GANTZ:S   作:かいな

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遠回りの想起

「え? あの……どちらさまデス?」

 

「……」

 

 キリカはあくまでも知らぬ存ぜぬを貫いて、困惑した表情を浮かべている。

 だが……『俺』が見間違えるモノか。

 

 一体何年、探し続けた。

 家族を取り戻すために、どれだけ……どれだけの……。

 

「ッ……!?」

 

 痛烈な頭痛が走り、頭を振るう。

 しかし今は頭痛のことなどどうでも良かった。

 思わずキリカの両肩を鷲づかみ、ジッとキリカの目を見つめる。

 

「……キリカ……キリカだよな!?」

 

 彼女は正しくキリカだ。

 その金髪も()()()にそっくりで、緑がかった綺麗な碧眼も昔のまんまだ。

 思わず手に力が入る。もう離さないと言わんばかりに。

 

「え、ええっ!? ちょ、い、痛いデスよ?!」

 

 彼女は困惑と共に恐怖の表情すら浮かべている。

 

「あ、あの! 本当に覚えが無いんデスが! どちら様でしょうか!?」

 

 何を言っているんだ。

 本当に覚えていないのか? 

 

「俺だ……陽色だ! お兄ちゃんだよ!」

 

「え、ええ? お兄ちゃん……?」

 

 俺は何一つ隠すこと無く真っ直ぐに伝えた。

 だのにキリカの反応は芳しくなく……あくまでも困惑を貫くキリカに違和感を覚える。

 

 そう。俺をどこか怯えた表情で見つめているその姿は、まるで本当に……俺のことなど知らない様に見えた。

 

「……本当に……覚えてない……のか……?」

 

 肩を掴んでいる手がわなわなと震える。

 何故……七年って時間はそんなに、忘れてしまうくらい長いのか──。

 

「おい、それ位にしろよ」

 

 と、まるで俺を現実に引き戻すかのように肩に手が置かれ……キリカから引き離すように強い力で引かれた。

 

 今まで消えていた音が世界に戻り、視界が広がっていく。

 

「……」

 

 振り返ると……そこには、先ほどの白髪の少女……恐らく立花さんが言っていたクリスちゃんが警戒したような表情でこちらを睨み付けていた。

 

「てめぇ……さっきのクレープ屋だな。お前……『錬金術師』のお仲間か?」

 

 彼女は首にかかっていたペンダントを手に持って、ちらりとそれを見せつけてくる。

 その姿はまるで、西部劇のガンマンが威嚇のために銃をちらつかせる姿の様だった。

 

「……」

 

 しかし、さっきから頭痛が酷く、頭が働かない。

 物事を上手く考えられない。

 

『錬金術師』って何? どういう事? 

 

 というかそれよりもキリカを──。

 

「……離してくれ。『錬金術師』だかなんだか知らねーが……あんた達に危害を加えるつもりは無い」

 

 彼女の手を払おうとするも、何故か彼女は俺の肩を掴む力をより加えていく。

 

「そーかよ。その割りにゃあんた随分……()()()()がするが」

 

「……」

 

「……」

 

 何を言っているんだコイツは。

 思わず睨み付けると、彼女も返すようにこちらを鋭い目つきで睨み付けてくる。

 

 錬金術師がなんなのかは知らないが、彼女は異様な程俺を警戒している。

 

 そうして沈黙が場に下りたかと思えば、こちらに駆けてくる音が聞こえてくる。

 

「ちょ、クリスちゃん!? 陽色さんも! どうしたんですか!?」

 

「ああん? コイツお前の知り合いか?」

 

「そうだよクリスちゃん! 陽色さんも、どうしたんですかいきなり!」

 

「……」

 

 立花さんだった。

 彼女の声に毒気を抜かれ、互いに警戒が解けていく。

 

「別に……お前の知り合いがいきなりこっちに来てコイツに迫ってきたから止めただけだ」

 

 どこかバツが悪そうにそう言う彼女は、肩から手を退ける。

 今までの臨戦態勢は何処へやらと言わんばかりの変わりようだったが……それはこちらも同じか。

 

 息を吐いて、気持ちを落ち着かせる。

 

「……ッ」

 

「陽色さん!?」

 

 と。途端に頭痛が強くなっていく。

 立花さんが心配したように声を掛けてくるが、大丈夫だと手で制して頭を振るう。

 

「……あの、陽色さんも……どうしていきなり……」

 

 俺が落ち着いたのを見てか、彼女は先ほどの行動について問いかけてきた。

 

「妹……」

 

「え?」

 

「その子が……八年前に居なくなった妹に似ているんだ」

 

「……え?」

 

 キリカ。

 八年前、俺の記憶が無くなった辺りから居なくなってしまった、俺の妹。

 

 記憶が無くなった瞬間。

 そう。『俺』はあの時、手を繋いでいた筈なんだ。

 

「……頼む……本当に……似ているんだ……妹に……」

 

