

 仕事の合間には同僚達に当時の俺の話を聞くことも出来たし、何よりセバスチャン以外で俺のことを知っている人と会話出来るのは貴重だった。

 実際に得られた情報は既にセバスチャンから聞いているようなモノばかりだったが……それでも、楽しかった。

 

 そうして働いた一ヶ月は、ただあたふたとしている一年よりもずっと実りのある時間だと言える。

 

 ……まぁ、こう思うのはバイトが思いのほか楽しかったから、だけでも無いか。

 

 それは、それこそつい一ヶ月前、セバスチャンに領収書を渡されたときに聞いた話だ。

 

「……ブラックボール情報交換スレ?」

 

「そう。所謂ネット掲示板の中でも都市伝説があるスレなんだけどね」

 

「はぁ……」

 

『ブラックボール情報交換スレ』。

 セバスチャンが言うには、もう随分前からあるという曰く付きのそれに度々出てくる『武器』の特徴が、ノイズ災害に現れるミステリーサークルに関連している可能性があるという。

 

「……押しつぶす武器……」

 

「そう。名称は特に決まっているわけじゃ無いらしいんだけど、コイツを使うと地面に円形状の破壊痕が残るらしくてね」

 

 正直、最初聞いたときは何かのゲームか何かのスレッドだと思った。だって武器なんて言葉が出てくるなんて普通の会話じゃ有り得ないし。

 

 そう思って、セバスチャンに見せられたスレッドの内容を見たときは驚いた。

 

 アニメか漫画、野球実況、急に真面目に幾つかの有名企業について語ったと思ったら、いきなりどうでも良いくだらない雑談をしだしたり……。

 意味不明で支離滅裂。

 ここは何を語る所だと思ったが、時折思い出したようにセバスチャンが言う所の『武器』の話だったり、『星人』という存在について語っていた。

 

 まぁ、確かにこのZガンだかハードガンだかタフ・ガンだかが何かを押しつぶす武器であると言うことは分かった。

 ──だが、一つ言わせて貰いたい。

 

「あの……こんな便所の落書き以下の情報をマジにしてるんですか?」

 

 コイツ(セバスチャン)、ネットの情報を鵜呑みにしているのか? 

 マジで? あの領収書の果てがコレなのか? 

 

「ふっ……酷い言いようだな。まぁ事実だから仕方ないけど」

 

「事実かよ……」

 

 しかも本人も便所の落書き以下であると言うことは認めているし。

 正直切れそう。

 

 切れてる。

 

「……」

 

 思わず睨み付けていると、セバスチャンは薄ら笑いを引きつらせながら、情報を纏めた紙を捲って見せてきた。

 

「コレ……この掲示板の中でも1番活発に情報交換をして居る奴なんだがね」

 

「……」

 

 それは特定の書き込みを纏めた一覧だった。

 どうもこのID『H-EroMom』とか言う奴の書き込みのようだ。

 

「……なんすかコレ」

 

「このIDの彼はね、東京に居るんだよ」

 

「……東京?」

 

 と言うことは、この街の何処かにID『H-EroMom』が居るって事か? 

 俺はコイツと何か関係があるって事なのだろうか。

 

 答えを聞きたいとセバスチャンを睨み付けると、セバスチャンはまた紙を渡してきた。

 

 受け取ると、そこには……ブラックボールという存在について調べた情報が載っていた。

 

 内容を纏めるとこうだ。

 

 数十年前に全国のとある部屋にブラックボールという超常的な物体が急に現れた。

 ブラックボールは何故か死者を集め始め、その集めた死者に幾つかの武器を与えて怪物を殺し合わせるという。

 その戦いは今に至るまで連綿と続いているという。

 

「……この、東京部屋の住人がコイツってこと?」

 

「うん。彼のレス……発言だけど、ノイズについての発言が多くないかい?」

 

「……」

 

 そう言われてもう一度先ほどの一覧を見てみると、確かにノイズがどうたらこうたらとよく発言している。

 

『またノイズと戦わせられた』

 

『ノイズミッションの時に何故か毎回風鳴翼が居るんだけど皆はどう?』

 

『マジであの格好なんだよ。ノイズの攻撃受け付けないとか』

 

『風鳴翼はあんな格好しない。天羽奏もあんな格好しない。俺が見たのは幻覚』

 

『ま、Zガン有ればマジで楽勝だなノイズ』

 

『Zガン使いすぎてやべぇ。ミッション中に変な男につけ回された』

 

『何だよアイツマジで。んで見えてない筈の俺追えるんだよ』

 

『もうノイズミッションでZガン使わない』

 

 などなど。

 後半は愚痴のようなモノが多いが、確かに数年間で随分とノイズについて語っている。

 

「これらの発言はね。それはもう、東京のノイズ災害の期間とぴったり当てはまるんだよ」

 

「……」

 

「前に僕が言ったことは覚えているかな。君が事件に巻き込まれている可能性がある、と」

 

 そりゃ、覚えている。

 セバスチャンにそう言われたから、俺はキリカに会うのを断念したのだから。

 今の今までの話の流れ的に、セバスチャンが言いたいことは何となく見えてきた。

 

「……じゃあ、なんすか。俺が巻き込まれた事件ってのは──」

 

「うん。もっと言えば……僕は、この『H-EroMom』こそが君だと思うわけだよ」

 

 ◇

 