 手を繋いで……そう、確かキリカの誕生日祝いだった。

 親父と母さんと、『俺』とキリカで……家族みんなで遊びに行っていた。

 

「……陽色さん? あの、凄い顔色が──」

 

 そう……4月のあの日。

 

 俺は手を──。

 

「その子の名前……名前を……教え」

 

「え?」

 

 直後、頭が割れんばかりの痛みが走り、意識が──。

 

 ◇

 

「……」

 

 陽色が目を覚ますと……目の前に携帯を持った美少女がいた。

 

「あ……陽色さん!」

 

「……小日向さん?」

 

 彼女の名前は小日向未来。

 立花響の友人である。

 

「あの後いきなり倒れちゃって……気分は大丈夫ですか?」

 

「え? あ、ああ……」

 

 さっきまであれほど痛かったというのに、今ではもう痛みは無かった。

 陽色が体を起こして辺りを見渡すと、どうもそこはバイト先のクレープ屋に見える。

 目を下に向けると、何時も休憩室に置いてあるソファーがある。

 

 確実に陽色のバイト先のクレープ屋の休憩室だ。

 

「……?」

 

 陽色が混乱した様子で首を傾げていると、小日向が説明を始める。

 

 どうもあの騒ぎをクレープ屋の店員が近くで見ていたらしく、倒れた陽色を冷房の効いている店の中まで連れて行ってくれたらしい。

 

「あの、水飲みますか?」

 

「え、あ、ああ……」

 

 小日向は何処までも心配した様子で水を差しだしてきた。

 未だに理解が追いつかないモノの、取りあえず渡された水を飲んで、体を起こす。

 

「あ、そんないきなり動いちゃ……!」

 

「いや、大丈夫です。熱中症とかでも無いみたいだし」

 

「でも……」

 

「あの、本当大丈夫です。だから救急車はちょっと……」

 

 彼女の手に握られた携帯電話には119が表示され、ワンプッシュで電話を掛けられる状態になっている。

 恐らく陽色が目を覚ましたのはここに運び込まれてすぐだったのだろう。

 だが、このタイミングで目を覚ませたのは僥倖と言えよう。

 

「でも、いきなり倒れるなんてどこか悪いんじゃ……」

 

「あの……本当、大丈夫ッす」

 

「……」

 

「……大丈夫ッす……」

 

 ジトッとした目で見つめられたじろぎそうになるが、それでも陽色は引くわけにはいかなかった。

 

 なぜなら。

 

「……俺、金欠なんです……」

 

「えぇ……」

 

 ちょっと引いた様子の小日向さんは見下すような目で陽色を見つめていた。

 

「……」

 

 しかしそんな目で見られてもない物は無いのだ。

 

 陽色に怖いものは無かった。

 怖いのは貧困だけ。

 今の陽色はそれ位にはお金が無かった。救急外来などに行った日には財布が軽くなること間違いなしだ。

 

「本当、あれッす。多分大丈夫なんで」

 

「……」

 

「……ここで病院行ったらそれこそ俺、死にます……餓死します……」

 

「……」

 

「……はぁ。分かりました」

 

 あまりに情けない懇願にとうとう折れたのか、小日向は携帯のコールマークから手を離し──。

 

「! ありがとうございま」

 

「ただし!」

 

 しかし携帯は離さずに、まるで説教でもするように語り出す。

 

「ちゃんとお水飲んで、これ脇に挟んで寝ててくださいね!」

 

「えっ?」

 

「熱中症を甘く見ては駄目ですから!」

 

 そう言って差し出されたのは、氷が詰まった袋だった。

 

「言うこと聞かないなら、今度こそ救急車呼びますから」

 

 そう言って彼女は、笑顔で119と打ち込まれている携帯の画面を見せつけてきた。

 

「……っす……」

 

 陽色は従う他なかった。

 

(話したことあまりなかったけど……なんか怖いな、小日向さん)

 

 流れるような脅しに内心ちょっとビビりながら、陽色は彼女の言うことを聞いて大人しく寝かされていたソファーに寝っ転がる。

 

 そうして、度々休憩室にやってきたバイト仲間に小日向が彼女かどうかとからかわれながらも……時間が過ぎる。

 

「……聞かないんですか?」

 

「え?」

 

 今まで、陽色のバイト仲間にからかわれても迫力ある笑顔を浮かべるだけで終始無言だった小日向が話しかけてきた。

 

「……皆が居ないこと、聞かないんですか?」

 

「……」

 

 小日向の言うとおり、今ここに居るのは陽色と小日向の二人だけだ。

 それ以外の人間は、偶に来る陽色のバイト仲間くらいのものだ。

 立花響達は皆ここには居ない。

 

「私、最初にそれを聞かれるモノだと思って色々と考えていたんですよ?」

 

「……」

 

 小日向は軽く苦笑してそう言うが……その笑みには何かを心配したような色が含まれている。

 

 それは先ほどのように陽色が豹変することを恐れてのモノ……。

 

「……立花さんが心配、ですか?」

 