 暑い。

 日差しが肌を刺すように降り注ぐ。

 

「……」

 

 思わず空を見上げ、さんさんと照っている太陽を睨み付ける。

 

 最近外に出るのは夜中に木刀を振りに行くかバイト行くかのどちらかなので、こういう帰り道での日差しが痛くて敵わない。

 それに、外に出ないときはずっとパソコンの前に籠もりっぱなしだ。

 

「……」

 

 そう。

 この一ヶ月……俺は『ブラックボール情報交換スレ』に入り浸っては『H-EroMom』の発言を調べている。

 

 この『ブラックボール情報交換スレ』というのは割と有名らしく、随分と纏めているサイトがあった。

 だから最初はそこで情報を収集していたが……次第にもっと調べてみたくなり、本のスレッドに足を運ぶようになった。

 

 最初こそ、セバスチャンの言っていることなど馬鹿だと思っていた俺だったが……その実そこでの会話は何故か俺を引きつけた。

 そして……セバスチャンが言うには記憶を失う前の『俺』だという『H-EroMom』の発言もまた。

 だから最近は寝不足だが……しかし充実していた。

 

 本当に少しだけど、前に進んでいるような気がしたからだ。

 

 太陽から目を下ろし、歩き始める。

 

「……はっ」

 

 ……進んだ、か。

 

 思わず自身の考えを自嘲する。

 

 きっと、本当は前に進んでいない可能性の方が高い。

 いや、実際そっちの可能性の方が高いだろう。

 

 あの便所の落書き以下の情報で、ほんの少し前に進んだ気がしているだけなのかもしれない。

 

「……」

 

 ──でも。

 でも、だからって歩むことだけは止めてはいけない。

 

 俺がキリカと()()()()会うにも、歩むことだけは──。

 

「あれ? 陽色さん?」

 

 と、帰り道。

 店の前のベンチに座っていた少女に声を掛けられた。

 

「……立花さん?」

 

「……お、お久しぶりです!」

 

 立花さんだった。

 彼女は溶けかけたアイスクリームを手に持ちながら、ドギマギとした様子でこちらに声を掛けてきた。

 

「……」

 

 そう言えば……彼女が退院するときに少し挨拶をしただけで、それから会っていなかった。

 少し気まずかったが、彼女の声に手を振って答える。

 

「……久しぶり」

 

「……はい! お久しぶりです!」

 

 彼女は──。

 

 彼女は、前に会話をした時が嘘のように笑っていた。

 

「……」

 

 それを見て安心する。

 

 どうやら、お父さんとは話が付いたようだ。

 ちらりと視線を横にずらすと……小日向さんもいた。

 

「……」

 

「……」

 

 正直あまり会話をしたことが無いので少し気まずいが、軽く会釈をすると彼女も応じるように返してくれる。

 彼女とは俺の見舞いに来てくれた時が最後に会った時だった筈だ。

 

 こんなに暑いというのに、彼女たちは肩を寄せながら座っていた。

 暑そうだな……。

 

「陽色さん! ここ座りませんか?」

 

 そんな事を考えていると、立花さんから思いもしない提案がされた。

 

「良いの? 俺は別に……この後予定無いから良いけど……邪魔じゃない?」

 

 正直友達と居るのを邪魔するのも悪いかなと思い小日向さんに目を向けるが──。

 

「……あ! 私は大丈夫ですよ」

 

 どうやら大丈夫みたいだ。

 ちょっと顔を赤くしながら手を振っていたが、何故顔を赤くするんだ……? 

 

 まぁ、誘われて断るってのも悪いし彼女達の前に座る。

 

「陽色さんはここに何か用が?」

 

「用っていうか……バイト? 俺あそこのクレープ屋でバイトしてんの」

 

「え? そうだったんですか!?」

 

 そういってクレープ屋を指さす。

 

「えー!? あ、じゃあ、さっきクリスちゃんの注文とか聞いてました!?」

 

「クリスチャン?」

 

 そういわれて思い出されるのは、彼女と初めて会った時に彼女達がしていた仏壇を買ったクリスチャンの会話だった。

 

「はい! あそこにいる白髪の女の子なんですけど……」

 

 そういって彼女が指さした先には……確かに俺が注文を聞いた白髪の少女が居る。

 彼女は黒髪と金髪の少女と共にクレープを──。

 

「さっきチョコ明太子味のクレープを買ってて……」

 

「……」

 

「……陽色さん?」

 

 思わず立ち上がっていた。

 

 その()()が視界に入った瞬間、全ての音が遠くなる。

 

「──?」

 

 何処かで俺を呼ぶ声がするが、最早それも気にならなかった。

 思わず足が動く。

 

 やけに安定しない足取りでふらふらと……その()()の下へと向かう。

 

「……? 私に何か用デスか?」

 

 聞こえているのは彼女の声だけではないだろうに……その声だけが鮮明に聞こえ、胸を締め付けられる。

 

「……な」

 

「……?」

 

 声が震える。

 もしかしたら俺の勘違いなのかもしれない。

 

 ──いや、見間違う事が有るか。

 

 彼女は……俺の知る姿よりも成長しているが、それでも俺の知っている表情で、首を傾げている。

 

「……何で……おまっ……あれ?」

 

「……? な、何デス? 具合が悪いデスか?」

 

 彼女は……。

 

 いや……()()()は──。

 

「…………キリ……カ…………?」

 

 

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