 では無い。

 陽色は直感的に、その感情が遠くの誰かを思ってのモノだと感じる。

 

「……え?」

 

 思いもしない指摘に気の抜けた声を上げる小日向を見て、陽色は自身の直感が正しかったと理解する。

 

「さっきからずっと携帯を見てますよね。目の動きが多いことから恐らくネットニュースか何か。その動きが119するためとも思えないし……もしかして、外で何か事件でも起きてるんですか?」

 

「……」

 

 小日向は目を丸くして、こちらを見ていた。

 

「……凄い。よく分かりますね」

 

 陽色も目を丸くした。

 

「……当たった……」

 

 まさか推理部分まで当たるなんて思ってもみなかったからだ。

 

「……ええ……?」

 

 ちょっと引いた様子の小日向だったが、溜め息を吐いて気を取り直したように話し始めた。

 

「今、外でノイズが出てるみたいなんです」

 

「えっ? ノイズ?」

 

「この近くって訳では無いんですけど……遠くって訳でもなくて」

 

「……」

 

 小日向は携帯の画面を見せる。

 確かにそこには、緊急速報として東京湾沿岸部の避難勧告やその他の被害の場所について事細かに載っている。

 

 確かに相当な事が外では起こっているが、しかし──。

 

「……それが、立花さん達が居ないことと関係が?」

 

 正直陽色には、このノイズ災害と今立花響達が居ないことが何か関係するとは思え無かった。

 発生地点も、近くも無く遠くも無いと言った場所だ。まず被災することなど有り得ない。

 

 そんな陽色の疑問に、息を吐いた小日向は意を決したように返す。

 

「……今、ですね。そのノイズ災害の場所の近くに……響達が向かってるんです」

 

「……」

 

 そしてその内容は、寝ていた陽色の体を起こすのには十分すぎるほど衝撃的だった。

 

「……え? な、なんで……?」

 

 何せノイズが出ている場所に態々出向くなんて自殺行為以外の何物でも無いのだから。

 

 あの立花さんが野次馬根性で向かうわけも無いだろうし、だとしても皆で行くか普通? 

 

 色んな考えが浮かんでは消えていく。

 当然陽色のツッコミも想定していたのか。小日向は少しどもりながらも説明した。

 

「……あ、あの、私達……避難誘導の……ボランティア、してるんです」

 

「ボ、ボランティア?」

 

「そう、そうなんです! 私達の学校で災害の時にボランティアをする企画があって……私達、それに参加してて……でも、一人は陽色さんの介抱しないといけないから、私だけ残ってたんです!」

 

「……」

 

 ボランティアなんかで命をかける奴がいるか? 

 そんな馬鹿な奴が……。

 

 陽色はそう思って首を傾げるが、立花響の顔が浮かぶとその言葉に真実味が湧いてしまう。

 

(……確かに、立花さんだったらそう言う事しそうだな……)

 

 そう、彼女ならする。

 そもそも、見ず知らずの記憶喪失の大学生の記憶を取り戻すために、休日を使って付き合ってくれる様な少女だ。

 多くの人が危険に陥ったと知ったのなら、動かずには居られないだろう。

 そう思うと、もうそれが正しいとしか思えなかった。

 

「……陽色さん?」

 

「……まぁ、分かりました」

 

 だから、ひとまず小日向の言葉を信じることにした。

 だがそうすると気になってくるモノがある。

 

「……それって、どれだけ危険なんですか?」

 

「え?」

 

 そう、ボランティアの危険性だ。

 ソレの実態がどのようなモノかは陽色には分からないが、ノイズが沢山居る場所に向かっていく行為が危険じゃ無いわけが無い。

 

 小日向が携帯をずっと見て心配そうにしているのも相まって、不安が高まる。

 

「……」

 

 陽色のそうした質問に小日向は一瞬言葉を詰まらせたと思うと……しかし、覚悟を決めたような表情で語り出した。

 

「……凄く、危険です」

 

「……」

 

「でも、響なら大丈夫って、私信じてますから」

 

 それは、立花響への全幅の信頼から来る言葉だった。

 

「だから……陽色さんも、信じてあげてください」

 

 陽色は思わず押し黙る。

 小日向はその瞳に涙を浮かべて……笑っていた。

 

 それは、どこか壮絶な戦いに向かう戦士を待つ家族のようで。

 

「……」

 

 ──陽色は、忘れていたモノを思い出す。

 

 記憶の中の、どこかの映像。

 場所は夜。血ぬれの誰かを抱えて、空を駆けていた。

 

 彼女をどこかのビルの屋上におろし、応急処置を施しながら……何かを口にする。

 

 ぼやけた映像が徐々に鮮明になり──とうとう、陽色が誰を抱えていたのかが分かった。

 

 ()()()、立花響と瓜二つだった。

 

 彼女が浮かべている笑みは、小日向のソレとそっくりで。

 

 その小日向の表情と血塗れの響の表情とが──重なった。

 

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